第56話 死後報復依頼プログラム

 アキラ達が地下街の中を本部に向かって移動している。レイナは今にも倒れそうなシオリを支えながら歩いていた。アキラはそのレイナ達の横を、少し離れて歩いている。その距離はアキラがレイナ達を今でも警戒している証拠だ。

 アキラは回復薬のカプセルを何度も服用しながら周囲を警戒しつつ移動していた。回復薬はシズカの店で購入したものだ。アキラが旧世界の遺跡で見つけたものと比較すると、非常に性能の低いものだ。それでも大量に使用すれば体力の回復は早まる。怪我けがの治りも早くなる。

 アキラは回復薬の箱に記載されている注意事項に目を通している。アルファに教わって文字を読めるようになったので、その意味も理解している。その上で、アキラは回復薬を大量に服用し続けていた。

 アキラは弱い。そのためアキラは身体を可能な限り最良の状態に近づける必要があるのだ。たとえ薬の副作用で10年後にアキラが死ぬことになっても、今日を生き残り、明日死なず、来週も元気に動けるようにするためには、今現在の無茶が必要不可欠なのだ。

 レイナが大量に回復薬を使用しているアキラを見て尋ねる。

「……さっきからずっと回復薬を服用しているけど、そんなに使用して大丈夫なの?」

 アキラがあっさり答える。

「駄目だろうな」

 レイナが怪訝そうに話す。

「だ、駄目って……」

「具体的な数は書かれていないが、短期間に大量に服用するのは避けろと書いてある。確実に体に悪いな」

「じゃ、じゃあどうして……」

 シオリが気力を振り絞って口を挟む。そのままレイナとアキラに話を続けさせると、会話の内容が3人にとって好ましくないものになると判断したのだ。

「お嬢様。あの場所からかなり離れました。お手数ですが本部と通信がつながるか、確認をお願いいたします」

 アキラが無理を承知で回復薬を多用しているのは、シオリとの戦闘で負った怪我けがと疲労を回復させるためだ。この場でモンスターなどと戦闘になった場合に、アキラが可能な限り動けるようにするためだ。つまりシオリの所為であり、レイナの所為だ。今、この場で蒸し返す話題ではない。

 もっと早くレイナを止めるべきだった。余計な会話は慎むよう進言しておくべきだった。シオリは鈍った頭でそう考える。普段のシオリなら事前にそれとなくそのことをレイナに話していただろうが、今のシオリにそれを可能にする余裕はない。その余力はシオリが気絶しないために、この場で意識を失わないために使用されているからだ。

 アキラはシオリが意図的に口を挟んだこととその理由に気付いていたが、余計なめ事を避けるために黙っていた。レイナはそのことに気付かずに端末を操作している。

 レイナの端末から本部の職員の声が出る。

「こちら本部……」

つながったわ!」

 レイナの端末が本部につながったことを確認した瞬間、アキラが怒鳴る。

「こちら27番! 不審者との交戦により負傷者3名! 戦闘続行不能! 不審者は死亡! 他の不審者が存在する可能性大! 不審者の一味は地下街で発見された遺物を盗み出そうとしている模様! 至急戦闘能力にけた人間を救援と応援に出してくれ! 27番の端末は不審者との交戦で破壊されたため、別のハンターの端末から連絡している! 以上だ!」

