第22話 強化服の注文

 アキラが宿の部屋で機嫌良く笑っている。その顔には隠しきれない喜びがあふれていた。視線の先の床には札束が積まれている。カツラギに売った遺物の売却金だ。

「800万オーラム……! ちょっと前に20万オーラム稼いで、1泊2万オーラムの宿泊費なんて信じられないと思ってたのに、桁違いだ……!」

 外では何とか平静を装えていた。だが宿に戻ったことで平静を装う必要もなくなった。受け取った時は余りの大金に少々現実感に欠けていたが、今は札束を見て湧き上がった実感に圧倒されていた。

 しかしアキラはその額に圧倒されるばかりで、その使い道までは頭に浮かんでいなかった。その金を浮かれずに有意義に使えてこそ、スラム街から脱却したと言える。今はまだ身に余る大金を手に入れただけのスラム街の住人だ。それが今のアキラの現状であり、限界だった。

 アルファがアキラの喜びようにくぎを刺すように平然と言い放つ。

『言っておくけれど、その金はすぐになくなるからね。具体的には、明日中には使い切るわ』

 アキラが驚きの声を上げる。

「つ、使い切るって、800万オーラムもあるんだぞ!?」

『そうよ。そんなはした金はすぐになくなるわ』

はした金!? いやいやいや、800万オーラムは大金だぞ!?」

 アキラの金銭感覚がその話の理解を拒んでいた。少し前にスラム街の少年5人から、たった300オーラムを奪うために襲われて殺されかけたこともあった。その時の額と比較すれば、800万オーラムは桁違いどころではない。襲ってくる規模も回数も、くぐり抜けなければならない死地の質も、桁違いどころではなくなる。それだけの大金をはした金だとは、とても認識できなかった。

 アルファがその金銭感覚を否定するように落ち着いた口調で答える。

はした金よ。東部の最前線のハンター達なら、戦闘1回分の弾薬費になるかどうかも微妙な金額。その程度のはした金よ』

「……いや、でも、そんなすごいやつらと比べられても」

『駄目よ。理想は高く持ちなさい。アキラに私が指定する遺跡を攻略してもらうためにもね』

 アキラは少しうなりながら微妙な納得を見せながらも、自身に要求されている基準に少し尻込みしていた。そして何となく尋ねる。

「そういえば、アルファから攻略を依頼された遺跡の話とか全然教えてもらってないけど、どんな遺跡なんだ?」

 アルファが意味深に微笑ほほえむ。

『今は内緒。遺跡の難易度を下手に知って諦められたら困るからね。今のアキラの装備では辿たどり着くことも出来ない場所とだけ答えておくわ』

「よく分からないけど、それはそれでやる気をがれる返事のような気がする」

『安心しなさい。高性能な装備を手に入れれば、難易度の感覚も相応に緩むわ。絶対無理って感覚から、結構何とかなるかもって程度にはね。そういうことだから、その800万オーラムはアキラの装備代にぎ込むわ。当面の目標は装備の更新を続けることだと思ってちょうだい。より高性能な装備を手に入れて、更に高難度でもっと稼げる遺跡を探索して、更に稼いだ金で更に良い装備を買う。その繰り返しよ』

 アキラはその果てしない繰り返しの先を想像しようとしたが、全く想像できなかった。

『いつかアキラが十分な実力を身に着けた時、その強さに相応ふさわしい装備を手に入れた時、はした金の感覚も変わっているわ。その日まで頑張りなさい。私も協力するから』

「……まあ、頑張ってみるよ」

 自信満々に笑うアルファに、アキラも一応笑って返した。

『カツラギも話していたけれど、一流のハンターは装備品を紙幣で買ったりはしないの。額が額だから札束を持って買い物って訳にはいかないからね。預金口座を作ってカード払いが普通よ。その手続きも早めに済ませましょうか』

