第84話 森は生きている

 三層の5、6区のオークを蹴散らし、ついに俺たちは下り階段へとたどり着いた。

安心してくれ。

オークに拉致され「クッ、殺せ」とかいっている女騎士はどこにもいなかったぞ。

それはもう念入りに探したけどいなかった。


 階段を下り俺たちも第7位階の冒険者になった。

第四層は石壁に仕切られた狭い通路が続くダンジョンらしい構造をしている。

唯一の例外は密林エリアの6区だけだ。

6区にはゴムの木があるので、この機会に天然ゴムを入手しておくつもりだ。

俺たちは特殊部隊のように慎重に通路を進んだ。

スパイ君を先行させるのはもちろんだが、フォーメーションもきちんととっている。

ボニーさん先導の元、逆V字の隊形をとった。

「全員停止」

俺は昨晩の内に作っておいたヘッドセットのマイクに囁いた。

Gクラスの魔石を使い、マイクとイヤホンが付いたヘッドセットと魔導通信機を6個作ったのだ。

集音機能、聴覚保護機能、ノイズ防止機能などを組み込んだ自信作だ。

「50メートル先の十字路の左側、天井に迷宮バット、七匹だ」

「了解……排除する」

このように俺たちは隠密行動をとっている。

タッ君は安全が確保されるまで後方で待機だ。

いくら魔導モーターが電気自動車並みに静かでもクローラーが石畳を走る音はかなりうるさい。

 戦闘ではいつも奇襲が成功するとは限らない。

それでも今のところは敵の接近をゆるさずに倒せているからいいだろう。

通路が狭くて隠れるところがないおかげだね。

飛来する迷宮バットを6丁の銃が打ち落とした。

 おや、次はリザードマンが小部屋から出てきたぞ。

大きなシールドを装備してるよ。

「次、リザードマンが九体だ。金属製のシールドを装備している模様。よく狙えよ」

最初の銃撃で四体が倒れたが残りの五体はしっかりガードをしてきている。

通路が狭いため射線が一方向にしかならないのが辛い所だ。

隊を二つに分けることができれば、火線に角度がつけられるのだが、隘路あいろではそれもままならない。

だから、俺はリザードマンの後方にグレネードを撃ち込んだ。

四層に降りた時点ですでにメグの許可はとってある。

二層でスケルトンを相手にしていた時とはわけが違うのだ。

必要経費を惜しんでリスクをとることは既にできない状況だ。

「今回はしょうがないだろ、メグ」

「そうですね……」

お咎めなしで済みそうだ。

「あの、足止めさえしておいてもらえれば、私が神聖魔法を打ち込めましたが……」

そういえばそうだった。

ホーリークロスなどの聖属性のエネルギーを開放する魔法だったらシールド防御を崩せたかもしれない。自分が攻撃魔法を使えないせいか、今一つ魔法の運用が下手だ。

「そうだったねマリア。次からはもう少し考えて指揮するよ」

メグはそれほど怒っていなかったが、反省しなければならないな。

まだまだパーティーとしての練度もリーダーとしての練度も不足してると思う。

このままではいつか先に進めなくなる状況がやって来るだろう。

トライアル アンド エラーの繰り返しが成長の秘訣だが、迷宮のエラーは死を意味する。

エラーが死線を越えないためにも、しばらくは第四階層でレベルアップをはかることにしよう。

なんてことを考えていた矢先に俺は負傷した。

相手はドゥルフという双頭の狼と、ウィングエイプという翼の生えたサルの魔物だった。

ドゥルフは動きがやたらと早く照準が定まりにくい。

俺たちが前方のドゥルフに気をとられている隙に上空からウィングエイプの攻撃を受けたのだ。

なんてことはない、普段俺たちが使っていた戦術をそのままやり返されたようなものだった。

俺はウィングエイプの槍を肩に受けて倒れた。

マモル君の自動防御は働いたが攻撃はそれを貫いて俺に到達した。

