『空を見る』

理佐ちゃん

第1話

 私は友人の研究のために、小説を書く予定でした。いよいよパソコンの前に座り、書き始めました。かたかたかたかた。キーボードを押しながら話を進めていきました。

 私の書こうとしていた小説のストーリーは決まっていました。


幽霊の姿が見える少年。幽霊の姿は猫の姿をしていて、他人には見えない。

少年は平凡な(といっても幽霊が見えるけど)生活を送っていた。

ある日、少年の身に変化が訪れる。幽霊の姿が薄れていた。

少年は幽霊たちを救うと決心する。


 淡々と続くような、安っぽいホラーじみた小説でした。

 それがなぜでしょうか。私は書くことに飽きてしまったのでした。言葉の配列が停止してしまっていました。その理由はきっと、私が本棚に平然と置いてあった高橋源一著の『一億三千万人のための小説教室』を手に取ってしまったからでしょう。そうです。そのほかに理由は思い浮かびません。

かたかた震わせていたキーボードは、ぱらぱら震わせる本へと変化したのでした。



 小説教室では、小説を書くために必要な鍵について書いてありました。八つのレッスンと二十の鍵のヒントを使い、小説を書くという内容でした。本を適当にめくりながら、私はふとある文章を見つけました。


さて、あなたは、小説を書こうとしています


現在の私に呼びかけているような文に、私はページをめくるのをやめ、じっくり読み始めました。


それはレッスン2の小説の一行目に向かっての最初の一文でした。レッスンの三番目の鍵に「待っている間、小説とは、関係のないことを、考えてみよう」と書かれてありました。


まずは、沈黙。頭を冷やすところからはじめようではありませんか


 私は最初その行を読み、不快に思いました。やっとストーリーを考え、いよいよ書き始めようとしているのに考えろと、書き始めるのを止めろと!いやいや、高橋さん。それはないでしょと思いました。とはまぁ、そこで読み止めて本を投げ捨てて作者に怒るのは、よい読者にはなれないと思いました。それに私は小説を書くのを中断したような人間ですしね。

そうして私は続きを読みました。

怒る読者となだめる作者。全く今の私と同じ状況でした。


ちょっと、窓の外を見て


私は書かれてある通りに、手元から外に視線を変えました。

 マンションの14階から外を見る。時刻は四時を回っていて、太陽が落ちかけていました。碧色、橙色、茜色、薄紅色。季節はもう冬になっていて、時間が過ぎのが早くなっていました。綺麗だけど小説を書くとは関係ない。


空と小説、なんか関係あります?


ないよ、別に


尋ねる読者と空を眺める作者。

そこで四番目の鍵が出てきました。「小説を書く前に、クジラの足がなん本あるのか調べよう」

 またこの人はふざけているようなことを……。いい加減しないと読者が怒りそうな気配がしたのか、作者はある例を挙げました。エーリヒ・ケストナーさんが書いた『エーミールと探偵たち』という小説でした。

 彼は本来『原始林のペータージーリエ』という小説を書き始めようとしていました。彼はその小説で初めの三章はもう出来上がっていました。順調に書き上げていた小説にふと、疑問が頭によぎったのです。そう、御察しの通り。彼はクジラに足がなん本あるのか、わからなくなったのです!そうして、彼は『原始林のペータージーリエ』のことなんて、どうでもよくなってしまったのでした。


およそ、すべての小説は二つの種類に分けられます

それは『エーミールと探偵たち』と『原始林のペータージーリエ』です

小説を書こうとしている人たちは、みんな、『エーミールと探偵たち』を書こうとして、結局、『原始林のペータージーリエ』を書くことになってしまうか、あるいは『原始林のペータージーリエ』こそが小説だと思い込んでしまうのです


なんとなく意味がわかってきたような気がしました。わかったといってもなんとなくでしかですが……。きっと続きを読まなければ、理解ができないでしょう。


わたしは、あなたに、あなたの『エーミールと探偵たち』を書いてもらいたいと思っています。そして、わたしも、ひとりの小説家として、『エーミールと探偵たち』を書きたいと思っています


作者に読者を待たせておいて『エーミールと探偵たち』を書くと?!

そもそも『エーミールと探偵たち』とはなんでしょうか?


それは、あなたが書かねばならない、あなたにしか書けない小説です


私にしか書けない小説。果たしてそんなものが、私に書けるのでしょうか?そもそも私は自分が書こうとした小説から逃げ出した人、逃亡者の小説家なのに!


『原始林のペータージーリエ』とはなんでしょうか。それは、だれにでも書ける、だれかがあなたの代わりに書いてくれる小説です。その小説の書き手は、あなたである必要はまるでない


私であることは必要ない。ということは私が書こうとして、飽きてしまった。だから私は書かなくても、良かったということになるのかもしれません。本当の小説とはなんでしょうか?そもそも私は真の小説家になることはできのだろうか?


私は友人の研究のためにお願いされただけの、小説家まがいの人です。友人には残念ながら素敵な、思っていた小説が書けなかったと、言っておくことにします。その代わりに、この高橋さんの『一億三千万人のための小説教室』についての話を渡すことにします。


下手な文章を見せてすいませんでした。皆さんは私とは違った、書き途中の小説を書かないように、素晴らしい小説が書けるように祈ってます。


紅蛇 平成29年1月19日 外は曇って寒い日のこと。

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『空を見る』 理佐ちゃん @Risa-chan

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