なないろのゼリーポンチ

ふわり

第1話 プールサイドの花火


 春香はスクール水着がよく似合う。


 そう言うと華奢な身体を気にしている春香は真っ白な顔を真っ赤にする。「そんなことどうだっていいのに」と小さく呟くと「真奈美には彼氏がいないから分からないんだよ」なんて身も蓋もない言葉が返ってきた。あたしはその一言に死ぬほど傷ついたのだけれど、次の瞬間、春香はもうあたしじゃなく、クラスメイトの真鍋くんに熱い視線を送っていた。真鍋くんと春香は最近お付き合いを始めたらしい。泣きっ面に蜂とはこのことか。


 春香があたしのことを見てくれたことなんてたぶん一度もない。同性に向けた片恋なんて不毛の一言。なのにあたしはこの厄介な感情をどうしても捨てられない。終わりかけの花火みたいにくすぶっているこの気持ちを真っ白な体操服の中に隠して、目があった春香に大きく手を振った。


 棒切れのような腕で自分の上半身を隠しながら春香は照り返しの強いプールサイドをひたひたと歩いている。小さな胸を男の子たちに見られないように必死なのだろう。からかわれたらあたしが仕返ししてやるのに。あたしならきっと、あの子をまるごと守ってあげられるのに。


 1、2、3、ジャンプ。クロールを泳ぐ春香の華奢な腕が切り裂く水の粒があたしの方まで飛んでくる。夏の強い光に照らされた雫がきらきらと光る。裸足で歩くには熱すぎるアスファルトにプールの一部が跳ねて、いつの間にかしゅんと消えてなくなる。まるで始めからそこになかったみたいに。


 夏の太陽の光にじりじりと肌が焦げる。綿あめみたいな入道雲を見上げる。どうしようもなく夏だった。永遠みたいにつづく線香花火を終わらせるのにぴったりな季節だった。


 授業が終わっても春香はゆらゆら揺れる水面から中々頭を出そうとしなかった。不思議に思ってプールに近づくと、春香の顔が桜の花びらのようなピンク色に染まっているのが分かった。こういうとき、あたしはデリカシーのない男の子みたいに笑ったりからかったりしない。あたしは誠実で優しいのだ。残念ながら、春香はそのことに全然気づいてくれないけど。


 プールの中に両足を突っ込んでぐるぐるとかき混ぜる。そうして、クラスメイトのみんなが出て行くのを待ってから、あたしは春香の小さくてあたたかい手の平を握った。

 水の中から引き上げる。かわいくって鈍感な女の子を引き上げる。あたしの大好きな女の子を引き上げる。


 春香がシャワーを浴び終えるのを待った。あたしの足元まで伝ってくる透明な水の中には新鮮な赤が混じっていた。水に溶けてなくなる赤色のことを、誰にも必要とされなかった赤色のことを思いながら切なくなって、あたしは体操着のまま冷たいシャワーの中に顔を突っ込んだ。


「あたし、あなたのことがだいすき。春香のことがだいすき」


 春香の驚いた顔が目の前にあった。一瞬にしてぬれねずみになったあたしは春香を安心させるように、ぽろぽろ泣きながらにっこりと笑った。

 もうすこし。もうすこしだけ待っていて。線香花火の真っ赤な火の玉が落ちるまで。あたしの胸をちりちり焦がすたったひとつの花火が、あとかたもなく消えるそのときまで。


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