第10話 和泉無双

「お嬢ちゃ~ん、そんなシケた奴らじゃ無くて、俺らと飲もうぜ~」


 いつの間にか、僕達のテーブルを囲む様に3人の男が立っていた。1人は、金属の鎧を身に纏った重戦士風の男。もう1人は、動物の骨を改良した風の鎧を着込んでいる。

 最後に、直接話しかけて来た男は、革の鎧を着ている。

 なるほど。今まで実感が無かったけど、こういう風景を見ると、ここが異世界なのだと実感する。


「無視しないでさぁ。俺らと飲もうよ~きっと楽しいよ~」


 野郎と飲んで何が楽しいのだろうか? というか、ここは冒険者ギルドであって、居酒屋じゃないと思うのだが、この人たちは仕事をしてないのだろうか?


「これってさ、定番のだよね?」


「まぁそうだな。だろう」


ってなんだ?」


 若干1名、わかっていない奴がいるようだ。

 これは、異世界へとんだ主人公が、必ずと言っていいほど起こすイベントだろう。冒険者ギルドなどで柄の悪い輩に絡まれるという定番イベントだ。

 それにしても、小説やアニメで見る分にはいいけど、実際にやられるとたまったもんじゃないね。


「ね~ね~訳のわからない事言ってないでさ~」


 金属鎧は、まだこのナンパが成功すると思っているのか、引き続き声をかけてくる。

 友人たちには、こういう時こそ先ほどのチヨ婆の言葉を思い出して欲しいものである。


「ひなぞー」


「あ? 自分で何とかしろよ」


「……武さん」


「ガンバ!!」


 しかし、現実はこんなもんである。

 ちきしょい!! こういう友人だったよ!!


「お、これは野郎の方から了承が出たって事でいいのかな?」


 後ろの革鎧から、嬉しそうな声が出る。そして、意気揚々と、僕の肩に手を乗っけるではないか。

 これはあれか、セクハラとして撃退してもいいという事だろう。


 僕は、右肩に置かれた革鎧の親指を掴むと、そのまま手の甲の方へ思いっきり捻る。


「あーーっ!!」


「さっきから黙って聞いていれば……そんなに繁殖の相手を見つけたかったら、森にでも行ってサルでも探してきなさいよ!!」


 革鎧の右手を握ったまま席を立ち、目の前の金属鎧と骨鎧を思いっきり睨みつける。


「なんだと! このクソガキ!!」


「俺らが声を掛けてやったってのに!!」


 あんたらがどこの誰だが知らないが、見た目10代の女の子に声を掛ける紳士へんたいだとは実感したよ。


「はん! 子供にしか声を掛けられない臆病者チキンでしょうよ!」


「くっそ! 舐めやがって!!」


 僕の言葉が頭にきたのか、骨鎧がこちらに向かって突進してきた。

 いい加減あーあーうるさい革鎧の手を放し、蹴りを入れ床へ転がすと、骨鎧の攻撃に備える。


 骨鎧は、頭の先からつま先まで、がっちしと防御を固めている。

 特に胴体に使われている骨はどこぞのモンスターの頭部をそのまま利用したようで、威圧感が半端ない。


「泣いて謝っても、許してやらないからな!!」


 さて、どうしたものか。あれだけ挑発したはいいけど、この鎧の上から殴っても僕の手が壊れるよね?

 僕は、繰り出される骨鎧のパンチを最小限の動きで避けながら考えていく。

 なぜここまで華麗に避けれるのか。自分でも不思議でしょうがないが、何故か相手の攻撃が見るのだ。これも、大神さんが言っていたスキルが関係しているのだろか?


