第20話 ひと時の安らぎの中で
昨日またチェリコーク家からメッセージが届いていた。
今度はパティーのマミーからだ。
俺がパティーに贈ったスキンケアセットが欲しいらしい。
いくつか作ったのでまだ在庫はある。
メリッサさんに送っておいてもらう。
そういえば、オンケルさんから丁寧なお礼の手紙とチョコレートの詰め合わせが贈られてきたぞ。
なんでもネピアでも有名なショコラティエが作ったものらしく、なかなか手に入らない品だそうだ。
たしかにいい仕事をしている。
さっきからついつい手が伸びて、もう4個目だ。
今食べたやつもガナッシュにキルシュが効いていてすごく美味しい。
また食べたいので、これもメリッサさんに入手方法を相談してみるか。
オンケルさんには来月もバイアッポイを持って行ってあげることにしよう。
スキンケアセットにそえる手紙を書こうとしていたら、パティーがやってきた。
「あら、デブルのチョコレートじゃない」
「パティーも一緒にどう?」
「ありがとう。これ予約注文が殺到しててなかなか手に入らないのよ。よく買えたわね」
「オンケルさんにもらったんだよ」
「オンケルに? ……ああ! オンケルの頭の毛って、やっぱりイッペイの仕業だったのね」
「そういうこと。お礼にってくれたんだ」
俺はパティーの分のコーヒーを注文するメモを持たせて、ゴブをフロントに行かせた。
ゴブはレベルが上がるたびに【知力】があがりいろいろなことが出来るようになってきている。
ところでゴブの本名は「ゴブ1号」だ。
実をいえば、ゴブは量産して軍団を作る予定だったのだ。
1号~20号くらいのゴブを並べてクロスボウでの一斉攻撃を考えていた。
ところがその後の実験で俺が操れるゴーレムは魔石20個分だけということが判明した。
ゴブ1号はGランク魔石を10個使用して作られている。
扱えるのはあと10個だけだ。
ゴブと同じ性能をもつゴーレムだと2号までしか作れないのだ。
もっと高ランクの魔石があれば1個でGランク10個分の出力をだせそうなのだが、今のところFランク以上の魔石を入手する方法は見つかっていない。
ゴーレムの今後については模索状態だ。
もう少しポーターを続けてから方針を決めようと思う。
ゴブがコーヒーを淹れた盆を持って帰ってきた。
パティーのカップだけでなく、お代わりのポットもついていた。
「ゴブ、もってきたカップをそっとパティーの前に置くんだ」
ゴブはゆっくりとした動作でカップをパティーの前に置いた。
「すごいじゃないゴブ。ありがとう」
「うが!」
ゴブが心なしかいつもより嬉しそうに返事をしている。
だが俺のカップにお代わりのコーヒーを注ぐのには失敗して、少しこぼしてしまった。
多分練習すればすぐにうまくなるだろう。
射撃のスキルだって俺より早く上がったんだから。
「それで用件はスキンケアセットのことかい? 子爵夫人の分は用意してあるよ」
「ごめんね、わがままを言って。それがね、お姉様まで欲しがってしまって……。もう一ついいかな?」
「かまわないさ。結構たくさん作ったから大丈夫」
パティーに2セットを持たせてやる。
「そういえば昨日は迷宮だったの?」
「ああ、三区まで行ってきたよ」
俺は冒険者パーティー『星の砂』との探索の話をした。
「へぇ。ゴールド・バグをそんな風に狩る人たちがいたのね」
「ああ。おかげで危険はほとんどなかった」
「ゴールド・バグは武器が痛むから私も戦いたくない魔物ね」
言いながら、パティーが二つ目のチョコレートに手を伸ばした。
パティーは冒険者として鍛えられているので全然太っていない。
胸はかなり大きいがウェストはキュッと締まっている。
チェコレートの4個や5個食べても問題なさそうだ。
「何見てるの?」
視線に気づかれてしまったようだ。
「い、いや。パティーはスタイルがいいなと思って」
「うが」
