第16話 帰宅

 翌日、僕達はようやくレビストフの町に帰ってこれた。


 行きは、アウルさんが操縦してくれた船だが、帰りはひなぞーが操縦することになった。

 なんでも、レビストフではこの孤島群へのクエストが多く、冒険者に登録したら自分たちで移動しなくてはならないらしい。

 そこで、船の操縦を覚えなければならないのだが、生憎と山国育ちの僕は、操縦のセンスがなかった。


 僕達の中で、唯一船舶免許を持っていたひなぞーが操縦することになったのだが……あいつも同じ山国育ちの癖に、なぜ船舶免許なんて持っていたんだ?


 港に着いた僕達は、その足で冒険者ギルドへと向かった。

 今回の報告と、冒険者登録してもらうためである。


「それじゃ、君たちの報告をして来るから、ここで待っていてくれるかい?」


 アウルさんは、そう言うとギルドの奥へと消えて行った。

 このギルドに連れて来てくれた人は、みんな奥の部屋へと消えていくね。

 残された僕達は、とりあえず借りていた装備を返却し、空いていた席で座って待っている事にした。


「イズミちゃん? イズミちゃんじゃない!」


 装備を返却した後、やる事も無いので机に突っ伏していると、すぐ横から声をかけられた。首だけを動かして、声のした方を向くと、そこには眼を見張る程の美人が……。


「ヴェルディアさん?」


「お帰りなさい、この前の怪我は大丈夫? ……うん、傷痕も無いし、良かったわ」


 このギルドで受付をしている、ヴェルディアさんが立っていた。彼女は、僕の左頬を確認すると、どこか嬉しそうに僕の頭を撫でて来る。

 そう言えばここの傷薬は凄い。わずか3日程で、傷痕まで綺麗に無くなったのだ。いったいどんな薬なのやら。

 武さんがどこか羨ましそうに見ているが、何がそんなに羨ましいのやら? だいたい、そこまで子供じゃないんだけどなぁ。


「何やってるの? ヴェル姉さん」


 反論もできず、ただただ頭を撫でられていると、彼女の後ろから別の女性の声が聞こえて来る。と言うか、今何やら聞き捨てならない単語が……。


「あ、スクラナ。どうしたの?」


 スクラナと呼ばれた女性は、ヴェルディアさんの横に立つと、何やら呆れた顔をしてくる。

 まぁだいたいの予想はついている。それは、ヴェルディアさんが、僕の頭を撫でっぱなしだからだ。


「ヴェル姉さん、ここ職場よ」


「しょうがないわ。イズミちゃんの頭撫でやすくって」


「いや、それ理由にならないからね」


 何やら漫才を始める2人。コレをどうしろと?

 スクラナさんはヴェルディアさんよりも少し背が低く、栗皮色の髪をポニーテールにしている。何処と無くヴェルディアさんに似ているが、より活発にし、可愛い系にステータスを振った感じだろうか。


「あのー、スクラナさんってヴェルディアさんの……」


「そうよ、イズミちゃん。スクラナは私の妹なの」


 似ていると言う事で、ある程度予想はしていたが、ヴェルディアさんが答えてくれた。

 なるほど、姉妹なら納得である。


「初めまして、スクラナよ。姉さんと一緒にこのギルドで受付嬢をしているわ」


「和泉です。よろしくお願いします」


 ヴェルディアさんが頭から手をどけてくれたので、スクラナさんに向かって頭を下げると、何故かまた撫でられた。


「あ、本当だ。この子の頭すっごく撫でやすい。髪もサラサラだし、なんだろう、ずっと撫でていたい」


 ずっとはやめて下さい。


「あの、余り綺麗じゃないので、恥ずかしい……です」


 この1週間、当然だが、風呂に入っていない。一応水浴びはしていたのだが、それでもそんな頭を女性に撫でさせるのは心苦しい。


「あ、そっか、クエスト帰りなのね。お風呂入ってくる?」


 なんだと、このギルド風呂まで完備しているのか!

 日本以外だと、風呂の需要は少ないと思っていたのに……やりおる。


「良い考えだわ! イズミちゃん、一緒に入る?」


 な、なんですと!! ヴェルディアさん、もう一度よろしいですか? 一緒に? 一緒に入ると言うことは、その制服の下に隠されているお宝を、秘宝を見せてくださると言うことですか!? 

 いや、待て。待つんだ和泉。これは罠だ。男である僕が一緒に入れる訳ないじゃないか。


だもの、大丈夫よね?」


 そうだったーー! 今の僕の格好はどう見ても女の子だった!

 行ける! 行けるぞ!! 僕は桃源郷に行けるんだ!!


