第64話 魔法都市
馬車に乗った俺達は、かなりの距離を移動していた。途中にある村なんかで休憩を挟みつつも、出発してから五日以上は経っている。
方向的には、帝国よりはやや王国寄り。だがまた、別の方向だ。
さすがに道中全てをフェイに任せるのもあれだったので、今はロックが馬車の操縦を変わったところだった。
「今更だけどさ、俺達ってどこに向かってんの? というか、何が目的なんだ?」
「うむ、そうじゃな。お主らには、言っておいた方がいいかのう。姫様もそれで構いませんな?」
「うん」
「実はのう――」
爺さんの話はこうだった。
目的地は、魔法都市クラフトウィック。その名の通り、魔法の技術が最も進んでいると言われる都市だ。
一応は王国領という扱い。だが首都からは距離があるため、戦争や魔族との抗争も特になく、独自の発展を遂げてきたらしい。
そしてその都市で最近、妙な噂が広がっている。
『人がいなくなる』。『妙な呻き声が聞こえる』。とまあ他にもあるが、様々だ。
その謎の調査、報告、もしくは解明するため、勇者が派遣されることとなったのだ。
「何というかお前ら、結構手広くやってんだな」
「うん」
「それも、勇者の仕事の一つなんじゃ。今回は、他のお二人が別の理由で来られなかったので、姫様だけになってしまったのじゃが」
「お兄さんもいる。頑張る」
レティは小さなガッツポーズを見せる。
爺さんに聞いた限りでは、街自体に特に異常は見当たらず、今のところ危険はないだろうという話なのだが……。
人がいなくなる、ね。未だ噂に過ぎないが、それが本当だとすると絶対厄介なことが起こっているに違いない。
俺がよく読んでいるようなミステリーの本なんかを基準にすると、この中の誰かは消えるだろうし、最悪死ぬ。――う~ん、悩ましい。
「フェイ、消えるときは大声を出せよ。もし死ぬようなら、何かメッセージくらいは残しておいてくれ」
「僕? 何で僕が、そんな目に合うんだ?」
「いや、レティはこの場合主人公だし、爺さんは……あ、爺さんも死ぬな」
「何でじゃ!」
「俺はレティの助手の立場だから、今回は大丈夫だろ。長々と連載が続くと俺も死ぬか、もしくは黒幕あたりに落ち着く。そうなると、フェイは死ぬか消えるかのどっちかだろ?」
「意味が分からないし、何の話をしているのかもさっぱり分からない」
「おい小僧! 何でワシ死ぬんじゃ!」
「ロックも死ぬか消えるか、早めに選んでおけよ」
「それも、やぶさかではない……」
「答えろ小僧! ワシは死なんぞ! この目で、姫様の孫を見るまでは!」
「生きすぎだ、爺さん。死因は、髪が抜けて魂も一緒に抜ける。そんなとこだ」
「適当か! もっとワシに注目して! 浴びたいんじゃ! スポットゥライトを浴びたいんじゃ!」
「それはやめとけ、透けるぞ?」
「何がじゃあぁぁぁぁ!」
やることもないので爺さんで遊んでいると、レティが俺の袖をくいくいと引いていた。
「ん?」
「お兄さん、お菓子食べる?」
そういうと、レティは大きなバスケットを取り出す。中にはお菓子。
それはミルフィーユに似た何かだった。
「何だこれ?」
「ミルフェール。初代ミルフェール王が考案したお菓子」
「ミルフィーユだろ?」
「ミルフェール」
別に、何でも良いんだけどさ。
レティが小さな皿に取り分け、俺の前に持ってくる。そして。
「あ~ん」
「姫様! なりませんぞ!」
爺さんを無視して、とりあえず一口。
「あっま! 甘すぎるぞこれ! 馬鹿かお前! 俺の血糖値をもっと気にしろ!」
「美味しく、なかった?」
寂しそうな表情をするレティ。
「小僧! 姫様自らお作りになった菓子に、ケチをつける気か!」
「馬鹿、早まるな。俺の国では、美味しすぎてとろけそう、の意味だ」
「そんな言い方じゃったか!?」
「うますぎて乱暴な言い方になってしまったんだ。悪い悪い」
「そう? じゃあもっと食べて? あーん」
「いや、いらない」
俺はきっぱりと断る。
酒を飲むときなんかと同じ。こういうことは、流されたら駄目なのだ。
自分のペースが一番。
「小僧! 姫様のあーん、だぞ!?」
「それは俺の国では、片付けるね、の意味だ」
「嘘をつくでない! 文脈を考えろ! それにさっきは一口食べとったじゃろうが!」
「実は、さっきのでもう腹がいっぱいでな」
「そんなことは知らん! さあ食え! あーんされろ! ……小僧? 姫様にあーんされるなぞ、死にたいのか?」
んだよ、この爺さん。面倒くせえな。
「ロック、お前どうだ?」
「それも、やぶさかではない」
「甘いもん好きそうだもんな。残さず食えよ?」
「それも、やぶさかではない……」
「さすが、やぶさか先輩だ。よし、俺が届けてやろう」
「つべこべ言わんと食えや! ワシが押し込んでやるわー! あーん!」
「や、やめ……もがが」
全然これっぽっちも望んでいない爺さんのあーんで、ミルフェールを口一杯に押し込まれる。
何とか全てを飲み込んだ俺だったが、耐えきれずその場に倒れた。
そして目が覚めると、魔法都市クラフトウィックに着いていた。
魔法都市クラフトウィック。その街を一言で言うのであれば、異観という言葉が当てはまる。
外は夜だというのに街は明るく、今まで見てきた異世界とはまた違う意味での異世界。
魔法世界の近未来。街は、魔法の光で溢れていた。
「すげえな」
思わず、そう呟いてしまう。
魔法で動いていると思われる生活器具や、変な魔道具。一見では使用用途がまるで分からないものまで様々だ。
中でも驚いたのが、街の中央に佇む大きな電球だ。
大きいなんてものではない。三十メートルはあろうかといった大きさだ。
電球というと、地球なら白熱電球を思い浮かべる人が多いだろう。形はまさにそれで、街全体を照らすほどの馬鹿でかい電球がそびえ立っている。
それが街全体を照らし、夜だというのに室内にいるような明るさを保っていたのだ。
「こんな街が、あったんだな……」
「小僧、魔法都市は初めてか? ワシが、いろいろと教えてやろうかの?」
「頼む。まず爺さん、街の真ん中にあるでかい建物はなんだ?」
先に言った、馬鹿でかい電球を指し示す。
「ああ。あれはのう、この街の市長が住んでおる建物でな。上半分は見ての通り、夜になったら光る街灯の役割を。下半分は、あの街灯を作り出す装置を始め、市長や職員が働く部屋、居住区域なんかになっておる」
マジかよ。あの下の部分、人がいるのか? 下の部分とは、電球でいう取り付け部分。くるくる回るところといえば伝わるだろうか。
あんなところ、相当熱いのではないかと思ったが、よくよく考えると上の光は電気じゃない。魔力だ。
熱が出ているわけではないので、熱くはないのか……。
その後も爺さんに話を聞くと、魔法都市には驚くべきことばかりだった。
仮にもエンジニアの端くれ。冷静沈着なクールウルフと呼ばれる俺も、好奇心が抑えきれず、柄にもなくはしゃいでいた。
それが後に、重大な事件の引き金になることとは知らずに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます