第57話 力場装甲

 アキラは本部の警備を無難に続けていた。ヤツバヤシの治療の効果があったのか、体の痛みはほとんど消えており、疲労も随分回復していた。少なくとも戦闘に支障がでない程度には回復していた。

 軽く腕を動かしたりして回復の程度を実感したアキラが、少し意外そうにアルファに話す。

『あの治療、かなり効果があったみたいだな』

『旧世界の遺物を解析して作成したって言っていたし、あれでも腕は良いようね。遺物の回復薬も手に入ったし、良いことだわ』

 アキラが暢気のんきに答える。

『運が良かったわけか。まあ、あれだけ不運なことがあったんだ。これで帳尻が合ったんだろうな』

 本日の不運は終了したのだ。アキラは何となくそう思っていた。

 そのアキラから少し離れた場所で、本部の指揮者が少し苛立いらだちながら部下と話していた。

「仮設基地との連絡はまだ取れないのか?」

「定期的に連絡を試みていますがつながりません。仮設基地周辺の色無しの霧の濃度が低下するまでは無理です。やはり地下街のハンターを地上に派遣しては?」

「地下街のハンターは地下街での活動を前提に契約しているのが大半だ。依頼内容に反する可能性が高い。我々には独断で大部分のハンターの実働場所を変える権限もない。あの遺物強奪犯との戦闘もかなり契約違反すれすれだぞ? 無理だ」

 本部はケイン達の対処に頭を痛めていた。ケイン達を地下街から追い出すことには成功した。しかしハンター側にも多数の被害が出ていた。

 不測の事態ならも角、地上にいて重装甲強化服を着用して高火力の装備を保有している者が最低でも2人いる集団に対して、ヤラタサソリの巣の討伐依頼を受けているハンター達に捜索追撃指示を出すのは、現場にいる職員の権限を越えていた。

 更にケイン達は奪った遺物を持って既に遠くまで逃走している可能性が高いのだ。本部の指揮者は周囲を捜索しても彼らが見つかるとは思えなかった。

「仕方ない。誰かを直接仮設基地に派遣してこちらの状況を伝える。それで恐らく防衛隊がこちらに派遣されるだろう。要件に適したハンターを選び、交渉してすぐに派遣させてくれ」

「分かりました」

 指示を受けた職員が端末を操作して要件に適したハンターを探し始める。

 地下街の奥に派遣しているハンターは駄目だ。本部に呼び寄せるまで時間が掛かる。ドランカムのような徒党に所属しているハンターは駄目だ。契約外の行動を指示するためには、本人の他に徒党の担当者との交渉が必要で時間が掛かる。

 個人で依頼を受けており、本部になるべく近い位置にいて、別の作業を割り振ってもその場の影響が少ない者。職員は端末を操作して条件に一致するハンターを探した。

 都合の良いことに該当するハンターはすぐに見つかった。職員はすぐにそのハンターと交渉を始めた。

 アキラが職員に指示の内容を確認する。該当のハンターとはアキラだった。

「……つまり、端末を持って仮設基地に行けば良いんだな?」

「そうだ。正確には仮設基地と通信が可能な範囲まで近付けばいい。そうすれば端末が自動で仮設基地と連絡を取るからな。頼むよ。終わったら今日はもう上がって良いからさ。治療を受けていたようだし、本調子じゃないんだろう? 終わったら帰ってゆっくり休めば良い。お前も早く帰りたいだろう? 帰るついでに仮設基地に寄るだけだ」

 アキラが少し考える。随分とアキラに都合の良い指示だ。

(やっぱり今日の不運はあれで終わったってことだな。早く帰って、ゆっくり風呂にでも入って、たっぷり寝て、明日の不運に備えるか)

 帰って良いと言われると、すぐにでも帰りたくなってしまっていた。アキラは職員の頼みを受け入れると、すぐに帰る準備を始めた。

 アキラの最低経過時間はまだ大分残っている。アキラは予定より大分早く地下街から出ることができて上機嫌だ。地下街に続くビルの近くにめていた自分のバイクにまたがると、機嫌良く笑ってアルファに話す。

『仮設基地に行けば今日の仕事は終わりだ。早く宿に戻ってゆっくり休もう』

『そうしましょう。強化服の調子も悪いし、できれば修理に出したいわ。シズカの店で応急処置ぐらいはできると良いのだけれど』

『じゃあ帰りにシズカさんの店に寄らないとな』

 アキラがバイクに乗って仮設基地を目指す。仮設基地に続く道は瓦礫がれきの撤去なども大分済んでいる。何事もなければすぐに仮設基地に到着するだろう。

 アルファが大分気を緩めている様子のアキラに話す。

『アキラ。仮設基地周辺は色無しの霧が濃くなっているから、念のため速度を落として進むわよ』

『了解だ。この辺は大丈夫なのか? 色無しの霧が濃いと、アルファの索敵能力が落ちるんだろ?』

『大丈夫よ。色無しの霧がかなり濃い場合でも、クズスハラ街遺跡の地上部分なら地下街以上の能力で索敵が可能よ』

『ますます地下街に戻りたくなくなってきたな。何とか都市側に言い訳して、依頼の期間を短くできないかな』

『腕の良い交渉人でも雇うしかないわね』

『そんな伝も金もない。無理だな』

 アキラは諦めてバイクを走らせた。


 アキラがバイクで仮設基地に向かっている。もっとも実際にバイクを運転しているのはアルファだ。アキラはハンドルを握って座っているだけだ。そしてアルファは強化服の操作もしているので、厳密にはハンドルを握っているのもアルファと言って良い。つまりアキラはほぼ何もしていない。

 そのためアルファが急にバイクを横転寸前まで傾けて強引に減速し、そのままほぼ直角に強引に移動方向を変更した時、アキラの驚きは非常に大きなものになった。

 アキラがアルファのいる方向に顔を向けて無茶むちゃな挙動の理由をアルファに尋ねようとする。

『アルファ!? 一体何だ……!?』

 視界に映った物を見たアキラの表情が固まる。アキラは限界まで傾いた車体でアルファの方を、肩がすれそうな程に近い地面とは逆の方を見ていた。アキラの視界には、青い空と、一部が崩壊した高層ビルと、今まさに降り注ごうとしている大量の小型ミサイルが映っていた。

 無数の小型ミサイルが色無しの霧をき分けて空中に弾道を描きながら周囲一帯に降り注ぐ。地面や壁に着弾した小型ミサイルが連続した爆発音を響かせる。爆炎と爆煙が一帯を飲み込み包み込む。崩れかかったビルが崩壊し、舗装された道路が粉砕され、遺跡に新たな瓦礫がれきの山を作り出した。

 ミサイルの着弾地点から少し離れた場所にケインとネリアが立っていた。地下街とは異なり地上には十分な広さがあるため、ケイン達が装備している重装強化服には拡張装備が取り付けられていた。

 特にケインの装備は大型のものばかりで、本来は専用の車両や戦車に搭載するような小型のミサイルポッドまで取り付けられていた。

 アキラを狙って大量の小型ミサイルを発射したのはケインだ。ケインが空になった小型のミサイルポッドを切り離す。切り離された小型ミサイルポッドが地面に激突して派手な音を立てた。

 ケインが機嫌の良い声で話す。

『地下街にいるあいつをどうやって殺そうかと考えていたが、向こうから外に出てきてくれるとは思わなかった! 運が良かったな! これで制御装置のロックは外れただろう!』

 ケインの精神はかなりの高揚を見せていた。大量の小型ミサイルで敵を吹き飛ばす快感に加えて、旧世界の遺物の運搬を邪魔していた要因を排除できたからだ。

 ネリアがいつも通りの声で答える。

『地下街に侵入する手段をいろいろ用意していたけど、無駄になったわね。まあ、手間が省けて良かったわ』

 ケインとネリアは爆煙に包まれたクズスハラ街遺跡の光景を強化服のカメラを通して見ていた。小型のミサイルポッドを1箱使い切って一帯ごと吹き飛ばしたのだ。ケインはアキラの死亡を確信していた。

『ネリア。輸送車両の制御ユニットのロックは解除されたか?』

 ネリアは強化服のカメラ越しに見ている映像を輸送車両の制御装置に送信していた。制御装置の死後報復依頼プログラムが映像を解析してアキラの死を認識すれば、制御装置のロックが解除されるはずなのだ。

 ネリアが制御ユニットの状態を確認する。

『……駄目ね。外れてないわ』

『何でだ!? 今ので殺しただろ!?』

『私に言わないで。煙で上手うまくあいつの死を識別できなかったか、まだ生きているかのどちらかよ。ケイン。近付いて死体を確認して。もげた首の映像でも送れば流石さすがに認証されるはずよ。派手に殺すのは勝手だけど、その所為で対象の死を識別できなかったらケインの所為よ?』

