プロジェクト7 【長期計画策定・動向観察】
その日、日々銀佑は朝食を終えて、まず書類の整理をした。
昼前から商店街のために、近隣国からの買付け商隊への対応や、更なる誘因を行うための講演会を開いて弁舌を振るった。
続いて夕方からは、改定された税率の確認と、それにともなう市民や貴族への説明会を開く。
あれから他の砦や集落などへ避難していた市民もたくさん戻って来ているので人数は膨大だ。
最後に一頻りの挨拶を終えると、それからようやく帰路につく。
ただし自室兼執務室のある城内へは向かわない。
すでに日はとっくに落ち、ひと気も減った頃であったが、今日はまだ一仕事残っているのだ。
「はぅぅ。色々回って、今日も疲れましたねぇ! 軍師さまはよく平気ですね」
「いやお前は子供と遊んでただけだろ。それに俺はこれが本業だし」
王都を奪還してから早3か月。
今日は何よりも重要な仕事があったのだ。
復興してきた商店街を歩き、ランタンで照らされた看板の前で止まる。
ひと目で酒場と分かるデザイン。その日のオススメのメニューやサービスタイム、料金と今日の店主の気分まで分かるユニークな良い看板だ。軍師でもありこの店の株主でもある男からの助言が活かされている。
「よお。遅いぞタスク」
ドアを開けると、早々に声を掛けられる。
「あぁ。そう思うなら手伝ってくれてもいいんだぞ」
「おう。こいつで山のように溜まった書類をぶった斬ればいいんだな」
左手で腰の剣をポンポンと叩くアトキンソン。その身に鎧は無い。
右手の腱を断たれたアトキンソンは結局、剣士へ配置転換して第5大隊の隊長となった。
騎士でなくなったせいか品も無くなり、おまけに剣術の腕はいま一つだが、その本能的な判断能力はきっと今後も活かされるだろう。
「先生、このチンピラが仕事邪魔するんですけど」
「それは儂の指導不足ゆえ失礼を致したのう軍師殿。明後日の訓練で痛めつけておくゆえ、許されよ」
背後からは「あ、てめぇ」という声が聞こえてきた。
マクレラントは第1大隊隊長代理、及び第2大隊隊長という重責を担ってくれている。タスクとしても年齢的に引退を進めたくはあるが、今後ともまだまだ戦力が必要なのは確かで、悩ましい点だ。
「それよか、オレらずっと軍師さん待ってたんスよ。チャッチャと始めましょうや」
あの王都奪還戦が終わった後、なんの報告も無かった割に全身を血まみれにして帰還したサーブリックにはタスクも驚かされた。
「いや、絶対嘘だろ、お前。鼻の下に泡ついてるぞ」
そして相変わらず抜け目ない。
「いい加減にしろ貴様ら。明日の朝には式典もあるのだぞ。どうしても新製品を確認したいというから打ち合わせを酒場にしたが、本来の目的を見失ってどうする!」
戦いの後、これまた傷だらけで帰還したアージリスに、タスクは重機とはなんなのか説明させられたあげく、襟首を持って縦回転で振り回された。
「そうゆうお前は大丈夫なのか?」
「ふん。私はこれまでにも式典をこなしてきた騎士だ。流れは全て頭に入っている」
彼女が騎士長に就いて以降にそういった催しは無い。ただの騎士だった頃の話だろう。
「なるほど、じゃあ姫のスピーチの前に、騎士長殿からも壇上から国民に挨拶してもらうことにするか。段取り的には余裕があったから大丈夫だろ。いや、俺も姫の直前だと流石に緊張するからな。助かるよ」
途端に胸倉を掴まれる。
「待て貴様」
「ぐえ」
そして足が浮く。
「壇上に立つことに緊張している訳では無いが、すでに決まった段取りを変更するのは良くないだろう。勿論、断じて私が演説をすることに抵抗がある訳では無い! そうでは無いが! それには賛同できんな。うむ」
スーツとワイシャツはあれから仕立て屋が5着も作ってくれて、皺取りも意外と上手なので襟の心配はない。
だが怖いので止めてほしい。
「ちょっとそれくらいにしてよアジっちゃ~ん。おねーさんタスクくんと飲むの楽しみにしてたんだからさ~」
マクレラントとアトキンソンの抜けた過酷な戦況のなか、適切な判断で戦線を守り続けてくれたリオ。
「サブちんから聞いたけど、タスクくん年上のおねーさんが好みなんでしょ~。ど~しよ。ウチなんかカラダ火照ってきちゃった~」
