第29話 地獄のファッションショー
家具屋が来る前にひと通り掃除を済ませ、無事家具を受取った後、僕達は再びファッカスへと戻って来た。
服に関しては、ひなぞー達も買い足さないといけない状況だったので、全員での移動だ。
ファッカスにはお昼を少し過ぎた時間に到着した。掃除やら家具の搬入やらで普通に時間が潰せて良かった。
昼食を食べた後、ルノンの仕事上がりを待つ事数分。準備を終えたルノンがやって来た。
「お待たせ! みんなで行くの?」
ルノンの質問に全員で頷く。
「オッケー。それじゃお父さん、お母さん行って来ます」
ルノンは店の奥に向かって声をかける。するとアフロックが顔を出した。
「……気をつけてな。イズミもよろしく頼む」
「はい! アフロックさん、ルノンさんをお借りしますね」
「……ははは、そのまま貰ってくれても構わないぞ」
「お父さん!? 何言っているの!!」
アフロックにからかわれたルノンは、顔を真っ赤にして怒っている。
まぁ収入がない新米冒険者に貰われても嫌だよね……。
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ルノンに案内されたのは、商業区の中でも大通りに接している賑やかな場所だった。
洋服店の中に防具店が混じっているのは、異世界ならではだろう。
「さぁここよ! このレビストフの中でも1番のお店なんだから」
エディール被服店。
そう看板が掲げられた店は、他の店に比べると少し大きい位で、特にこれと言った特徴は見られなかった。
「こんにちは~エディールさん、お客さん連れて来たよ~」
店先を眺めていた僕達を余所に、ルノンはさっさと店内に入ると店主であるエディールを呼び出した。
「は~い。少し待っててねん」
店内に入ったと同時に聞こえて来た声で、僕達は動けなくなる。
本能が全力でこの場から逃げろと言っているが、少しでも動いたら狩られる。そんな幻想が僕達の動きを封じている。
「あら~ルノンちゃんじゃない。お久しぶり、元気だった?」
あ、終わった。
店主であるエディールを見た瞬間、僕は確かにそう思った。
身長はひなぞー並みの180cm弱。しかし、その筋肉量はアフロックと比べても引けを取らない。そんなマッチョが、ルノンと同じ様なワンピースを着ている。いや、本当に。何を言っているか信じてもらえないと思うが、筋骨隆々のオッサンがワンピースを着て接客しに店の奥から出て来たのである。
しかし、何よりも注目を集めるのはその顔だろう。
いや、ちゃんとしたオッサンの顔なのだが、この町で出会った誰よりも厚化粧を施されているのだ。
夜中1人でこの顔を見たら失禁確実レベルだ。
「今日は友達を連れて来たの」
「あら~~嬉しいわ。好きなだけ見てってちょうだい!」
店主のお許しが出たので、確実自分の服や下着を選ぶために動き出した。
僕はルノンに背中を叩かれ、ようやく動けるようになった。
しかし、動けるようになっても、服の事はよくわからないので、ルノンにお任せである。
「ねぇルノン。エディールさんって……」
「イズミ……これからもいい服が着たいならその先は言わない方がいいわ」
服を見るのに飽きた僕は、先ほどの事をルノンに聞こうと思ったのだが、返ってきたのは強張った声だった。
な、なるほど……。
僕はルノンの表情から全てを悟った。世の中知らなくてもいい事はいくらでもあるのだから。
僕は、また服選びに専念した。
「お目当の服は見つかったかしら?」
「ひぃぃ」
しばらく店内を見て回り、ふとルノンが離れた瞬間を狙われた。
気がついたらオカ……エディールさんが真後ろに立っており、両肩に手を置いている。そして、耳元で囁かれる野太い声。
思わず悲鳴を上げてしまったが、僕は悪くないだろう。
「あら~? 驚かせちゃったかしら?」
貴方の存在自体に驚きです。
と、声を大にして言いたかったが、僕だって命は惜しい。何とか飲み込むと笑顔で振り向いた。たぶん、いや絶対引きつった笑顔だっただろうが。