「くそっ! 当たらねーっ!!」


 まぁいいや、とりあえず防御の薄いところを狙いますか。

 僕は、迫り来る骨鎧の右ストレートを捌きながら少し右にずれると、目標として定めた場所へ右足を振り上げた。


「おごぉ!?」


 右足に、グニュというかグニョ的な感覚があるのと、骨鎧の口から、変な声が出たのはほぼ同時だった。

 防御の薄い場所……それは、


「なんてガキだ。躊躇いもなく股間を蹴り上げやがった」


 説明をする前に、ギャラリーのおっさんが答えを言ってくれた。

 そう、僕は骨鎧の股間つまり金玉を思いっきり蹴ったのだ。

 いくら鎧を着込んだといっても足の可動域を確保する為には、どうしても股関節周辺は甘くなる。そこを突いたのだ。


「まずは、1人目っ!!」


 僕は、大事な息子を両手で押さえ、前屈みになった骨鎧の後頭部を掴むと、そのまま地面に叩き付けた。


「この……! よくもジーンを!!」


 骨鎧のだと思われる名前を叫びながら、今度は、金属鎧が殴りかかってくる。

 金属鎧は、骨鎧とは違いヘルムを装備していない様で、頭がむき出しだった。

 骨鎧ほどの攻撃速度はないが、頭部以外の防御力は骨鎧よりも上なのは一目瞭然だ。

 てかさ、子供相手に本気で殴り掛かるとか……あ、僕子供じゃなかった。


 金属鎧の拳には、突起がつけられており、これで殴られればタダでは済まないだろう。殴られればね。

 僕は、迫り来る拳に左手を添えるように捌くと、そのまま掌底を金属鎧の顎先に叩き込む。


「昔の、偉い人は言いました! 『当たらなければどうということはない』と!!」


 顎先から入った衝撃は、そのまま脳をうまく揺らしたのか、金属鎧はガクンと膝をついた。

『顎関節から顎先への衝撃は脳を揺らす』と、ある格闘漫画で読んだのだが、あながちウソじゃなかったようだ。


 膝を付き、絶好の場所に下がったこめかみに回し蹴りを叩き込む。


「がっ!」


 自分でも会心の一撃だと思える回し蹴りは、こめかみに綺麗に決まり、そのまま金属鎧の意識を刈り取った。


「ふ~。あと1人……」


 振り返ると、ちょうど痛みから回復したのか革鎧と目があった。


「な……何なんだよ! お前は!」


 何なんだって言われても……。

 そうです、僕が和泉ちゃんです。……なんて答えたらいいのかな?


「あなた達が声をかけた、幼気いたいけな少女よ」


「「「嘘だ!!」」」


 何故か、3人分の返答が返ってきた。金属鎧と骨鎧は気絶しているし……。

 辺りを見回すと、目が合ったひなぞーと武さんがスッと目を逸らした。どうやら犯人はあいつらで間違いなさそうだ。後でシメてやる。


「ふざけやがって……ふざけやがってっ!!」


 相手にされてないと思ったのか、革鎧はいきなり叫びだすと、腰に差してあった短刀を引き抜いた。


 おいおい、マジで? ここで武器を抜いちゃいますか?

 動揺したのは僕だけで無く、周りのギャラリーからも、ザワザワと声が聞こえてくる。


(おい、やべーってマスター呼んでこいよ)

(女の子相手に手を出しただけで最低なのに、武器まで使うなんて……クズ以下ね!)

(あいつらって確かこの前Dランクに昇格したばっかのパーティだよな)

(あぁそれでか。Dランクなんて、駆け出しもいいとこなのにな)


 なるほど、この人達は、昇格した自分たちの力を錯覚してしまったかわいそうな人達だった様だ。


「もう遅いぞ……。こうなったら、この場で裸にひん剥いて、壊れるまで犯してやる……」


 あちゃー完全に逝っちゃった目をしてるよ……。

 怒りすぎて、頭がプッツンしてしまった様だ。ここが、冒険者ギルドのど真ん中という事を忘れているのだろう。


「死ねぇーーーー!」


 いや、犯すんじゃないんかい……。

 完全に逝っちゃった革鎧は、短刀を振り回しながら距離を詰めてくる。もはやキチ◯イの域だ。


 滅茶苦茶に振られる短刀を、避けるのは難しい事ではないが、いい加減飽きてきた。

 これくらいで、退場願いたいね。


「いい加減にしなさい! ここを何処だと思っているの!!」


 反撃の為、一歩踏み出したと同時に、ギルド中に女性の声が響いた。そして、その声に反応してしまったのが悪かったのだろう。

 動きを止めてしまった僕の左頬に、鋭い痛みが走った。


「きゃあーーっ!?」


 ギャラリーから上がる悲鳴と、血を滴らせている短刀。それに頬を走る激痛から察するに、僕は、切られたのだろう。


「って……痛った!? 超痛いんですけど!? やだ、血まで流れてる!!」


 冷静に分析している場合じゃなかった。

 切られたという事と流れる血、さらに激痛と、混乱するには十分すぎる。


「それまでだ!! 双方動くな!!」


 ギルド内に、先ほどとは違って野太く、力強い声が轟いた。

 しかし、直後に頭の中に聞こえた言葉が、混乱している僕の頭にとどめをさした。


―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―


 特定の経験値を獲得しました。

 スキル【格闘 初級】を獲得しました。

 経験値が一定以上に達しました。

 スキル【格闘 初級】が【格闘 中級】へ進化しました。


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