第5話 対価の価値

 アキラが買取所の外でてのひらの300オーラムをじっと見ている。一度は割り切った。だがそれでも思うところはある。少し気落ちした心を吐き出すようにめ息を吐き、遺跡で命を賭けた対価を懐に仕舞しまった。

 アルファがアキラを励ますように笑う。

『大丈夫。対価の残りを受け取るのが少し遅れるだけよ。期待して待っていなさい』

 アキラは気を取り直し、表情を引き締めて深くうなずいた。

「……そうだな。そうだ。これぐらいでへこんでたまるか」

 少々無理矢理やり気味に気力を取り戻すと、その意気に乗って次の計画を立てる。

「アルファ。明日また遺跡に行く。構わないか?」

勿論もちろんよ。それなら今日はもうどこかで休みましょう。アキラも結構疲れたでしょう?』

「ああ。確かに疲れた。今日は早めに休もう」

 アキラが手に持った紙袋の中身に視線を移す。中にはナイフや医療品など、売らずに残しておいた遺物が入っている。今のアキラには十分すぎる貴重品だ。

「これをどこかに隠す必要もあるしな。取りあえず裏路地に行くか」

 昨日の寝床を目指してスラム街の裏路地を進んでいると、アルファが急にアキラを手で制して止めた。

「どうしたんだ?」

『アキラ。注意して』

 アルファが前方を指差した。するとその方向、路地裏の脇道から3人の子供が現れた。アキラが警戒していると、アキラの後ろから更に2人現れた。全員アキラと同じスラム街の住人でとしも同じぐらいだ。

 この5人組のリーダーはアキラのちょうど前にいるダルベという少年だ。そのダルベが笑いながらありふれた用件を告げる。

「金を出してもらおうか。持ってるんだろう?」

 アキラは予想通りの内容に険しい表情を浮かべた。そして取りえず相手の意気をごうとする。

「金なんかねえよ。見れば分かるだろう。襲うならもっと金を持っていそうなやつを狙えよ」

 アキラの言い分は一見もっともだ。金銭目的ではなく、初めからその名目で格下をなぶって遊ぼうという考えで絡んでいるのでなければ、多少はやる気がせても不思議はない。だがダルベは下卑た笑みを浮かべると、アキラを馬鹿にするように首を軽く横に振った。

うそを吐くなよ。見てたんだぜ? お前、買取所から出てきただろう。それに昨日も今日も遺跡の方へ向かっていた。昨日は買取所には行かなかったようだが、今日は寄っていた。何か見付けて売ってきたんだろう? それなら金があるはずだ」

 ダルベ達はアキラがクズスハラ街遺跡に向かったのを見て、買取所の近くで様子を探っていた。遺物を探しに危険な遺跡に出かけるより、そこから帰ってきた者を襲った方が安全だ。この手の思考を持つ者は少なくない。もっともダルベ達のような子供が大人のハンターを襲えるわけがないので、狙うのはアキラのような同じ子供になる。このような者達も買取所に遺物などを継続して売りにいく子供を減らす要因だった。

 アキラがめ息をく。そしてはっきりと答える。

「300オーラムしかねえよ」

「は? 冗談だろう?」

「冗談じゃない。あいつらは俺が持ち込んだものに300オーラムしか払わなかった。うそじゃない。そういう規則だってさ。5人掛かりで奪うような金じゃねえだろう。分かったら他所にいけよ」

 ダルベが疑いの視線でアキラを見る。しかしうそいているようには見えなかった。そしてあの手の買取所は初回だと300オーラムしか出さないという話をどこかで聞いたことを思い出すと、不機嫌そうに舌打ちした。

「何だよ。期待させやがって。久しぶりにもうけられると思ったのによ。紛らわしい真似まねをするんじゃねえよ」

「悪かったな。もう行っても良いか?」

 ダルベの仲間はもう大分やる気を失っていた。だがダルベは襲撃を主導した分だけまだやる気が残っていた。改めてアキラを見て金目のものを探る。だがアキラの服はボロボロで奪う価値もない。持っている紙袋もどこか薄汚れており、中身も高値で売れる物とはとても思えない。普段ならそれでダルベもやる気を失っていた。だが今回は久々のカモだと思い、仲間に気前の良いことを言っていた分だけ苛立いらだちが募っていた。

