第十六話 壊れた想い


 さて、診療はもう受けなくていい。どうせ冗談だしな。


 ただ次にやることを教えてやる。


「とは言ってもなぁ・・・」


 頭をかきながら再び元倉総合病院の前で、その高さのあるビルを眺めながらそうぼやいている、すると。


「今日は俺が付いてってやる。全く、ホームズは人使いが荒いヤツだ」

「同意見です、村上さん」


 見上げている俺の隣で村上さんは髪をかきながら、そう愚痴をこぼしていた。


「んで、あいつに何言われたんだかもう一回確認だな」

「あっ、はい。えぇ〜っと・・・確か斎藤医師と落合医師に聞き込みをしろって」

「ハァ〜、まぁ行ってみるか」

「はい」


 俺はポケットにメモ帳とホームズから借りたペンを胸に刺し、再び元倉病院の中へと足を踏み入れた。


????????????????????????????????????


「でしたらえっとですね・・・斎藤医師はいらっしゃいますか?」

「すみません、斎藤医師は今日は学会の方で欠席なさっています」


 病院の受付で確認をとり、村上さんの所に戻ると手には院内で買ったと思われるコーヒーのカップが握られていた。


「どうだった?」

「今日は斎藤医師は学会で欠席しているそうです」

「そうか・・・落合は?」

「今日は診療をしているようです。面会をするのであれば午後の2:00くらいがいいかと言ってました」

「なるほどな・・・あと1時間は暇になるってことか・・・」

「そうなりますね」


 そしてそうなった場合は・・・


「じゃ、院内の患者に聞き込みだな」

「はい」


 この患者を訪ねろ。


「えぇ〜と・・・ここの病棟に入院しているそうですね」

「らしいな」


 外に出てて違う病棟へと入り、エレベーターで着いた場所は内装がとても華やかで可愛らしい病棟。

 

 小児病棟。


「確認したところちょうど病室にいるそうです」

「そうか・・・ハァ〜、気が重いぜ全く・・・」


 名前は後藤 有香、ちょうど昨日で7歳になったという少女だ。


 ここにはすでに2年入院をしていると資料にあった、病名は肝腫瘍、いわゆるガンと呼ばれるもので十万人に一人程度発症すると言われているらしい。


「それで、その子の病室はどこなんだ?」

「ここを曲がって一番奥ですね」


 廊下の一番奥にまで進むと、集団での病室から個室の病室に変わったことに気づく。なぜだが自分の足取りが重い、どうやら村上さんも同じようだ。


「ここです」

「そんじゃ・・・入るか」


 村上さんがドアを二回ノックする。すると大人の女性の声、恐らく母親だろう「どうぞ」という声と共に村上さんと俺は病室へと足を踏み入れた。


????????????????????????????????????


「どうもこんにちわ、君が有香ちゃん?」

「うん、そうだよ」


 病室はそこそこ広く、壁には所狭しとこの子が描いたであろう絵が所狭しと貼ってあり白と蛍光灯だけの部屋ではなく、無垢な子供どころ溢れる病室だ。


 だが、目の前の少女は青の病院着を着ており、腕にはチューブ、そして抗がん剤の影響でなのだろうか、頭にはニット帽をかぶっており、そばのテーブルには洗面器が置いてあった。


 目の前では村上さんが母親の隣に座り、少女の顔を見ながら話を始めていた。


「おじちゃんだれ?」

「ん?おじちゃんはね、おまわりさんだ」

「おまわりさん?」

「そう、おまわりさんだ」


 目の前の女の子は何が起こっているのかわからないらしい。母親には聞き込みの許可をもらっているが母親にもわけがわからないのだろう。


 それも当然だ、俺たちにも何をして、何がしたいのかがわからないのだから。


「わたしがわるいことしたから?」

「いやいや、そんなことないよ。ただちょっとお話がしたいなと思ってね」

「でもわたしわるいこと、いっぱいしたよ?」


 わたし、病気になっちゃって・・・お母さん沢山こまらせちゃったんだ。


「・・・っ!・・・大丈夫だよ・・・大丈夫だ・・・っ・・・」


 すでに村上さんの涙腺がピンチだ。確かに彼女は悪くない、なにぶん自分がそういう経験をしているからよくわかる。


 そういえば、村上さんが俺と初めて会った時も泣いてたよな・・・


「おじちゃんはね・・・っ、ちょっと聞きたいことがあってきたんだ・・・少し聞いてくれるかな?」

「うんっ、いいよっ!ねぇねぇ、お絵かきしながらお話ししよう?」

「あぁ、いいよ」


 村上さんと女の子が話し始めたのを見計らって、俺は部屋に飾ってある絵を見ることにした。飾ってある絵は病院の看護婦、医者、家族、自分、風景、特に多かったのは自分の身の回りにいる人物を描いていた。


 たいていの場合は色鉛筆やらクレヨンで描かれている、そしてとてもその絵は子供っぽくて自分自身こんな絵を描いていた時期もあったものだと物思いにふけっていたところで、少し不思議に思ったことがあった。


