第8話 担当者現る

「お久しぶりです和泉様陽向様涼様。皆様無事転送された様で何よりです」


 そう言って頭を下げたのは、僕達がチュートリアルでお世話になったナビちゃんだった。何故か人形程の大きさだったが。


「お久しぶりナビちゃん。何で小さくなっているの?」


「今回は省エネモードですのでこの様な格好で失礼します」


「全然いいよ~可愛いよ~」


 元々人形の様だったのだが、この大きさだと本当に生きている人形の様だ。


「おや? 和泉さんが『ナビちゃん』って「馴れ馴れしく呼ばないで頂けますか涼様」呼ん……」


 武さんが何か言い切る前にナビちゃんの鋭い指摘が入った。

 てかさ、さっきまでの鈴の音の様な声が、今は永久凍土に吹く風の様に冷たい。いったい武さんはいつ嫌われたのだろう?


「何故だ? 何故オレだけがっ……!」


「何でしょうか私の胸に込み上げるこの不快感。これが『嫌い』と言う感情でしょうか」


 凄いね武さん、ナビゲーションドールに嫌いと言う感情を身を以て教えたよ。

 それにしても、抑揚のない声に冷たさまで加わるとちょっと怖いね。


「おい、ナビ。『転送された』ってどう言う意味だ」


「それについては今から説明させて頂きます陽向様」


 さすが安定の陽向さん。僕達を完全に無視して話しを進めましたよ。

 それにナビちゃんも普通に対応するし……この2人怖い。


「和泉様と涼様もこちらへ。今回の担当者よりメッセージを預かって参りました」


 そう言うと、ナビちゃんは大きく口を広げた。


『この録音が聞こえていると言うことは、無事転送された様で何よりです。まずはおめでとうと言わせて頂きます』


 ナビちゃんの口から発せられたのは男性の声だった。


『私、今回皆様の担当をさせて頂きます大神と申します。

 さて、まず皆様に謝らないといけない事がございます。

 皆様にはゲームのテスターと説明させて頂きましたが、あれはウソです。本当は、今皆様が居られる世界で冒険者として活動して頂くためです」


「「「何だってーーーー!?」」」


 大神さんの発言に全員の声が重なる。


「そんなの契約違反じゃないですか!!」


『契約違反と仰りたい気持ちはわかりますが、契約書にはちゃんと冒険者と書かせて頂いておりますし、逆にゲームとは一言も書いておりません。皆様ちゃんと読まれなかったんですね~』


 録音のくせに武さんに反論しやがった……。大神さんって何者なんだ?


『異世界へ行かれた気分はいかがですか? え? 大変嬉しい? それは何よりです』



「「「誰も言ってねーー!!」」」


 本当に何なんだ?


『おやおや? お気に召さなかったですか? 異世界ですよ? 異世界。こんな体験は小説の中のフィクションでしかなかったのに……残念です。

 さて冗談はさておき、皆様はこれからこの世界で頑張って頂きます。そこで私からこのプレゼントを用意いたしました』


 大神さんはそう言うと、嬉々としながら説明を続けた。録音なのはわかっているのだが、何故か微妙に話しが噛み合わない。


 大神の説明によるとまず、日本にいた頃の僕達ではこの世界では生き残れないと言うことで体を改造してくれたそうだ。


 1つ目の改造は体自体を頑丈にしたというもの。

 具体的には3階の高さから飛び降りても怪我をしないそうだ。この世界では冒険者として活動するのなら、凶暴なモンスターと戦う事は必然になる。そこで体を頑丈に改造してくれたそうだ。


