第74話 サード・ショット

 前日、第二階層7区まで到達した俺たちは、はやる気持ちを抑え三階層へ下る階段の手前で一泊した。

ついに今日俺は第三階層デビューを果たす。

リアカーを支えながらゆっくりと長い長い階段脇のスロープを下る。

おそらく200メートルくらい降りただろう。

そしてついに俺も第8位階の冒険者になった。

 だが浮かれてはいられない。

ここからは群れで人を襲う、ビシャス・ウルフのテリトリーなのだ。

第三階層1区も壁のない構造をしていた。

だだっ広い空間は丘陵地帯のようだ。

太陽の下のように明るくはないが、満月の夜の様に闇に不自由することもない場所だった。

俺とクロは相談のうえ、銃をフルオートで使うことに決めた。

動きが早いビシャス・ウルフをピンポイントで攻撃することは諦め、フルオートで銃弾をばらまくことによって、面の攻撃を仕掛けることにしたのだ。

銃弾は大量に作ってあるので足りるだろうが、問題はクロのMPだ。

現在クロのMPは68まで上がっているので、2丁のハンドガン計32発を撃ち尽くすことはできる。

だがその後はマガジンをかえても2発しか撃てないのだ。

3発目を撃つと残りMPが0になって魔力切れを起こしてしまう。

「クロ、クロスボウも併用するんだぞ。MP切れをおこしたら戦闘どころじゃないからな」

「ええ。リアカーの荷台のすぐ取り出せるところにクロスボウを2丁用意してあります」

俺が注意するまでもなかったな。

しっかり者のクロはちゃんと用意をしていたようだ。

MP切れはこの世界の人間にとって深刻な問題だ。

この世界に生きる人間でMPを持たないものはいない。

いや、生きとし生けるものは全てMPをもっている。

どんなに少なくとも最低1のMPを持つのがこの世界の生物なのだ。

当然、魔物もMPをもっている。

未だMP0の生物は確認されていないそうだ。

そして何らかの原因でMP切れをおこした場合は以下の諸症状に悩まされる。

嘔吐、目眩、頭痛、関節痛、腹痛などなどだ。

時間とともにMPは回復するので、同時に症状も改善されるが、しばらくの間は立っていられないほどの苦しみに襲われるそうだ。

俺は未経験だがジャンは「斬撃波」の使い過ぎでやらかしたことが一度ある。

地面に倒れ涙と鼻水と涎を垂らしながら身もだえている姿はしばらく語り草になった。

迷宮でMP切れをおこすと即、死に直結するのでよくよく気を付けなければならないのだ。


 索敵に出ていたボニーさんが戻ってきてハンドサインで進行を止めた。

クロの鼻も敵の匂いを嗅ぎつけたようだ。

前方および左右から敵が迫っているとボニーさんの手信号が告げている。

いままでこんな組織的な動きをしてくる魔物はいなかった。

ほぼ間違いなくビシャス・ウルフだ。

包囲される前に俺たちは左へ走った。

敵の包囲が完成する前に右翼を潰す作戦だ。

正面から俺とクロとセシリーさんの遠距離攻撃で足止めをして、ボニーさんたちが側面へ回り込んだ。

このような広いフィールドでは俺のアサルトライフルが如何なくその性能を発揮した。

200メートルも離れたところから攻撃されるとはビシャス・ウルフにとって完全に想定外なのだ。

小高い丘の上からの射撃はびっくりするほど簡単にビシャス・ウルフの命を絶っていく。

驚きためらうウルフたちの側面から前衛部隊が攻撃を仕掛けて戦闘は終了した。

ビシャス・ウルフのリーダー格であるシルバー・マフも正面から突っ込んできて俺に蜂の巣にされた。

シルバー・マフは高確率でFランクの魔石を落とすと聞いていたが、この個体も噂通り魔石をドロップした。

 このようにまずは幸先のいいスタートのはずだったが、クロがやらかしてしまった。

クロの撃てる銃弾はマガジン二つ分と2発だけ。

だがクロは撃ってはいけない3発目を撃ってしまったのだ。

おそらく必死だったのだろう。

クロにはセシリーさんとペアを組んで東側の敵を倒してもらっていた。

ハンドガンもクロスボウも射程が短いのでだいぶ敵に迫られたのだと思う。

多分、詠唱中のセシリーさんを守ろうとして頑張っていたのだろう。

「クロ君……」

セシリーさんがクロを介抱しようと手を伸ばしたが、クロは自分で起き上がろうとした。

