第158話 電光石火

 体長25メートル。

ヒレがやたらと大きいセイウチの身体に、これまたやたらと長い首がくっついている。

これがカイジンの姿だった。

首の長さだけで14メートルはあるな。

イズガモが教えてくれたのとちょっと違う。

それもそのはずだ。

イズガモが教えてくれたのは伝承に残っているカイジンの姿であって、彼は実物をはっきり見たわけではない。

「おいおい、機銃の弾をはじいてるじゃねえか」

ジャンが呆れたようにモニターを眺めている。

まさかドエム2の弾がはじかれるとは思ってもみなかった。

皮が堅いというよりも表面にマジックシールドのようなものが張り巡らされているようだ。

「水魔法の結界のようですね。シールドみたいに全身を覆っています」

マリアの見解も俺と同じだ。

「ゴブ、機銃の弾がどれくらい命中しているかを解析してくれ」

「了解しました。映像をあたるのでしばらくお待ちください」

一発の攻撃力が3240の機銃の弾がはじかれるのだから相当な防御力を誇るはずだ。

海中に居たから威力は落ちるだろうが、それでも硬いことに変わりはない。

「解析終了いたしました。発射段数100発に対して確実に命中しているのは14発です。途中から移動速度が上がったので命中率が悪くなっております」

命中率が悪いからと言ってジローさんを責めるのは酷だ。

敵のスピードや方向から到達予想地を割り出す高度な計算が出来るような機能はついていない。

まして首から下は水の中だ。

そうそう当たるもんじゃないし、威力も半減以下だ。

機銃用のサブシステムをバージョンアップしてやる必要があるかな。

だけどそれには魔石が足りないんだよな。

ギルドに提出するためにほとんどの魔石をパティーたちに預けてしまっている。

いま手元にある高ランク魔石はイケトックに貰ったDランクが1つと、予備に残しておいたEランクが3つだけだ。

「ゴブ、画像を止めて」

ボニーさんが何かを見つけたようだ。

「……5秒戻して……そこ……カイジンの顔を拡大」

何だろう? 

カイジンの顔のアップだ。

「左目の下……剣の傷」

よく見つけたな! 

確かに古い傷跡が残っているぞ。

魔物同士の戦闘じゃなさそうだ。

「もしかしてこれ、エルヴィスのつけた太刀傷じゃないのか!?」

ジャンが興奮してモニターにくいついている。

多分そうだろうな。

他には考えにくい。

でもどうやってあの結界を破ったんだろう? 

結界や奴の生態についてもっと詳しい情報が欲しい。

もう少しカイジンを観察する必要があるな。

奴に発信機を取り付けられなかったのが返す返すも残念だ。

秘密裏に見張ることも、奇襲をかけることも出来やしない。

奇襲と遠距離攻撃は俺の真骨頂だというのに!

だけど今回はその二つを封じられている。

奇襲をかけようにも海中に居るカイジンを見つけるのは難しい。

しかも攻撃の方法が限定されてしまう。

例えば魔石を使って魚雷を作ったとしても、潜水艦の四倍以上の速さで泳げるカイジンに当たる気はしない。

当たったとしてもあの結界を破れるかどうかも怪しいのだ。

「やっぱりあの結界をどうにかしないとダメだよな。エルヴィスさんはどうやってあの結界を破ったんだろうね?」

「神聖魔法に『リバース・フェイズ』という高位の魔法があります。これは張られた結界の魔力と完全に逆位相の魔力をぶつけて中和させてしまうという魔法です。エルヴィス様が使ったのはこれかもしれませんね」

「マリアは使えるの?」

「一応は。ですがあれほどの結界を、しかも相手の攻撃を避けながらとなると難しいかもしれません」

リバース・フェイズか。なんか高度な魔力操作を必要としそうな技だな。

「なあ、カイジンの結界はおっさんのシールドみたいにダメージを蓄積しないのか?」

「そうだなあ、俺のシールドが個体だとすれば、奴の結界は魔法で具現化した流体金属みたいなものだと考えればいい。たとえ傷ついてもすぐに修復されてしまうんだ」

「流体金属?」

「水みたいな鉄だな」

ちょっと違うが、わかりやすく言えばこうなるか。

「じゃあ凍らせてからかち割ろう!」

「どうやって?」

俺にはそんな魔法は使えない。

「ジャン君、『アブソリュート・ゼロ』が使える魔法使いなんて当代には誰もいませんよ。セシリーさんが対極にある『スーパー・ノヴァ』が使えるなんて噂はありますけどね」

実はセシリーさんどんだけ凄いんだよ! 

