第212話 ヤナギサワの思案

 大規模遺跡探索を翌日に控えた夜。ヤナギサワはその計画書を読んで苦笑を浮かべていた。

 最早もはやイナベに退路はない。ヴィオラの誘いに乗って担当区画の遺物収集結果を偽装し、結果的に同僚を陥れて失脚までさせたのだ。一時的には乗り切ったが、それも結局は一時的な偽装であり、該当区画から高額な遺物が発見されていない現実に変わりはない。より大きな真実で上書きしなければいずれ露見する。その前にこの遺跡探索を成功に導き、高価な遺物を大量に取得可能な区画を何としても手に入れなければならない。うそうそが重なり、その重みで押し潰される前に。

 計画書にはイナベの奮闘振りを容易に想像できる事項が数多く記載されていた。自身の権限で可能な限り予算をぎ込み、有らん限りの伝から投資を募り、私財を投じて戦力を確保していた。

 計画書を読み続けていると、遺跡探索に投入されるハンター達の一覧の中にアキラやカツヤの名前を見付けた。ヤナギサワはそこで一連の出来事を思い返し、思考を過去に飛ばした。


 スラム街での抗争騒ぎの後、ネルゴからカツヤが旧領域接続者だと告げられた時、ヤナギサワは上機嫌ながらもいぶかしむ口調でネルゴに尋ねていた。

「貴重な情報の提供、とても有り難いね。でもまあ何だ、疑ってる訳じゃないんだけどさ、どうやってその情報を手に入れたのか聞いても良いかな? いや、疑ってる訳じゃない。疑ってる訳じゃないよ? 念のためってやつさ」

 軽く芝居がかった様子で、あからさまに疑っている口調で尋ねたヤナギサワの態度にも、ネルゴは特に反応を見せずに続ける。

「信じろとは言わない。こちらでカツヤを確保する際に、同志と不要にめないための確認にすぎない。こちらでカツヤを確保しても構わない。問題はない。同志がそう答えてくれさえすればそれで良い。構わないな?」

「まあまあまあまあまあ、まあ、そう言わずに。いろいろ聞きたいなー。良いじゃないか。俺と君の仲だろう? ここはちょっと御教授願いたいなー。何も知らない人に懇切丁寧に教えるように聞きたいなー。ほら、知らなかった所為せいで、後で誤解が生まれたら大変だろう? 聞きたいなー。ちゃんと誤解を解いておきたいなー」

 答えない限り同意しない。必要ならめる。答えれば交渉の余地はある。ヤナギサワが暗にそう告げると、ネルゴは軽いめ息を返した。

「……良いだろう。では説明の前に、基本から尋ねておこう。旧領域接続者とは何だ?」

「何って、旧領域に自力で接続可能な者のことだろう?」

「意図的にとぼけているのだろうが、それは狭義の意味で、厳密には誤りだ。対象が旧領域接続者である確認方法の一種にすぎない。旧領域接続者とは、現在の技術では解明されていない何らかの通信手段を生体機能、及びそれに類するもので実現可能な人間の総称だ。旧領域をその通信先に含んでいるに過ぎず、旧領域にも接続可能な事例が多いことと、旧領域への接続手段として運用される事例が多いために、そう解釈する者も多いがね。旧領域への接続自体は必須ではない。次だ。念話と呼ばれるものを知っているか?」

「空気振動を介さずに聴覚経路で伝達する言語的な情報伝達手段の俗称の一種かな? 主に頭の中に情報端末を埋め込んでいるやつが、その通信機能を使って声を出さずに会話するのを、ちょっと気取ってそんな呼び方をしたりもする」

「現在の情報端末でも様々な通信規約や通信技術が存在し乱立しているが、それは旧領域接続者も同様だ。そのため全ての旧領域接続者に当てまる訳ではないが、旧領域接続者にも念話が可能な者は多い。もっとも、送信可能な情報は音声や文字の羅列程度ではないがね」

「現在の情報端末でも画像や動画だって送れるぞ?」

「その程度では済まない。個人差や機能差が存在するが、多種多様な情報の伝達が可能だ。そこには言語的な説明が困難な所謂いわゆる勘と呼ばれる何かすら含まれる。旧世界の高度な技術ならば可能なのだろう。そしてある種の情報を送信可能な者は特定の事例を生み出しやすい。我々はカツヤからその類似性を見出みいだした」

