第96話 聖女の訪問

 迷宮に潜ると季節の感覚がなくなる。

一週間の探索を終えて地上に出ると、まぶしい新緑が俺たちを迎えてくれた。

もう五月だった。


 今日は久しぶりにパティーとデートで蚤の市に来ている。

蚤の市とは春から夏にかけて神殿前の広場で開かれる古物市のことだ。

もともとは蚤が付いたような古着を売っているというのが蚤の市の語源らしいが、ごくまれに掘り出し物もあり、販売者でさえ知らずにいた価値ある美術品や骨董品を売っている場合もある。

泥棒が盗品を売りさばく場所にもなっているそうだ。

最近では新品を売る普通の店も数多く出店していた。

俺は『不死鳥の団』の小部屋に敷くカーペットを探していた。

石の床って寒々しいんだよね。

 一軒の露店に気になるものがあった。

その店は女性ものの雑貨をいろいろ並べていたが、その中に一つの小箱が置いてあった。

お弁当箱くらいの大きさの木で出来た小箱だが何故か惹かれる。

手に取ってよく見ると蓋や扉はなく、用途がよくわからない。

大して重くはなく、中は空洞のようだ。

「おじさん、これ何?」

「さあなぁ。俺もよくわからん。買うんなら300リムだよ」

銅貨3枚を渡して、商品を貰う。

「気に入ったの?」

パティーが俺の手の中の箱を覗き込む。

「なんか、惹かれるんだよね。俺の故郷に寄木細工っていうのがあってね、なんとなくそれに似てるんだ。見た目は寄木細工のほうが模様が細かくて美しいんだけどね。その中にからくり箱って言うのがあってね、特殊な仕掛けをとくと蓋があくんだよ」

寄木細工は神奈川県箱根の伝統工芸品だ。

社員旅行で行った時に寄木細工を買った思い出がある。

「ひょっとしてその箱もパズルみたいに開けることができるの?」

「多分そうだと思う」

カーペットを探して俺たちは露店をまわったが気に入ったものは見つからなかった。

俺とパティーはアパートに帰って、ラブラブな午後を過ごしたぞ。

爽やかな五月の空気の中で、爽やかな五月の時間が過ぎていった。



 俺の部屋に『不死鳥の団』のメンバーが集まった。

今日はミーティングの日だ。

今はメグが収支報告をしている。

『不死鳥の団』もゴブを入れてメンバーは7人になり、俺の部屋での会議も少々手狭になってきた。

これから収入も上がるしパーティールームを一つ借りようか、などと考えながら昨日買った小箱をいじっている。

横の部分をスライドさせ、この板を押し込む、などの仕掛けを解き明かし第6段階まできた。

もう少しで開きそうな気がする。

「というわけで前回の探索の純利益は47万リムです。端数はパーティー資金としてプールして、一人7万リムを支給します」

一週間の探索だったのでこんなものか。

今回は新型テーラーや機銃などを作ったので収入が少し減った。

……ん、この部分を引き出せばいいのか! 

最後のギミックを解き明かし、からくり箱の天井の板が抜ける。

ついに開いたぞ。

「なんだこりゃ!」

箱の中身を見て思わず声が出てしまった。

箱にはぎっちりと綿が敷き詰められていて、その真ん中にカサカサで飴色をした人間の指のミイラが入っていた。

「もしかして、呪いのアイテムつかまされた!?」

解呪を! 除霊を! お願いします!

「待ってください。これはそんなものではありません。強烈な聖属性を感じます。もしかして聖遺物ではないでしょうか?」

マリアの言葉に落ち着きを取り戻す。

聖遺物って神様や聖人の遺品や遺骸のことだよね。

この指のミイラがそうなの? 

