第196話 取扱注意

 ロディンがその自動人形を起動させたのは偶然が積み重なった結果であり、つまりは運だ。

 仲間が自動人形の情報を偶然手に入れたこと。

 皆で遺跡探索の準備を念入りにしていた時にクロサワを雇えたおかげで、金は掛かったが死なずに目的地に到達できたこと。

 4体の自動人形の保管場所を発見した後、クロサワが別の場所で更に自動人形を見付けても確保は戦力的に対処不可能だと判断し、万一発見したら確実にめると考えて周囲の詳細な探索を即座に切り上げたこと。

 クロサワがアキラ達と話を付けたことで、アキラ達が周囲の探索をせずに戻っていき、そのおかげで比較的近場にあった別の自動人形を見付けられなかったこと。

 仲間に話を通しておけ、というクロサワの指示を、ロディンは仲間に説明する際に意図的に省略して話し、仲間はそれでクロサワが許可を出したと判断して、ロディンを1人で探索に向かわせたこと。

 それらがロディンをその場所に辿たどり着かせた。部屋を出たロディンはそのまま周囲を探索して、偶然、余りにもあっさりと、別の部屋で保存されていた自動人形を発見した。

 自動人形の収納装置は少し小さめの部屋の中央に設置されていた。長期睡眠装置のようにも見える外観で、上部が透明な素材の蓋や覆いのようになっており、内部をはっきりと視認できる構造になっていた。内部には女性型の自動人形が機能停止状態で格納されていた。

 ロディンはその自動人形にしばらく見れ、湧き上がった喜びを表情に出した。

 本来ならばそこですぐに仲間のもとに帰るべきだった。それが危険と報酬の両方を考慮した場合の最良の選択だ。だがロディンは笑顔を曇らせ、強い苦悩をあらわにして、その場で足を止めたまま、悩んでしまった。

 遺跡で発見される遺物の中にはその取扱いが非常に難しい物も多い。見付けても触らず、場の確保にとどめて、専門の業者に対応を依頼する。それが最適な手段だと広く周知されている遺物が数多くある。旧世界製の自動人形もその遺物の一つで、クロサワも迷わずその手段を選択した。

 ただしこの手段には欠点もある。基本的に遺物が発見者の物にならないのだ。専門技術が必要なほど取扱いが難しいため業者に支払う料金も高額になる。大抵はその業者を介して売りに出され、技術料や手数料を引いた額が支払われる。遺物を初めから金に換えるつもりならば全く問題ない。だが特定の遺物を欲して遺跡に潜る者にとっては大問題だ。

 専門業者を呼ぶ場合、大抵は該当の遺物を競売に出すことが条件となっている。発見者が自分で買い取ることも可能ではあるが、貴重な遺物を欲している企業等と競うことになる。基本的に勝ち目はない。

 ロディンは悩みに悩んだ末、自動人形の収納装置に手を伸ばした。そして使用方法など分からないが、いろいろ試して収納装置を開こうとした。ボタンやスイッチ、タッチパネルのようなものに恐る恐る触り、反応がないことに落胆しながら、そこでも思いとどまれなかった。

 ロディンは自動人形のメイド、特に旧世界製のものに強い憧れを持っていた。いつまでも若く美しく、機械であるが故の盲目的とも言える揺るがぬ忠誠を持ち、あらゆる点において非常に優秀で、その存在意義の全てをもって主を支える存在。ある種の都合の良い欲望をそのまま具現化した存在。旧世界の技術が生み出した冗談のような現実の存在。その存在を知った時、自分では手に入れるのは無理だと思いながらも、どうしようもなくそれを欲した。

 まれではあるが、非常に聞き分けの良い自動人形が遺跡で自身を起動させたハンターに自身の所有を認めることがある。

 その幸運に巡り会えたハンターが強力な自動人形を相棒にして遺跡を巡り、あっという間に大成し一流の仲間入りをした。その手のうわさは東部では珍しくない。僅かだが実例も確認されている。少し調べれば成功者の情報も手に入る。当然ロディンもそれらの話を知っていた。

