第41話 釣りは男の……③
魚に十分に火が通ると、辺りに美味しそうな匂いが漂い始める。
「何かいい匂いがするね?」
「この匂いは魚の焼ける匂い……魚? ……! いずんちゅ!」
ちょうど魚にかぶりつく瞬間に、2人して振り返ってきた。
なんて勘のいい奴らだ。
「……食べる?」
僕は、食べようとしていた串をそっと差し出した。
「たく、勝手に調理するなよ」
文句を言いながらも、しっかりと魚を受け取るひなぞー。
男のツンデレは需要ないですよ?
「和泉さん? 俺には?」
「なにかな? 武さん?」
武さんが、自分を指さし何やら欲しがっているが、僕は笑顔のまま聞き返し、新しい串を手に取る。
「あの……俺にも魚……」
「な~に?」
笑顔を絶やさず、さらに聞き返す。
僕は、さっきの事を許したつもりはないのである。
「ごめんなさい!! 謝りますから俺にも魚を恵んで下さい!」
我慢の限界に達した武さんは、潔くDOGEZAした。てか、そこまで魚を食べたかったの?
「次はないよ?」
「はい。ごめんなさい」
武さんがあまりにもかわいそうだったので、僕は渋々魚を恵んであげた。
これに懲りたら、少しは自重して欲しいものである。まぁ無理だと思うけど。
「釣りたてはうまいな」
「鮮度が命だな」
「うまうま」
それから僕達はしばらくの間、食事タイムとなった。
「そろそろ乾いたかな~」
僕は焼き魚を堪能すると、干してあった装備を確認する。いつまでも半裸状態では、いざという時困るのである。今日は1回も戦闘行為はしていないけどね。
「まぁ冷たいままよりはマシかな~?」
生乾きの装備を着込み、僕は釣りをしている2人の元に戻る。
「しっかし、数時間座っているけど、釣れないな~」
「本当にここにいるのか疑問に思うな」
「てかさ、俺らマス・マス・マッスルの姿知らないよな?」
「そこはいずんちゅの【探知】頼りだろ?」
「なるほど。いるの? 和泉さん」
「まぁいないけどね」
2人の質問に軽く答え、僕は残っていた魚に手を付ける。
うまうま。でもやっぱり焼き立てが一番だね。
「そうか。いないのか……」
「そうなると俺達のこの数時間は無駄だったな……」
「おいしい魚が食べれたじゃない」
何を言っているだい? 人生に無駄な時間なんて無いんだよ?
その証拠に、こんなに美味しい魚を堪能できたじゃない。
うまうま。
「「…………」」
「ん? どうした~?」
急に反応が無くなった2人を見ると、何故か竿を片手にうつむいている。
何か、あったのだろうか?
「「てめー! そう言う事は早く言え!!」
2人は急に声を上げると、なんと僕に掴みかかってきた。
「はぁ? 釣りがしたかったんでしょ?」
男のロマン(笑)を堪能させてやっていたのに、何故僕が怒られなきゃいけないんだ?