威力はシールドで大分軽減できていたので死なずに済んだ。【

HP】67/100 

マモル君のシールドと身体強化ポーションがなかったら確実に死んでいたな。

回復魔法で傷を治し、ゴブがメイスで抑えてくれていたウィングエイプにとどめを刺した。

今回の戦闘では俺の他にクロとメグも負傷している。

『不死鳥の団』は新たな壁に当たったようだ。



 小部屋を確保して休憩兼反省会を開催した。

「それでは反省会を始めます。先程までの戦闘でなにか気が付いたことがある人。……はい、ジャン君」

「おっさんの命令が遅い。射程は長いんだからあそこまで引き付ける必要はないだろ。銃の射程を活かしきれてないんだよ。反射速度が遅いから命令も遅くなるんだなきっと」

糞生意気だが事実なので返す言葉がない。

「善処します……他に?」

「スパイ君の情報を……活かしきれてない。イッペイは……ダメ。私にはスパイ君の情報……見られない?」

ボニーさんからダメ認定を受けてしまいました! 

心が折れるなんてもんじゃない、精神の森林が伐採されているようだよ。

環境破壊反対! 

でも、ボニーさんの方が分析力のあることは事実だ。

情報をみんなが共有できるように片眼鏡型のディスプレーをヘッドセットに取り付けるか? 

今日も夜なべで錬成だな。

「皆が情報を共有できるように何らかの対策をしたいと思います」

でも、ディスプレーに使うプラスチックがないんだよな。

眼の所につけるからガラスじゃ危ないし、どうしよう。

原油とか石炭がどっかにないかな。

そしたらプラスチックとかポリカーボネイトとか錬成できそうなんだけど。

ディスプレーは無理そうだから映写機でも作るか。

技術的な問題をあれこれ考えていたら、メグがおずおずと口を開いた。

「あの……言いにくいんですが、……現場の指揮はボニーさんに執ってもらった方がいいのではないでしょうか?」

あ、それを言っちゃいます? 

俺もそう思ってたけどさ。

「それもそうだよな。そういえばいつからおっさんが指揮執ってたんだ? おっさんの癖に生意気だぞ!」

お前の名前はジャンアンか?

「イッペイさんと僕は元々ポーター役でしたよね」

爽やかな笑顔で悲しいこと言うなよ、クロ。

その後の話し合いでボニーさんに指揮権が移譲された。

俺はリーダー兼、後方警戒要員だ。

まあいい、それもこれもEランクの魔石が手に入るまでだ。

Eランクの魔石が手に入り、タッ君に新たな装備が取り付けられたとき皆は瞠目するだろう。

その時こそ俺は最強のポーターになるはずだ。


食後にくつろいでいたらマリアが話しかけてきた。

「よろしかったんですかあれで?」

「指揮のこと?」

マリアは心配そうに頷く。

俺は笑うしかない。

「ウチは元々そういうパーティーなんだよ。俺の出発点はリーダーでポーターだったのさ」

「うふふ」

マリアは静かに笑う。

「面白かった? 俺の自虐ネタ」

「そうじゃありません。皆さんがどうしてイッペイさんを頼りにしているかわかった気がしただけです。後ろにイッペイさんがいてくれるから、『不死鳥の団』は安心して戦えるんですね」

そうなのだろうか? 

褒めすぎじゃね? 

でも……そうかもしれない! 

伐採された精神の森林がニョキニョキと再生していくよ! 

ありがとうマリア、さすがは『不死鳥の団』の癒し系だ。


 午後、俺たちは第四階層を6区へ向けて動き出した。

ボニーさんが指揮を執るようになってから『不死鳥の団』の動きが凄くよくなっている。

地理的判断や魔物の知識など、豊かな経験に裏打ちされたボニーさんの指揮は俺とは雲泥の差だ。

復活した俺の心はまたしぼんでいった。

森の再生は時間がかかるね。

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