 本部からの返答が少し沈黙を挟んでから返ってくる。

「27番。状況の確認を求める。まず不審者についてだが……」

「まずは俺達が本部に帰還することを許可しろ」

「27番。そちらの状況を確認する必要がある。まずこちらの質問に……」

「許可が先だ」

 アキラは強く言い放った。疲れからくる怒気がこぼれている声だった。本部の職員が言い争いの無駄を悟り、アキラに許可を出す。

「……本部への帰還を許可する。移動中にこちらの質問に答えろ。いいな?」

 本部の職員の声には明確な威圧の色が含まれていた。

「……27番、了解」

 アキラは自身を落ち着かせるために深く息を吐いた。

 端末から聞こえてくる向こうの周囲の音が本部の慌ただしい様子を伝えている。あちらはあちらで大変なようだ。

 アキラが移動しながら本部の職員の質問に答えていく。アキラがヤジマに不意を突かれて攻撃されたこと。情報収集妨害煙幕ジャミングスモークの影響で、レイナとシオリの通信が途絶したこと。ヤジマはアキラが殺したこと。加えてヤジマ達が地下街にある旧世界の遺物を狙っているとアキラが判断した理由など、多岐にわたる質問にアキラはしっかり答えていく。

 職員はレイナとシオリからも話を聞こうとした。だがレイナはまだ死にかけた混乱から完全に立ち直っているとは言えず、更にシオリの容態が心配でそれどころではない様子だ。シオリの方は意識が朦朧もうろうとしており、真面まともに受け答えができる状態ではない。そのため結局アキラから話を聞くことになった。

 アキラが報告を続けながらしばらく進んでいると、前方にこちらに駆け寄ってくるハンター達の姿に気付いた。レイナとシオリは救助か応援が来たことに喜んでいたが、アキラだけは顔をしかめた。

「レイナ! シオリ! 大丈夫か!?」

 アキラが顔を少し嫌そうにしかめたのは、そのハンター達がカツヤ達だったからだ。

 助けが来たことに安心して、限界寸前のシオリの意識がついに途切れた。意識を失って崩れ落ちようとするシオリをレイナが慌てて支えた。カツヤ達がレイナ達の周囲に集まり一緒にシオリを支える。

 アルファがアキラに提案する。

『彼女たちのことは彼らに任せて、私達は先を急ぎましょう。彼らと一緒にいると、いろいろ事情を聞かれたりして面倒だわ』

『そうだな。一緒に連れてこいと厳命された訳じゃないんだ。面倒事は御免だ』

 アキラがレイナ達からこっそり離れて本部に向かおうとする。カツヤがそれに気付いて呼び止める。

「待て! どこに行く気だ!」

 ひどい顔色で意識を失っているシオリ。シオリが倒れたことで明らかに平静を欠いているレイナ。一人だけ平静を保ちこの場から離れようとしているアキラ。カツヤは場の状況とアキラへの不信感から、この被害の原因をアキラに求めた。アキラが何らかの不手際を起こしたためにレイナ達に多大な被害が出た。アキラがレイナ達を襲ったのではないかとすら考えた。

 既にアキラはその場から走り出している。アルファが微笑ほほえみながら一応くぎを刺す。

『止まっては駄目よ?』

『当たり前だ』

 アルファに言われるまでもなく、アキラはカツヤの声など全く意に介さずに本部に向かって走り続けた。

 カツヤはアキラを追いかけるべきかどうか迷っていた。そこに本部の職員の声が響く。既にアキラはいないことを知らない職員がアキラへ向けて話す。

「27番。騒がしいが何があった? 状況に変化があったのか?」

 カツヤが荒々しい声で代わりに答える。

「俺はドランカム所属のカツヤだ! 今負傷した仲間と合流したところだ!」

「誰だ? 何番だ?」

「……俺は52番だ!」

「27番はどうした? そこにいないのか? 27番を含めて負傷者が3名いる報告を受けている」

 27番がアキラであることに気付いて、カツヤが吐き捨てるように答える。

「そいつなら元気に走っていったよ! どこに行ったかまでは知るか!」

「……了解した。残りの負傷者はドランカム所属だな。その2人は52番のチームに帰還したものとする。任務を続行してくれ。以上だ」

 カツヤが叫ぶように答える。

「待て! レイナ達を連れて行けってことか!?」

「52番のチームの任務は指定地点の状況確認だ。負傷者の負傷の程度を判断して、連れて行くのか、防衛地点で休ませるのか、本部の医療班に治療を受けさせるのか、適切に判断してくれ。その程度の判断はそちらでやってくれ。何名戻すかとか、残った人員でどこまで任務を達成するかとか、戦力的に厳しいから撤退するべきかどうかとか、その程度の細かい判断はドランカム側でやってくれ。そんなことを一々こちらに判断させるな。ドランカム側に指示を求めろ。本部の判断を仰ぐべき事項かどうか判断してから聞いてくれ。こっちも忙しいんだ。以上だ」

