第六話 壊れた固定概念

「なっ、なんでお前がっ!」

「んっ?大学生が酒を飲みに来て悪いか?」


 問題はそこではない、どうして俺の憩いの場にお前がいるのかと聞いてるんだっ!


「あれぇ?純君さエミちゃんの知り合いかい?」

「いっ、いえ知り合いというか仕事仲間というか」


 そう言ってちらりと、ホームズの方を見ると捜査の時と同じ格好をしており、黒のスーツと白のワイシャツに黒のパンツ、しかし、靴は赤のスニーカーと少しアンバランスの格好をしている。


「エミちゃんはねぇ、最近通うようになった常連さんさ」

「はぁ・・・」


 いや、絶対ここの常連は俺だけだと、驕り高ぶっているわけではない、どうしてよりによってお前なんだっ!


「ここの店は、私の好きな地酒が置いている唯一の店なもんでね、ついでにここのイカめしは大変おいしい」


 そう言って手に持っている、一升瓶には『北の狼』と書かれており、確かにここでしか飲めない名酒と聞いている。


「そうそう、ここのイカめしは実においしいが実際どのようにして作ってるのかが知りたい、ママさんレシピを教えてもらえるか?」

「それはねぇ、エミちゃん企業、ひ・み・つ♡」

「そいつは残念だ・・・、それじゃあ、イカめしも追加で」

 

 どうやら、春子とはかなり仲がいいようだ、そこまで通い詰めたということなのだろう。


「にしても純、どうしてお前がここにいる?ここは私の憩いの場なのだが?」

「それはお前と同じ常連だということと、それはこっちのセリフだ」


 ただでさえ、仕事疲れの癒しのためにここにきているのに、自分の神経を逆なでするような人物がここにいては困る。


「おい、一つ教えろ」

「なんだね、純?」

「なんで・・・足のことがわかった」


 そう言うと、彼女は、確証したのは握手をしようとした時だと言った。


「君は、まずこちらに向かってくる時に左足をかばうような歩き方をしていた、しかし、そこまで不自然ではない、それこそリハビリした後も丹念に練習をしたかのような歩き方だった、そして先程言った通り確信したのは握手をしようとした時だ」

「何処が?」

「君は右手を差し出した時、左足じゃなく右足が前に出ていただろう?」

「・・・えっ」


 そんな細かいことは覚えていない、でも少なからず彼女の言っていることは結果的に当たっている、捜査の時も思ったが恐ろしい観察眼だ。


「試せばわかると思うが、人間普段歩く時は手と足は交互に出るものだ、緊張している時以外はね、少なからず君は刑事という点から初対面の人間に緊張するという性格ではないはずだ」

「本当に、無駄に目がいい・・・」


 する遠くから舞が出てきて、こちらの様子に気づいたようだ。


「あれっ?ホームズさんと純ちゃんって知り合い?」

「まぁ・・・」

「仕事仲間だ、にしても『純ちゃん』ってことは、二人は付き合ってるのか?」


 グフッ!つい口に含んでいた牛乳を吹き出してしまう、ようやく牛乳好きの掃除屋の気持ちがわかった気がする。


「ふふっ、ざぁんねんっ実はただの幼なじみっ、ホームズさんも推理はずすことあるんだね」

「推理じゃない、ただの質問だ」


 そう言うと、ホームズは注文の品の一部を受け取り、残りを舞に運ばせる。


「あのぉ、マ・・・春子さん、エミリーさんってどういう人ですか?」

「えっ、そうさねぇ・・・」


 俺の注文の焼き鳥を運んできた春子に問う。


「とても正直な子よ、それにとても賢いさねぇ・・・、会計の時もレジより早く計算しちゃうし」


 でも、と彼女は続ける。


「あの子、多分友達さいないんだろうねぇ、いつも一人で飲みにさ来てるし、それに・・・」

「それに?」

「あの子、いつもつまんなそうな目をしてるんよねぇ・・・」


 そう語る彼女の表情は、まるで自分の子供を心配するかのような母親の目だった。


「でも、嘘は言わんし、まっすぐな性格さしてるから私は好きよ」

「・・・そうですか」


 現に向こうで、話している舞は楽しそうだ、人当たりのいい彼女はどんな性格の人間とも話ができる、それは彼女の特技だ。


「すみません、その料理向こうに運んでもらえますか?」

「エミちゃんとさ同じテーブルかい?」

「えぇ」


 そう言って立ち上がる・・・が。


『シセイチョウセイニハイリマス、ソノジョウタイデシバラクオマチクダサイ』

「・・・っ!くそっ」


 まただ、その音声は店内の音楽より大きいく鳴り響く、徐々に姿勢がまっすぐになってゆく体にうんざりしながら、体をまっすぐにさせてゆく。


『シセイチョウセイガカンリョウシマシタ、ホコウカノウキョリオヨソ44キロメートルデス』

「純君、大丈夫?」

「えぇ、すみません・・・」

「あんまり無理はしちゃいけんからねぇ」

「えぇ、よくわかってます」


 そして、テーブルの上に乗っていた牛乳のコップとキープしていたボトルを手に彼女のいるテーブルへと向かった。


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「え〜っ、そんなこと聞かれてもぉ・・・」

「いいから教えろ」


 どうやらテーブル席の方が少し騒がしい、舞となんかあったのか?


