第十九話 壊れた幕引き
「おい、しっかりしろエミリー」
「私のことはいいから・・・さっさと頼む」
「いいからって・・・本当に大丈夫なんだろうな」
「・・・そんなことで倒れる私じゃないだろう?」
確かに、それは言えてるな。こいつが大丈夫だって言ってるのだからおそらく大丈夫なのだろう。
俺は深く息を吸い込み。
「お〜いっ! こっちに『北の狼』ボトルもう一本っ!」
「りょうかいっ! ちょっと待っててね、純ちゃんっ!」
居酒屋『十勝』、時刻は午後11:30を回りそろそろ日付が変わりそうな時間帯だ。事件解決から2週間経ったのち、現在少し遅めのお疲れ様会といった感じで村上さんとホームズ、俺とで飲んでいる。
「にしても、ホームズは本当によく飲むな」
「それに比べ、その隣の図体ばかりのでかい男は全く飲まないな」
「ほっとけ」
そう言って俺はグラスに注がれた牛乳を一気に飲み干す。そろそろボトルキープしておいたのも切れそうだな、後で頼むか。座敷の上にぶら下がっている丸い照明をぼんやりと眺めていると、ふとホームズの持ってきている松葉杖が気になった。
「ハァ、それよりお前。足はもう大丈夫なのかよ、退院直後にこんな酒を飲んで」
「純、アルコールは消毒にも役に立つのだぞ?」
「飲んで役に立つわけがないだろう」
ホームズはあの後、大量出血のために二日の間、死の境界線をさまよった。だがあの後に他の病院も信用できるはずもなく、警察病院で治療を受けなんとか一命を取り留めた。
「その後は、倉元病院を中心に芋ずる方式で病院にいた組織の人間は一斉検挙。今回は私が出る幕でもなかったんではないか? 龍一」
「いや、お前のおかげで組織の存在が明るみに出ただけでも良しとしよう。今日は俺がおごるから、目一杯飲んでくれ」
「今度はもっと楽しい事件にしてくれ。あまりにも後味が悪すぎる」
「・・・まぁ、な」
そばで聞いていて、俺はこの事件の後日談を思い出す。後藤 由香の父親、斎藤 望実は診察室で死亡しているところを発見されていた、即死だったそうだ。そして後藤 由香も父を追うかのようにしてその1週間後、突如容体が急変してそのまま帰らぬ人となった。享年7歳というあまりにも短すぎる人生だった。その後、元倉病院は廃業、現在は解体工事の計画を立てているとか立てられていないだとか。岩崎 春海も結局のところ裁くべき人間を失い、裁判などはどうするのかというところである。
「ともかくだ、結局私は何も解決などしてはいない。組織の人間を検挙したところで誰も救えていないのだから」
「・・・事件解決なんて誰も救われんさ」
「同感です、村上さん」
そう、殺人事件のようなものから窃盗のようなものまで結局のところ誰も救うことはできない。ただ俺たちは真実を明らかにするだけだ。
「それに、組織の全てが明らかになったわけではない。そういえば龍一、あの女秘書は何か吐いたのか?」
「いんや、こっちが司法取引を持ち出しても何も言わなかったらしいな」
「そうか」
司法取引はすでに導引されてから20年は経つ。基本的には刑罰を軽くするような取引だが、たとえ司法取引に応じたところでも少なからずあの病院にいた連中は懲役30年以上は堅いだろう。
「・・・正直まだ頭の中にこびりついているんだよ、『YOU FELL FOR IT!!!!!』という文字がな。ちなみにあれを設置した人物とかについての情報は?」
「あぁ、あの建物にビデオカメラを設置した人物は見つからなかった。建物の防犯カメラにも写ってない、ビデオカメラの発信先もわからない、あの紙も指紋なんかが付いているわけでもない、そしてあの部屋も今まで利用されなかったらしいんだ」
「どういうことだ、龍一」
「あの部屋なんだが、ずっと借りっぱなしだったそうだ。人が住んでる様子もなく誰も使ってないのにもかかわらず、毎月部屋の代金だけは送られてくるんだと」
その言葉を聞きホームズはこめかみ指で押さえ、眉間にしわを寄せる。誰も使っていないのに毎月部屋の料金だけが送られてくる。そんなわけのわからない話があるものか、正直言ってかなりドロドロしたものを感じてならない。しかしそうなると組織の人間はこうなる事を予想していたということか? 組織の人間の誰かが裏切り、それを警察が追いかけ、狙撃場所を言い当てる人間がいることを予知していた人間がいる。そういうことなのか?