『分かったよ。探せば良いんだろう。探せば』

 ケインがアキラの死体を確認しに向かう。鋼の逆脚で細かい瓦礫がれきを踏みつぶしながら遺跡の中を進んでいく。その途中で崩れかかったビルから瓦礫がれきこぼれて頭部に直撃したが、ケインの重装強化服は傷一つ付かなかった。

 アキラがいた場所に到着したケインは頭部のカメラで周辺を確認する。飛び散った血や体の一部などを探したがそれらしいものは見つからない。

『ねえな』

 ケインのつぶやきを聞いたネリアが、僅かに苛立いらだった声で話す。

『ねえな、じゃないわ。瓦礫がれきの下にでも埋まったんじゃないの。瓦礫がれきを掘り起こすなり、情報収集機器で探るなりしてちょうだい。ケインの機体ならその程度の瓦礫がれき退かすぐらい簡単でしょう』

『分かってるって。ちょっと待ってろよ』

 ケインは巨大な手で瓦礫がれきつかむと道の脇に投げ飛ばした。投げ飛ばされた瓦礫がれきが地面にぶつかってその重量を感じさせる音を響かせる。それはケインの機体の出力の高さを容易に想像させるものだった。

 瓦礫がれきの下にアキラの死体はなかった。代わりに大破したバイクが転がっていた。アキラが乗っていたバイクだ。派手に壊れたバイクがケインの攻撃の威力を物語っていた。

『あいつのバイクがあった。やっぱりこの辺だ』

『バイクを見つけてどうするのよ。本人を見つけて』

『今探してる!』

 ケインは自身の苛立いらだちを解消するために派手な攻撃方法を選択してしまった。もっと周辺の被害がすくない攻撃にしておけば良かったと、ケインは自身の選択を少し後悔した。

 ケインはアキラの死体が近くにあるものと決めつけて情報収集機器の収集範囲を狭めていた。その設定ならば瓦礫がれきの下にある死体も捜索することができるからだ。

 ケインが情報収集機器の精度を下げそうな瓦礫がれきを道の脇に投げ飛ばしながらアキラの死体を探している。しかしそれらしいものは見つからない。

『……ねえな。爆風で吹き飛ばされたか?』

 ケインはそう考えて情報収集機器の探知範囲を少し広げた。しかしアキラの死体らしい反応はない。少しずつ機器の探知範囲を広げていく。それでもアキラの死体は見つからない。

 焦り始めたケインが自棄やけになって一気に探知範囲を広げた。すると少し離れた場所にそれらしい反応があった。

『そこか!』

 ケインは喜びながら重装強化服の頭部カメラをその方向に向けた。ケインがカメラ越しに見た映像は、CWH対物突撃銃を構えてケインを狙うアキラの姿だった。


 アキラがケインの攻撃を受けた時、アルファは可能な限りの回避行動を取っていた。

 全ての小型ミサイルの着弾位置を計算して回避不可能だと判断すると、最も被害の少ない場所に全速力で移動した。そしてアキラの強化服の出力を限界まで上げると、意図的にバイクのバランスを崩しながら足を地面に付けて、慣性に流されながらバイクを持ち上げてミサイルの盾にした。

 バイクを盾にしてミサイルの直撃を防ぎ、爆風に逆らわずに跳びのいて衝撃を軽減し、地面にたたき付けられるまえに防御態勢を取ってアキラの身体への被害を抑えた。

 全てはほんの僅かな時間に異常なまでの精密さで行われていた。何かが少しでも狂えばアキラは死んでいた。アルファはアキラの強化服を操作して、僅かな狂いもなくそれを実行した。

 それでもなおアキラへの被害は大きかった。無数のミサイルによる爆風の衝撃。強化服を全力で動かしたことによる負荷。地面にたたき付けられたことによる反動。それらがまとめてアキラを襲い、アキラの意識を刈り取った。

 一瞬の気の緩みが死につながりかねない状況で、アキラは数十秒も意識を失っていた。それでもアキラが死ななかったのは単なる偶然であり、言い方を変えればただの幸運だ。アルファに出会ってから今の所は続いている幸運がアキラを辛うじて生かしていた。

 ようやく意識を取り戻したアキラが、朦朧もうろうとしている上に混乱している意識で状況を把握しようとする。しかしアキラは頬に硬い地面が当たっているにもかかわらず、自分が地面に倒れていることにすら気づけなかった。

(……何だ? ……何が起こっている? ……俺は寝ていたのか? ……いつ寝たんだ? どこで? 家で? 家に帰った? ……帰ったか? ……移動中だったか?)