ゴブ、そこで相槌はうたなくていい。
「何よそれ。いやらしい目で見ないでほしいわ」
世界10億人の男たちを代表して言おう。
それは無理だ。
「そんなんじゃないよ。冒険者としてよく鍛えられてるって意味だよ」
一応誤魔化しておく。
「そういえば今日は迷宮に潜らないんだね」
強引に話題を変えてやったぜ。
「ええ。明日はコーク侯爵の誕生日パーティーなのよ。お父様の顔を立てるためにも出席しないわけにはいかないのよ」
「子爵令嬢も大変だ。パティーとしては迷宮に入ってた方が気が楽かい?」
「そうね……。それもいいけど」
「それもいいけど?」
「何でもないわよ!」
「なんだよそれ」
「(それもいいけど、貴方と銀嶺草を求めてエステラ湖へ旅をしてた時が楽しかった)」
パティーは顔を赤くして俯いてしまった。
ひょっとすると人には言えないような恥ずかしい楽しみがあるのかもしれない。
ここは深く詮索しないのが大人の男というものだろう。
コーヒーとチョコレートの香りに彩られ、のんびりとした時間が過ぎていく。
やっぱりパティーは可愛い。
いつか彼女の隣に立てる冒険者になりたい。
今日しみじみとそう思った。
パティーが帰った後、俺は迷宮ゲートへ行った。
目的はゲート前にある巨大掲示板だ。
ポーターの募集は当日に直接募集もあれば、掲示板であらかじめ募集されることもあるのだ。
ただし識字率があまり高くないので、掲示板での募集の方が少ない。
自己アピールが下手な俺としては紙に書かれた文章からゆっくり選ぶ方が性に合っていた。
相変わらずの防御力なので深い階層に潜るのは辞めておこうと考えている。
命大事に、がモットーだ。
第一階層で未だに行ったことのない4~6区の探索のポーター募集を探した。
ここで迷宮の構造について触れておきたい。
【4区 】【5区(第二階層への階段)】【6区 】
【1区(迷宮入り口)】【2区(レビの泉) 】【3区 】
大まかにいうと第一階層はこんな構造をしている。
縦と横には移動可能だが斜めには進めないと考えてほしい。
なので第二階層に向かうには1区から2区を経て5区に行くルートと、1区から4区を経て5区に向かうルートがある。
ほとんどの場合は水場のある2区を経由して5区へ行く。水場から遠い4区と6区へ行くパーティーは少ないようだ。
ただし皆無というわけではない。
狩場が込み合っている時などは4区や6区に移動する者もいるにはいるのだ。
「おっさんじゃねぇか!」
この失礼でガサツな声には聞き覚えがある。
「おやおや、おサルのジャン君じゃないかね」
振り向けば初心者講習をともに受けたジャンがそこにいた。
「なんだ、募集掲示板をみにきたのか?」
「おうよ。そういうお前もか?」
だがジャンはちょっと鼻をうごめかせて偉そうに胸を張った。
「ふっ、俺は常にお前の先をいっている。お前はポーター募集の張り紙を探しに来た。だが俺は募集の紙を張りに来たのだ!」
「なんだと?!」
「ふふふ、今度おれがポーターをするパーティーに頼まれてな」
「……偉そうに言ってるけどただのパシリじゃん」
「まあ、そうなんだけどな」
相変わらずのジャンだ。
「で、募集内容は?」
「だれも行かないせいか第一階層6区で魔物が沸いてるんだと。そんで国からの依頼で討伐隊が組まれることになった。50人以上の大規模討伐隊だってよ。ポーターも40人募集だ」
「ほう、6区なら4泊くらいか?」
「そうだ。募集要項にも4泊から5泊って書いてある。そうそうメグも参加するぜ。おっさんも行くなら口をきいてやるけど、どうだ?」
悪くない。
6区には行ってみたかったし、大規模討伐隊なら危険も少ないだろう。
ジャンに借りを作るのは癪だったが俺はこの探索に加わることにした。
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