酒の席に重い空気が流れる。店の客はそれほどいるわけではないが、ここだけ異質だ。
「ホームズさんおっまたせぇ〜っ! 水割りセットでよかった・・・か・・・な?」
そんな空気を物ともせず、舞が酒瓶と水割りのセットを持ってやってくる。だが、この空気に触れいつもの勢いをなくす。
「あぁ、舞。ここに置いといてくれ」
「うん、大丈夫? みんな暗いよ」
俺はそう言ったが捜査の情報を他人に漏らすわけにいかない。ここはなんて言い訳しようか・・・
「この前起きたKABUKI町殺人事件の話をしてたんだ。私たちはそこの担当をしていたからな」
「えっ? そうなの純ちゃん?」
ホームズ・・・なんで話してしまうんだ、お前は。
「別にこれからいくらでも報道されるし、もう既に終わった事件だ」
「だがなぁ・・・」
「まぁいいじゃないか純。お嬢ちゃんがそういったとこで口が固いのはよく知ってるだろ?」
「村上さんまで・・・まぁ、そうですが」
確かに舞は何時も元気が空回りしたようなやつだが、こういったことに関しては真面目になるような人間だ。そこらへんは俺も信頼を置いている。
「それといえばホームズ、お前なんで院長が怪しいって思ったんだ? お前が撃たれた後に真っ先に院長室に行ったって純が言ってたぞ」
「えっ!? ホームズさん撃たれたんですか?」
舞が手に持ったトレンチを口元にもて行き、ホームズの足を見つめるが、確かに普通に生活していれば撃たれるなんていうことなんぞ日常で経験することはない。
「大丈夫だ、こうして今生きてる。まず院長を疑ったのは部屋に飾ってあった賞状の類からだ」
「賞状?」
「あぁ、あれらは何らかの研究に対して行われる賞状であったりだったが中でも一つだけ疑問に思ったことがあってね。それは『医師免許』だけがなかったんだ」
「医師免許がなかった・・・それがどうかしたのか?」
「君たちは聞き込みを行うときに警察のバッチを見せるだろう。それと同様に医師にとってのバッチは『医師免許』だ。あそこに招かれるのは患者ではなく、医療従事者であったり、その他医療関係者の中でもお偉いさんの類だろう。しかしそこに『医師免許』がなかったりというのは信頼を失う。それらを踏まえて疑問だと思ったわけだ」
だが、なぜ医師免許を飾っておなかったのだろうか、まさかとは思うがあの院長は正規の医者ではなかったのだろうか?
「それはないな。病院を世代にわたって受け継いでいることから考えて、彼は医者だったろう。だが斎藤 望実の時にも言ったように、人は自らやっていることに自信をなくすとそれが行動によって現れる。おそらく院長も同じ気持ちだったはずだ」
なるほどな・・・。ホームズは水割りセットを受けとり早速作り出しているが、グラスに小売を入れる音が妙に大きく聞こえる。隣の村上さんも無言で焼き鳥に手を伸ばしてる。
「そういえばお嬢ちゃん、焼き鳥の持ち帰りってできるか?」
「えっ? はいっ! できますよっ!」
「そんじゃ適当にそうだなぁ・・・20本くらいに見繕ってくれるかい?」
「はいっ! わかりましたっ!」
舞が座敷から出て行き、再び無言になる。その中で再び話を始めたのは水割りを一杯飲み干したホームズだった。
「龍一、事件の時は世話になった。明日はもう出て行くつもりだ」
「そうか、にしても助かったって香世が言ってたぞ」
「なら良かった。しばらく世話になってた礼だ」
ホームズは事件が終わってから、謹慎処分の方は解除された。今回のことは探偵課が大きく関わっていたし、何より警察の捜査の杜撰さが大きく報道されるのを防ぐためとも言えるだろう。
「特別状況下緊急派遣探偵課、この名前もそろそろ長くてうざったいと思っていたがそろそろ名前が変わるらしい」
「ほぉ、なんて変わるんだ」
「派遣という意味の『Dispatch』と探偵という『Detective』をの頭文字をもじってD.D課と言うらしい」
探偵課改め、D.D課はホームズの貢献により、多くの人に名前が知られるようになったほか警察としての地位もそれなりになり捜査協力のほか、個人的な調査依頼なども行なえるようになったなどの幅が効くようになった。
「そうか、探偵課もそうやって大きくなってきたか・・・おい純。探偵課改めD.D課に乾杯しようか」
「そうですね、しますか」
「よし、純このグラスを持て」
ホームズからグラスを受け取り、それを掲げ。
「「「乾杯っ」」」
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