第6話 ゴリラメイド

 球技大会が終わったと思ったら今度は文化祭がある。この季節は何かと忙しい。と言っても、3組の出し物は屋台で豚汁を売るだけだから、当日まで準備する事はほとんど何も無い。その豚汁にしても、作るのも売るのもやる気のある女子だけだから、その他大勢の俺達男子は準備期間も文化祭当日も気楽な物だ。

 そして昼休み。例によって俺と乾と雉田は、学食で同じテーブルを囲み、くだらない雑談に華を咲かせていた。週刊少年シャンプーの看板漫画が終了しただの、某ニュース番組の女子アナが不倫しただの、この間行った中華料理屋が糞不味かっただの、そんなしょうもない話題だ。そして話題は文化祭へと移る。


「そういやよ、お前ら12組は文化祭何やるんだ?」


「ふふ、気になる?」


 乾の問いかけに、雉田は悪戯な笑みを浮かべて焦らした。


「実はね、メイド喫茶をやるんだよ」


「おお! マジか!?」


 女好きの乾が目を輝かせる。同級生のメイド姿を見る機会などまず無いからな。しかも12組の女子は、他のクラスの女子と比べてレベルが高いと聞く。しかしまあ、よくそんなのが許されたな。江手高は校則も緩いし、結構適当なのかもしれないな。しかし乾は、すぐにハッとした表情に変わった。


「おい雉田。一応聞いておきたいんだが。まさかあの後藤は参加しないよな?」


「いや、するよ? 女子は全員参加」


 雉田は当然だとばかりに即答した。その答えに、乾が何かを想像して顔を引きつらせる。


「……悪い事は言わねえ。やめとけ。売上落ちるぞ」


「そんな事ないよ。去年のたこ焼き屋も後藤さんが接客してる時間帯は繁盛してたし。結構人気者なんだよ」


「まあ……メイド喫茶より動物園の方が好きな奴には需要はあるかもしれんけどよ」


 なるほど。客寄せパンダならぬ、客寄せゴリラというわけだな。しかし後藤さんのメイド姿か……全く想像できないな。少し興味が湧いてきた。当日は12組にお邪魔させてもらおう。後藤さんとも話せる機会があるかもしれない。



 *



 あっという間に時は流れ、文化祭当日となった。江手高生徒の家族や、他校の生徒も大勢やってきて、今日の江手高は文字通りお祭り騒ぎとなっていた。生徒の人数やクラスも多いだけあって、校門近くでは3年3組の豚汁屋を含めたたくさんの屋台が立ち並び、体育館では漫才やバンド演奏なども行われている。

 俺と乾はそれらには目も暮れず、真っ直ぐに12組の教室へと向かっていた。とはいえ、その目的はそれぞれ違う。まあ俺も健全な男子である以上、可愛い女子のメイド姿に興味がないのかと言われると、否定は出来ないのだが。


「うお。何だよ、結構並んでんじゃねえか」


 12組のメイド喫茶は大盛況のようで、廊下にまで行列が出来ていた。あまりの繁盛ぶりに、お一人様20分までという時間制限がかけられてしまっているようだ。外から中を覗こうにも、窓はカーテンで全て隠されてしまっている。メイドを見たければ中に入って金を払えという事だ。しっかりしてるなまったく。

 30分ほど待たされた後に、ようやく俺と乾は中に入る事が出来た。12組の教室内は、まるで本物の喫茶店のように華やかに彩られている。教室の後ろの方がパーティションで仕切られているから、恐らく男子は裏方で軽食メニューを作っているのだろう。


「お帰りなさいませ! ご主人様!」


 2人のメイドが出迎えてくれた。どちらも衣装効果も相まって、物凄く可愛い。乾は鼻の下を伸ばして締まりのない顔で2人を凝視している。しかし、満足に目も合わせられない俺の方が、こいつよりも情けないのかもしれない。

 そして…………いた。パッツンパッツンのメイド服を纏った後藤さんだ。大変失礼だが、お世辞にも似合っているとは言い難い。しかしそのミスマッチさに、不覚にもどこか愛くるしさを感じてしまう。俺と乾が席に着き、オムライスを注文すると同時に、後藤さんも俺達に気付いたようだ。しかし忙しそうだな……あまりゆっくり話す時間はないかもしれない。

 その時、俺はある事を閃いた。せっかくオムライスを頼んだんだ。メイド喫茶名物のアレをやってもらおう。俺はオムライスが運ばれてきたと同時に、手を上げて後藤さんを呼んだ。


「お、お呼びでしょうか。ご主人様」


 後藤さんのその言葉に、オムライスを頬張ったばかりの乾が吹き出し、激しく咳き込んだ。後藤さんも文化祭の仕事とはいえ、こんな台詞を言わされるなんて大変だな。しかし、俺はこれからもっと大変な事をやらせようとしている。