「俺達は鱒を釣りに来ているんだよ!」
「今日は泊まらないで帰ろうと思っていたのに!」
「まぁ今からじゃお泊りコースだけどね」
僕は、串を空に掲げる。太陽は既に西の空へと傾き始めていた。
その後も、僕達の言い争いは続いた。
これが他にモンスターの居る島だったら、フルボッコにされていたね。
その直後だった。僕の【探知】に反応がきた。
「来たよ~」
「あ? ウソじゃないだろうな?」
「逃げたいからってウソついてもダメだからな!」
まったくもって友達を信用してない2人は、沢の上流に目を凝らしている。
何で、僕の扱いってこうなんだろう? 改善を要求するよ。
移動スピードからみても、もうすぐ見えると思うけど。
「あれ……か?」
「待て……待て待て! この距離で肉眼でわかるって……あの鱒どんな大きさだ」
「あ~確かに大きいね。しかもあれ4匹もいるんだぜ?」
「「4匹!?」」
こちらに向って泳いでくる魚は確かに鱒だった。大きさはマグロ位あったが。
「「あんなのどうやって釣るんだよ!!」」
「まぁ……頑張れ?」
叫ぶ2人に僕はエールを送ってあげた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
僕達の目の前を、悠々と泳ぐ今回のクエスト目標は、“鱒”と呼ぶべきか迷う姿だった。
ニジマスを例にあげれば、平均的な大きさで40㎝。大きいものでも60㎝である。しかし今僕たちの目の前を泳ぐ鱒は目測で2mはある。平均的なニジマスの5倍だ。
対して僕たちの持っている釣り竿は、もろ竹竿の簡単な物のみ。
B29に竹槍で対抗するようなものだね。
「この戦力差でどうしろと」
「2mもあるような魚なんて釣り上げられるのか?」
「普通なら竿が折れるね」
僕達は、茫然と沢を眺めていた。
しかし、そんな中いち早く復活すると行動を起こす奴が1人。
「何やってるの? ひなぞー」
「ギルドが用意したんだ。何かしらの仕掛けはあるだろうと思ってな」
そう、我らがリーダーのひなぞーだ。正式にはリーダーとか決めてないんだけど、何となく指示を出してくるからひなぞーがリーダーって事になっている。
たぶん、奴は否定するだろうけど。
「まぁ釣れない道具を用意したりしないか」
「だろ?」
武さんと1回頷き合うと、いそいそと準備を開始する。
僕達と鱒の戦いが、今、始まろうとしてる。
と、格好良く言ってみるが、やることはただ釣り竿を沢へ垂らすだけなんだけどね。
沢へ糸を垂らすこと数分後、よりによって、僕の竿に当たりが来た。
「来た!」
「いずんちゅ落ち着け。まだ焦る時間じゃない」
ひなぞーがそんな事を言ってくるが、僕の竿は相当強く引っ張られており、竹が折れないのが信じられないくらいだ。
水面を見ると一匹の鱒が暴れているのが見える。
僕は、竿を持っていかれない様に必死に踏ん張るが、体格差は火を見るより明らかだ。
「あの! 腕が限界なんですけど!?」
「和泉さん負けるな! 頑張れ!」
この武さんめ! 声だけじゃなくて手伝えー!
鱒も釣られてはならないと必死に抵抗する。
流石マッスルの名を持つ魚だけの事はある、僕の体はジリジリと沢へと引き寄せられて行く。
「もう無理! ギブ!! ひなぞー【怪力】持ちでしょ!? 何とかしてよ!」
「あ、悪い。俺のにもヒットしたわ」
隣を見ると陽向の竿も折れんばかりにしなっている。
こ……この鱒共め、空気を読めよ!!
「武さん! あんたさっきの借りを今ここで返してよ!」
最後の希望である武さんにも声をかける。
が、現実と言うのは残酷なものである。
「ギルドの技術力ってすごいな! 俺もヒットだ!」
こういう時に威力を発揮するギルド製品は嫌いである。
「放すよ! 放すからね!?」
「放したら殺す」
「和泉さんも男の子でしょ? 気張れ!」
「無理言うにゃぁぁぁぁぁ……」
2人に見捨てられた僕は、勢いよく沢へ2度目のダイブを決める。
本当に、町に帰ったら覚えてろよ!