 アキラが改めて床の札束を見る。そして自分の中で先ほどよりは札束の価値が下がっていることに気付いて苦笑する。

「分かる。分かるぞ。俺の金銭感覚が狂っていくのが。……もうスラム街では生活できないな」

『良い傾向ね。頑張りなさい』

 アキラは楽しげに笑っているアルファに別の意味で苦笑を返した。そして気を取り直す。

「それで、この金でどんな装備を買うんだ?」

『アキラが私のサポートをもっと効率よく受けられる装備を買うわ。800万オーラムあれば、最低限のものは買えるでしょう。多分ね』

 アキラが驚きながらいぶかしむ。

「800万オーラムでも最低限のものしか買えないのか? 何を買うつもりなんだ?」

『強化服よ』

「強化服? 強化服って、何かこう、重いものが持てるようになるやつだよな?』

『そうよ。でもアキラに限ってはそれだけではないわ。何しろ私のサポートがあるのだからね。期待していなさい』

 アルファは不敵に得意げに微笑ほほえんでいた。


 翌日、アキラは再びシズカの店を訪れていた。

 シズカはカウンターで暇そうに頬杖ほおづえを突いていたが、アキラに気付くとすぐに姿勢を正して愛想良く笑う。

「いらっしゃい。今日も弾薬の補充?」

「いえ。ちょっと装備の購入のことでシズカさんに相談がありまして……」

 シズカが揶揄からかうように苦笑する。

「あら、初日にAAH突撃銃を買ってから随分ったけど、やっと新しい装備を買ってくれる気になったのね? 有り難いことだわ。私の店も弾薬だけだと厳しくてね……」

「す、すみません」

 アキラは慌てながら少し本気で謝っていた。シズカがそれを見てすぐに笑って謝る。

「冗談よ。ごめんなさい。それで、何を聞きたいの?」

「実はですね……」

 アキラは安堵の息を吐くと、具体的な相談内容である強化服の購入に関する話をした。

 シズカがその内容を聞いて少しうなる。

「……強化服か。まあ、私の店でも扱っていない訳ではないけど、私の店はどちらかと言えば銃火器が主力商品なの。強化服を展示品として飾っている訳ではないから実物を見たりは出来ないし、注文しても取り寄せになるから少し時間が掛かるわ。強化服の初期調整ぐらいは私がやっても良いけれど、専門店で買った方が良いかもしれないわよ?」

「そうですか。でも俺はその専門店の場所も知らないし、店に入れてくれるかどうかも分からないし、強化服とかの知識もないので、店員に言われるがままに流されてしまいそうで、ちょっと不安なんです。前にサラさんからも装備品で迷ったらシズカさんのお勧めにしておけば大丈夫だって言われました。迷惑でないのなら相談に乗ってもらえると助かります」

 シズカが少しうれしそうに微笑ほほえむ。

「そう頼まれたら断れないわね。分かったわ。私の勘で良ければ相談に乗ってあげる。それで、予算はどれぐらいなの?」

 相談に乗ってくれることを喜びながら、アキラが特に気にせずに軽く笑って答える。

「800万オーラムです。即金で出せます」

 シズカはその予算を聞いて少し驚いた後、少し責めるような視線をアキラに向ける。

「……そのお金の出所は? 遺物を売ったの? 800万オーラムって、相当な量の遺物を集めるか、相応の高額な遺物を売らないと無理よね? どちらにしてもかなり危険な場所に行く必要があるわ。少し前に死にかけたのに、もうそんな無理をしたの?」

 シズカは持ち前の洞察力と勘で予算の出所をあっさり把握していた。アキラが慌て出す。

「あー、いや、それは前から少しずつ集めていた遺物を一括で売っただけでして。俺みたいな子供が大金を持つと狙われることも多いから、少しずつ隠していた分を売ったんです。可能な限り危険は避けて行動しているつもりです。シズカさんの言う通り少し前に死にかけたので、ここで良い装備を買っておこうと思いまして。買う装備に強化服を選んだのも、いざとなったら走って逃げるためで、今後無理をしないために、ちょっとだけ頑張ったというか……」

 シズカの視線は厳しいものだが、そこにはアキラの身を案じる意思が込められていた。アキラはそれを感じ取ると、自分でもよく分からずに慌て出していた。そして叱られた子供が弁解するように、しどろもどろに言い訳じみたことを話していた。

 アキラは誰かに心配されることに慣れていない。打算なく心配される場合は特にだ。自覚は少ないが内心かなりうれしく思っていた。そのためシズカに対する態度は、気恥ずかしい気持ちと申し訳ない気持ちが混ざったどこか慌てたものになっていた。

 もし同じことをシェリルなどに聞かれた場合、アキラは、黙れ、か、聞くな、と答えて話を済ませていた。自覚はないが、そこには大きな差が存在していた。

 アキラはごまかすように答えてはいるが、うそは吐いていない。出来るだけ無理をしないために、必要最小限の無理をした。その言葉にうそはない。望んで無理をした訳でもない。ただ、その生き残るための最小限の無理が、死に物狂いでなければ乗り越えられないものだっただけだ。