 本部の職員はそれだけ言って通信を切った。

 カツヤは本部の言葉にまるでレイナ達の身を軽視するような態度を感じて、忌ま忌ましそうに表情をゆがめた。カツヤはすぐに決断した。

「全員でレイナ達を連れて本部まで戻るぞ」

 全員で戻るのならば任務の放棄とも取れる。そう判断したアイリが簡潔にカツヤに尋ねる。

「任務は?」

 カツヤが軽く笑って答える。

「向こうがこっちで決めろっていうならこっちで決めるさ。一度本部に戻って、レイナ達を医療班に引き渡してから続ければ良いだけだ。任務より仲間の方が大切に決まってるだろう?」

 任務より仲間を優先させるカツヤに、カツヤが連れてきた仲間の若手ハンター達が好意的な視線を向けた。

 ユミナは、それでも全員で戻るのはどうかと考えたが、その場合は恐らくカツヤが残ることになるので黙っていた。ユミナもシオリの実力は知っている。そのシオリがこんな状態になる場所にカツヤを向かわせるのは、ユミナも嫌だったからだ。


 本部に到着したアキラが本部の職員にヤジマのことを報告している。再び事細かに質問されると思っていたが、アキラにとっては意外なことに簡単な報告だけで済んだ。

 それはレイナ達と一緒に移動していた間に、本部に粗方報告を済ませていたためだ。そしてアキラが本部に到着する間に状況が変化したためでもある。ヤジマの仲間らしき人物が地下街に現れて他のハンターと交戦し多数の死傷者が出たのだ。

 死者が出た話を本部の職員から聞いたアキラが冷や汗をかく。あの状況でヤジマと同格の実力者と交戦していれば、アキラは恐らく殺されていただろう。あと少しでその死体にアキラも加わるところだったのだ。

 軽く震えるアキラにアルファが微笑ほほえみながら話す。

『あの場からすぐに離れた判断は正解だったわね』

『全くだ。何でこんなにギリギリの状況が続くんだ? やっぱり俺が不運だからか?』

 アルファが嘆くアキラを揶揄からかうように話す。

『きっと人質に取られた美少女を見殺しにしようとしたから運気が下がってるのよ。善行が足りていないのかもね?』

 アキラが少し嫌そうに答える。

無茶むちゃを言うなよ。あの状況で銃を捨てたら、俺は絶対殺されてたぞ?』

『でしょうね。何とか助けたけど、それだけでは帳消しにならなかったのかもね。あるいはアキラが彼女を一応何とか死なせずに助けたから、あの面倒な場所からぎりぎりで逃げ出せるだけの運が残っていたのかもしれないわ』

 アキラが嘆く。

『そんな理不尽な』

 確かにそのままカツヤ達がいた場所にとどまっていれば、アキラは更なる面倒事に見舞われていただろう。しかしアキラはそれを幸運とは思いたくなかった。折角せっかくの幸運はもっと別の機会に発生してほしいからだ。

 アルファはアキラを軽く揶揄からかために適当なことを言っているだけだ。それはアキラにもよく分かっていたが、アキラはなぜか少し納得しそうになってしまった。

 目立つ外傷こそ少ないがアキラの体はかなりひどい状態だ。安い回復薬では回復など見込めない。アキラは本部の職員に医療班について尋ねた。本部の職員が医療班の場所をアキラに教えてから付け加える。