「だ……だいじょうぶで~す。素敵な服が多くて迷っちゃって」
至近距離で、厚化粧のオッサンはキツイ。精神的にも肉体的にも……。
「あら? 貴女……」
エディールさんは何を思ったのか、僕の両肩に置いてある手に力を入れるとグルンと僕の体を回した。
これで、僕は体ごとエディールさんと向き合っている形になる。顔だけ向け、いつでも逃げれるようにしていたのに……。
頭の先からつま先まで、舐め回される様に観察され、顔に戻って着たエディールの目がカッと見開いた。
あぁ僕は喰われるのだろう……。
僕は静かに死を覚悟した。
「いい! 貴女とってもいいわ! この後時間あるかしら!?」
「へ?」
思わず呆けてしまった僕を誰が責められようか……。
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「あ~いいわっ! 貴女やっぱり最高よ!!」
時間があると言う回答の結果。何故か店内で即席のファッションショーが開催されていた。
しかも、場所が悪かった。
エディールさんの店は大通りに面している為、人の通りが多い。そして娯楽が少ないこの町で、美少女(中身はオッサン)がコロコロと服装を変えるショーをやっている。
すると……、
「あの服可愛くない?」
「わかる~超可愛いよね~」
「こっちの服も着て欲しいわ」
「孫にプレゼントしてやりたいね~」
と、店の中だけでなく外からも覗く人が出る始末。
これに職人魂に火の点いたオカマ……エディールさんが考えられないスピードで店内の商品をアレンジし、僕のサイズに調整し始めた。
それを見たルノンも触発され、僕の着替えからポージングの指導など調子に乗っ……張り切り出した。
「うおぉぉぉぉぉ! やってやんぜぇぇぇ!!」
雄叫びをあげるオカマ。
「イズミ、次! 次これ着て!!」
調子に乗る友人。
「「「キャーーーー可愛いい!!」」」
ボルテージが上がって行く観客。
どうしてこうなった……。
僕は全てを諦め、着せ替え人形に徹することにした。そうしないと、心が壊れる……。
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エディール被服店主催の臨時ファッションショーは、大盛況のうちに幕を閉じた。
店内にあった商品は軒並み売り切れ、店主であるエディールは嬉しい悲鳴を上げた。
だけでなく、僕が着ていたアレンジを加えた服も欲しいと要望が出た為、急遽エディールが予約を受け付けていた。
「結局、僕の服が買えなかった……」
「安心しろ。俺らもだ」
女性客が大量に店内押し入った為、ひなぞー達は居た堪れなくなったらしく、服を見るのを諦め店の外から眺めていたのだと言う。御愁傷様である。
「ありがと~~貴女のお陰で大盛況だったわ!」
「いえ、どういたしまギャーーーー!?」
とても残念な友人を見つめていると、エディールが全力で抱きついて着た。それは堅い筋肉で締められるただの拷問だった。
「おふぅ……」
「これは御礼よ! 是非着てちょうだい!!」
筋肉地獄から解放された僕に、エディールは服が大量に詰まった袋を差し出して来た。
その殆どが、僕が着ていた服だが、男性用の服もちらほらと入っていた。
「どうしても男物って作る気がしないのよ。お店で余っていたものだけど、良ければお友達にも着てもらってちょうだい」
そう言うと、エディールは予約分を作るのだといい店へと戻って行った。
なんと言うか豪快な人だった。
「ルノンもありがとう。良かったら服持って行く?」
「私の分も貰ったから大丈夫よ、ありがとうイズミ。それじゃ帰りましょうか?」
ルノンも笑顔で袋を持ち上げる。
そして全員でファッカスへと歩き出して行く。
今日は散々な日だったはずなのに、レビストフの夜風は暖かく、そして心地良かった。
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