彼女もまた相変わらず何を考えているのか分からない。
「いやそれもう飲んでるからですよね」
確かにタスクから見れば少しお姉さんという年齢ではあるが、タスクにとっては中身と同じくらい外見も重要であり、でも仕草は少し色っぽいので腹立たしい。
「おい。いつまで突っ立ってんだよ。さっさとおっぱじめようぜ」
アトキンソンに促されて、タスクはようやく席に着いた。
本来であれば明日の打ち合わせのついでに、酒場の新製品のチェックを行うという予定だったのだが、すでに軍師さまでも修正不可能なほどに逆転してしまっている。
という訳でタスクも覚悟を決めて手を挙げた。
「マスター。ヒヒガネビールひとつね」
注文するのは勿論、商店街の目玉、酒場の新製品だ。
翌日、タスクはゴルトシュタイン王国執政長として、通貨配分や医療に関する政策の発表を済ませ、続いてソフィアが復興へ向けて励む国民たちを労った。
あの戦いの日から王都が取り戻されたという情報は各地に続々と広まり、今は市民と兵士を合わせて2万人を超える人々が暮らしている。多いとも言えないが、まだまだ増えるだろうし、それにこれだけの人間が力を合わせれば、今後もなんとかやっていけることだろう。
ソフィアの装いも、砦にいた時とは異なり甘美な刺繍の施された純白のドレスだ。金のティアラも煌くブロンドヘアに負けじと滑らかな光を放っている。
どちらも砦でサーブリックたちに持たせる交易品を募った際にソフィアが手放そうとして、タスクが引き留めたものだ。必ず訪れるべき、王都での今日この日の為に。
王女殿下の演説が終わると、アダムス教の神父が先頭に立って市民が一斉に北西を向く。
神父と市民たちは水を掬うように合わせた両手を掲げて跪くと、一斉に祈った。
アダムス教における、神の慈愛を賜る動作でもあり、死者の魂を自然へと還元する動作でもあるそうだ。
そうして、市民たちの代表、魔導師たちの代表、弓兵たちの代表、剣士たちの代表、騎士たちの代表が順々に前に出て追悼の祈りを捧げた。
「あんな風にしても大精霊アダムスはあんまり気にしないと思いますけどねぇ。魂は決まった経路で順を追って安らぎを得て還元されるそうですから」
一応タスクも同じ動作をしていたが、妖精様いわくあまり現実的な効果は無いらしい。
「いや。お前身も蓋も無いこと言うなよ。生き残った人間の心理のケジメの問題だろ」
「えぇーっ、魂からしたらそっちの方が身も蓋も無くないですかぁ?」
意外にも少し正論で、何も言い返せずにいたタスクに、隣で祈っていたソフィアが助けをだしてくれた。
「タスクさんの故郷では追悼でお祈りはされるんですか?」
もともと信者は国民の6割ということで、ある程度形式的な信仰という節もあるのか、はたまたアリスタの言葉を真に受けたのか、姿勢は祈りを続けながらこっそり、という具合で話しかけてくる。
「あぁ、しますよ。動作はちょっと違うけど、こうゆうのもあります」
「でしたら、タスクさんのやり方でも、ぜひお祈りしてあげてください」
そしてソフィアはタスクの思いもよらないことを言い出した。やはりというか信仰という意味では、本気で信じる類のものではないらしい。
「いやいや。こっちのやり方に合わせますよ。お亡くなりになった方へのものですし」
冗談で言っているのかと思ったが、ソフィアの返答は違った。
「だからですよ。皆さんにもこの国を救ってくださった方のことを知って、そして安心して頂きたいんです」
ソフィアの言葉に押されて、タスクは結局アージリスに続いて前へ出て、両の手のひらを合わせて祈った。
乗りかかった舟なので皆さんの無念は晴らしました。
乗りかかった舟なので魔王とか言うのは倒せそうなら倒します。
乗りかかった舟なのでこの国はしっかり復興させます。
ただし稼いだ分はしっかり遊びます。
祈って、そして思った。
経営コンサルタントとしての経験は、この世界で軍師を勤めるにあたり、まぁ少しくらいは役立ちそうです。と。
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