「医療班の治療を受けるのは構わないが、念のため言っておくと無料ではない。そこを勘違いしているやつが結構いるんだ。注意してくれ」

「支払はどうするんだ?」

「そこは医療班のやつと自分で交渉してくれ。大部分のやつは報酬から差し引くようにしているみたいだな。どの医療班に頼むかで、保険が利くかどうかも違ってくるから注意しな。ああ、端末が壊れたんだっけ? 先に端末を交換しておいてくれ。端末がないと治療が受けられない。位置情報が共有されていないと、最悪脱走扱いになるぞ。気を付けな」

 アキラは職員の忠告に従って端末を交換してから医療班が待機している部屋に向かった。

 一口に治療と言っても、ハンターの中にはアキラのような生身のハンター以外にも、ナノマシンによる身体強化者や一見普通の人間に見える義体者、明確に機械化されていることが分かるサイボーグもいる。治療ではなく修理と呼ぶべき作業が必要な者もいるのだ。

 生身の人はこちら。そう書かれた看板に従って進むと、白衣を着た男がアキラを迎えた。

 男は医者と呼ぶより人体実験を好む科学者のような風貌をしていた。彼はヤツバヤシという名前で、ここで生身のハンターの治療を受け持っていた。

 アキラはヤツバヤシを見て少し不安になった。アキラには医者に診てもらった経験など一度もないが、ヤツバヤシからはそれでも分かる胡散うさん臭さが漂っていた。

 ヤツバヤシがアキラに和やかに話す。

「ヤツバヤシ診療所クズスハラ街遺跡支店へようこそ。早速だが支払はどうする?」

「報酬から天引きにしてくれ」

「了解だ。ああ、クガマヤマ都市営業部の支援により、診察だけは無料となっております。だから診察だけして、金がないから治さなかったとしても俺を恨むなよ? じゃあ、服を脱いでくれ」

 アキラは言われたとおりに強化服を脱いでヤツバヤシの診察を受けた。ヤツバヤシはアキラの体を、カメラのような器具や、スキャナーのような装置、その他怪しげな器具を使用して調べていく。それらの器具が診察に適した機材なのかどうかは、アキラのつたない知識では分からない。

 診察は10分ほどで終了した。ヤツバヤシが診断結果をアキラに告げる。

「軽傷でなによりだ。だが治療をお勧めする。どの程度治す?」

「俺は軽傷なのか? さっきから腕や脚がすごく痛むんだけど。安い回復薬で何とか動いている状態なんだけど」

 アキラはヤツバヤシの治療技術を疑うような表情を浮かべている。ヤツバヤシが笑って答える。

「重傷ってのは、腕がもげていたり、足が千切れていたり、内臓が露出、破裂していたりで、病院直行の状態を言うんだよ。ちょっと骨にひびが入っていたり、内出血がひどかったり、筋組織の酷使や衝撃によるダメージや極度の疲労程度なら、十分軽傷の範疇はんちゅうだ」