「あの、じゃぜ「お待たせー、これで君たちも冒険者に登録出来るよ」……」


 ジャストなタイミングで、アウルさんが戻って来た。

 僕は余りのショックで、その場で灰になりかけた。が、待てよ、別に今すぐ登録しなくても良いんじゃないか? そう、風呂で疲れと汚れを落とした後でも!


「じゃおふ「善は急げだ、和泉さん。早速登録しよう!」ろに……」


 たけぞーー! てめぇ邪魔すんじゃねーよ!!

 見ると、武さんはしてやったりと言った感じに笑っている。

 そうか、長い付き合いだったけど、武さんは争いをお望みの様だ。


「よろしい、ならば戦争だ!!」


「お前1人に良い思いはさせない!!」


 僕達は、同時にテーブルから離れ対峙する。僕の左手にはハミングバードが、そして武さんは当然素手だ。


「おまっ!? 汚いぞ! 正々堂々拳で勝負しろ!」


「はっ! 武さんに良い言葉を教えてあげるよ、

『イギリス人は恋愛と戦争では手段を選ばない』ってね!」


「お前は日本人だろ!」


「くたばれぇーーーー!」


 僕は、躊躇うことなくトリガーに指をかけ、一気に引き……かけた所で、ハミングバードを取り上げられてしまった。


「何奴っ!?」


「何奴じゃない! バカタレ! 町中での武器の使用は禁止だ!!」


 いつの間に来ていたのか、スルトが僕のハミングバードを片手に怒っている。

 まったく、とんだ邪魔が入ったものだよ。


「お前達は、さっさと登録して来い!」


 ちぇ、これで桃源郷への道も閉ざされちゃったよ。ヴェルディアさんも仕事だと言ってカウンターの方へ歩いて行ってしまったし。

 僕は渋々と、受付カウンターまで歩き出す。

 と、そう言えば、1人だけ大人しいやつが……。


「相変わらず、お前らはバカだな」


「「ひなぞー」」


 その張本人が後ろからついて来た。てかさ、毎回バカバカとひどい言い様だ。


「だけどさ、ひなぞー。お風呂だよ? 女の人とお風呂に入れるなんて滅多にない機会だよ?」


「お前は女体に神秘を感じないのか? 」


 武さんと挟み込んで、女の人の素晴らしさを語ってやっているのに、相変わらず反応が鈍い。


「たかが風呂に入るだけだろうに」


「たかが風呂……だと……?」


「ひなぞーには、あの膨らみが見えないの? あれの中身が気にならないって言うの?」


 僕は、失礼だと思いながらもちょうどカウンターに居た1人の女性の胸を指差した。


「脂肪の塊だろ?」


「もう死ねよ!」

「ここまで外道だとは思わなかったよ!」


 なんて奴だ、オッパイ様に向かって、脂肪の塊なんてぬかしやがった。此奴には1度しっかりとした教育が必要だろう。

 その時、ちょうど覗き込んで居た武さんと目が合う。そして、彼も同じ思いをしているのが、瞳に表れていた。


「いいか、ひなぞーよく聞け」


「女性の胸部……オッパイ様にはな……」


「「夢と希望が詰まっているんだ!!」」


 見事に武さんとハモった。

 ふっさすが同士。やはり思いは同じだったな。


「はいはい」


 しかし、僕達の思いは届かなかった。

 在ろう事か軽く流してそのままカウンターへ歩いて行ってしまうではないか。


「そうそう、お前らに一言忠告しておいてやる。公共の場で大声を出すのはマナー違反だぞ」


 ハッとなり、辺りを見回すが、時すでに遅し。

 周りに居た殆どの人が僕達を盗み見ており、所々からひそひそと話し声も聞こえてくる。

 ヤバイ、この状況をどうやって切り抜ければいいんだ?


「ねぇ、貴女」


 その時、一番近くにいた女性の冒険者が声を掛けてきた。

 これは、あれか。デリカシーがないとか言われ、怒られるパターン……。いや、セクハラだと言われ、このまま命を落とすパターンなのかも……。

 どっちにしろ、オワタ。

 僕は、諦めの境地で、女性の言葉を待った。


「大丈夫よ、心配しなくても。貴女は、まだまだ成長するわ。それと、なら人前で胸の話しはしない方がいいわよ」


 覚悟していた罵詈雑言ではなく、優しい言葉をいただいてしまった。ウィンクのおまけつきで。

 しかも、その女性冒険者が皮切りとなり、次々に女性冒険者が声を掛けて来てくれた。それも全部励ましの方向で。


 そして、僕は理解した。彼女たちが、何故優しい言葉をかけて来てくれるのか。

 それは、の先輩として、アドバイスをしてくれたのだ。

 僕は、その事実に思い至ると、静かに膝をついた。

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