第6話『家庭教師の理由』

「彼女……間宮さんは今、学校に来ていないの」

「不登校、ってやつか」

 つまり、入学して2週間ほどしか経ってない中で、学校に来なくなるほどのことが間宮さんを襲ったことになる。俺はその理由を考え、

「何か事故や病気とかで行けなくなったとか?」

 と言うと、姉さんは軽くため息をついた。

「……それなら、来ることができないって言うわよ。間宮さんは……生徒の誰かからいじめを受けているみたいで」

「いじめ?」

 学校にいれば避けては通れない問題だな、それは。

 確かに虐めによる不登校というのは典型的な事例だ。少し違うけれど、俺も例のウルフの件で不登校のような経験があるので、不登校になってしまう生徒の気持ちも少しは分かる。

「でも、何で間宮さんがいじめで不登校になっているって分かるんだ?」

「……小耳に挟んじゃったのよ。昼休み、間宮さんが在籍している1年2組の教室の前を通ったときに。彼女が登校しなくなって生々したって」

「そう言った奴の顔は見なかったのか?」

「うん。どんな声だったのかもあまり覚えてなくて」

「なるほどな……」

 つまり、間宮さんの在籍しているクラス内でいじめが起こっているわけだ。だから、間宮さんは不登校の状態になってしまったと。

「だから、俺に勉強を教えろっていうのか? 彼女が何時でも白鳥女学院に復帰しても大丈夫なように」

「……大まかに言えばそんな感じになるわね」

 何だかとても重要なことを俺は引き受けさせられた気がする。1人の女の子の人生が俺の手にかかっている、みたいな。

 だが、1つ気になる点がある。

「でも、どうしてそれを俺に頼む気になったんだ? それに、間宮さんの担任や生活指導の教員だっているし。白鳥女学院の職員の誰かにこのことを話したのか?」

「……ううん、話していないわ。彼女の担任の先生は頭を抱えているみたいだけど。学校にとって、虐めがあることを認めれば何かしらの形で公表しないといけないの。上の連中なんて事なかれ主義の連中ばかりだから、社会人2年目の職員1人が生徒の間でいじめがあるって言っても何にも取り合ってくれないと思って」

「だから俺に?」

「うん。私、特にクラスを受け持っているわけでもないし、自分で何とかしようって思ったんだけど、私も先生だし間宮さんが警戒心を持っちゃうんじゃないかなって」

「……だから、あえて白鳥女学院に直接的な関係を持つことのない男の俺に頼もうと姉さんは思ったわけだ」

 私立学校だから、虐めの存在によるイメージダウンを恐れているんだろうな。それによって次の年度の入学者が減ることも十分あり得るし。そのことで経営の方に支障を来す恐れもある。実際に生徒に接する場から離れている人間ほど、生徒を第一に考えていないってわけか。

「間宮杏奈さん……」

「どうした? 明日香」

 明日香は何時になく何かを必死に考えているようである。

「……もしかしたら、あの赤い髪の女の子かもしれない」

「学校のどこかで見たことがあるのか?」

「うん。茶道部の仮入部期間の時に1度だけ……その子に会ったことがあるの。他の子よりも一段と可愛くて、一言で言えば……猫かな?」

「ね、猫?」

 間宮さんには何か普通の人が持っていないチャームポイントがあるのかな。

「凄く可愛い子だった。その子だけ礼儀作法もきちんとしていたし、茶道部に入部すると思ってたのに来ないなって思っていたら、そういうことだったんだね」

 そのように言う明日香は茶道部に入部している。理由はお菓子が食べられるからという明日香らしい理由だけれど。明日香の話によると、茶道部は数多くある部活の中でもかなり緩い部活らしい。和室で週に何日か作法を学びつつ気楽にお茶会をする、というスタンスとのこと。

「ということで、明日の放課後にさっそく間宮さんの家に行ってくれない? 彼女のお家には私から連絡しておくから」

「……分かった」

「そ、その……頑張ってね、お兄ちゃん」

「ああ」

 姉さんの思惑が読めた気がする。勉強を教えてあげて欲しいなんて表面的なことで、本当は間宮さんに降りかかっている問題を解決して、白鳥女学院に再び登校できるようにすること。過度な期待をしないで欲しいけれど、とにかく会ってみないと始まらないか。



 と、まあ……こんな経緯があって俺は間宮さんの家に向かっている。姉さんからもらった雑な地図を頼りに。

 段々と近づくに連れて足取りが重くなり……何時しか周りの状況を気になってばかりで挙動不審に陥っている。怪しい人間に思われてもおかしくないほどに。

「ここ……か」

 ついに、『間宮』と書かれている表札を見つけた。いや、見つけてしまった。

 もうここまで辿り着いて後戻りをするわけにはいかない。無理やりにでもそう思わせるために、すぐ側にあるインターホンを躊躇なく押した。

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