 アキラとヤツバヤシでは軽傷の概念が異なるらしい。ただしハンター的な考え方ではヤツバヤシの認識の方が正しいのかもしれない。

 アキラが納得したようなしていないような微妙な表情で答える。

「戦闘に支障が出ないように、治せるだけ治してくれ」

「そうか? 治療方法はいろいろあるが、保険の利かない手段がお勧めだ」

「保険には入ってない」

 ヤツバヤシが少し意外そうな表情を浮かべた。ここにいるハンターならば保険に入っているハンターの方が多いからだ。

 ヤツバヤシがうれしそうな表情を浮かべながら話す。少なくとも医者が患者に向ける表情ではない。

「そうか! それなら俺が開発した回復薬を使っても良いか? お勧めだ! 保険に入ってないんだろう? 安くしておくぜ!」

 そう言ってヤツバヤシが近くにある容器を手に取ってアキラに見せる。容器の中には緑色の液状の物体が入っていた。アキラにはどう考えても怪しげな薬にしか思えない。

「嫌だ。保険が利かないって、何かやばいやつじゃないのか?」

「大丈夫だって。別に俺が一から作成した訳じゃない。俺が旧世界の遺物を解析して近い性能を再現した一品だ。俺自身に投与した結果も含めて効果は検証済みだ。保険が利かないってのも、そういうのは大抵大手の製薬会社がバックについているから、自社製品を優先させるために保険の適用外にしているだけだって。効果は絶対こっちの方が高い。断言する。だから良いだろ? ある程度の使用実績を積まないと、そもそも保険の認可対象にならないんだよ。安くて性能の良い薬が出回れば世の役に立つだろ? 怪我けがを治せて人助けにもなるんだ。殺伐としたハンター稼業の中で失いがちな豊かな人間性を取り戻すためにも、ここでささやかな善行を積んでおけって」

 ヤツバヤシは何とかアキラを説得しようとしていた。

 アルファがヤツバヤシを観察した結果を一応アキラに教える。

『えっと、アキラ。一応言っておくとうそを吐いている様子はないわ。アキラをだまそうとか、金をむしろうとか、そういうつもりもないと思うわ』

『いや、そう言われても、ちょっと、な』

『まあ、そうよね』

 それが大手製薬会社の企業努力による囲い込みの結果であったとしても、認可済みの薬が広く使用されているのであれば、致命的な副作用などはないはずだ。幾らヤツバヤシが自分で試したと言ったとしても、アキラがヤツバヤシの薬の使用を戸惑うのは仕方がないだろう。

 ヤツバヤシはアキラの迷いを見抜いた。迷っているということは、絶対に嫌だということではない。そう考えたヤツバヤシがアキラに勢いよく話す。

「良し! 分かった! 俺の薬での治療を受けるなら、俺が持ってる旧世界の遺物を売ろうじゃないか! 本来ならコロン払いでも不思議じゃない旧世界製の回復薬だ! それを思い切ってオーラムで売ろう! どうだ!」

 ヤツバヤシは近くの荷物入れから小さめの箱を取り出してアキラに見せた。アキラにはその箱に見覚えがあった。アキラがクズスハラ街遺跡で手に入れた回復薬だ。

 アキラがアルファに確認する。

『アルファ。あれって……』

うそを吐いている様子はないし、箱も未開封。多分本物ね。できれば手に入れておきたいわ』

 アルファもアキラと同意見だった。アキラもその効能は体験済みだ。できれば手に入れておきたい。

「何箱まで幾らで売ってくれるんだ?」

「1箱だけだ。値段は200万オーラムだ。本来重傷患者に使うものだ。流石さすがに安値では売れねえ」

 付け加えれば、この回復薬はヤツバヤシの薬が万一効かなかった場合の保険だ。ヤツバヤシもそこまでは教えなかった。

 ヤツバヤシが提示した値段は妥当なものだ。アキラはかなり迷ったが、ヤツバヤシの提案を受け入れた。

「分かった。交渉成立だ。その代金も報酬から引いてくれ」

「良し!」

 ヤツバヤシが嬉々ききとして治療の準備を進める。アキラはそれを見て少し早まったかと若干不安になったが、覚悟を決めて治療を受けた。

 治療自体はすぐに終わった。アキラの体に緑色の液体が染みこんでいる包帯を巻き、体の数か所に注射を打ち込んだだけだ。

「終わりだ。しばらくの間、そうだな、1時間ぐらいは安静にしていてくれ。動き回ったって死ぬわけじゃないがな。安静にしていた方が高い効果が見込める。あと、その回復薬を売ったことは黙っていてくれよ? 本来売り物じゃないんだ。他のハンターに押し掛けられても困るからな」

「分かった。この治療は幾らかかったんだ?」

「10万オーラムだ。効果は期待してくれ。なお代金は保険が利かない代わりに治験の代金と一部相殺した金額となっております。治験に御協力いただき誠にありがとう御座いました」