「へー。それでどんな情報を送信すると、どんな事例になるんだ?」

「感情や印象などと呼ばれる精神的な情報だ。その手の者は甚だいびつで極端な人間関係を築きやすい。例を挙げると、好きな者からは全面的に好かれ、嫌いな者からは蛇蝎だかつごとく嫌われる事例がある。これは特に感情を表に出しやすい者に顕著に出る」

「なるほど。誰だって自分を好きな者には好感を、嫌いな者には嫌悪を覚えやすい。無自覚に送信した感情が相手に伝わった結果か。飾らない短い言葉の方が、時に人の感情を大きく揺さぶることもある。言葉なし、純粋な感情のみで送信できれば、その極致に到達できる。それはもう効果覿面こうかてきめんだろうな。でもさ、それ、相手も旧領域接続者じゃないとその手の情報を受信できないし、成り立たないんじゃないの?」

 ヤナギサワが再びとぼけたようにそう尋ねると、ネルゴも再び軽いめ息を返してきた。

「……わざとぼけているのだろうが、答えておこう。東部の人間は厳密には基本的にその大半が旧領域接続者だ。情報端末に例えると、旧領域に接続できないほど送受信機能の感度や出力が著しく低いだけか、通信制御設定情報の誤りで接続不備を起こしている状態にすぎない。常人と所謂いわゆる旧領域接続者の脳を調査解剖比較しても、個人差以上の差異はない。病院等の検査器具で東部の人間を大量に片っ端に調べても、旧領域接続者を発見できない理由だ。つまり旧領域への接続が不可能なだけで、情報端末における短距離汎用通信程度のものならば、感度の差はあるが受信可能だ。勿論もちろん、個人差も大きいがね。東部の西側近くに住む者は、中央部から流れてきた者やその子孫も多い所為せいか、完全に受信機能を持ち合わせていない者も多いようだ。旧世界の末裔まつえいとして、その技術を受けた血をどの程度引き継いでいるかにもよるのだろう」

「そうなんだ。勉強になった。でもさ、その人間関係だけで旧領域接続者だと決め付けるのも、ちょっと、どうかなって、思っちゃうな? そういうやつってそんなに珍しい訳でもないし、探せばそこそこ普通にいるだろう?」

「旧領域接続者の判別は複合的な調査の結果だ。他にも判断材料はある。例えば、該当の人物評価において機械的で論理的な評価と主観的で感情的な評価に著しい差が生じている事例だ。無意識に自己評価を送信して、相手からの評価に影響を与えた結果だな。つまり、自分はすごいと心から信じていれば、相手もその印象に引きられて評価を引き上げる。本来の実力と周囲の認識。この差異からも判断する」

「甚だしい無能であっても、極めて有能だと評価されるって訳だ。そして他者からそう評価されたことで、自己評価を更に高める。その繰り返しだな。でもさ、自信にあふれている者が高評価を受けやすいのは普通だろう。それにカツヤはそんな無能ではないと思うよ? ハンター稼業でもちゃんと実績を出してるしな。ただの無能ならとっくに死んでると思うぞ? モンスターはそんな評価なんて気にせずに殺しにくるからな」

「私もカツヤの戦闘能力を低く評価している訳ではない。彼は十分に有能だ。重要なのはその差異から生じる違和感だ。私が実際にドランカムに潜入して身近な距離で観察して、そこから感じ取った違和感を精査した結果だ。書類での評価。経歴からの評価。彼と親しい者からの評価。そうではない者からの評価。それらの評価の矛盾を洗い出し、精査した結論だ。……精査が足りないと言われれば、この点に関しては一部は同意せざるを得ないがね」

「へぇ? 何かあったの?」

「カツヤは先日のスラム街での抗争騒ぎに参加しているが、その彼にアルナというスリの居場所を教えたのは私だ。彼の性格から居場所を教えれば助けに行く。そう考えていた。それは正しかったのだが、私の予想では彼はドランカムの支援を要請するはずだった。たかがスリの救出にドランカムが動くなど本来は有り得ない。そこに彼の旧領域接続者の影響、特異性とでも呼ぶ要因がどの程度影響を与えるか。彼に好感を、高評価を持っている者達が、組織の利益をどの程度度外視するか。その程度から、彼が本当に旧領域接続者として感情や評価の送信を実施しているのかを確認するつもりだった。……まさか1人で突入するとは思わなかった。あれは予想外だ。その所為せいでその後のドランカムの対応も、彼をかばってのことか、組織の失態をみ消そうとした結果なのか、その判別が困難になり特異性の判断材料としては適さなくなった」