ミイラには指輪も嵌っている。


鑑定

【名称】聖女の遺骸

【種別】聖遺物

【属性】聖

【備考】第28代聖女の左手の人差し指。指輪はオリハルコン製。


 本当に聖遺物のようだ。

神殿関係者ならとってもありがたいのだろうが、俺にとってはただのミイラだ。

でも、素材としてなにかに使えるかもしれない。

生ごみで捨てるのはなしにしよう。特に指輪は小さいが稀少素材のオリハルコンだ。

 会計報告を終えた後、次回の探索の場所と準備などを話し合い解散した。

引き続き第五階層でレベルアップを目指す方針だ。

午後からはボニー教官による近接戦闘の訓練を郊外の草原で行う予定だ。

俺も参加するが一人だけかなりレベルが低い。

こちらに来た頃よりはだいぶましになったんだけどね。



 今日の訓練も激しかった。

回復魔法のお陰で疲労はないのだが、精神的に疲れた。

戦闘中のボニーさんは笑顔で怖いのだ。

マモル君を装備しているおかげでダメージは入らないのでボニーさんは本気で攻撃してくる。

だが、たまにクリティカルヒットが決まるとダメージが入るので油断はできない。

しかも、あの人は防御力無効の即死スキルを持っているらしい。

恐ろしくてたまらない。

部屋に帰ってきても訓練の緊張はなかなか解けなかった。

俺は強張った神経をほぐそうとワインを一杯飲んでそのまま椅子で眠ってしまった。


 目が覚めるとすっかり夜になっていた。ゴブが毛布を掛けてくれたようで気持ちよく眠ってしまっていた。

「こんばんは。お目覚めですか」

優しく声をかけられた。どこぞのお婆ちゃんだ。

「はい、こんばんは。どちら様ですか?」

ここは俺の部屋だよな。……あれ、このお婆ちゃんはどこから来たんだ? ゴブが部屋にいれたのかな?

「私はシャーロット・バーキンと申します」

「イッペイです。すみません気が付かずに眠っていました」

見知らぬ人だが、随分と上品で優しそうなお婆ちゃんだ。

神官服を着ているから神殿の関係者だろうか。

「ゴブ~お茶の用意をして」

俺は隣の部屋にいるであろうゴブに声をかける。

「ありがとうございます。でも、お茶は結構ですよ。どうせ飲めませんから。私、幽霊ですもの」

幽霊? 

よく見ると、ご老人の輪郭は若干透けているようだ。

やばい、変なのにとり憑かれた?

「ゴブ、お茶じゃなくて聖水持ってきて!」

俺の言葉を聞いて幽霊はコロコロと笑った。

「あらあら、聖水じゃ私は除霊できませんよ。これでも元聖女ですから」

「元聖女って、指のミイラ!」

「はい、歴代最低の能力者と言われた第28代聖女のシャーロット・バーキンでございます」

そう言って元聖女様はまたコロコロとお笑いになった。

顔は優しいし、身長も低い、笑う姿など慈愛に満ちている感じで邪悪な感じは一切しない。

俺は気を落ち着けて聖女様に質問した。

「それで、私にどういった御用でしょうか」

「実は貴方にお願いがあってきました。どうか聞き届けてくださいませ」

幽霊のお願い? 

成仏できない理由でもあって、それを取り除いてほしいのか?

「明日の朝、ゲート前広場に行ってくださいませ。そこでリカルドという老冒険者がポーターを探しております。彼はこの一両日の間ずっとポーターを探しているのですが、なり手がありません。どうか彼のポーターを引き受けてあげて欲しいのです」

何かと思えばポーターの依頼ですか。確かに俺は本職だけどさ。

「なんで俺に頼むんですか?」

「だって貴方、優しそうですから」

断りづらいなあ。

「報酬はありますか?」

「リカルドは2泊3日で11000リムの報酬を用意しています。私は幽霊ですので何も持ってはおりません。イッペイさんの善意におすがりするだけです。身勝手なお願いですが何卒お聞き届けください。お願いします」

元聖女様は深々と頭を下げる。

俺、頼まれると断れないタイプなんだよな……。

どうしよう。

「困ったなあ、明後日からパーティーで探索なんですよ。なんでその老冒険者を助けたいのですか?」

「大昔……、聖女の地位に就く前に私が愛した人ですから」

理由を聞いたら更に断りづらくなっちゃったよ。

考えてみると幽霊というのは思念だけのエネルギー体だ。

きっと何かしたくても何もできないのかもしれない。

そういうのってもどかしいだろうな。

仕方がない、一肌脱ぐといたしますか。

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