 ヤツバヤシが胡散うさん臭い笑みでそう答えた。不安になる単語を聞かされたアキラの表情が引きった。

 果たしてこの金額は妥当なのか、高いのか安いのか、それはアキラには分からない。1時間程度で戦闘に支障が出ない程度まで回復するなら、今のアキラにとっては十分安いとも言える。

 効果抜群の回復薬も手に入ったのだ。万一の場合はそれで対処しよう。アルファも止めなかったし多分大丈夫だ。アキラは無駄な精神疲労を避けるために、そう判断することにした。

 急に辺りが騒がしくなる。アキラが騒ぎのする方を見ると、重傷のハンターが運び込まれてきていた。血まみれの者、腕や脚がない者、下半身がないハンターまでいた。

 ヤツバヤシが彼らを見て話す。

「おっと、急患だ。軽傷のやつは邪魔だから離れてくれ。できれば全員助けたいからな」

「……全員って、どう見ても死んでるやつがいないか?」

「ところがそうでもない。事前に頭部だけ半義体化しているやつや、首を落とされても短時間での脳死を防ぐように生体保全ナノマシンを入れているやつもいる。治療を急げば意外に間に合ったりする。まあ、金があればの話だ。サイボーグ化もただじゃないし、後の人生を借金返済に費やすかもしれないが、そこまでは知らん。ほら、どいたどいた」

 アキラが改めて重傷のハンター達を見る。あの状態でもある程度助かる可能性はあるようだ。そのことを驚きながら、邪魔にならないようにその場から離れた。

 アルファが次々と運び込まれる重傷者を見ているアキラに笑って話す。

『アキラは軽傷で良かったわね』

『そうだな』

 一歩間違えばアキラがああなっていたのだ。その場合、アキラは助からないだろう。

 アキラは強化服をもう一度着る前に、強化服のエネルギーパックを交換した。エネルギーパックはアキラの想像以上に消費されていた。

『何かすごい減ってないか?』

『私が操作して随分無茶むちゃな挙動をさせたからね。これは仕方がないわ。壊れなかっただけ運が良かったわ』

 アルファはアキラを死なせないために確実に強化服の寿命を縮める使い方をしていた。そのおかげでアキラは生き残ることができたのだが、代償は大きかった。

 アキラが何となく強化服の動きにぎこちなさを覚えながら本部に戻る。ヤツバヤシの診察は一応本部にアキラの不調を納得させる効果があり、その後は安静にする名目で本部の警備に回された。アキラはこのまま何事もなく依頼時間が過ぎていくことを期待しながら警備を続けた。


 クズスハラ街遺跡に無数に存在している廃墟はいきょの中に、巨大な輸送車両が瓦礫がれきの山に隠れるように停車していた。その周りには大勢の武装した者達がいた。旧世界の遺物の強奪を計画していたヤジマの仲間達だ。

 その計画を指揮していたヤジマが死亡したため、今はケインとネリアが中心となって計画を進めていた。

 ケインとネリアはヤジマが隠していた遺物を諦めて地下街を脱出していた。その後、地上に出た後で出入口を爆破してハンター達の追跡を阻止した。

 ケイン達は既に地上に運び終えていた遺物とともにクズスハラ街遺跡を脱出し、そのまま他の都市まで逃走する予定だった。輸送車両は荒野の都市間の物資運搬にも使用される頑丈で巨大な車両だ。車両には旧世界の遺物が大量に積み込まれている。後は仲間達とともに出発すれば、彼らは大金を得ることができるのだ。

 出発できれば、である。彼らがいまだにその場所にとどまっているのは、移動手段に問題が生じていたからだ。

 ネリアの重装強化服から複数の接続端子が輸送車両へ伸びていた。それは輸送車両の制御装置に接続されていた。ヤジマ達の中で最も制御装置等の扱いにけているのは、死亡したヤジマを除けばネリアだ。そのネリアが重装強化服の制御装置を介して輸送車両の制御装置に介入しようとしていた。

