異端の魔技師とヴァルキュリア

あっとマーク

序章.花は盛りに

『花は盛りに、月は隈なきをのみ見るものかは』

( 花は満開の、月は陰りのない満月の時をばかリ見るものだろうか、いや違う。)


これはある高名な随筆の一節であるが、満月ばかりがいいのではなく新月や三日月なども良い、というのが好きだ。

月の光のない夜空で星がのびのびと輝いている様子や、あるいは町の光がぼんやりと明るんでいるのも、また趣があると感じる。



『魔法使い』、絵本の中に出てくるそれは、少年少女に夢と希望を与え続けている。今も昔もそれは変わらない。

だがその純粋な理想というのは、見る人に時として非常に残酷な人生を強いる。



空を見上げると、一つ、二つと星が流れる。

煌々と照る月に圧されて、狭しく流れる星に自分を重ねる。


「『魔法使い』は絶対的な正義のヒーロー」なんていう幻想は、年を重ねるにつれてつらく苦しい現実に侵されて見えなくなってしまった。

魔力が絶対的なこの社会では、むしろ『魔法使い』こそ支配者たりえる存在だ、そう気づくのに大した時間はかからなかったのも当然の話だ。

皮肉なことに、『魔法使い』にあこがれた少年は、魔法使いと相対する存在になるしかなかった。


また星が流れる。

夜空のほとんどを月明かりが占領しているのに、流れ星は三つ、四つ、五つといつまでも絶える様子は見えない。


曰く専門家によれば、「魔力とは生まれつき不変のもので、生きているうちで増減することはない」のだそうだ。

俺には魔力こそあっても、その量は僅かに過ぎず、ちょっとした魔法すらまともに扱えやしない。

『魔法使い』となるには不相応だと謗られ、階級社会に逆らう異端者などと言われたこともある。


魔力がすべてのこの社会では、今の俺には何もできない。

自分自身の、魔法以外の何かで補うほか、俺に残された道はなかった。


無我夢中のうちに抗い、踠いでいるうちに、あの日少年が夢見た『魔法使い』は心の中から消えていた。

けれども、その憧れは今もなお燻り続けている。


「魔力がない貴様は、なぜここにいるのか」

何度言われた事だろうか、思い返すのは数えきれないほどのその言葉。


深夜、自販機にもたれながら。

カランカランと空き缶の音が、ごみ箱、そして静かな街角に響く。

小気味の良いその音を聞きながら、いつまでも夜空に流れる星を見る。


「異端」

周りは俺のことをそう呼ぶ。

その中には、魔力がなくて大変だと煽るものもいれば、思い上がった愚か者だと嘲るものもいる。そのどれもが俺に対して否定的だ。


どんなに月に圧されても自分自身で堂々と輝く星。

その姿は、俺の生き方に「それでいい、己が道を征け」と言っているように思え、根拠のない、けれどもしっかりとした自信が満ち溢れてくる。



流れ星が尽きる様子はいまだに見えない。

流れては消え、流れてはまた消える。

いつまでも、いつまでも。

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