「へー。あれ、そんな理由だったんだ」

 初めから全てを知った上でとぼけ続けている。ネルゴはそのヤナギサワの態度に若干の苛立いらだちを覚え、それを僅かに口調ににじませる。

「……先ほども言ったが、旧領域接続者の判別は複合的な調査結果だ。一部判断材料の精度に欠ける部分が存在していても、全体の評価への影響は軽微だ。全体の評価は覆らない。これ以上の調査内容の例を挙げる必要はないだろう。返答を聞こう」

「まあ、カツヤの調査がどうこうってのはそれは良いとして、ちょっと別なことも聞きたいな」

「何だ」

「例えばさ、その類いの旧領域接続者って、スラム街にもいると思う?」

「なぜそんなことを尋ねる」

「まあ、そう言わずに。旧領域接続者の判別方法に詳しい人に、ちょっと聞いてみたいなーって、それだけだよ」

 ネルゴが再びめ息を返した後、きっぱりと答える。

「いない。死んでいる」

「おっ、言い切るね。そこまで言うのなら、その根拠の方もちょっと聞いておきたいところ……」

 ヤナギサワはいつもの少しふざけた態度で続けようとした。そこにネルゴが割り込む。

「以前にクガマヤマ都市の幹部が再構築リビルド技研の研究員と取引した。現研究員か元研究員かは不明。不完全であるが旧領域接続者としての覚醒を人為的に促す手段を提供する見返りに、研究費と実験場を要求。都市はその要求を飲んだ。同志が聞きたいのはその件に対する考察だろう?」

 ヤナギサワが少し真面目な声を出す。

「……それ、都市内部でも結構上位の機密なんだけど」

「都市内部の人間で我々に協力する者は同志だけではない。他にも多くの者が我々の大義に賛同し、その実現に手を貸してくれている。そういうことだ」

「そうなんだ。その協力者のリストとか送ってくれると助かるんだけどなー」

「断る。それは我々の大義に真に賛同する真の同志となれば、教えるまでもなく分かるものだ。我々は同志が本当の意味で我々の同志になるのを心待ちにしている、と今は答えておこう」

「あ、そうなんだ。ふーん」

 僅かに沈黙が流れた。それはヤナギサワとネルゴの隔たりであり、互いに利益があるからこそ、一時的な協力関係を築いている間柄という壁を意味する。ヤナギサワとネルゴは、壁の同じがわにはいないのだ。

「……代わりと言っては何だが、先ほどの根拠には答えよう。その研究員が提供した手段は、恐らく何らかの変異を促進させるナノマシンの一種であり、被験者に投与する形式のものだろう。拡張装置を物理的に埋め込むようなものではないはずだ。研究中であり、まだまだ人体実験の範疇はんちゅうで、確実性は低く、多数の被験者を必要とするとも言われたはずだ。多数の被験者を募れば目立つ。被験者の数も不足する。旧領域接続者は欲しいが、再構築リビルド技研との取引が露見すれば面倒事にもなり兼ねない。そこで、そのナノマシンをスラム街に配給している食糧に混入した。そうすればそのナノマシンが暴走して被験者が死亡しても、化け物に成り果てても、表向きは不幸な事故で済む。あの食糧配給には、初めからそういう意図も存在しているからな。モンスター由来の残留ナノマシンが引き起こす事故を、顧客に対して引き起こさないための毒味だ。実に嘆かわしい」

「まあ、企業倫理に関するコメントは差し控えておくよ。それで?」

「あの食糧配給に依存する者はスラム街でも弱者の立場の者達だ。仮に実験が成功して、何人かがカツヤと同系統の旧領域接続者として目覚めたとしても、その者達はすぐに死ぬ。実験側が実験成功例を確認する前にだ。その所為せいで実験は失敗と見做みなされ、実験は短期間で終了したはずだ。だから、いない、死んでいる、と答えた」

「死ぬ理由は? 生きてるかもしれないじゃないか」

「スラム街の環境は過酷だ。生き残るために弱者は自身が弱者だと自覚する必要がある。弱者が自身は強者だと調子に乗れば、目立ってすぐに殺される。そして疑い深く行動する必要もある。そうしなければだまされてすぐに死ぬ。だがその弱者が印象や感情の類いを送信可能な旧領域接続者になると、その送信能力がスラム街での生存を著しく困難にする要因となる。自身が弱者だと無自覚に送信し続け、相手から度を超えて侮られ、著しく軽んじられる。スラム街での生存に必要な最低限の疑念まで相手に如実に伝わり、相手からの心証を甚だ損ねる。その結果、集団行動が著しく困難にる。ひどく弱く全く信頼できない人物と評価された者が集団に属していても、最優先で切り捨てられるか、使い潰されるだけだ。集団行動の欠点のみを背負う羽目になる。スラム街で弱者が最低限のれ合い、協力関係すら不可能な状況に陥るのだ。確実に死ぬ」