俺はそっとセシリーさんとクロの間に入る。

「セシリーさん、あちらに行っててもらえますか」

俺は穏やかにセシリーさんに頼んだ。

「な、なぜですか。クロ君があんなに苦しんでるのに!」

クロは四つん這いになり吐き気を必死にこらえている。

「アイツも男ですからね。女性の前でかっこ悪い姿を晒したくはないんですよ」

セシリーさんはなおも何か言いたそうな顔をしたが、悲しそうにクロをみて、少し距離をとった。

俺はクロの背中をさする。

「頑張れよクロ。こればっかりは俺の回復魔法でも何ともならんからな」

「すいま……せん。僕、いいと……ころを見せ……たくて……みんなにめいわ……」

「いいから黙ってろ」

クロは息も絶え絶えだ。

「仰向けには絶対なるなよ。ゲロがのどに詰まるからな」

経験者のジャンがリアルな体験からのアドバイスをした。

5分ほどたってクロは少し落ち着いたようだ。ジャンがクロの気を紛らわそうと話しかけている。

「しかし冷静なおめえらしくねえな、MP切れなんてよ」

「僕は……そんなにクールじゃ……ありませんよ」

「そうか? 俺よかよっぽどいろいろ考えてると思うけど」

「さっきだって……いい恰好しようとして……失敗して……」

ジャンがちょっとだけ驚いて見せる。

「いい恰好って、セシリーさんにか?」

「はい……。セシリーさん……すごい魔法使うから……僕も負けていられなくて……」

「なんだ、そういうことかよ。てっきりクロがセシリーさんのことを好きなのかと思っちゃったよ」

クロの顔が少しだけ赤くなる。

「好きって……、素敵だなとは思いますが……、好きかどうかなんて……会ったばっかりで」

「そっかあ? 俺は出会って5秒でパティーに惚れたぞ」

「おっさんは惚れっぽすぎなんだよ! まあセシリーさんならお前のオーガもすんなり受け入てくれそうだからいいんじゃねえか?」

クロが少しムッとする。

「そういうの……やめてください」

どうやらMPも回復してきたようだ。

俺はクロを座らせてやった。

「そろそろクロも気づいてるんじゃないか。セシリーさんはお前のことが、まあ好きなんだろうな」

「はい……。今回の探索中お話をしていて、なんとなくそんな気はしました」

「それがわかっているならいい」

「はい……」

「うわー、俺年上とかありえねえ」

ジャンはそうかもしれない。

「ジャンは自分がリードしたがるタイプだからな。俺がとやかく言うことじゃないが年上には年上の良さがあるぞ。俺はどっちも好きだ!」

「おっさんは何でもいいだけだ!」

「多様な価値を認めることが大切なんだろ!」

俺たちが熱く、リードする快感とリードされる快感について討論していると、メグがトコトコやってきた。

「男の子たちの会話は終わりましたか?」

「ああ、もう大丈夫だ。素材を回収して少し休憩にしよう」

議論は尽くされた。後はクロが選ぶだけだ。


 皆でビシャス・ウルフの素材を回収していく。

肉は食用にはならないので、回収するのは魔石と毛皮なのだが、俺の倒したビシャス・ウルフは銃の乱射により穴だらけになっていた。

特に正面から突っ込んできたシルバー・マフの遺体の損傷はひどかった。

「シルバー・マフの毛皮が台無しじゃないですか!! イッペイさんのバカ!」

高額買取素材を穴だらけにされてメグがかなり怒っている。

「だって一発で綺麗に決めるなんて無理だって!」

無傷で仕留めるなんて毒ガスでも作らなきゃ無理に決まっている。

毒ガスは他のパーティーを巻き込む可能性があるから作れないが、催涙ガスはいいかもしれない。

グレネードに装填できる催涙弾を作ってみるか。

休憩用の小部屋を制圧するときとか便利そうだ。

「聞いているんですかイッペイさん!」

メグのお説教が続いていたようだ。

本気で怒っているわけじゃない。

コミュニケーションの一環みたいなものだ。

「ごめんメグ。次はメグがシルバー・マフを仕留める計画を立てるよ」

「わ、わかってくれればいいんです」

シルバー・マフの最高買取価格は5万リム。

メグが怒るのも無理ないか。

いつもごめんな、メグ。

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