 ここの病院に勤務する医者、看護師、そして自分と母親、だが父親について描いた物が一枚もないのだ。


「すみません、後藤さんちょっとよろしいですか?」

「あっ、はい。なんでしょうか?」

「ここではなんですので、外で」


 後藤 有香の母親、後藤 浩子 37歳。


 娘の介護の疲れだろうか、あまり寝てはいないように感じるしとても疲れきっているようだった。化粧っ気もなく服なんかもジーンズに適当に合わせたトイ感じの服でお洒落なんかを楽しんでいる余裕もなさそうだった。そんな彼女を病棟にある休憩室に案内する。


「すみません、コーヒーと紅茶とスープがありますがどれをお飲みになりますか?」

「では・・・紅茶をいただけますか」


 手に持ったペットボトルの紅茶を手渡し、自分も手に持ったコーヒを開け一口飲む。


「これは・・・一体どういうことなのですか?」

「すみません、捜査のことに関して話せない決まりでして」

「ハァ・・・」


 はっきり言って自分のもよくわからないのだ、ここは職権乱用ということにしてしまおう。おそらくホームズにもちゃんと意図はあるはずだ。


「有香ちゃんはここにいて長いのですか?」

「えぇ、初めは4歳の時で。軽い治療で済むと言ってたのですが・・・その後転移した場所が見つかって・・・」


 聞いた話によれば、小さい頃の肝腫瘍は転移がしにくく、治療も簡単で子供だったら完治しやすいということだった。しかし治療は終えたものの、のちの検査で転移が発覚、その度に入退院を繰り返しているのだということだった。


「近々手術を受ける予定なんです」

「成功をお祈りいたします」


 こういうことしか言えないが母親としては相当なものだろう。精神的に


「そういえば、お父さんはお見舞いとかにいらっしゃってるんですか?」


 本題だ。


「・・・あの子には父親はいません」

「何故です?」


 予想外の返答が帰ってきた、確かに指輪をはめているようには見えないし。となると・・・


「離婚をしたんです、2年前に」

「・・・踏み込んだことを聞いてもいいですか?」

「えぇ、どうぞ」

「どうして離婚なさったんです?」


 すると、少し顔をうつむかせ言いづらそうな顔をしていた。


「向こう側から・・・別れてくれって・・・」

「理由は・・・わかりますか?」

「・・・娘の介護に・・・疲れたって・・・」


 目の端に涙を浮かべてそう言っているが、おそらく彼女自身信じられなかったのだろう。俺自身、そんなことを言う父親の顔を見てみたい。


「ちなみにその時の父親の名前を教えてはいただけませんか?」

「はい・・・」


!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


「村上さん、終わりました」

「ん、そうか。おいおい、純、見ろよこれ」


 少し緩んだ顔をさせ、こっちによこしてきたのは一人の男の人を描いた紙。


「これさ、俺を描いてくれたんだと」

「へぇ〜、なかなか上手いじゃないですか」


 確かに、おおまかな特徴として少しふっくらした顔であったり、スーツを着込んでいる部分、そして少し老けている部分のシワの描きたなんかも再現されており7歳にしてはなかなか上手いとは思った。


「んでもって、これがお前さんだと」

「これですか?」


 そしてもう一枚手渡されたのは、おそらく自分の絵なのだろうがどこからどう見ても仕事帰りのお父さんという感じの絵だった。


「有香ちゃんがくれるんだとよ、なぁ」

「うんっ!」


 この二人はさっきまでの間に随分と仲が良くなったようだ、おそらく自分にも娘や息子がいて、子供相手はとても上手なのだろう。


「それじゃあな、おじちゃんはもう帰るから」

「うんっ、また来てね」


 これは勝手な偏見なのだが、こういう時は駄々をこねて人を返さないとかそういうものを予想していたのだがとても聞き分けがいい子だった。おそらくお見舞いで帰る母親を見送るのを慣れているのだろう。


「ありがとう、大事にするよ」

「うん、お兄さんもまたね」


 そう言ってチューブの繋がってない手を思いっきり振っている彼女に見送られて、俺たちは病室を後にした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「んで、情報は集められたのか?」

「えぇ、エミリーの言うことは正しかったです」

「ということは、落合に会う必要は?」

「無くなりました」


 今回の仕事は終わった、これであと証拠などが揃えば完璧だったのに。


「とにかく今日の収穫はデカかった」

「そうですね」


 もし、ホームズの言ってることが正しいのであれば、おそらく事件はあと少しで解決する


「にしてもあの子・・・昔のお前を思い出したよ」

「俺・・・ですか?」

「あぁ、辛いって思ってるはずなのに無理して笑ってるところとか特にな」

「・・・」


 あの時、父親が死んだ時のことを知らせに来た刑事は村上さんだった。俺の無くした足を見て泣いてたなこの人。自分が悪いはずなのに、こんなの罰だなんて思ってる俺に泣いてくれる人がいたから・・・


「たぶん嬉しかったです、俺」

「ん?なんだって」

「いえ、なんでもないです」


 どうやら村上さんには聞こえていなかったようだ、聞かれていたらそれはそれで恥ずかしいが、たぶん本当にそう思えたんだろう。


 外は未だに曇天で、もう少しで雨が降りそうだった。


 さて、梅雨もそろそろ終わってもらわないと困る。華やかに解決していただこうではないか?


 エミリー


 

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