「そこはほら、好意とか好感とか信頼とかを頑張って送って、その欠点を相殺するとかしてさ」

「恐らく無理だ。その手の送信技術は機械的なものではなく、会話などの技術的なものに近い傾向にある。慣れや熟練と表現するのなら、手慣れているものほど精度も出力も上がり、不慣れなものなら下がる。先ほども説明した環境により、自信、信頼、好感などの正の感情の送信は著しく困難になり、逆に不信、疑念、嫌悪などの負の感情の送信は容易になる。その状態で正の感情を送り、負の対応を返されれば、相手により悪印象を抱く。相殺どころかむしろ悪化するだろう」

「……それでも死ななかったら?」

 単にふざけて何度も聞き返しているのではなく、そう装って何かを聞きだそうとしているようなヤナギサワの声色に、ネルゴの声にも怪訝けげんそうな色が強くなる。

「……なぜそこまで食い下がる?」

「まあ、そう言わずに」

「……生き延びるためにハンターを目指すだろう。組織に属せず、信用も信頼も仲間もない者が、長期にわたって生きる糧を得られる手段はそれぐらいだ。過酷なスラム街を生き延びたのだ。ハンターとしてやっていけるかもしれない。そう判断しても不思議はない。だがそれは誤解だ。荒野はスラム街とは違う。荒野に出て、モンスターに襲われて、死ぬ。ハンターを目指した初心者にありふれた死因だ。更に旧領域接続者の場合はただの初心者より死にやすい。本来人間はその場にいるだけでモンスターに自身の存在を発信している。音、光、匂い、振動、様々なもので位置を知らせている。だが同時に、大気に漂う色無しの霧がその情報伝達を阻害して、モンスターの高度な索敵能力を鈍らせている。しかし、旧領域接続者が無自覚に発信している未知の情報送信機能は、色無しの霧の影響による情報伝達阻害を受けない場合が多い。そしてモンスターにはそれを察知するものもいる。その結果、旧領域接続者は普通の人間よりモンスターとの遭遇確率が上がる。下手をすると遠方のモンスターが態々わざわざ探しに来る。その分だけ死ぬ確率が上がる。スラム街出身の旧領域接続者が荒野に出た場合の生存率は現実的ではない」

「……それでも、それでも死ななかったら?」

「……だから、なぜそこまで食い下がる?」

「まあ、そう言わずに。これが最後だって」

「……それだけの実力を持ちながらも他者から認められない環境は、本人の気質きしつを大いにゆがめるだろう。人間不信の塊のような人格のまま、認められるだけの更なる力と場を求め、東部を東に移動し続けるはずだ。その過程で死ぬだろうが、それでも死ななければ、いずれ東部の東端、最前線まで到達して、そこで活躍するのではないか? あの地域は様々な意味で実力も人格も大いに偏った者達の住み処だ。あそこなら、そのような者がいても不思議はない」

「なるほど。実に興味深い話だった。面白かった。ああ、礼と言っては何だが、カツヤはそちらの好きにしてくれ。俺に文句は一切ない。ただ、連れ去るのに協力してくれって言われてもちょっと困る。そっちも知っているだろうが、彼は先日の騒ぎも含めていろいろ目立ち始めている。こっちとしても、目立ったハンターにはそれなりの扱いをしないと不自然なんだ。分かってほしいなー」

「問題ない。我々も別に彼を連れ去るような真似まねをする気はない。我々の大義をそれとなく伝えて教化を進め、同志への道程を促進する。それだけだ」

「カツヤにその大義への好印象を混ぜ込んで送信してもらって、建国主義への賛同者を増やす訳か」

「統企連のプロパガンダによる偏向を除去した純粋な思想の伝達を推し進めると言ってほしいね。では、失礼する」

 ネルゴとの通信が切れた後、ヤナギサワがつぶやく。

「……どこまでやる気なんだか。まあ、俺の邪魔をしないのなら良いさ」

 ヤナギサワは知っている。旧領域接続者が念話として送信可能な情報の中には、ネルゴが説明した印象や感情などとは比較にならないほどたちの悪いものもあるのだ。

 旧世界時代、旧領域接続者が当たり前に存在していた頃、敵に理解を送信され、今すぐに自殺するのが最善だと理解させられてしまい、相互に国家単位で一斉自殺した結果文明が滅んだ。文明が滅んだのにもかかわらず、自己修復機能では説明が付かないほどに建物が中身ごと無傷で残っているのはその所為せいだ。そのような仮説も立てられている。