 シズカはアキラの態度や自身の勘からそれを察すると、真面目な表情で子供に言い聞かせるように少し強めに念を押す。

「不必要な無理はしないこと。良いわね?」

「はい」

 アキラが素直にしっかりとうなずくと、シズカも満足そうに軽くうなずいた。そして微笑ほほえんで接客に移る。

「よし。じゃあ欲しい強化服の要望とかを聞きましょうか。言うだけただだし、まずは好きに言ってちょうだい」

 シズカはアキラから強化服の詳細な要望を聞きながら、内心で僅かにいぶかしんでいた。強化服を初めて購入する者の話としては少し不自然に思える内容が混ざっていたからだ。

 長時間安定して使用できる強化服が欲しい。制限時間はあるが拳で戦車を殴り飛ばせるような超人的な身体能力よりも、常に平均的に身体能力を向上させたい。装備するのに誰かの手を借りて1時間ぐらい掛かるが、戦車や人型兵器のような防御力を持つ重装歩兵になるつもりはない。簡単に着られて簡単に脱げて、整備の手間も掛からない製品が良い。アキラの要求内容を軽くまとめるとこうなる。シズカもそこまでは疑問を持たなかった。

 気になったのは、要望の中に強化服の制御装置に関する部分が多めに含まれていたことだ。シズカが不思議そうにそれを尋ねる。

「確かに強化服にもいろいろな種類があって、機械式の強化服でも制御装置が付いていない製品も存在するわ。制御装置が付いている強化服でも、全体の性能に大きな影響を与えているものもあれば、然程さほど影響を与えないものもあるわ。制御装置が情報端末と一体化している製品や、他にも情報収集機器と一体化している製品に多いらしいわ。……全体の性能に対する制御装置への依存度が大きい強化服が欲しいって、アキラ、どこからそんな話を聞いてきたの?」

 アキラが少し困ったような表情を浮かべる。それらの要望はアルファから聞いたものだ。しかしそれを話す訳にはいかない。

「……いや、俺も詳しい話を聞いた訳ではないんです。そういうのが良いって聞いただけで……。すみません。何か強化服選びの常識に反することとか、すごく変なことを言いましたか?」

 シズカがアキラの様子を確認する。明確な知識やこだわりがある訳ではなく、どこかで誰かから聞いた話を少し鵜呑うのみにしている。そう感じられた。

(多分どこかのハンターが強化服について話していたのを聞いていたのでしょうね。そのハンターが自慢した内容を参考にしたってところかしら)

 シズカは自身の勘を基にかなり近い推測をすると、それで納得してそれ以上深くは聞かなかった。

「大丈夫よ。偶然かもしれないけど、アキラの話の中に少し専門的な内容が含まれていたから、ちょっと驚いただけ。気にしないで。大体の内容は分かったわ。今の内容で私が勝手に選んでしまうけど、本当にそれで良いのね?」

「はい。お願いします」

「支払なんだけど、他の問屋を通す以上、私も商売だから流石さすがに全額前金でもらわないと困るのよ。私が強化服を選んだ後に、一度アキラに商品の詳細とかを連絡して、そこで正式に注文をする形式にした方が良いかしら。その分だけちょっと時間が掛かるけどね」

 アキラが少し考えてから尋ねる。

「今すぐ支払えば、その分だけ早くなりますか?」

「まあね。他の問屋との交渉も即時に商品の代金を支払えるならスムーズになるわ。来年の100万オーラムより、1秒後の1万オーラムの方が大切なこともある。即金っていうのは結構強いのよ。商品がすぐに確実に届く保証。支払がすぐに確実に行われる保証。それを保証する交渉で、既に支払える金があるってことは大切なのよ」

「それなら今すぐ支払います。預金口座を作ったので、そこから引き落としをお願いします。ついでに今後は弾薬の代金とかも、そこから引き落とせるようにしてください」

 アキラはそう言ってハンター証を出した。シズカの店に来る前にハンターオフィスで預金口座の開設手続は済ませている。その手続きで新しいものに交換したハンター証には、カード払いの機能が追加されていた。認証処理を済ませれば、シズカの店で購入した弾薬の代金などを今後はアキラの口座から勝手に引き落とすことも可能だ。