 高まった苛立いらだちに身を任せて、ダルベが思わず銃を抜く。

「あー、クソッ! もう良い! 死にたくなかったら、その300オーラムをよこせ!」

 警戒を続けていたアキラが表情を更に険しくする。

「……俺を撃ち殺しても損するだけだぞ? 俺だって反撃ぐらいはするからな? 300オーラムのためにすることか? よせよ。めとけって」

「うるせえ! 良いからとっとと出しやがれ!」

 金無しを撃ち殺しても弾代が掛かるだけ。死に物狂いで反撃されれば自分達も怪我けがをするかもしれない。ダルベもそれぐらいは分かっていた。だが苛立いらだちの解消を求める欲求と、銃を抜いた勢いに押し流されていた。5対1。しかも自分が先に銃を抜いている。その余裕がより短慮な行動を取らせていた。

 アキラの表情が更にゆがむ。たかが300オーラムだ。命懸けで意地を張る額ではない。それは分かっている。

 だが同時に命を賭けて得た金であり、ハンターに成って初めて得た金だ。その金を脅しに屈してむざむざと渡す意味は非常に大きい。アキラは苦渋の決断を迫られていた。

 その状況の中、アルファがアキラの前に立つ。そして余裕の微笑ほほえみを向ける。

『アキラ。小さな声で答えて。どんなに小さな声でも私にはちゃんと聞こえるから安心して。分かった?』

「……分かった」

『必要なら私がサポートするけれど、どれにする? 渡す。逃げる。殺す。選んで?』

 命懸けで稼いだ金を渡して生き延びることも出来る。しかし、次もまた渡さなければならない。

 必死に逃げて生き延びることも出来る。しかし、次もまた逃げなければならない。

 敵を殺して生き延びることも出来る。しかし、逆に殺されるかもしれない。

 アキラは迷わずに選んだ。

「……殺す」

 アルファが不敵に微笑ほほえむ。

『了解よ。指示を出すわ。まずは包囲を突破する。後ろの2人の間を抜けるわ。2人とも油断しているし、2人の距離は結構離れているの。振り返って2歩目で身をかがめて、地面を転がるようにして2人の間を抜けて。その後は右側の路地に急いで飛び込んで。反撃はそこからよ。紙袋は捨てないでちゃんと持っていること。良いわね?』

「……分かった。振り返るタイミングは?」

『今すぐに』

 アキラは即座に振り返った。

 右足を踏み出して1歩目。少年達が突然振り返ったアキラに驚いて僅かに硬直する。

 左足を踏み出して2歩目。少年達が腕を伸ばしてアキラを捕まえようとするが、その腕はアキラが転げるように身をかがめた所為せいで空振りした。続けてダルベがろくに狙いも付けずに発砲する。弾丸が低く身をかがめたアキラの上を通過していく。

 少年達がダルベの発砲に驚いて思わず動きを止めた。アキラはそのすきに右側の路地に飛び込み、そのまま勢い良く駆けていく。我に返ったダルベ達が慌てて路地の先を確認した時、既にアキラの姿は消えせていた。

 撃たれそうになった少年がダルベに詰め寄る。

「おい! 危ねえじゃねえか!」

「うるせえ! あいつが急に動いたのが悪いんだよ! あの野郎ふざけやがって! ぶっ殺してやる! おい! あいつを追うぞ!」

 別の少年が面倒そうに答える。

「ほっとけよ。金のねえやつを襲っても仕方ねえだろう? それにもう逃げられたんだ。あいつを狙うなら、あいつがまた買取所に行った後にしようぜ? その時はあいつも金を持ってるだろうさ」

 もうやる気を失っている仲間達の様子に、ダルベは不服そうに舌打ちしてアキラを追うのを諦めた。仲間達と一緒にその場から離れ始める。そして少し離れた辺りで未練がましく振り返り、アキラが消えた路地の方に視線を向けた。

 次の瞬間、ダルベの表情が驚きに染まる。アキラがその路地から勢い良く飛び出して銃を向けてきたのだ。ダルベは偶然振り返っていたおかげで、反射的にアキラの銃撃から逃れて無傷で済んだ。だが他の者はアキラの銃撃を真面まともに食らい、苦悶くもんの声を上げて倒れていく。

「てめぇ!?」

 ダルベが反撃しようとようやくアキラに銃を向けようとする。だが既にアキラはその場から消えており、銃口を誰もいない場所に突き付ける結果に終わった。敵の不在が突然の事態に対する驚きと混乱を弱めていく。代わりに怒気が湧き上がり、死にかけた恐怖をごまかして上書きするように膨れ上がっていく。誰もいない場所へ向けている銃が、持ち手の内心に呼応して震え続ける。