 そして、その幸運を求めることが非常に分の悪い賭けであることも、一緒に流れる話からよく知っていたはずだった。

 それでもロディンがその賭けに手を出してしまったのは、あの場でシオリを見たからだ。レイナの側に立つシオリの姿が、そのたたずまいが、ロディンが無意識に想像していた理想と似通っていたのだ。それがロディンの欲を強く刺激していた。そして目の前の女性型自動人形もメイド服を着ていたのだ。

 分の悪い賭けだと理解しながらも、残りの人生で旧世界製の自動人形を手に入れる機会がもう一度回ってくる可能性など恐らくないと考えてしまい、ロディンはその賭けに手を出してしまった。

 そしてここまで積み上がった偶然に、更に偶然が積み重なる。闇雲に収納装置を触っていたロディンの前で気体が漏れ出す音が響く。収納装置が開き始めたのだ。

 ロディンが思わず数歩後退あとずさりしている間に収納装置が完全に開いた。そしてメイド服を着た自動人形が目を開き、身を起こし、ゆっくりと立ち上がる。

 やってしまった、という強い思いが胸中を駆け巡る中、入り交じった期待と不安が動悸どうきを高めていく中、ロディンがぎこちない笑顔を自動人形に向ける。

「や、やあ」

 自動人形が表情を変えずに視線をロディンに向ける。

 次の瞬間、自動人形が繰り出したぬき手がロディンの胸に突き刺さっていた。白い手袋がロディンの強化服を貫いててのひらの中程まで深々と入り込んでいた。

 ロディンの表情が驚きから悲しげな苦笑に変わっていく。高く積み上がった偶然は幸運に届く前に崩れ落ち、地に散らばった偶然は不運となった。

「……だよ……な!」

 激痛と現実がロディンの意識を夢想家からハンターに戻した。ロディンは胸に重傷を負ったまま銃を抜き、自動人形へ向けて乱射した。

 旧世界の遺跡で自動人形を発見しても絶対に起動させるな。欲をかかずに専門業者に対応を頼め。東部のハンター達に広く知れ渡っている自動人形の取扱い方法だ。そしてそれを定着させた一番の理由は、それに従わなかったハンター達が積み上げた死体の山だ。遺跡でハンターが自動人形を起動させた場合、その自動人形が取る統計的に最も高い行動は、自身を起動させたハンターの殺害なのだ。

 遺跡側の感覚ではハンターは施設に無断で武装して侵入した人物だ。自動人形も個体差や製品差はあるが大体それに準じた判断を下す。代金も払わずに非合法な方法で自身を取得した犯罪者に自身の所有権を与えるなど盗人ぬすっとに追い銭だと判断し、自身の商品価値を維持、回復するために武力行使に出るのだ。

 その後、稼働した高性能な自動人形が周囲の光景から状況を推察し、旧世界の秩序、法、価値観を基に、緊急時の治安維持活動に出る場合もある。土地や建物を不正に占拠している集団を排除しようと、その高性能さを遺憾なく発揮した結果、強力な賞金首に認定されて莫大ばくだいな賞金が掛けられた事例が幾つもある。

 そしてそれらの話を企業が貴重な遺物を独占するために流した欺瞞ぎまん情報だと考える者もいる。自動人形がハンターを所有者に認定する確率は、聞いていた話よりも実は結構高いのではないか。そう疑う者もいる。運良く強力な自動人形を手に入れたまれな例が、他のハンター達の疑心を高めていく。その結果、無謀な賭けに出るハンターがいつまでっても絶えないのだ。

 ロディンはその賭けに負けた。その代償を支払うのはロディンだけとは限らなかった。


 遺跡の中を移動している途中で、アキラが少し気になったことをトガミに尋ねる。

「そういえば、俺達は日帰りの予定だって言ってたけど、もし自動人形が見付かったらどうするつもりだったんだ? あのハンター達はあの部屋を結構長時間防衛するように見えたけど、日帰りじゃ無理だろう」