 作業を続けているネリアに、ケインが苛立いらだちを隠さずに尋ねる。

「どうだ?」

「……駄目ね」

 ネリアはお手上げだと言わんばかりの手振りで結果をケインに告げた。それを聞いたケインが内心の激情をあらわにして叫ぶ。

「……クソがっ! ヤジマのやつ、ふざけた置き土産を残しやがって!」

 ケインがそう言って輸送車両の装甲をたたいた。ケインの重装強化服はかなりの巨体で出力も大きい。その巨体で激しくたたかれた装甲が派手な音を立てた。

 輸送車両はヤジマが用意した物だ。高性能な制御装置が設置されていて、素人でも運転ができるようになっている。しかし問題はその制御装置にあった。ヤジマが用意した制御装置には、ヤジマが改造した追加プログラムが付け加えられていた。

 死後報復依頼プログラム。東部のネットワークに裏で流れているプログラムだ。義体者やサイボーグが死んだ場合に、その直前に得た情報、主に自分を殺そうとした誰かや何かの映像などを送信し、その対象の殺害を依頼するプログラムである。対象を殺害することにより条件が満たされると、依頼者の隠し口座から金が振り込まれたり、隠し財産の隠し場所が提示されたりするのだ。

 本来はケイン達がヤジマを裏切った場合の報復処理として、ヤジマがひそかに制御装置に追加したものだった。

 しかしヤジマはアキラに殺された。そのため死後報復依頼プログラムの対象は、ヤジマを殺した可能性が最も高い人物に設定されていた。それはヤジマが最後に会っていた人物だ。情報収集妨害煙幕ジャミングスモークの影響で制御装置と通信が切れる直前に、ヤジマの一番近くにいた人物だ。

 制御装置はこのプログラムにより対象を殺さない限り輸送車両が動かないように設定されていた。車両の制御装置を交換するという強引な手段もあるが、制御装置の交換や再設定にはそれなりの技術が必要だ。その技術も予備の制御装置もケイン達は持っていなかった。

 対象の死亡を確認する方法もプログラムによって様々で、その判断基準にも個性がある。粗悪な作りのプログラムなら、適当に対象に似せたマネキンでも破壊すれば十分な場合もある、逆に対象を殺しても上手うまく認識されずに無駄骨になる場合もある。高度なプログラムならば、対象が死亡した瞬間の映像や死体の映像などを読み込ませれば正しく認証される。

 ネリアはヤジマのプログラムに介入して認証を、対象の死亡判定を何とかだまそうと試みていた。しかしその試みは全て失敗した。高性能な制御装置の演算力と、誰かがネットワークに流した高度なプログラムの相乗効果は、認証を突破しようとするネリアの技術を超えていたのだ。

 ネリアにできないということは、この場にいる他の者達にもできないということだ。

 ネリアがめ息を吐いてケイン達に提案する。

「仕方ないわ。諦めましょう」

 ケインが怒気をあらわにして叫ぶ。

「諦める!? ふざけるな! この計画に幾らかけたと思ってるんだ!? 集めた遺物が幾らになると思ってるんだ!? 売れば最低でも100億オーラム、いや、それ以上だ! その遺物を捨ててたまるか!」

 荒々しいケインの様子に他の仲間達がおびえ慌て出す。最大火力のケインが自暴自棄になり暴れ出せば、それを止められる者はここにはいない。

 勘違いをしているケインを見て、ネリアがあきれながら話す。

「何を言ってるのよ。遺物を捨てるわけないでしょう?」

「……どういう意味だ?」

「諦めるのは死後報復依頼プログラムの認証をだます方よ」

 輸送車両の制御装置に接続されている表示装置には、死後報復依頼プログラムの抹殺対象が映し出されている。ネリアがその人物を指差して話す。

「こいつを殺しましょう」

 表示装置にはアキラの姿が映っていた。

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