 アキラが混乱しながら答えの出ない自問を繰り返す。混乱しながらも意識の混濁から回復していく。そこでアキラはようやく先ほどからずっとアルファに怒鳴られ続けていることに気が付いた。

『アキラ! 起きなさい! アキラ! 死にたくなかったら今すぐに起きなさい!』

 アルファに怒鳴られている。過去の窮地でアキラが状況を悲観的に捉えても、そのアキラとは正反対に余裕の微笑ほほえみを浮かべていたアルファが怒鳴りつけている。それを認識した瞬間、アキラの意識が一気に覚醒した。

 アキラが身を起こそうとする。ケインの攻撃で負傷した体に激痛が走る。その激痛がアキラに苦悶くもんの表情を浮かべさせ、動きを鈍らせたが、アルファがアキラの強化服を操作して無理矢理やり動かした。

『敵に反撃しなさい! すぐに! 急いで!』

 アキラの手が地面に転がっているCWH対物突撃銃に勝手に伸びる。アキラが激痛に耐えながらアルファの指示を実行しようとする。

 アキラは今までの経験で理解している。アルファの指示を速やかに確実に実施しなければ、アキラの生存確率が限りなく下がっていくことを。

 アキラはアルファが操作する強化服の動きに合わせて素早くCWH対物突撃銃を構えた。銃口を向けた先にいる存在が本当に敵なのかどうかを、アキラは欠片かけらも疑わなかった。


 ケインが回避行動を取るよりも早くアキラが引き金を引いた。CWH対物突撃銃の専用弾がケインの重装強化服の胴体部分に直撃した。着弾の衝撃が空気を伝わり轟音ごうおんとなって響いた。

 衝突エネルギーの一部が光に変換されて飛び散っていく。ケインは衝撃で大きく体勢を崩したものの、重装強化服の自動平衡維持装置オートバランサーが崩れた体勢を補正したため転倒を免れた。

 ケインは体勢を崩したまま4本の腕が持つ重火器でアキラに反撃する。大量の銃弾がアキラに向けて放たれる。重装強化服の出力を前提とした大きさ、反動、火力の重火器から放たれた無数の銃弾が、射線上の壁や瓦礫がれき容易たやすく削り、砕き、破壊の跡をき散らした。

 アキラはケインの腕が動き始めた直後に回避行動を取って辛うじてその銃弾の嵐から逃げ延びた。

 ネリアからケインに通信が入る。

『ケイン? 何があったの? モンスターでもいたの?』

 ケインが慌てた声でネリアに答える。

『あいつだ! 生きてやがった!』

『そうなの? ミサイルの着弾位置を死体が残るように調整したら、殺せずに瀕死ひんしになっただけだったの? それで最後の足掻あがきでも食らったの? ちゃんと殺せた?』

『違う! あいつ、俺のミサイルを避けてやがった! しかも俺に一撃入れた上に、今の攻撃もしっかりかわしやがった! 力場装甲フォースフィールドアーマーの耐久値をごっそり持って行かれたぞ!? あれはCWH対物突撃銃の専用弾か!? それは戦車類の機械系モンスターに使うもんだろ!? 地下街にいるモンスターはヤラタサソリぐらいだろう!? 何であいつだけ戦車を狩りに来てるんだ!? おかしいだろうが!』

 ヤラタサソリを駆除するために用意した火力程度では、ケインの重装強化服の耐久力を突破することはひどく困難だ。しかしCWH対物突撃銃の専用弾ならば話は違ってくる。

 圧倒的な装甲で一方的に攻撃できる楽な仕事が、一転して殺し合いと呼べる程度にまで困難なものになったのだ。ケインが慌てるのも無理はない。

力場装甲フォースフィールドアーマーの衝撃変換光の光度から考えると、今のは相当な威力だ! ネリア! お前それを知ってて俺に様子を見させたんじゃないだろうな!』

『知らないわ。ヤジマを殺したやつなんだから、多少は強いかもと思ってはいたけどね。それはケインも知ってることでしょう?』

『そ、そうだけどよ……』

 ネリアが状況から推察した内容をケインに話す。

『ヤジマが死ぬ前に言っていたわ。都市のエージェントと遭遇した可能性があるって。あいつがそうなのかもね。ヤジマが準備をしくじって都市側に計画が漏れていた。少なくとも遺物が奪取される可能性があると判断された。それで都市が地下街にいるハンターの中にエージェントを紛れ込ませておいたのかもしれない。遺物奪取犯を相手にする可能性があるのなら、CWH対物突撃銃の専用弾を持っていても不思議はないわ』