「ふざけやがって!」

 その激情に比例した怒声が辺り一帯に大きく響き渡った。


 アキラが険しい表情で裏路地を走っている。銃撃後、命中確認もせずに急いで路地に戻ったおかげで、既にダルベ達から大分離れていた。

「アルファ! どうなった!?」

『3人に命中したわ。戦闘不能は2名ってところね。全員生きているわ』

「そうか。上出来だな」

 アキラは別に銃の名手ではない。路地から飛び出した直後に3人も命中させるなど本来は不可能だ。路地に飛び出してから敵を探し、悠長に照準を合わせて銃撃し、その場にとどまって命中したかどうか確認する。その素人の動きでは、間違いなく反撃を受けていた。

 それを可能にしたのはアルファだ。アルファはアキラよりも先に路地に出ると、効率的な銃撃位置に立ち、ダルベ達の位置を指差していた。アキラはそのアルファの姿を元に、指定の位置に飛び出し、あらかじめ分かっている方向に銃を構え、事前に決めていた回数だけ引き金を素早く引き、すぐに戻った。全てアルファの指示通りに動くことで、この奇襲を成功させたのだ。

 だがそれでも敵の殲滅せんめつには至らない。作戦は継続中だ。

『次の位置へ急ぎましょう。こっちよ』

「分かった」

 アキラはアルファの後を追って路地を走り続けた。


 ダルベが銃を構えて警戒しながらアキラの消えた路地をのぞき込む。アキラの姿は見えない。しかしどこかに潜んでいる可能性を考えて、運良く無事だった仲間と一緒に警戒しながら路地を進む。

 その少年がそのまま路地の奥に進もうとするダルベに不安そうな表情を向ける。

「お、おい! あいつらどうするんだよ! 放っとく気か!?」

 ダルベが険しい表情で怒鳴るように言い返す。

「まずはあいつを殺すんだよ! そうしないとあいつらを安全な場所に動かすことも出来ねえだろうが! 診療所に運んでいる間に撃たれたらどうする気だ!」

「そ、そうか。そうだな。……見捨てる気じゃ、ないよな?」

「……見捨てる気ならとっくに俺だけで逃げてる」

「そ、そうだよな」

 ダルベは一応納得した様子の仲間に苛立いらだっていた。こいつらが俺を止めなければこんな状況にはならなかった。そのような勝手な理由だった。


 アキラはダルベ達と出会わないように大きく迂回うかいして先ほど銃撃した場所に戻っていた。そして倒れているダルベの仲間達に十分に警戒しながら近付くと、頭部に銃口を向けて、今度はしっかりと狙う。既に死んでいた者も、気絶している者も、アキラに気付いて何かをつぶやいていた者も、一切区別なく同じように引き金を引く。3発の銃声が響き、頭部に穴の開いた死体が3体転がった。

「……これで3人。あと2人か」

『すぐに隠れるわよ』

「了解だ」

 アキラは再び他の路地に身を隠した。路地の壁を背にして息を整えていると、アルファから次の指示が出る。

『アキラ。回復薬を取り出して飲んで。売らずに取っておいたやつよ』

怪我けがはしてないぞ?」

『良いから急いで飲んで。10錠ぐらいよ』

 アキラは怪訝けげんに思いながらも、指示通りに紙袋から回復薬の箱を取り出して開封し、中身のカプセルをてのひらに乗せた。

(……これも旧世界の遺物なんだから、旧世界製の回復薬ってことだろう? 多分すごく高いんだろうな。怪我けがもしてないし、少し勿体もったい無い気がする。……でも飲めって言われたしな)

 アルファの指示だ。何らかの意味があるのだろう。アキラはそう考えて回復薬を飲み込んだ。


 銃声を聞いて急いで仲間達の所に戻ったダルベが、仲間達の死体を見て顔を激怒で大きくゆがめる。

「クソッ! 先回りされたのか!」

 そのダルベの背後では、一緒に戻ってきた少年がひどく青ざめた顔で少しずつ後退あとずさりしていた。そしてダルベからある程度離れた辺りで、恐怖にゆがんだ表情で叫ぶ。

「お、お前の、お前の所為せいだからな! お前があいつを襲ったからだ!」

 そしてダルベを置いて全力で逃げ出した。そのすぐ後に再び銃声が響く。アキラに狙われたのだ。だが命中はしなかった。少年は悲鳴を上げながら走り去っていき、そのままスラム街の奥に消えていった。