 シズカが少し戸惑い気味な様子を見せる。

「えっと、本当に良いの? 一度引き出した後で、やっぱり返してと言われても困るのよ。それに私が変な商品を選んだらどうするの?」

「大丈夫です」

 シズカは少し困ったような様子を見せた後、アキラをいさめるように表情を少し真面目なものに変えた。

「……私をそこまで信頼してもらえるのはとてもうれしいけれど、もう少し慎重に考えて決めた方が良いと思うわ」

 ハンターを金蔓かねづるとしか考えていない商売人も多い。それだけならまだ良い方で、どうせ相手はすぐに死ぬと高をくくって、詐欺まがいの方法で金を搾り取ろうとする者もいる。アキラが他の店でも似たような真似まねをしているのならば非常に危険だ。シズカはそれを心配していた。

 アキラも少し困ったような表情をした後、少し真面目な顔に変えた。

「……多分俺が慎重に考えても、結果は変わりません。命の恩人に勧められた店を信用できないのなら、俺はもう買い物なんか出来なくなってしまいます。だから大丈夫です。それで何か問題が発生したのなら、俺の運が悪かったってことです。何しろ俺は同じ日に2度もモンスターの群れに襲われたことがあるぐらい運が悪いんで、そういうこともあるかもしれません。そこは俺が悩んで考えてもどうしようもないっていうか、変わりませんよ」

 アキラは話の最後に表情を苦笑気味なものに変えた。シズカはそのアキラを見ながら、話を黙って聞いていた。

 アキラは可能な限り信用できる店を、可能な限り信用しようとしている。その店に自分の店を選び、自身の命を支える装備を賭けたのだ。シズカはそう考えて少しうれしそうに笑った後、アキラを安心させる意味も含めて、店主としての自信と信頼を込めた笑顔を浮かべた。

「そこまで言われたら、私も引き下がれないわね。分かったわ。任せておきなさい」

 シズカはアキラからハンター証を受け取ると、カウンターの端末にかざして端末を操作した。これで支払処理は済んだ。アキラの800万オーラムは、アルファが言った通り一瞬で全額なくなってしまった。

「アキラも口座持ちのハンターに成った訳ね。気を付けなさい。下手をすると、あっという間に借金生活になるわよ?」

 シズカがアキラにハンター証を返しながらそう忠告した。実際にその手のハンターは結構多い。弾薬費などが予想外にかさんだり、受けた依頼を失敗して違約金や賠償金を支払ったりで、預金額を吹っ飛ばすのだ。

 ハンターの口座の預金額がマイナスになると、不足金額をハンターオフィスが立て替える場合がある。当然借金であり利息が付く。借金を返せないハンターがハンターオフィスに拘束され、危険な遺跡の攻略を強要されることもある。借金が金利でどこまでもかさみ、その返済のために延々と強制労働を続ける羽目になることもある。

 アキラがシズカの忠告にしっかりと答える。

「分かりました」

「良い返事ね。それじゃあ、強化服の採寸をするからこっちに来て」

 アキラはシズカに連れられてカウンターの裏に移動した。店のカウンターの裏には弾薬等が雑多に積まれていた。

「しっかり採寸するから、パンツ以外全部脱いで」

 アキラは言われた通り服を脱いだ。シズカが手持ちサイズのスキャナでアキラの全身を採寸していく。

「測定に誤差が出る時があるから、あんまり動かないでね」

「そんなにしっかり測らないと駄目なんですか?」

「人間の体型は日々変わるものだし、多少は大丈夫だけど、それでも正確に測っておいた方が良いのは間違いないわ。専門店で特注品を買う場合は、もっと本格的にやるのよ? 測定用の服に着替えた上で、専用の大型測定器で全身くま無く調べるの。単純な体格、骨格以外にも、内臓や筋肉の配置、神経網の把握、体内のナノマシンの配置、残留状況の調査等々、可能な限りの情報を得るの。それらの情報を基に、限界まで使用者に特化した強化服は、そこらの既製品とは性能に雲泥の差があるのよ。当然、価格の方もね」

 話しながら採寸を続けていたシズカが僅かに表情を曇らせた。

 アキラの体は傷だらけだ。大小様々な古傷の中で、以前にモンスターの群れと交戦した時の傷跡が特に目立っていた。致命傷手前の重傷を治療薬の直接投与で強引に治療した痕跡は、生命維持と機能回復を短時間で済ませた所為せいで、大きな裂け目を強引に溶接したかのように見える。一目で真っ当な治療方法ではないことが分かった。

