ITエンジニアの異世界デバッグ

冷静パスタ

第一章 エンジニア、異世界に行く

第1話 悲しみ

 激しい体の痛みで目が覚めた――


 体は動きそうにない。どうやら、何かに体がピッタリとはまってしまっている。

 状況はよく分からないが、動けないことに対して違和感はない。なぜか、そういうものであると理解していた。


 揺れは断続的に続いているが、休むうちに落ち着いてくる。先程までは真っ暗だったのが、今は少し明るい。

 周りを見渡すと、そこには全身が粘り気のある液体に濡れ、動く気配のないもの。原型を留めていないもの。

 それらが何かは分からないが、自分と同じものだったのではないか、と思う。


「兄さん……」


 別の方向から声がした。

 その声に反応して振り向くと、やはりこちらも全身が液体に塗られていた。


「兄さん……痛いよ。体中、痛いんだ」


 兄さん――

 苦しそうな声を聞き、俺は思い出した。俺がその声の主の兄である事。そして、俺達が血の繋がった兄弟である事を。

 すると、先程自分が見ていた物言わぬ二つのあれらは、俺達の兄弟だったはずだ。


「今、そっちに行くからな!」


 しかし、体は固定されていて動かない。近くにいるのに、向こう側へ行けない。


「くそっ! くそっ!」


 訳が分からない状況に焦る。誰か……。


「僕、死んじゃうのかな?」

「大丈夫だ、兄ちゃんが助ける。だから、気をしっかり持て!」


 今にも死んでしまいそうな弟に、声をかける。かけ続ける。


「ありがとう、兄さん――」


 弟がそう言った時、激しい揺れが俺たちを襲った。

 揺れが収まると、辺りは静かになり、弟はもう何も言わなくなっていた。息遣いさえ、聞こえてこない。

 弟の下半身は、なくなっていた。


「はっ、はは……。何だよ、何なんだよ! これはぁ!」


 まともな思考ができない。

 俺は意識を失った。





 =====





「ああ! 全滅じゃねえか」


 やっぱり駄目だったなと、青年は先程の事を思い出し溜息をつく。

 目の前のものは、原型を留めず中身が飛び散っていた。

 あの時嫌な予感はしたんだよ、と頭を一つかくと、念のため中身を確かめ始める。


「おお?」


 これは、もしかして? 液体まみれで分かりにくかったが、無事なものが一つ見つかる。


「よくぞ、よくぞ生き残ってくれた」


 青年は、唯一生き残ったそれを手に取り、愛おしそうに眺める。

 喜ぶ青年のもう片方の手には、無残な姿の『卵パック』が握られていた。


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