 ダルベも逃げようと思えば逃げられた。だが仲間を殺された憎悪と逃げ出した少年への侮蔑に背を押され、逃げようなどとは思えず、その激情のままに叫び、動く。

「俺をめやがって!」

 逃げた少年を銃撃可能な横道は一か所だけだ。ダルベは殺し合いの恐怖を憎悪で押し流し、その勢いのままアキラの居場所へ走り出した。


 アキラは身を潜めた路地でダルベを迎え撃とうとしていた。アルファはアキラの少し前に立ち、ダルベを指差して大体の位置を教えている。

 敵が路地の様子をうかがおうとして顔を出す瞬間を狙って銃撃する。アキラはそのために銃を両手でしっかりと構えて、その時を待っていた。

 だが予想外のことが起きた。相手は自分を警戒して一度立ち止まり、慎重に路地をのぞくだろう。そう思っていたのだが、逆上していたダルベは慎重さなど完全にかなぐり捨てて、止まらずに勢い良く路地に飛び込んできたのだ。

 そしてそれはダルベにも予想外のことだった。相手は既に路地の奥まで逃げているだろう。そう考えてアキラを逃がさないために全力で路地に飛び込んだのだ。だがアキラはすぐそこにいた。

 両者の予想が外れた結果、アキラとダルベは至近距離で相対することになった。驚きながら相手に銃を向け、ほぼ同時に引き金を引く。銃声が重なった。

 アキラとダルベが地面に倒れ込む。互いが放った銃弾は互いの胴体に命中していた。どちらも重傷だ。そしてどちらも激痛による苦悶くもんの表情を浮かべながら、同じことを考えていた。

 相手はまだ死んでいない。殺し切れていない。急いでとどめを刺さなければならない。相手よりも早く。その思考を激痛に揺さぶられながらも何とか身を起こし、相手に銃を向けようとする。

 必死になって銃を向けようとしたダルベが見たものは、既に自分に銃口を向け終えていたアキラの姿だった。

 アキラが先に引き金を引く。至近距離で撃ち出された弾丸がダルベに直撃する。即死ではなかったが、ダルベから足掻あがく力を奪い去るのには十分だった。ダルベは銃を落として崩れ落ち、自身の体から流れ出る血の池に沈んで短い生涯を終えた。

 アキラはダルベを殺した後、自分の被弾箇所に視線を向けた。服に穴が開き、血がかなりにじんでいる。間違いなく重傷だ。だが負傷による動きの鈍さは感じるものの、痛みは大分引いていた。それを不思議に思っていると、アルファが険しい表情で指示を出す。

『アキラ。すぐに怪我けがの治療よ』

「アルファ。何か、あんまり痛くないんだけど……」

『それは事前に飲んだ回復薬の鎮痛作用が効いているだけよ。怪我けがが治っているわけではないわ』

「そうだったのか。ああ、だから先に回復薬を使ったのか」

 アキラは回復薬の鎮痛作用のおかげで重傷の体を無理矢理やり動かすことが出来た。また回復薬を飲んですぐに被弾したため、被弾による負傷の治療も既に始まっていた。それがアキラの動きに与えた影響は僅かだ。だがその僅かな差でアキラは生き残った。

『まずは回復薬を追加で飲み込んで。今度も10錠ぐらいよ。その後は回復薬のカプセルを開いて、中身を直接負傷箇所に振りかけて。それも10錠分ぐらいよ。最後に被弾箇所に治療用のテープを貼るの。急いで。気絶して治療が間に合わないとそのまま死ぬわよ』

 アキラは大分動きが鈍くなっている体を何とか動かして、そばに落ちている袋から回復薬を取り出した。そして大体10錠だろうという数のカプセルをすぐに飲み込んだ。

 次に震える手でカプセルを開き、中身を傷口に振りかける。その途端、被弾時と変わらない激痛がアキラを襲う。歯を食い縛って何とか耐えた後、少し不安混じりの視線をアルファに向ける。

「ア、アルファ、これ、大丈夫なのか?」

『直接投与すると鎮痛作用の効き目が低下するの。でも負傷箇所に治療用ナノマシンを直接投与しているから、効果は経口より高くなるわ。我慢して』

 最後に紙袋から包帯のような治療用テープを取り出して傷の上に貼り付けた。

『治療は終わったわね。急いで移動しましょう。このままここにいるのは危険だわ』

「動けるかどうか……、いや、無理矢理やりにでも動いてここから離れないと不味まずいか……」

 アキラは痛みに耐えながら何とか立ち上がった。そしてゆっくり歩き始める。足を踏み出すたびに激痛が走るが、何とか歩いていく。それは負傷から考えれば驚異的なことで、この短時間でそこまで治療した回復薬の驚くべき性能を示していた。

