第82話 ボーイズトーク

 うるわしき春の光も迷宮には届かない。

匂い立つ風も嗅がず、春の青き野辺のべむこともなく俺たちは今日も迷宮探索だ。

パティーとは休日が合わなくてデートも出来なかった。


 タッ君のお陰で迷宮をすすむ時間がぐっと短縮できるようになった。

メンバーは全員タッ君に乗り、幹線道路を突き進む。

これにより徒歩の3倍以上の速度が出せる。

索敵はスパイ君が先行してくれるし、遭遇戦になっても車上からアサルトライフルの斉射だけで一、二階層の魔物は殲滅可能だった。

そんなわけで俺たちは迷宮入りしたその日の内に第三階層にたどり着くことができた。

フィールドエリアには安全を確保できる小部屋がないため4区に宿泊する。

明日はここから6区を目指し、ついに第四階層へ突入の予定だ。

「腰とケツがいたい」

ずっと座っていたせいで疲れたのだろう。

ジャンが思いっきり伸びをしている。

タッ君の荷台の隅に簡易のベンチを作ってみたが、さすがに一日中座っているのは大変だった。

 今回の探索からマリアが参加する。

彼女は昨日、神官職を辞した。

これからは冒険者としてヴァンパイアを探すそうだ。

俺たちにも異存はなく、彼女のことはマリアと呼ぶことになった。

「どうだいマリア、アサルトライフルには慣れた?」

「はい。でもこの速射性にはまだ驚かされます」

マリアはMPが豊富なので、アサルトライフルを使う訓練はとてもスムーズに行えた。

マリアの使う神聖魔法はとても強力だが発動までに時間がかかる。

中ボスクラスと闘うなどの状況でもない限り使用頻度しようひんどは低い。

それだったら俺たちの戦い方に合わせてもらうことにして俺のアサルトライフルを貸した。

もともと祓魔師部隊に所属していた彼女はチームプレイもそつなくこなす。

ハンドサインもすぐに覚えてかなりパーティーに馴染なじむことができた。

先程キラーアントの群れを倒した時にFランクの魔石を女王アリが落としたので、今夜はマリアの分のアサルトライフルを錬成しようと考えている。



 4区内の小部屋の一つを確保して俺たちは野営に入った。

今日は素材の回収を一切行っていない。

拾ったのは魔石だけだ。

全員が狭いタッ君の荷台に搭乗したので、素材を載せる場所などなかったのだ。

その分、徒歩で三日はかかる距離を一日で進めたので食料の節約にはなっている。

「じゃあ、これから錬成魔法でマリアのアサルトライフルを作るね」

「まあ、見学していてよろしいですか」

マリアは興味津々だ。俺は床に素材を並べていく。

「ちょっと待ってください、イッペイさん」

マリアがふいに俺の作業を中断させた。

「どうしたの?」

「もしかしてそのFランクの魔石も使用するのですか?」

マリアは真剣な声で尋ねてくる。

「ああそうだよ。魔石を使って集積回路というものを作るんだ。これは人のMPを取り込んで、増幅、演算、術式の構築を――」

「そうではありません! この国の法律では個人によるFランク以上の魔石の使用を禁じています。イッペイさんはご存じないのですか?」

しまった。マリアは融通の利かないタイプか?

「そもそも魔石と迷宮というのは国のエネルギー政策の根幹です。Fランク以上の魔石は魔導鉄道や魔導船のエネルギー源に、また各種結界の構築や軍事施設内で使用されるものなんですよ」

「それは俺でも知ってるよ。付け加えれば王宮や大神殿でも使用されるし、有力貴族に下賜かしされることもあるね」

「それがわかっていて、なんて危険なことをしてるんですか!」

怒られてしまったぞ。やっぱり法律無視はまずかったか?

