終わらない夜と恵まれた朝

狭山ハル

揚げ物と放浪の果ては。

「お前さ、ホント真夜中に揚げ物臭いのだけは勘弁してくれマジで」

 夜中に家に帰ってきて俺を迎え入れるのは、軽く部屋に漂う油の臭いとタバコの煙。そして揚げ物特有のパチパチと跳ねる油の音で。その臭いと音の諸悪の根源はキッチンに居ることは分かっているから迷わずキッチンへと足を踏み入れてそう言えば、諸悪の根源は調理に使って残ったのであろう黒ビールを片手に咥え煙草で俺を見る。

「お帰り啓次。随分遅かったなぁ」

 と。


「つうかお前店まだ営業時間じゃねぇの」

「だって私居なくても回るしー各店に私居なきゃいけないんだったら分身の術でも会得しないと」

 そう言いながらヤツは揚げた芋を皿の上に盛り上げる。見ただけで胃もたれしそうで仕方がない。眉を寄せる俺の苦い表情に気づいたのか、「啓次にはこっち」と揚げ物をしている鍋の奥に置かれた鍋の蓋を開けてその中身を椀に注ぐ。ホイ、と渡された椀の中身は少しだけ赤みがかったコンソメベースのスープ。中には申し訳程度の肉片とキャベツ、そして白い団子のようなものが浮かんでいる。

「団子は芋で作ったやつね、ニョッキ的な?」

「イモモチとは違うのか」

「何も変わらん」

 そんなヤツの答えを聞いて、食器棚から箸を取り出し、キッチンの端に置いてある折り畳みイスを開いてそこに座り早速汁を啜る。

 そうしていれば揚げ物も終わりに近づいているのか、揚げた魚を油から出して皿の上に置く。

「こっちも食べて良いよ」

 吸い終わったタバコの代わりにイモを咥えながらそう言う揚げ物野郎はビールも飲み終わったのか適当な酒で適当なカクテルを作っている。お、イモモチ旨い。

「真夜中に酒飲みながら揚げ物ってお前さぁ」

「啓次がおっさんなんだよ」

「朝恵も同い年だろ」

 苦言を呈すればサラッと人のことをおっさん呼ばわりするコイツ――終夜シュウヤ朝恵トモエ)はもともと大学のサークル同期で現同居人。ジーンズとVネックのニット、そしてその上の黒いエプロンをシンプルに着こなす俺よりも15cm身長の高いコイツは一見男にしか見えないが、よくよく見ればささやかながら、本当にささやかすぎる主張を胸部で行っている。女である、という主張だ。

 大学時代に付き合い始めてそれがダラダラと今の同居生活に至っている訳だが、俺は俺で忙しいし、朝恵にしてもフラっと居なくなることが多い。その放浪癖が功を奏したのか、旅した国の伝統料理のレシピを元に多国籍料理の店を出したらウケて、今や市内に数店舗を構える人気店のオーナーだ。ただし、そのお陰で朝恵の放浪癖には拍車が掛かった。

「っていうか、お前今度はどこ行くつもりだよ」

「あ、バレた?」

「お前が俺の帰り待って俺のメシ作るとか旅出る前の癖だろソレ」

 何年一緒に暮らしてると思ってるんだ、とその癖を指摘すれば、別に旅に出なくてもメシ位作ってるじゃんかと反論するが、今回については旅立ち前なのは決まっているのかその表情もバツが悪そうで。「で、どこ行くんだよ」と更に重ねれば「アフリカ方面?」と疑問符付きで朝恵は笑う。

「ちょーっと夕陽を見たくなってね」

「夕陽ならどこでも見れるだろ」

「そういうのじゃないの」

 そういうのじゃない。と重ねて笑う朝恵に、そうか。とだけ返す。分かり合えないものを無理に分かり合う必要は無い。そうしなくても何年も暮らせているのだから。

「じゃぁ、俺寝るわ。明日も早いし」

「おー、おやすみ。私もコレ消費したら寝るしー」

 ヒラヒラと手を振り俺をキッチンから送り出しながら、朝恵はタバコに火を付けていた。



「……ホント良く付きあってられるよな、俺」

 翌朝、ダイニングテーブルに置いてあったのはフランスパンで作られたサンドイッチと昨夜食べたスープ、そしてメモ用紙一枚。


[帰ってきたら料理の試食ヨロシク。サンドイッチとスープはレンチンヨロシク! 朝]


「……恵、位書いてから行けよな」

 恐らく余裕ぶっこいて書置き残してたらバスに遅れそうになったのだろう。ため息と共に皿と椀を持ってレンジへと向かう。コーヒーメーカーにはまだ暖かなコーヒーがそのまま置かれていて本体には[飲みすぎ厳禁!カフェオレなら良かろう]という付箋が付いていた。

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