 だが痛みでそれどころではないアキラには、その驚異的な性能に驚く余裕など無い。痛みで顔をゆがめながら路地を歩いていく。

 アルファが今にも倒れそうなアキラを真剣な表情で励ます。

『頑張って』

「ああ」

 アキラは何とか昨日とは別の寝床に辛うじて辿たどり着いた。半ば崩れ落ちながら、気絶しないように注意しつつ、いつも以上に慎重に寝床の準備を済ませる。この負傷で誰かに近付かれたら終わりだ。そう考えて、絶対に見付からないように自身の姿を路地裏の隅に隠していく。そして寝床の準備を終えると、倒れ込むように横になった。

「……アルファ。俺はもう限界だ。寝る。お休み」

 アルファが心配そうな表情で優しく声を掛ける。

『お休みなさい。ゆっくり休んで』

 アキラが疲れた険しい表情で目をつぶると、その意識がすぐに闇に飲み込まれていく。

(……ちゃんと目が覚めますように)

 取りえず祈っておいたが、どこの誰に祈ったのかは、祈った本人にも分からなかった。


 翌朝、アキラは自分でも不思議に思うほどに、非常に爽快に目を覚ました。そのことに驚きながら、ちゃんと目が覚めたことに感慨深くつぶやく。

「……死なずに済んだか。……ん?」

 胴体に違和感を覚えて手を当てると、昨日被弾した辺りに何か硬い物の感触があった。そこをよく調べると、治療用テープの下に何かが存在していた。テープを慎重に剥がしてみると、少し変形した弾丸が現れた。弾丸は体にり込んでいるように見えるが、実際には体外に押し出されていた。

「……昨日食らった弾丸か? 体に残ったままだったのか」

『そうみたいね。治療用ナノマシンが体外に排出しようとして、治療用テープに邪魔されたのよ。取った方が良いわよ』

 アキラはいつの間にかそばにいたアルファに少し驚いたが、昨日ほどではなかった。そばにアルファがいることに慣れてきたのだ。

 体に食い込んだままの弾丸を強引に抜き取り、治療用のテープを貼り直す。痛みは完全に消えていた。

 アルファが改めて微笑ほほえむ。

『アキラ。お早う。昨日はあんなことがあったけれど、よく眠れた?』

「ああ。すごくよく眠れた。……少し寝過ぎたな」

 既に日が昇っている。普段のアキラの起床時間からは大分遅い時刻だ。アキラの腹が空腹を訴える。夕べは何も食べていない。そしてこのままでは朝食も抜きになる。

不味まずい! まだ配給は終わってないよな!?」

 アキラは急いで配給所に向かった。ぎりぎり間に合った。


 当初の予定では今日もクズスハラ街遺跡へ向かうことになっていたが、アルファの指示で中止となった。アキラの体調を万全にするために1日休養を取ることにしたのだ。

 被弾したのに1日しか休養を取らない時点で本来はいろいろとおかしい。アキラもそれを不自然に思う程度の常識は持っていた。だが被弾の痛みなど既に消えており、体の動きも少し鈍い程度だ。アキラはそれが旧世界製の回復薬の効果だとようやく気付き、路地裏で休みながら感心していた。

(回復薬も治療用のテープも旧世界製。旧世界の遺物か。道理で高く売れる訳だ。やっぱりちょっと勿体もったいなかったか? ……いや、でも死にたくないしな)

 旧世界の高度な技術で作成されたものには、現在の技術では再現不可能なものも多い。それは回復薬に限った話ではない。

 ある遺跡で発見された小さなナイフは、軽く力を入れただけで肉や魚はおろか鋼やコンクリートすら容易たやすく引き裂き、同時にどんなに力を込めても人間を切れないなど、一見矛盾した機能を有していた。

 更に幾度となく鋼鉄を両断しても切れ味は全く落ちなかった。水に漬けても刃がびることはなく、王水に浸しても反応を示さなかった。企業の研究所がナイフの安全装置らしきものを解除すると、明らかに刃が届いていないにもかかわらず、戦車を乗員ごと両断した。その直後にナイフは粉々に砕け散った。

 現在の文明の科学技術は、その大半が旧世界の技術を解析することで成り立っている。ただし、有能な研究者が自身の生涯と引き替えに得た英知をもってしても、その原理が解明された技術はごく僅かであり、ほとんどはよく分からないまま使用しているのが現状だ。だからこそ、旧世界の遺物は高値で取引されるのだ。そしてそのような遺物を売らずに自分で使うのもハンターの醍醐味だいごみだ。

 アキラはその旧世界の遺物、非常に高性能な回復薬のおかげで死なずに済んだ。アキラのつたない知識でも、売却すればかなりの大金になることぐらいは分かる。

 だが、その程度の遺物とは比較にならない存在が自分のすぐそばにいることには気付けなかった。

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