 その理解攻撃から逃れるためにセキュリティーを最優先で強化した結果、最低限の通信すら不可能となった者達が生き残って文明を再構築した。そして東部の人間はその子孫であり、その所為せいで旧領域に接続できないのだ。現在旧領域接続者と呼ばれている者達はその観点から判断すると、むしろセキュリティーが緩んでいる状態であり甚だ危険だ。その旧領域接続者を、企業利益のために増やすなど本来言語道断な行為だ。そう主張する者もいる。

 他にも旧領域接続者の特質に起因する問題は多い。ヤナギサワにはネルゴがそれらの知識をどこまで知っているのかは分からない。無知を装って相手がどこまで知っており、どこまで自分に話してくるかを確認していた。

 少なくとも、ネルゴは旧領域接続者からの印象送信に強固な耐性を持っており、その所為せいで自身の精神状態の揺れから旧領域接続者の識別は出来ない。だからこそ、他者の揺らぎから判別しようとしている。旧領域接続者を見つけ出すために建国主義者の幹部が精神汚染を受けてしまえば本末転倒だ。ヤナギサワはそう判断した。

 ヤナギサワはその耐性、防御手段にも興味が湧いたが、そこに口を出して、それ以上を確かめるつもりはなかった。それ以上は藪蛇やぶへびになると分かっているのだ。気を切り替えると、アキラの情報を再度表示して内容をもう一度確認する。

「……多少ひねくれてはいるが、スラム街の徒党の後ろ盾もやっているし、少ないが他のハンターと行動する機会もある。セランタルビルでは部隊の一員として動いている。スラム街の抗争騒ぎでは恋人を命懸けで助けにも行っている。個人行動を好むとしても、集団行動にもそれなりに適応している。ネルゴのプロファイリングとも一致しない。やっぱり外れか」

 ヤナギサワはそれでアキラへの警戒を著しく引き下げた。そしてアキラの情報を消して再度カツヤの情報を表示する。

「……やっぱりこっちか?」

 ヤナギサワはカツヤへの警戒を著しく引き上げた。


 ヤナギサワは思考を現在に戻すと、カツヤの部隊の情報を空中に投影した。この部隊は機領が開発した総合支援強化服を装着した後に類いまれな連携を見せて大いに活躍した。情報欄にはその記載があり、総合支援強化服の性能をたたえる宣伝文句と共に、イナベが防衛隊への支給を臭わせて機領から遺跡探索費用の投資を募った旨も記載されていた。

 それを読んだヤナギサワが思わず小さな笑いをこぼす。

「どこまで偶然なんだか。全部だとしたら、奇縁に恵まれすぎてるな」

 ヤナギサワはネルゴから得た情報と、その後部下にカツヤをひそかに監視させて得た情報、カツヤの部隊に配備された総合支援システムから抜いた情報などから総合的に判断し、カツヤを極めてたちが悪い存在だと断定した。

 旧領域接続者の送信能力で自身への好感、印象、評価を引き上げる。優れた容姿。危険な荒野で互いに命を助け合って生まれる一体感。高い戦闘能力が生み出す他者からの期待。それらが好感等の上昇幅を更に上げるのと同時に、旧領域接続者の送信能力を隠蔽する。旧領域接続者ではない普通に有能なハンターでも、仲間と命懸けで助け合えば仲が深まることは普通に有り得ることだ。それが隠蔽をより強固にする。

 その上で、高まった好印象、好感情で相手の認証を突破し、他者を自身のローカルネットワークに組み込む。それにより無意識での情報共有が行われ、部隊行動等での連携が飛躍的に向上する。更に集団への帰属意識が上昇する。

 加えて階層構造の情報伝達により、上位個体の感覚が下位に流れていく。カツヤの才覚が生み出す自信が下位に伝染し、他の者も恐れずに戦うようになる。更にローカルネットワークでの集団意識が自己と他者の区切りを曖昧にしていく。戦闘で死者が出たとしても、カツヤは死んでいないので、自分が死ぬとは思えず、自身の死への恐れが著しく軽減される。結果、絶対的な指揮系統を持つ死を恐れない強固な部隊が出来上がるのだ。