「正直に答えると、仮に自動人形が見付かっても、破損状態がひどくて起動は無理な状態で見付かると思っていたんだ。だから壊れた自動人形を運べば済む。そう考えていた」

「そうだったのか。じゃあ俺達が先にあそこに到着していても諦めるしかなかったのか?」

「いや、それはない」

「じゃあどうするんだ?」

「気は進まないが、次善の策が2つ有る。1つはドランカムに連絡して増援部隊を派遣してもらう方法だ。その場合、連絡した時点でドランカム側が主導する作戦に切り替わるから、指揮権を持っていかれるし報酬も大分下がる。だから気が進まない。もう1つは、稼働状態の自動人形の暴走を防ぐために、起動前に自分で破壊する方法だ。綺麗きれいに壊せば修理も比較的容易になる。ただ、当たり前だけど自動人形の買取額はかなり下がる。折角せっかく見付けた遺物の価値を自分で激減させるんだ。そっちも気が進まない」

 ちなみにアキラ達が途中で見た自動人形の立体映像だが、それが本物で起動する兆しがあった場合、シオリとカナエは自動人形を即座に問答無用で破壊するつもりだった。

「……そのどっちを選ぶかは、その時に考えてみないと分からないな」

 その場合を想像して顔を軽くしかめていたトガミが、感心したような視線で自分を見ているアキラに気付いた。

「……何だよ」

「いや、ちゃんと考えてるんだなーっと思って」

「そりゃそうだろう。程度の差はあっても遺跡探索は命賭けなんだ。その程度の想定はするさ。アキラだってそうだろう?」

 アキラが微妙に視線をらす。らした先で、意味ありげに微笑ほほえんでいるアルファと目が合い、更に視線をらした。

 トガミはアキラの思慮が意外に浅かったことを察して、それを意外に思いあきれるべきか、その思慮の浅さが産むであろう困難を実力でじ伏せるアキラに再度感心するべきか、少し迷った。


 クロサワ達がいる部屋の出入口付近で見張りをしていた男が、通路の奥から戻ってくるロディンに気付いた。

「もう戻ってきたのか。全く、何やってんだか……」

 軽く小馬鹿にしながら笑って迎えてやろう。そうと思っていた男の表情が一気に険しくなる。ロディンの足下から奥へ続いている血痕と、急ぎながらも蹌踉よろめきながら進む姿に気付いたのだ。

「敵襲だ! ロディンが負傷している! 援護を!」

 そう部屋の中に叫んだ後、男がロディンに駆け寄っていく。そして今にも崩れそうなロディンを支えると、緊張の糸が切れたのか、ロディンはそのまま気絶した。

 クロサワが他のハンター達と一緒に部屋から飛び出し、他の者に逆方向の警戒を指示した後、自分はロディンの方へ素早く移動する。ロディンのもとに到着すると、折りたたみ式の大型銃を素早く構える。すると銃が高速で展開していき、簡易防壁のような盾と通路の幅よりも長い銃身を持った大口径の銃に変形した。

 クロサワがロディンの容態を目視で確認する。体内に仕込んだ延命機能、肉体が負傷で動かなくとも行動可能にする強化服、1人で探索に出るだけの実力、それらがロディンの命を辛うじてつないでいた。

「まだ十分間に合う! すぐに中に運んで治療しろ!」

 男がロディンを支えながら急いで部屋へ戻っていく。クロサワも奥を警戒しながらゆっくり下がっていく。

(……胸に一撃。あの負傷、何だ? 銃の類いじゃないな。……モンスターの角か? そんなやつこの辺にいたか?)