 ネリアの推察は全て間違っているのだが、現在の状況に自然に一致している。ケインが更に慌て始める。

『どうするんだ? それが正しいなら、最悪、都市の防衛隊がここに来るぞ? 流石さすがに連中の相手は無理だ』

『都市側が本気で警備する気だったのなら、あいつ1人ってことはないはずよ。つまり、念のために一応配備しておいたって程度ね。急いであいつを殺しさえすれば問題ないわ。都合の良いことに、仮設基地周辺は色無しの霧が濃いみたいで仮設基地と連絡が取れないはずよ。時間はあるわ』

『急いであいつを殺して脱出か!』

『そういうこと。行きましょう』

 ケインとネリアがアキラの後を追い始める。都市の防衛隊がこの場に駆けつける可能性は確かにある。しかしケイン達にとって都合の良いことに、アキラを殺す程度の時間はありそうなのだ。

 ケイン達が集めた旧世界の遺物の売却金は莫大ばくだいなものになる。その金を得るためにも、ケイン達はアキラの殺害をそう簡単に諦めるわけにはいかないのだ。


 ケインの攻撃から逃れたアキラがクズスハラ街遺跡を走っている。バイクは破壊された。走るしかないのだ。

 アキラは走りながらヤツバヤシから買った回復薬を飲み込む。アキラの全身をむしばんでいた激痛が和らぐ。それはただの鎮痛作用であり、アキラの体はまだズタボロなままだ。

 アキラは自分の意思で走っているつもりだが、アキラの四肢はアキラの意思に従えるような健全な状態ではなかった。ボロボロの体をアルファが強化服を強引に操作することで、無理矢理やり走らせているだけだ。

 アキラが険しい表情でアルファに話す。

『アルファ! あいつ、CWH対物突撃銃の専用弾に耐えたぞ!?』

『あれは力場装甲フォースフィールドアーマーよ。あの光は衝撃変換光ね。力場装甲フォースフィールドアーマーが外部からの衝撃を防ぐ際に、衝撃エネルギーの一部が光に変換されて……』

『違う! 知りたいのは技術解説じゃなくて、どうすれば良いのかだ! CWH対物突撃銃の専用弾を防がれた対応方法だ!』

『相手が無傷ではないことを期待して撃ち続けるしかないわね』

『弱点とかないのか!?』

『現状に適した回答をすると、ないわ』

 アキラが険しい表情を浮かべる。CWH対物突撃銃の専用弾はこの周辺のモンスターへ使用するには過剰な威力だ。命中さえすればほぼ確実に撃破できる威力だ。アキラはその威力に安心を覚えていた。

 だが今はその直撃を食らっても倒せるどころか反撃してくる敵に襲われているのだ。アキラの動揺は大きかった。

 アルファがアキラの心情を察して話す。

『今は何も考えずに距離を取りなさい。回復薬も使い切って。私に何とかできるのなら、私が必ず何とかするわ。今までのようにね』

『……。そうだな。頼んだ』

『任せなさい』

 アルファはアキラにしっかりそう答えた。しかし微笑ほほえんではいなかった。

 アルファはアキラの少し前を浮かびながら、真剣な表情でアキラを先導している。アキラはそのアルファの表情を見て、この不運がアルファのサポートで対処可能なものであることを願いながら走り続けた。

 アキラは先導するアルファの案内でクズスハラ街遺跡に無数に存在している廃ビルの中に入った。そしてそのままビルの3階の外を確認できる場所まで移動した。

 アルファがアキラに体の治癒具合を尋ねる。

『アキラ。体の調子はどう?』

 アキラが軽く手や足を動かしてから、自分の手を見ながら答える。

『……痛みはない。でもこれは回復薬の鎮痛作用だな。手足もちゃんと動くけど、中身がどうなっているかまでは分からないな』

 アキラの手足は一見問題なく動いているように見える。しかしそれは強化服がアキラの意思通りに動いているだけだ。強化服の中身が真っ当な状態かどうかは分からない。アキラは強化服の内側がどうなっているか想像したくなかった。