 この怪我けがを負う状況がアキラの不運であり、その状況からでも生還できたのがアキラの幸運だ。その運がもう少し不運に偏れば、アキラはとっくに死んでいた。ハンター稼業を続ける限り、似たような傷はこれからも増えていく。

 シズカはその傷跡を見て思わず採寸の手を止めてしまっていた。アキラが不思議そうに声を掛ける。

「シズカさん?」

「……大丈夫。何でもないわ」

 シズカはすぐに気を取り直して普段の微笑ほほえみを浮かべると採寸を再開した。

「よし! 終わり! もう服を着て良いわよ。強化服が届くのは、早くても1週間後、遅くても1か月後ぐらいになると思うわ。店に届いたらすぐにアキラに連絡するから、出来る限り早く取りに来てちょうだいね」

「分かりました。いろいろ相談に乗ってくれて、ありがとう御座いました」

「良いのよ。アキラが強化服を装備すれば、もっと高くて重い装備も勧められるようになるからね。アキラが更なる常連さんへ進化する日を、心待ちにしているわ」

 シズカは冗談交じりにそう答えると、少しだけ不敵に微笑ほほえんでいた。それにアキラも笑って返す。

「無理をしない程度に頑張るんで、気長に待っていてください」

「期待してるわ」

 アキラはシズカと一緒に店のカウンターまで戻ると、そのままシズカに挨拶をして店から出て行った。

 シズカがカウンター越しに軽く手を振ってアキラを見送った後、意気を高めるように笑う。

「さて、あそこまで信頼された以上、私もしっかり仕事をしますか」

 シズカは機嫌の良い様子で早速仕事に取りかかった。


 アキラは宿の部屋に戻ると、アルファに今後の予定を尋ねていた。

「射撃訓練とかはしないのか?」

『注文した強化服が届くまでは宿に籠もっていましょう。最近座学や情報収集の時間が少ない気がするし、良い機会だわ。宿代を切り詰めれば、1か月程度は持つでしょう』

 アキラが少し嫌そうな表情を浮かべる。

「……宿泊費を下げるのか? それならもう1回ぐらい遺跡に向かっても……」

 宿泊費を下げれば当然泊まる部屋の質も下がる。風呂付きの部屋など論外だ。アキラはそれを嫌がって再度の遺物収集を提案したのだが、アルファにあっさり却下される。

『駄目。言ったでしょう? 私はアキラの不運を過小評価していたって。強化服が届くまではアキラを都市から出さないからね。アキラだって早く1人で読み書き出来るようになりたいでしょう?』

「まあ、そうだけど」

 アキラの識字能力はアルファが効率的に教えているおかげでかなり向上している。しかしまだまだアルファの補助が必要な状態だ。

『早速始めましょうか。アキラの成績が良かったら、御褒美に私が服を一枚ずつ脱いでいく……だとアキラは頑張らないのよね。健全な男として、それはちょっとどうなの?』

「馬鹿なことを言ってないで始めよう」

 アキラは嫌な予感がして話を流そうとした。しかしアルファは話を流さなかった。

『試しに逆にしてみましょうか。成績が良かったら、御褒美に私が服を一枚ずつ着ていく。私を全裸のままにしたくなかったら頑張りなさい』

 アルファはそう言うと服の描写を全て消して本当に全裸になった。

 アキラの前に美しく輝く素肌を惜しげもなくさらしたアルファの裸体が現れる。アルファの姿は視覚的にはほぼ完璧だ。その姿は高度な演算で生み出されたもので、体型など自由自在に変えられる。アルファの姿は文字通り非現実的な美しさであり、しかもそれをアキラの好みに合わせて調整しているのだ。荒野に出ている訳でもない状況で、その効果は高かった。

「馬鹿なことやっていないで服を着ろ!」

 アルファは慌てているアキラに惜しげもなく裸体をさらしながら楽しげに微笑ほほえんでいる。

『駄目。効果は見込めそうね。さあ、始めましょうか』

 その後、アキラは本当にその条件で勉強を続けることになった。アルファは約束通り服を一枚ずつ着ていったが、基本的に過度な露出や大胆なデザインの服を挑発的に着熟きこなした格好で、アキラの集中力をぐ程度には魅惑的でなまめかしい姿をしていた。

 結局アキラはアルファを比較的真っ当な格好に戻すのに1週間ほど費やした。

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