「まあ、君は博愛主義ではないので部隊編制に偏りが出来ているけどね。それでも十分な影響力だ。ドランカムは大分君のローカルネットワークに組み込まれてしまっている。ネルゴが君を欲しがる訳だ。君が建国主義者になれば、都市に放り込むだけで建国主義者の組織が出来上がる。そして、君は恐らくあいつらの支援を受けている。君のローカルネットワークを介して、あいつらのサポートを仲間にも適応させているはずだ。最近の君のローカルネットワークの構築速度。君の部隊の戦闘力。それで説明が付く。君にその自覚がなかったとしてもだ」

 いつもの笑顔を浮かべていたヤナギサワの表情から笑顔が消える。

「今すぐに殺すか?」

 しばらくの沈黙を置いて、ヤナギサワが同じ表情のまま続ける。

「いや、まだ確証はない。それにそうだとしても、俺がカツヤを監視していることはあいつらに露見していないはずだ。生かして泳がせておく価値はある。それに明日の遺跡探索だ。あそこは……」

 再びしばらくの沈黙を置いて、今度は険しい表情に変えて続ける。

「……利用できるかもしれない。後方連絡線の延長が進めば向こうの出方も変わってくるはず。布石は必要だ」

 ヤナギサワが黒いカードを取り出してじっと見る。

「どこまで通じるか分からないが、いけるはずだ。あいつもあいつらが嫌いなはず。交渉の糸口はあるはずだ。危険ではあるが、賭ける価値はある」

 ヤナギサワはカードを仕舞しまうと、表情を普段の笑顔に戻そうとした。だが険しさは取れなかった。


 アキラが翌日の大規模遺跡探索に向けて体調を整えるために風呂に入っている。シェリルの拠点の風呂に何度か入った所為せいで少々物足りない気がするが、自宅ならば後は寝るだけの状態に出来るので、そこは我慢していた。

「旧世界製自動人形の売却代金がもうちょっと早く手に入っていれば、装備を調える時間もあったんだけどな」

 シズカの店で新装備を購入しても、取り寄せに時間が掛かり遺跡探索には間に合わないので、新装備の購入は保留となっていた。場合によってはキバヤシに追加の資金を渡すことも考えている。高額な振り込みをハンターオフィスの伝で知ったキバヤシから、追加資金を投入した分だけ装備の性能が上がると連絡があったのだ。

 いつも通り一緒に風呂に入っているアルファが少し不満そうなアキラを笑ってなだめる。

『そこは仕方ないわ。短い時間で出来る限りの準備をした。そう思いましょう』

 修理に出していた大型車両もようやく戻ってきた。かなりひどい破損状態の所為せいで修理に時間が掛かるが、修理の方が買い換えるよりは安く済む。そう説明されていたので新車の購入は見送っていたのだ。

 車両には高性能な装甲タイルが大量に貼られている。華麗にかわして避けるような車種ではない。両断などされないように、高価な装甲タイルを惜しまずに用意した。

 弾薬やエネルギーパックなどもシズカの店で出来る限り買い込み、カツラギから回復薬も多めに購入した。今回は全て自費だ。一応その補填として、収集した遺物をイナベに少々色を付けて買い取ってもらう取引になっている。そこには、消耗品の負担額等の交渉はまずは高価な遺物を見付けてから、というイナベの事情が含まれていた。

『今日は早めに寝て、明日に備えなさい。寝不足の状態で遺跡探索なんてしたくないでしょう?』

「分かった。まあ、依頼は依頼だ。しばらくクズスハラ街遺跡には行かないつもりだったけど、頑張ろう」

『アキラ。危ないと思ったらすぐに引き上げるからね。エレナ達は依頼を受けていないようだから問題ないでしょう?』

 どこか意味ありげなアルファの微笑ほほえみに、アキラが苦笑を返す。

「悪かったって」

 イナベがランク40超えハンターから快い返事を受け取っていると言った時、アキラがエレナ達のことを思い浮かべたのは事実だ。イナベはエレナ達の名前を出すとアキラへの脅しと捉えられる可能性を考慮して、別方向からそれを臭わす程度に抑えたのだ。つまりアキラはイナベの交渉術に引っかかっていた。

 アキラはいつも通りアルファと軽い雑談を済ませて風呂から出るとすぐに寝た。特に明日への気負いなどはない。いつも通りだ。

 日付が変わり、日が昇る。カツヤが、イナベが、ヤナギサワが、多数の者達が己の目的のために賭けに出る遺跡探索が始まろうとしていた。

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