それなのに二つ名が「パン屋の魔女」だもんな。

ほのぼのしていてセシリーさんも気に入ってるらしいからいいけど。


「イッペイ」

ずっと黙っていたボニーさんがこちらを見ている。

「あの結界……一度にどれだけの攻撃を加えれば……破れる?」

難しい質問だ。

攻撃方法によっても違うはずだ。

「瞬間的かつ一点に10000くらいは必要だと思います」

「あの結界……切れる気がする」

本気ですか? 

でもボニーさんのスキル「抜刀術」は凄まじいんだよな。

それに冗談でこんなことを言う人ではない。

「……わかりました。そこはボニーさんを信じます。でもどうやってカイジンに近づくつもりですか。海面までおびき出せたとしても、足場のない海上であることには変わりないんですよ」

「結界には結界で……対抗」

なにか考えがあるのだな。

彼女の中では既にカイジンの首を獲るビジョンが見えているのかもしれない。

ボニーさんは凄みと妖艶が仲良く同居した笑みを浮かべていた。


 その夜、皆が寝静まった後、俺は一人でドックに移動した。

新たな武器を錬成するためだ。

ゴブやマリアが手伝ってくれるといったが断わった。

今夜つくるのは特別なものだ。

一人ですべてを取り仕切りたかった。

今回、俺は刀をつくろうとしている。

いくつもの武器を錬成してきたが刀を作るのは初めてだ。

ボニーさんの抜刀術のために最適な形を追求すると刀に行きついたのだ。

だが日本刀を鍛えるわけではない。

形状が刀というだけで構造は大分違うだろう。

芯にはオリハルコンを使った。

このオリハルコンは元聖女であるシャーロット婆ちゃんのミイラ化した指にはまっていた指輪だ。

指輪を錬成魔法で薄く延ばして中心に据え、その周りを別の金属でかぶせていく構造だ。

錬成魔法とスキャンを何度も繰り返し、原子の配列まで気にかけて魂の一振りを鍛え上げていく。

やがて俺の意識から周囲の一切が消え失せ、世界にあるのは俺と刀だけになった。

どれくらいの時が経ったのだろう。

時間的感覚はとうの昔になくなっていた。

忘我の境地で集中していたようだ。

自分に回復魔法をかけるのすら忘れていたのだ。

心身ともに疲れ切って、指一本動かすのもおっくうだが、ここまで爽快な気分というのも滅多にない。

出来上がった刀は、間違いなく俺が今まで錬成した武器の中で一番の傑作だと思う。

「……イッペイ」

顔を上げるとボニーさんが立っていた。

「……誰かに……呼ばれた気がした」

そうか……ボニーさんの為だけを考えて作った武器だからな、そんな奇跡も起こるかもしれない。

この刀は自分のあるじを心得ている。

なんの根拠もないのに、そう確信できた。

「今の俺の全てを込めました。ボニーさんの刀です」

「カタ……ナ?」

ボニーさんの白い指が俺の方に差し出される。

俺はその手に出来上がったばかりの刀をそっと置いた。

 何の気負いもなくボニーさんは刀を握りしめて構える。

たちまちその場の空気が張り詰めていくのが分かった。

呼吸すら忘れて俺はその姿を見つめた。


 無拍子で払われた横一文字に風切り音が後から響く。

ボニーさんの一閃に場の緊張まで切り裂かれ、俺は大きく息をついた。

抜き身の刀を抱きしめるように持って、ボニーさんが涙を流している。

「イッペイ……」

「……」

「ありがとう……もう何もいらない」

「ボニーさ――」

神速の動きを俺が目で追えるわけがない。

気が付けば俺はボニーさんにキスされていた。

「最初で最後の……キス」

電光石火で奪われた。

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