「オムライスにケチャップ文字を書いてほしい」


 予想だにしていなかったのか、後藤さんは暫し目をパチクリさせて、その言葉の意味を考えた。


「あっ、はい。かしこまりました。別途料金200円かかりますけど……」


「おい、ずりーぞ猿山!」


「お前も今からでも他のメイド呼んでやってもらえばいいだろ」


 乾は食いかけのオムライスを見て少しだけ考え、慌てて近くにいた女子を呼んだ。

 俺が指定したケチャップ文字は、「さるやまうきおくんへ」だ。これを更にハートマークで囲んでもらう。オムライスの大きさに対して、これはかなりの難易度だろう。だからこそ、話す時間が稼げるのだ。後藤さんは戸惑いながらもケチャップを手に持ち、ゆっくりとオムライスに垂らし始めた。


「猿山君、もう体の方は大丈夫なんですか?」


 何から話そうかと考えていたら、後藤さんの方から話し掛けてきた。視線はオムライスから離さないままだが。体……ああ、そういえば球技大会の時以来だったな。


「元々大した怪我じゃなかったからね。軽い脳しんとうと、擦り傷だけだよ」


「そうですか。それなら良かったです」


 後藤さんがホッとしたように笑った。


「それにしても、バスケ凄い上手いんだね。もしかしてバスケ部だった?」


「いえ、部活は何もやってません」


「もったいないな。バスケとかバレーボールやれば、即エースになれるのに」


「……中学1年の時は柔道やってたんですけど、うっかり相手を大怪我させてしまって。それ以来スポーツはやってません」


 なるほど、大いに納得した。うっかり誰かを殺してしまう前に、辞めておいて正解だ。

 後藤さんは巨体に似合わず意外と器用で、ケチャップ文字は既に「さるやまうき」まで進んでいる。でももう少し話せそうだ。


「まあ、倒れた木も持ち上げられるぐらいだしね。誰も太刀打ち出来ないだろうな。そういえばあの日、君は何であんな時間に学校に残ってたの?」


「恥ずかしい話なんですけど、図書室で夢中で読書してたらいつの間にか寝てしまっていて。携帯の着信音でようやく起きたんです」


 趣味は読書か。つくづく見た目とのギャップが激しい子だな。この太い指では、本をめくるのも一苦労しそうだ。


「私のお婆ちゃん、年のせいか具合が良くなくて。あの日も急に容態が悪くなって、それで母から電話がかかってきたんです」


「えっ……ちょっと待って。てことは、そんな緊急事態だったのに、俺を助けてくれたの?」


「はい、まあ……。だって、放っておけないじゃないですか。幸いお婆ちゃんは無事で、今では元気になってきたので猿山君が気にする必要はないですよ」


 良かった……。しかし俺の間抜けさのせいで後藤さんに迷惑をかけてしまったのは事実だ。なのに後藤さんは俺を全く責めるでもなく、むしろ自分が怪我をさせてしまった俺を心配してくれる始末。こんないい子がいたなんて。

 そして何だろう、この胸が締め付けられるような感覚は。今まで経験した事がない。初めて後藤さんと対面した時も同じようにドキドキしたが、あの時とはまた何かが違う。


「はい、出来ましたよ。ちょっと形崩れちゃいましたけど」


 そこには、女の子らしい可愛いケチャップ文字が書かれたオムライスがあった。冷凍のチキンライスに卵を被せただけの素人料理が、一転してとても美味しそうな物に変わっていた。


「それではごゆっくり。と言っても、あと15分ぐらいしかないですけど」


「おっと、そうだった。ありがとう」


 後藤さんは一礼してから、他のテーブルへ行ってしまった。名残惜しいが仕方ない。せっかく書いてもらったケチャップ文字を崩すのも勿体ないが、頂くとしよう。

 ふと見ると、乾の方もケチャップ文字が出来上がっていた。それを書いた女子は乾も満足する美少女だったが、その文字の出来を後藤さんの物と比べると、こちらの方が遥かに良かった。


 時間となり、俺達は惜しみながら12組を後にした。他にどうしても行きたい所は別にない。後は適当にぐるりと回って終わりだ。

 俺は改めて考える。さっきいたメイドは精々7~8人ぐらいだ。でも雉田は、女子は全員参加と言っていた。恐らく時間で交代していくのだろう。後藤さんは何時までやるのだろうか? 終わったら自由時間なのか? それならもう一度話せるか? 何なら一緒に……。

 そこまで考えてから、俺は首を思い切り横に振った。乾が何事だという目を向けてくる。

 俺は何を考えているんだ。後藤さんは後藤さんで、友達と一緒に文化祭を見て回りたいに決まってるだろうが。今日はもう止めとけ。

 そうだ。そう言えば、後藤さんは読書が好きなんだったな。放課後に図書室に行くのは日課なのだろうか? そこなら会えるんじゃないか? よし、今度行ってみよう。



 …………ん? 何で俺はそこまでして後藤さんと話をしたがってるんだ? もう話すことは何もないはずだ。分からない……こんな事は今までになかった。俺は一体どうしてしまったのだろうか。

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