 アルファが真剣な表情でアキラに指示を出す。

『アキラはできる限り動かずに、回復薬の治療効果をできるだけ高めておいて。敵が追ってきたら、ここで迎え撃つわ。覚悟を決めなさい』

『……分かった。逃げ切るのは無理そうなんだな?』

『向こうの機動力、索敵範囲、武器の射程を推測した結果から考えて、かなり困難だわ。遮蔽物の少ない開けた場所に誘導されたら、相手の初回の攻撃から判断すると勝ち目はゼロね。あれでも周囲のビルや瓦礫がれきや乗っていたバイクを盾にして、可能な限り被害を抑えたのよ?』

『その時の記憶がないんだが、そんなことをしていたのか』

『バイクを失ったのが最大の痛手だったわ。バイクが無事なら逃げの選択も取れたのだけれどね。でもバイクを守ってアキラが死んだら意味がないから、必要経費と割り切ったわ』

『そうだったのか。……走って逃げるわけにもいかないか』

 アルファが少し冗談めかして話す。

『運良く相手の機動力がとても低くて、運良く相手の索敵範囲もすごく狭くて、運良く相手の武器の有効射程も短くて、運良く相手がもう弾切れなことを期待して、分の悪い賭に出て、頑張って逃げてみる?』

 アキラが苦笑して答える。

『止めとくよ。アルファに出会えたこと以外の幸運は期待しないことにしてるんだ』

 アキラはアルファと出会って人生の残りの幸運を使い切った。だからたまに善行まがいの所業で吹けば飛ぶような運を補給して、いつ死んでも不思議のないハンター稼業を、か細い運とアルファのサポートで乗り切っている。前にアルファに似たようなことを言われたことがあったが、それをアキラは結構信じていた。

 いつかアルファのサポートでは対応できない不運が起こり、自分の運と実力ではそれに到底あらがえず死ぬのだろう。アキラは無意識にそう思っていた。

 勿論もちろんアキラは限界まで抵抗するつもりだ。死ぬまで抵抗を続ける覚悟だ。だがそこには、たとえ無駄な足掻あがきであっても足掻あがくという意思と同時に、どれだけ足掻あがこうが結果に影響を及ぼすことはないかもしれないという、ある種の諦めが含まれていた。

 アキラは念話での返答と一緒に、その思考の一部を、言語化されていない感情を、無意識にアルファに飛ばしていた。

 それを認識したアルファが口調を強めてアキラに話す。

『アキラ。言っておくけれど、私は負ける気なんて欠片かけらもないからね。アキラは私のサポートをたかがこの程度の事態にまるで対処出来ない程度の低品質なものだと思っているの?』

 アキラがアルファをじっと見る。アルファがアキラをじっと見る。

 アルファはそこに実在しているわけではない。アキラの視界を拡張してアルファがそこにいるように描画しているだけだ。アキラはそれを知っている。それを知った上で、アキラはアルファをじっと見ている。

 アキラを見るアルファの姿は、アキラを見ているように描画されているだけだ。その両目でアキラを見ているわけではない。それでもアルファはアキラをしっかり見ていた。

『アキラ。覚悟を決めなさい。そうすればいつも通りよ』

 アルファが笑ってそう言った。アキラが見るアルファの笑顔には、いつも通りの信頼があった。アキラの精神の指向性が、勝ち目のない敵に死ぬまで抵抗する、から、生き延びるために全力を尽くす、に切り替わる。

 アキラが軽く息を吐いてから笑って答える。

『覚悟を決めるのは俺の役目、だったか。分かった。ちょっと弱気になってたな。悪い。良し! 覚悟は決めた!』

 アキラの実力では生還不可能な状況で生き残るために、今まで何度もあった危機的な状況を打ち破るために、アキラはいつものように立ち向かうのだ。

 アルファが笑って話す。

『その意気よ』

 迷いを捨てたアキラの姿を見て、アルファは少しうれしそうに笑っていた。その時のアルファの表情と内心は一致していると言って良いだろう。

 アキラの意思をアルファの言葉でより良い状態に推移させたことを、アルファの計算推測予測の通りに制御調整誘導できたことを確認できたのだから。

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