第4話 人間?ゴリラ?

 何語を喋っているのかも理解できない英語教師の授業内容を聞き流し、俺は窓の外をボーッと眺めていた。校庭では3年12組が体育の授業中だ。来週の球技大会の種目であるバスケットボール。その中で、一際目立つ存在があった。後藤さんだ。

 男子にも当たり負けしない筋肉。ボールを持って上に持ち上げるだけで、誰も手が届かなくなる身長と腕の長さ。チートというのはああいう物の事を言うのだろうな。現にさっきから悉くパスカットに成功したり、シュートブロックしたり、片っ端からリバウンドを毟り取っている。バスケをやるために生まれてきたと言っても過言ではない。


「ヘイ、ミスター・サルヤマ! アーユーリスィニング!?」


 突然先生に名前を呼ばれ、わけのわからない事を問いかけられた。俺はパニック状態に陥った思考を必死に落ち着かせ、出すべき言葉を捻り出す。


「えっ!? オ、オ、オーケー。ア、アイハブアバナナペン!」


 教室中にどっと笑いが起こった。先生は呆れて物も言えないという態度を露わにして、それ以上は何も言ってこなかった。俺自身も、流石に今の受け答えは無いなと思うぐらいだ。こんな調子で、俺は本当に進学なんて出来るのだろうか……。


 あっという間に4時限目も終わり、昼休みとなった。いつもは売店のパンで安く済ませているが、今日は少しだけ奮発して学食の定食メニューでも食べるとしようか。

 乾と共に学食にやってきた俺は、焼き魚定食を頼んでから適当な席に着いた。今日は秋刀魚だ。大根おろしと醤油の絶妙なコラボレーションが、秋刀魚の風味を何倍にも引き立てる。毎秋の楽しみと言っても過言ではない。

 食べ始めて暫くすると、雉田が学食に入ってくるのが見えた。


「おーい、雉田。こっちこっち」


 手を振る俺に気付いた雉田が、うどんを乗せたトレーを持ちながらこちらに歩いてきた。


「やあ、猿山君に乾君」


 雉田が爽やかな笑顔を向ける。童顔で母性本能をくすぐる雉田は、女子からは人気が高いらしい。乾とはタイプが明らかに違うが、普通に友達同士としてよろしくやっている。


「ういーっす」


「座れよ。一緒に食べようぜ」


 ちょうど良かった。雉田と落ち着いて話す機会がほしいと思っていたところだったんだ。俺はまずは適当な事を雑談して、食べ終わった頃に本題を切り出そうと思った。しかし、雉田の方から先にその話題を振ってきた。


「そういえば、この前はどうしたの? 何か後藤さん謝ってたみたいだけど」


「ん、ああ……実はな」


 俺はそれまでの経緯を、雉田に簡単に説明した。


「へえ、そんな事があったんだ。まあ確かに後藤さんなら、木を1人で持ち上げられてもおかしくないね。女の子とは思えないぐらい力持ちだから」


「なあ雉田。単純に俺の興味本位で聞くんだが……あの後藤さんは一体何者なんだ?」


「え? 何者ってどういう事?」


「人間なのかゴリラなのかって事だろ?」


 乾がニヤつきながら口を挟んだ。まったく酷い事を言うな……と言いたいところだが、まさに俺が聞きたいのはそれだったから何も言えない。もっとも、もう少しオブラートに包んだ質問の仕方をするつもりだったが。


「はは、まあ言いたい事は分かるけどね。人間だよ。ちょっと変わってるけどね」


 ちょっと……だと……? 雉田はさも当たり前のようにそう言った。2年半も一緒にいると感覚が麻痺するのだろうか?


「ちょっとどころじゃねえよ! この高校に入るまで、あんなゴリラ見たことねえぞ!?」


 乾は俺の言いたい事をいちいち代弁してくれる。


「んー、まあ確かに僕らも最初は驚いたよ。クラスメイトにゴリラが混じってるんだからさ。いつ襲われるんじゃないかとビクビクしてたものさ」


 雉田はそう言って笑いながらオレンジジュースをストローでちゅーちゅー飲み始めた。このようなさりげない動作が女子からしたら可愛いと評判だそうだ。しかし、うどんにオレンジジュースって合うのだろうか……。


「後藤さんもあまり自分から積極的に話し掛けてくるタイプじゃなかったからさ、最初はなかなかクラスに馴染めなかったみたいだね。逆にいじめられるような事もなかったんだけど」


「……まあ下手に手を出したら、逆に食い殺されそうだしな」


 ゴリラって人間を食べるんだっけか? 俺はそんなどうでもいい事を心の中でツッコんだ。


「でも暫く一緒に学校生活を共にしている内に、後藤さんは皆が思うような怖い子じゃないって、クラスメイト達は気付き始めたんだ。一人の女子が勇気を出して後藤さんに話し掛けたら、普通にいい子だったみたいでさ。それからというもの、それまでの腫れ物扱いが噓のように、今では皆の人気者だよ。今度の球技大会でも期待されてるしね」


「確かに……。12組の体育見てたけど、あんなの止められる気がしないな」


 そう。あの様はまるで、三国武将最強と謳われた呂布のようだった。いや、例えがおかしいかもしれんが……とにかく鬼神のようだった。


「弱気な事言うんじゃねえよ猿山ァ。今年こそは優勝すっぞ。パワーで勝てないなら、頭脳と作戦で勝負だ。人間様には人間様のやり方ってもんがあるだろ」


「いや、あの……後藤さんも人間なんだけど」


 雉田が苦笑いして言った。球技大会か……まあ今年最後だし、確かに1回ぐらいは優勝してみたい。いい思い出になるだろう。

 江手高はクラスが多い故に、球技大会は男女で分かれていない。だからほとんどが男子ばかりの大会になるのだが……まあ後藤さんなら間違いなく出てくるだろうな。出来れば12組とは当たりたくない……俺はそんな事を考えながら、茶碗に中途半端に残った味噌汁を飲み干した。

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