駆け出し冒険者編

第25話 専属冒険者専用カード

「……知らない天井だ……」


 目が覚めると、何本もの気が組み重なった天井が目に入った。

 正確に言うと、昨晩の寝る前や今朝起きた時に見ているので、知らない天井ではないのだが。


「お、やっと起きたか」


 声がした方を向くと、ひなぞーと武さんが呑気に朝食を食べていた。

 いや、『起きたか』じゃなくて……心配するとか、せめてさっきのボケを拾ってほしいよ。


 起き上がろうとすると、背中に鈍い痛みが走った。それで、何が起きたのか思い出す。

 このお店の娘さんに、サバ折りを食らったのだ。

 女の子に抱き着かれるなんてなんて役得! なんて思っていた自分を殴り飛ばしたいね。


 その後、僕が起きた事に気が付いたアフロックとその娘が、もの凄い勢いで謝罪してきた。

 彼女……名前はルノンと言うのだが、どうやら可愛いものに目がないらしく、間近で僕を見てしまった瞬間に我慢が出来なくなったそうだ。


「本当にごめんなさい!!」


「……ルノンにはよく言って聞かせるので、許してもらえると助かる」


 まぁ一生懸命作ったこの容姿が褒められるのは悪い気がしないし、彼女にも悪気があってやった訳じゃないというのがわかった為、僕は穏便に済ます事にした。

 その結果、雨季までだがこの店で飲食する時、飲み物を1杯サービスしてくれる事になった。なんか逆に申し訳ないよ。


 その後、朝食を食べ終えたタイミングでスルトが来た為、そのままギルドへ向かう事になった。今回の会計はもちろんスルト持ちだ。



 道中、アフロックとルノンの様子がおかしかったと、スルトに質問されたので起こった事を正直に話すと、


「ははははっ! それは災難だったな!」


「ええ、まったく」


 案の定大爆笑だ。まぁ自分も、当事者ではなかったら笑っているだろうけど。


「まあ、ルノンちゃんも悪気があった訳じゃないんだ。許してやれ」


「それは大丈夫ですよ。甘いって言われるかもしれませんけど、もう怒ってませんから」


 人によってはもっと怒れだとか、賠償金をもらうべきだなんて言うかもしれないけど。僕は何となくだが、そういう気にはなれなかった。と言うか、理由を聞いた時本当に怒りが収まってしまったのだ。やっぱり、僕は甘いんだろうなぁ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 さて、冒険者ギルドに到着した僕達は、カードを更新する為に受付カウンターへと向かった。スルトはマスターと話しをすると言って、奥に消えてしまったけどね。

 カウンターにはヴェルディアさん達の姿は無く、代わりに別のお姉さんが対応してくれる事になった。

 まぁヴェルディアさん達も休みの日くらいあるだろう。


 カードの更新には時間がかかる為、僕達はカウンター前のテーブルで駄弁ることにした。


「これで、ようやくスタートラインに立てたな」


「でも、まだスタートラインなんだよねぇ」


「そもそも、ゴールってなんだ?」


 ゴール。この異世界転移の最終目的を、僕達は知らされていない。

 一応、ゲームのクリアだと言われているが、何を持ってしてクリアなのか判断がつかない。


「まっ気長に生活するしか無いだろうな」


「それしか無いかぁ~~」


 まぁ死なない様に、ボチボチとやるしか無いか。

 そんな緩い考えで今後のことを話していると、スルトとマスターが戻って来た。行く時は手ぶらだったスルトが両手に抱えるほどの荷物を持っている。

 なんだろう? お土産かな?


「おぉここに居たか」


「おはようございます、マスター。その箱は何ですか?」


 僕の質問にマスターはニヤリと笑い、スルトが抱えている箱の中身を確認しながら僕達の前に置いて行く。何故か僕の前には箱が2つ置かれたけど。


「箱を開けてみろ」


 言われた通り箱を開けると、中には幅広のナイフとウェストポーチの様なものが入っていた。


「これは、ギルドからのプレゼントだ。大事に使えよ」


 マスターはそう言うと、1つ1つ説明をし始めた。


 まずは、ナイフ。

 解体用のナイフで、冒険者達から使い勝手がいいと評判のモデルとの事。

 特にこれといった特別な加工はされていない、普通のナイフだと言う。


 次にポーチ。

 これは特殊加工されているポーチで、どんな物でも20種類までなら一定量入れることが出来る。しかも重さが変わらないと言う優れものだ。

 主に嵩張るお金やナイフなどを入れておくらしい。町中での武器の携帯は冒険者と言えども厳禁なのだと。


「すごいですね。冒険者全員に渡しているんですか?」


「ポーチだけな。ナイフは、この町の専属冒険者になった餞別だ」


 なんと、マスターからも餞別を貰ってしまった。

 僕達は早速ポーチを装備した。


「こっちの箱は何です?」


 僕は、もう1つの箱に手を伸ばした。僕だけ2個なんて、みんなに申し訳ないなぁ。

 箱の中には……


 ハミングバードとマガジン5個が入っていた。


「おぉう?」


「お前さん、スルトに取り上げられた後忘れておっただろう。しかもマガジンに至ってはほとんど置いていきおって」


 そう言えば……すっかり忘れてたね。


「あははは……」


「まったく……そのポーチに仕舞っておけ!」


 僕はいそいそと、ハミングバードなどをポーチに押し込んだ。驚く事に、明らかにポーチよりも大きかったハミングバードもマガジンも、スルスルとポーチに吸い込まれて行くのだ。何でも入ると言うのは嘘ではない様だ。


「よーし、アイテムポーチは装備出来たな。なら次はこれだ」


 今度はスルトがトレーを目の前のテーブルに乗せた。そのトレーには3枚のカードが置かれていた。


「これが君たちの新しいギルドカードだ。と、言ったところで渡すのも初めてなんだがな」


 新しくなったギルドカードは、全体が薄紅色をしており、記載事項の奥に幾何学模様が彫られている。

 普通のカードとは全然見た目が変わっていた。


「薄紅色は、このムスペルの国色を。そして、その幾何学模様は、レビストフを表している。つまり、そのカードはムスペル国のレビストフ所属という事を示すものになる」


 なるほどね。

 スルトの説明に僕達は頷く。これがパスポートの役割を果たしているという事だ。


「さて、お前さん達はまずDランク昇格試験を受けてもらう。いきなりの試験で大変だと思うが頑張ってくれ」


 マスターはそう言うと、また奥へと戻って行ってしまった。マスターも忙しいのだろう。


「それじゃ装備を見に行くか! 布の服だけじゃとてもじゃないがモンスターに太刀打ち出来ないからな!」


 そうか、今の僕達はチヨ婆に貰った服とアイテムポーチしか持っていない。これじゃ何も出来ないわ。


「よし、そうと決まれば早速この町1番の鍛冶屋に行こう!」


 スルトは、意気揚々とギルドを出て行く。

 僕達は顔を見合わせると、誰がと言うわけでもなく笑顔になり、小走りでスルトの後を追うのであった。

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