 次にスキルの習得をしやすくしてくれたというもの。

 この世界ではスキルがあるのと無いのでは雲泥の差が出る……らしい。まぁ又聞きなのでよくわからないけど。

 そしてこのスキル、普通なら習得するのに時間と労力が大量に必要となるが、僕達は大幅に短縮してくれているらしい。

 この世界の人たちと差別化を図るのが目的なんだと。


『ここまでするのは大サービスなんですよ?』


「いや、こっちは勝手に転送されたんだがな」


「サービスもクソもないよな」


「僕なんてこんな姿にまでなったんだよ?」


「「それはお前の自業自得だ」」


 酷い……酷いのだが、ぐうの音も出ない。


『さて、最後に私から最初のクエストの提示です。

【この町の専属冒険者になる事】

 これが最初のクエストです。頑張って下さいね、無事クリアしたらご褒美がありますよ』


 その言葉を最後にナビちゃんは口を閉じてしまった。

 今まで大口を開けていたとは思えないな。


「これにてメッセージの再生は終了です。それでは和泉様……と陽向様涼様またお会いしましょう」


 ナビちゃんは綺麗なお辞儀をするとスッと消えてしまった。すると色褪せていた世界に色と音が戻る。

 凄い、なんか映画みたいだ。


「和泉さんはなんでナビちゃんに好かれているのさ」


 ナビちゃんが消えた瞬間に武さんが話しかけて来る。


「さぁね。それよりも僕は何故あそこまで嫌われているのか気になるよ? 武さん」


 何故ナビちゃんがあそこまで僕に好意? を寄せてくれるのかわからない。何かやったかな?


「大神とか言う奴の言葉を信じるなら、この町の専属冒険者になれという事だが」


 じゃれている僕達を無視する形でひなぞーが話しを進める。


「ひなぞー、急に現実に戻すなよ」


「現実逃避したい気もわからんでもないが……やれることはやっておかないとな」


 ちぇ、ひなぞーの言うことはいちいち的を得ているよ。


「話しを戻すぞ。『この町の専属』って意味がイマイチわからんが、まずは冒険者ってのにならないといけないな」


 冒険者か、日本で冒険者と言えば未開の地を探索する人たちのことだったと思うけど……大神さんの話しを聞く限り狩人ってイメージが強いな。


「なんだ冒険者になりたいだか?」


 ひなぞーの言うことにお茶を持ったお婆さんが反応した。

 今まで現れなかった事を考えると、ナビちゃんがこちらに居る時は時間が止まっていたのだろう。

 色褪せ音が無くなった世界というのは、物語の中では時間が止まった表現としてよく使われる。まさか僕自身が実際に体験するとは思わなかったけどね。


「冒険者になりたいのならちょうどいいだよ。会ってもらいたい人が居るでよ」


 会ってもらいたい人か……この世界の知り合いなんておのお婆さんしか……そう言えばまだ自己紹介をしていなかった様な。


「会わせたい人ですか……そう言えば助けて頂いたうえに食事まで頂いたのに、まだ名乗っていませんでしたね。申し訳ありませんでした。俺は陽向と申します」


 誰だこいつ? 僕の知っているひなぞーじゃないぞ!? さてはひなぞーの皮を被った何かだな!


 いつもと違うひなぞーの態度に驚いていると、今度は武さんが頭を下げながら自己紹介をし始める。


「涼と申します。この度は助けて頂きまして、本当にありがとうございました」


 武さんまで!? いったい何が起きているんだ?


「ヒナタにリョウだな。儂はチヨ婆と呼ばれとるで、お前さんらもそう呼ぶとええ」


 お婆さん……チヨ婆はそう言って笑いかけてくれる。

 っといけない、友人の豹変に驚いている場合じゃなかった。僕も挨拶をせな。


「僕は和泉といいます。助けてくれて、ありがとうございました!」


「小さいのにちゃんと挨拶出来て……イズミはえらいだなぁ」


 なぜかチヨ婆に頭を撫でられてしまった。もう20歳を過ぎているんだけどなぁ。

 見た目が幼女だからか? いや、それ以外にないか。


「さて、一通り挨拶も出来たでそろそろ行くかね」


 チヨ婆はそう言うと玄関があると思われる方向へ歩き始める。


「えっと、会わせたい人とは……」


 追いかけるように歩き始めたひなぞーがチヨ婆に質問をする。そう言えばお互いに名乗っただけで、誰に会うとかは聞いてなかったね。


「それはだな、この町で1番えらい人だよ」


 1番えらい人……? 町長ってことかな?

 イマイチ要領が得なかったけど、僕達はチヨ婆の後に続き家を出た。

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