「舞、どうかしたか?」

「あっ、純ちゃんこそどうしたの?」

「いや、その・・・」


 俺が口ごもっていると、口を開いたのはホームズの方だった。


「・・・なんだ、私と飲みに来たか?」

「えっ、そうなの純ちゃん?」

「えっ、いやっ・・・、あぁ」


 結局のところはお見通しというわけだ。


「まぁ、前に座りたまえ、純、どうせ私も一人だ」

「あぁ、邪魔する」


 そう言われてホームズの目の前に座るが。


「・・・」

「・・・」


 見事に会話が進まない、しかし、ここはさすが店員というか、そんな二人を見て会話を入れてくる。


「ご注文とかありますかぁ?」

「・・・あっ、じゃあこいつのお代わりと、焼き鳥のつくね二本」

「なんだ、おごってくれるのか?」

「つくねだけだ」

「付けにもできまっせぇ、純ちゃ〜ん?」

「お前も乗らなくていい」


 そう言って、舞の頭に軽くチョップを入れた、そしたらホームズが軽く吹き出し、なんだこいつも笑えるのかと思った。


 舞がカウンターに注文を出しに行き、とうとう二人きりになる。


「お前、話は聞いているのか?」

「ここで仕事の話はよせ、それに私は君を純と呼んでる、君の言葉を借りるなら私の名前をちゃんと呼ばないのはフェアじゃない」

「わかった、ホームズ」

「エミリーでいい」


 さて、何の話をしようか、仕事の話でなければ、日常の話か。


「さっきは舞と何の話をしてたんだ?」

「フッ、まるで質問の仕方が尋問だな」

「えっ、すまない・・・」

「まぁいい、簡単に言えば胸の話だ」


 ・・・は?


「何だその惚けた顔は?」

「いや、意外だなと思って」

「私だって女だ、自分の体型の一つや二つは気になる」


 そう言われると、いや確かに舞の胸には目を見張るものがあるが・・・いやいやそうじゃなくて・・・そんなことを考えると自然と目が顔から下へと向かう、確かに言われてみれば外人の割には胸のボリュームがあまり・・・いや、まったk


「これ以上、見続けた場合、刑事のわいせつ行為として警視庁に被害届を提出する」

「本当にすまない」


 俺としたことが、みだりに女性の体をジロジロ見るなんて、本当に情けない・・・


「あまり気にするな、それに少しは大胆に行った方が出会いは多いぞ?」

「余計なお世話だ」


 確かに、刑事という仕事柄、女性との出会いは少ない、あるとすれば女性警官とだろうか、とそこに注文の品が届く。


「おっまたせぇ!つくね二本と牛乳だよぉ!」

「ありがとう、そこに置いておいてくれ」

「ほいほい〜」


 舞は、テーブルの上につくねを置いてそのまま立ち去る、いつもならそのまま残って無駄話をするはずだが・・・もしかして気を使ってるのか?


「にしても、居酒屋に来て牛乳とは・・・純はもしかしてlightweightなのか?」

「ライっ?なにっ?」

「いや、待てっ、え〜と確か日本語で酒が飲めない人間のことを・・・、そうっ!カエルだっ!」


 ・・・はい?


「・・・もしかして・・・下戸のことか?」

「そうだ、それそれっ、ゲコのことだ!」

「おま・・・エミリーは日本に来て何年だ?」

「そうだな、もう六年にはなるな」


 逆に言えば六年でここまで日本語がうまいのはすごいとは思う、しかし、どこかずれてるような気がするな。


「なんで日本なんかに来たんだ?」

「『なんか』、とはなんだ純、自分の母国だろう?」

「生憎、愛国心があまりないものでね」

「勿体無い、せっかくこんなうまい料理と酒がある国なのに、ちゃんと愛さないとバチがあたるぞ?」


 そう言ってホームズは左手につくねを、右手に焼酎を持ってそれぞれ口に運ぶ、そして俺の分であるはずのつくねに手を伸ばそうとした時。


「よかった」

「ん?何が?」

「お・・・エミリーがちゃんと話せる人間で」

「失礼な、私だって人だ」


 そういうことを言ってるのではない。


「エミリーは周りの人間が思っているほど、クズではないということがな」

「それは誰が言ってるんだ?どうせ安藤あたりとかだろう」

「ここの会計は任せろ、コンビ結成の祝いだ、俺がおごる」

「仕事の話はしない約束だ・・・でもまぁ、おごってくれるのなら話は別だな」


 そして立ち上がろうとした時である。


『シセイノチョウセイニハイリマス、ソノジョウタイデシバラクオマチクダサイ』

「・・・はぁ〜」


 またか・・・


「それが左足の正体か」

「あぁ、全くうるさい相棒だよ」

「あまり、自分を責めるな、それにあの事件でお前は一切悪くない」

「・・・なんて言った?」


 深く話を聞こうと思ったが、しばらくすると舞がやってきてもう閉店だと告げられ仕方なく、聞き出せないまま帰ることにした。


 そして、その日の会議で。


「昨日未明に起きた、KABUKI町、河川敷大量殺人事件の第一回捜査会議を始めるっ!」

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