 クロサワの疑問は通路の奥から現れた人影によって中断された。その人影、メイド服を着た妙齢の女性を見て、シオリ達やその関係者を疑ったが、すぐに取り消して表情を険しくする。

「……自動人形。起動してやがる! 手袋に血液! あの負傷はあいつか!」

 クロサワが躊躇ちゅうちょなく引き金を引く。銃の照準機能が事前に目標との距離を計測し終えており、発砲前に目標の位置で爆発するように設定された砲弾が高速で宙を駆けていく。砲弾が目標に命中する前に爆発し、爆風と爆炎を通路にき散らした。

 通路から爆炎が消えると、そこにいたはずの自動人形の姿も消えせていた。残骸のような物は欠片かけらも見当たらない。クロサワが険しい表情で舌打ちする。

(……逃げられたな。恐らくほとんど効いてない。爆破位置も変だった。距離の計測を狂わされたのか、弾頭の設定に干渉したのか、別の何かか、何らかの方法で被害を防がれたか。流石さすがは旧世界製の自動人形。随分と高性能だ)

 クロサワは少なくとも敵はこの場から離れたと判断した。銃が再び折り畳まれて小さくなっていく。

(砲撃型ではなく、機銃型に変形させるべきだったか……)

 クロサワは判断の誤りを反省しながら厳しい表情で部屋に戻っていった。


 クロサワが治療を終えて部屋の床に寝かされているロディンに視線を向ける。

「容態は?」

「命に別状はない。だがしばらくは目を覚まさないし、戦力にもならないな」

「意識だけでも何とかならないか? こいつに確認したいことがあるんだが」

「無理だ。相当の重傷で、延命機能が仮死保護モードになっている。下手に解除すると容態が急激に悪化して死に兼ねない」

「……そうか」

 頭を抱えるクロサワを見て、他のハンター達が不思議がる。

「そんなに何かすぐに確認しなければならないことがあるのか?」

「ああ。こいつが襲われた状況を知りたい。俺の推測が混ざるが、こいつは自動人形に襲われたはずだ。さっきそれらしい人影を見た。逃げられたけどな」

 ハンター達にどよめきが広がっていく。

「他にも自動人形があったのか!?」

「おいおい、それでロディンが起動させたとかじゃないだろうな」

「そうと決まったわけじゃないだろう。人型の警備ロボットを見間違えたとかじゃないのか?」

 クロサワがハンター達を手で制して落ち着かせる。

「その辺のことをこいつに確認したかったんだよ。最悪を想定して行動するなら、俺達が発見した自動人形を事前に破壊する必要がある」

「は、破壊って……」

「可能性は大きく3つ。既に起動していた自動人形と遭遇した。新たに見付けた自動人形をこいつが起動させた。ここまでは良い。問題は、新たに自動人形を見付けたが、こいつに起動させるつもりなど全くなかったのにもかかわらず、勝手に起動した場合だ。単純に近付いただけで勝手に起動するパターンだったのならまだ良い。遺跡の防衛機能が侵入者を排除するために遠隔で起動させたのなら、俺達が見付けた4体も同様に危ない。今は起動シーケンスの途中なだけかもしれない。整備状態が万全な旧世界製の自動人形。下手な賞金首より強力な可能性もある。それが4体だ。交戦になったら、非常に不味まずい」

 ハンター達が険しい表情で顔を見合わせる。状況の危険性を理解しながらも、莫大ばくだいな金になる自動人形を破壊するのは避けたいという思いが表情に出ていた。

「ぜ、全部仮定の話だろう? そんな万が一の危険性を考慮して、折角せっかく見付けた自動人形を壊すことはないんじゃないか? その内に専門業者だって到着するんだ。そ、そこまで待ってからでも……」

 クロサワが楽観的な男に強い視線を向けると、それで男は口を閉ざした。

「俺は雇われの隊長だ。そっちのチームの利害とは究極的には無関係な位置にいる。だから大金を投げ捨てるような提案も平気でできるんだと思っているやつもいるだろう。否定はしない。だから、どうするかはそっちで決めてくれ。流石さすがに今回の報酬はでかすぎる。直接的な利益の外にいる部外者が決めることじゃないだろう」