「俺をギルドに突き出すかい?」

場合によっては今度こそ正しく有罪判決を受けてコーデリア様の胸へ帰還することになってしまうな。

俺の未来は愛の奴隷落ちになるわけだ。

そうなる前に今度は国外逃亡するけどね。

「告発なんてしません。私が言っているのはイッペイさんが捕まるリスクを理解しているのかということです!」

俺が高ランク魔石を使っているのを咎めているわけじゃないのか。

「私は神官をやめましたが信仰は捨てていません。地上の法が神の御心みこころに必ず沿うとは考えていませんよ。だからイッペイさんのやっていることを私がとやかく言うことはありません」

ああ、法律を破って怒ってたんじゃなくて心配されてたのね。

「ゲートの入口にはついていませんが、出口には魔石チェッカーというものがついています。このライフルというものを外に持ち出そうとすればきっと捕まってしまいますよ!」

もちろん知っています。

マリアはそれを心配していたわけか。

「大丈夫だよ。魔石は集積回路にする段階で内包した魔力の大部分を使用してしまうのです。だから魔石チェッカーには引っかかりませんよ」

俺の言葉を聞いてマリアは安心したように大きくため息をついた。


 夜も更け皆はそれぞれ眠りについている。

俺はなんとなく眠れずに薬の調合をして遊んでいた。

男たちと女たちは焚火を二つ炊いて、少し離れて寝ている。

ふと見ると普段真っ先に眠るジャンが、チラチラとマリアをのぞき見していた。

「眠れないのか、ジャン?」

「い、いや、寝てるし!」

挙動不審ここにきわまれりだ。

寝ている奴は返事をしない。

普段は硬派を気取っているジャンもマリアの魅力には勝てないようだ。

「でかいよな」

俺はあえて主語をいわない。

「ああ」

ぶっきらぼうなジャンの返事が返ってくる。

「ボリュームだけならパティーを上回る」

「そうかもな」

「みたい?」

数秒の沈黙の後に答えが返ってきた。

「そ、そりゃあ……」

「実は俺見たことがあるんだ」

「本当ですか?」

反応したのはクロだった。

どうやら起きていたらしい。

このむっつりめ。

「いや、本物は見たことないよ。ただ、前に倒したグーラがマリアそっくりに擬態していたんだ。多分本物とほとんど変わらないと思う」

「おっさん……グーラと何やってたんだよ」

ジャンは視線で俺をさげすむ。

「俺は村人を守るため、危険なグーラを相手に一人奮戦していたのだ」

「絶対に嘘だ」

まあそうだ。

「どんな形だったか知りたい? マリアのじゃなくてグーラのな」

どちらの返事もない。

じゃあ寝るか。

「……りたいです」

よく聞こえないよクロ君。

「聞いてやるよ」

素直じゃないねジャン君は。

「君たちはGカップというサイズをイメージできるかね?」

「Gですか……」

エロ本すらほとんどないこの世界では難しいだろう。

「たとえばメグならCだ。セシリーさんならEだろう」

「おっさん……パティーさんは……」

「Fだな」

少年たちはごくりとつばを飲み込んだ。

「つまりその上にあるもの、それがGだ。あのグーラの胸の詳細だが、かなりの質量を誇っていた。ぴちぴちとした張りはあるが横に広がってさがる形をしていた。こう、完璧な美しさはないんだけど、それがかえってエロい……」

ジャンもクロも俺の説明を熱心に聞いている。

「イッペイさん……色は?」

クロが顔を真っ赤にしながら聞いてきた。

女の子みたいな可愛い顔をしているがこいつもちゃんと男の子のようだ。

「色? どこの色だね?」

お兄さんはつい意地悪をしたくなる。

「い、いえ、もういいです!」

根性ナシが! 

その時だった。

闇を切り裂き一本のナイフが俺の横に置いてあるまきに突き刺さる。

「うるさい……寝ろ」

ボニーさんに怒られてしまった。

俺たちはすごすごと毛布にくるまるしかなかった。

ひょっとして胸の大きさが話題になった時、ボニーさんの大きさを持ち出さなかったから怒ってる? 

それにしてもオコチャマはおっぱいが好きですね。

俺も大好きだけどね。

きっといつまでも少年の心を忘れないからだね! 

迷宮の夜は静かに更けていった。

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