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
僕は、一度水面に顔を出し、息を整えながら手放してしまった竿を探す。
1度陸へ戻ってから、ひなぞーに釣り上げてもらおうかと思ったけど、何となくこの鱒は自分の手で止めを刺したいと思ってしまったんだ。
水面に浮かぶ竿を見つけると、鱒を刺激しないように静かに糸を手繰り寄せる。
と同時に、ゆっくりと鱒との距離を詰める。
糸を竿に絡ませつつ鱒に近付くと、腰から解体用のナイフを取り出す。今手元にある武器はナイフ1本だけである。ハミングバードが水中で使えるかわからないからだ。
狙うは鱒が顔を水面から出したその瞬間。
僕の筋力では水中で素早く振るえないし、止めを刺しきれない。
右手に竿、左手にナイフを構え鱒の真上に近付く。
タイミングを計り、糸を絡ませた竿を一気に引いた。すると、鱒は激しく抵抗し、水中を暴れまわる。
水中をもの凄いスピードで動きまわる鱒。
それでも、鱒が水面から頭を出す一瞬を狙う為に、左手のナイフに力を込める。
そして、漸く待ちに待ったタイミングが訪れた。
「ここだ!!」
水面から飛び出した鱒の左目に狙いを定め、力一杯ナイフを振り下ろした。
運よく突き刺さったナイフは、目の少し後ろのところに突き刺さった。
ここは、神経が集中している場所であり、魚を締める時に狙う場所でもある。
きっと、当たったのはまぐれだろう。狙ってできる事じゃないし、もう1度やれと言われても絶対に出来ない自信がある。
「お~生きてた生きてた」
「よく生きてたな」
2人は既に釣り上げていたようで、呑気に声を掛けてくる。
まったく、こっちは死ぬ思いで仕留めたというのに……。
鱒を引っ張りながら岸に向かって泳ぐが、僕の足が付く位迄来ると、鱒は動かなくなる。
ここが限界か。
「ひなぞー! 引っ張り上げて!」
「いずんちゅ……水中で仕留めたのかよ……」
僕は、鱒からナイフを抜き取ると、軽く洗い水気を取り鞘へと戻す。
「あ~しんど……」
「水中で魚を仕留めるとか……」
「どんどん人間離れしてくな~」
うるさいよ! 僕だって好きでやった訳じゃないやい!
ひなぞーが僕の仕留めた鱒を大八車へと乗せるのを横目で見ながら、僕は赤いアイテムポーチをゴソゴソと漁る。
「あと1匹だね」
僕は、未だに沢の中を優雅に泳いでいる鱒を睨みつけると、ポーチからお目当ての物を取り出す。
それは、僕の片手に収まる大きさの箱だ。まぁボタンの様な突起物が生えているけどね。
「いや、クエストは2匹の狩猟だから……っていずんちゅ何持ってやがる」
「ひなぞー、僕達のスローガンは?」
僕は、箱を大きく振りかぶりながら、ひなぞーに質問をする。
「それは……“サーチ&デストロイ”だが……。待て、いずんちゅ本当に何をするつもりだ」
「ポチっとな」
箱の真ん中に埋め込まれたボタンを押し、そのまま沢に向って放り込む。
「そして伏せる!」
「いずんちゅ、お前まさか!!」
「2人とも何してんの?」
僕が腹這いに伏せると、ひなぞーも慌てて同じ様に伏せる。
間に合わなかったのは、状況がわかっていない武さんだけだ。
ポチャリと沢の中へ箱が落ちたすぐあと、腹に響く爆発音が鳴り響いた。
「うわ!」
武さんは爆発音に驚き盛大に尻餅をつく。
「痛たたた……和泉さん、さっきの何!?」
武さんが起き上がりお尻をさすりながら聞いてきた。
「和泉特製の爆弾」
僕は、浮き上がってきた魚を回収する為に沢へ入る。
さっきまで水中にいたので、もはや服が濡れようと関係ない。
「爆弾って……いつの間に作ったんさ?」
「ん? ちょっとね~」
爆薬自体は、町でも取り扱っているし、製法も各工房に伝わっている。
僕は、それを箱に詰めて、ちょちょいと魔石を使って改良しただけだよ?
「『ちょっとね』で済ますな。大体、発破漁は禁止されてるはずだぞ?」
「それは日本での話しでしょ?」
残念でした~ここは日本じゃなくてレビストフです~。
大体、釣りなんかしなくて、最初からコレでやればよかった。
「ダメだこいつ、早くなんとかしないと……」
「もはや手遅れだ」
2人が何か言っているようだが、僕は気にせず水面に浮いた魚を回収して回った。
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