「い、いや、そ、そこを決断するのが隊長の仕事だろう!?」

「俺が決めるなら、破壊一択だ。それで良いんだな?」

 クロサワがそう念を押すと、ハンター達が苦悶くもんの表情で悩み始めた。

「見張りは俺がやっておく。好きなだけ時間を掛けて決めてくれ。決断が遅れた分だけ状況が悪化するかもしれないし、違うかもしれない。時間制限があったとしても、専門業者の到着より後かもしれない。あるいは、もう手遅れなのかもしれない。その辺は分からないんだ。好きなように時間を使ってくれ」

 クロサワがハンター達に背を向けて部屋の出入口に向かう。その背後ではハンター達が結論の出そうにない相談を続けていた。


 旧世界の遺物を探しながら遺跡の外に進んでいる途中で、アキラがふと思ったことをアルファに尋ねる。

『10億オーラムほど出せば自動人形が買えるって話だけどさ、資金に余裕があれば買った方が良かったりするか?』

 アルファが珍しく表情を少ししかめる。

『必要性を全く感じないけれど、欲しいの?』

『いや、アルファは俺の強化服や車やバイクを動かしているだろう? 同じように自動人形を動かせばアルファも便利かなと思ってさ』

『嫌よ』

 その短い言葉には強い否定が込められていた。

『そ、そうか』

 技術や規約などによる可能不可能の返事ではなく、嫌だ、というどこか感情的な返事がアルファから返ってきたことを、アキラはかなり意外に思った。そして微妙な気まずさを感じて、それを誤魔化ごまかすように続ける。

『いや、大した理由じゃないんだ。別に無理に頼む気もないしな。ほら、あのツバキってやつがツバキハラビルで自動人形を動かしていただろう? それでちょっと思っただけなんだ』

『あれは旧世界製の自動人形、それもかなり高性能な機体を使用して、その上で遠隔操作を基本的にした補助的な行動に制限した上で、機体の性能に人格が引きずられないように十分に注意を払っているの。前提条件が根本的に違うわ』

『あー、そうなんだ』

『そうよ』

 アキラは以前にアルファを目覚まし時計扱いにして非常に機嫌を損ねてしまったことを思い出していた。そしてアルファの態度からその時よりも気に障る話だったことを把握した。

『悪気があったとは思っていないけれど、もうこの話は持ち出さないでね』

『はい』

 アルファが機嫌を戻したことを伝えるように微笑ほほえむ。しかしアキラの表情は微妙に引きったままだった。


 クロサワがハンター達に決断を求めてからしばらった。その間これといって何事もなく、落ち着きを取り戻したハンター達の意見は様子を見ながらの現状維持に、専門業者の到着を待つ意見に傾いていた。

 クロサワ自身も少し悲観的に考えすぎだったのではないかと思い始めていた。

(あの自動人形を一度追い払ってから結構時間がったが、再度の襲撃は無し。完全に追い払ったか? 自動人形の保存ケースがある小部屋に設置した情報収集機器もこれといった反応を示していない。起動の兆しは無しだ。……杞憂きゆうだったか? まあ、旧世界製の自動人形が一体稼働しているのは確かで、それがそこらを彷徨うろついているだけでも十分危険なんだがな。だが襲ってこないのなら俺達が対処する必要はない。専門業者に状況を伝えて、後は任せてしまえば良い)

 あの自動人形は今どこで何をしているのだろうか。ふとクロサワはそう思い、奥の小部屋の方へ向けていた視線を何となく僅かに上げた。

 そのメイド服を着た自動人形は、偶然にもクロサワの視線の先にいた。その方向の天井の向こう側、小部屋の上の部屋に立っていた。小部屋の中にある自動人形の保存装置の真上から、下へ信号を送り続けていた。それは単純な遠隔起動信号ではなく、収納装置と自動人形の電子防壁を無理矢理やり突破する攻撃に近い通信だった。

 侵入側も防衛側も旧世界製の自動人形。本来ならば電子防壁の突破は困難だ。だがメイド服の自動人形は遺跡の通信網に自身の通信を通し、通信認証を擬態した上で、格上の演算力に物を言わせて多少時間は掛かったものの障壁を突破した。

 小部屋の収納装置の中にいる自動人形達の目が開いていく。そして収納装置の蓋を内側から殴り飛ばし蹴飛ばし吹き飛ばすという、明確に非正規の稼働方法で収納装置の外に出た。

 クロサワが小部屋に設置していた情報収集機器の反応に気付き、即座に動き出す。

「自動人形が起動した! 応戦しろ!」

 稼働したが敵対はしていない可能性もあった。だがクロサワはその可能性を迷わず全て切り捨てた。可変式の銃を機銃型に変形させながら奥の小部屋の扉に向けて変形完了と同時に発砲する。無数の銃弾が扉に激突し、部屋中に着弾音を響かせる。

 クロサワの銃撃は扉が開いても内部へ銃弾を送り続けることで、起動した自動人形達を小部屋から出さないためのものだ。同時にハンター達が応戦の態勢を整えるまでの時間稼ぎでもあった。ハンター達の技量は決して低くない。急展開で僅かに戸惑っても、すぐに体勢を立て直す実力はある。クロサワが数秒場を硬直させれば問題はなかった。

 だがその数秒は、旧世界製の自動人形4体の前では長すぎた。

 扉が内部から勢いよく吹き飛ばされる。更に中から自動人形の収納装置が正確にクロサワを狙って高速で飛んでいく。撃ち落とせないと悟り、クロサワはその場から大きく横に飛び退いてかわした。

 その動きの中、クロサワは収納装置の背後に自動人形達の姿を見た。投げ飛ばした収納装置を盾にして銃弾を防ぎながら、2体の自動人形が部屋の出口を目指していた。

 クロサワはその2体の迎撃に意識を割こうとしたが、後方の残り2体の動きを視界に捉えるのと同時に、部屋の出口を目指す方の対処を切り捨てた。後方の1体がクロサワを狙って追加の収納装置を投げつけようとしており、もう1体が収納装置を鈍器代わりにしてハンター達を襲おうとしていた。

 クロサワは投げつけられた収納装置を更に飛び退いてかわしつつ、ハンター達を襲おうとしていた自動人形を銃撃して動きを止めようと試みる。そのすきに2体の自動人形がクロサワと大きく擦れ違って部屋から脱出した。

(逃げられたか! ……いや、今は敵が減ったと解釈しろ! 連中が戦力を分散させた理由を考えるのは後回しにしろ! まずは、こっちの排除が先だ!)

 ハンター達が応戦の態勢を整える前に、自動人形が収納装置をハンター達に向けて振り回す。避けきれなかったハンターが吹き飛ばされて部屋の壁にたたき付けられた。頑丈な収納装置にも大きなへこみが生まれていた。

 明確に乱戦や誤射を狙った接近戦に持ち込もうとする2体の自動人形達に対して、ようやく態勢を整えたハンター達も多少の誤射を覚悟して応戦する。

 大金になるはずだった高価な遺物を破壊するために、強力な敵に変わってしまった旧世界製の自動人形を撃破するために、ハンター達は判断の誤りを銃弾で支払い続ける。自分達の命まで取り立てられるのを防ぐために、全力を尽くして撃ち続けた。


 メイド服の自動人形は植物が覆い茂る遺跡の中をかなり高速で移動していた。長い袖や足首まで隠すスカート。なびく長髪。機能性よりも少々見た目を重視した装飾品。それらがそこら中に引っかかりそうだが、身体の微妙な動きでそれらの動きを制御して、周辺の突起物を全て避けて苦もなく進んでいた。それを容易たやすく実現する様は、旧世界製の自動人形の性能の高さを示していた。

 そこにクロサワ達から逃れた2体の自動人形が現れる。そしてそのままメイド服の自動人形の背後を指揮下に入ったように付いていく。

 メイド服の自動人形が移動しながらスカートの内側から何かを取り出して2体の自動人形に投げ渡す。2体の自動人形はそれを当然のように受け取った。

 3体の自動人形達はそのまま部隊のように遺跡の中を進んでいった。

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