第二章…「現実の友人達。」
「今回は…」、無事に夢から目覚める事が出来たらしい。
当たり前のように感じるベッドの感触が、妙に懐かしさを与えてくる。
夢の世界も、今頃…目を覚ました頃だろうか。
時間の流れが一緒である以上、こちらが朝なら向こうも朝。
妙な話だけど、起きていても夢の世界もまた時間を進めているという突拍子もない状況が、奇天烈で何だかんだ楽しく思える。
無意識に出てくる欠伸を堪える事もなく、俺は枕元に置いてあるメモ帳を取った。
メモ帳…というか、やっている事は日記みたいなもんだ。
現在進行形で夢の世界も時間を進めているように、夢を見ている間も現実世界は時間を進めている。
---[01]---
現実にいる時も、フェリスがいつものように生活しているように、夢を見ている間も、俺こと「向寺夏喜」は生活をしている。
生活をしているという事は、物事を記憶していっているという事。
だから夢を見ている間に起きた現実での出来事も、一応記憶はしているが、記憶というだけあってその形はおぼろげだ。
100%完璧に覚えているなんて事はほとんどない。
だから、単純な解決策として、その日の出来事をメモに記録していく事にした。
日記を書く…と言うと、なんかこそばゆいから、「記録帳」だな。
朝、夢から覚めて、まずやる事は、その記録帳を確認する事。
まぁ確認した所で、ドラマチックな出会いがある訳でもなく、映画のようなワンシーンに出くわした訳でもない。
---[02]---
もちろん新しく怪我が増えているなんて事もない。
現実では、ごく普通の日常を俺は送っている。
だから書く事がない。
そのせいで、この記録帳には学校から出された課題は何があるか…とか、約束事がある…とか、もはや日記と言えないモノが書き込まれている。
俺が日記と呼べない理由の1つがそれだ。
記録という意味では間違っていないが、やっている事が日記と呼べない、だから記録帳、こそばゆいというのも本音だが、これがちゃんとした理由だ。
俺が現実に居ようが居まいが記録する。
習慣付いてしまえば案外便利で、忘れ事が減って重宝している所だ。
---[03]---
ほんと日記とは呼べないな。
記録長には、特に変わった事は書かれていなかった。
内容の薄い記録長に軽く目を通し、右足が動かないなんて事が気にならない程、パパッと着替えを済ませて、俺は家を出る。
足が不自由になって以降、遅れないようにと家を早く出るようになり、適当な店で朝食を済ませてから学校に行く…なんて余裕を持った生活ができるようになっていた。
今まで、足が不自由になって以降、テンションは沈んで自堕落な生活を送る事が多くなっていたが、あの夢を見るようになってからというもの、生活の至る所が変わっていった気がする。
根本的にテンションというか、心持が良くなったのかもしれない。
---[04]---
要は気持ちの問題だ。
あの夢と隣合わせで、俺はデカデカと開いた穴を必死に埋めている。
今まであったモノで穴を埋めるのではなく、夢という手助けを借りて、新しいモノで穴を埋めているのだ。
「ここに来て新キャラと来たか…」
「しかも母性溢れまくりのお母さんタイプって…」
「・・・」
「夏喜は、そんなに欲求不満状態なの?」
そして、現実での日常で、俺の穴を埋めてくれる時間がこれ。
---[05]---
これなのだが…、なんだろう…。
嬉しくない。
その日に受ける講義が全て終わって、相も変わらず食堂で意味もなく会話が進む。
夢の事をこいつらに話して以来、ここでの会話のレパートリーにそれが追加され、事ある事に質問をされ、それが流行…メインの話の種となっていた。
「まったく羨ましい限りだ」
「僕もそんな夢見たいなぁ」
「・・・」
「いっその事、私が家事とかやってあげようか? そう言う存在を無自覚に求めてるって事じゃない?」
「うわ、何それ、うらやましい」
---[06]---
「羨ましい…けど、実際今の夏吉にはそういう助けが必要じゃないかな」
「・・・」
「ね~、私がせっかくあんたのためを思って提案してるのに、何の反応も無しって…、さすがにひどいよ」
「そうだぜ、夏吉。我らが花である文音嬢からの申し出だぞ?」
「そうそう、ここは素直に首を縦に振る所だぜ、ブラザー」
無視をしている訳ではなく、展開に追いついて行っていないだけだ。
「さすがに、バイトで忙しい文音に世話になる程落ちちゃいない。むしろ、この生活にも慣れて余裕が出てきたぐらいだ」
「そうなの?」
---[07]---
「夏吉はいろいろと器用な所があるからなぁ。慣れてしまえば普通に生活できるのだろう」
「夏吉の作る料理はおいしいからね~」
「器用はともかく、料理は関係ないだろ」
確かに、料理は人並みにできるつもりだ。
元々趣味程度で弟妹達に飯を作ってはいた。
今となっては自分しかやる人間が居ないから…と、不本意ながらその腕が上がっていく。
誰かに自分の料理を食べてもらえる、それは嬉しいが、こういう場で一方的に決定されていくのは、どこか面倒くささが強く出る。
それでもこちらの意思は関係なく、話は進んでいった。
「私も夏喜のご飯食べたいなぁ」
「いいね~」
「じゃあ今度、夏吉の家でパーティでも開かない?」
「おいおい…」
「賛成!」
「決定だな」
---[08]---
「異議なし」
「こっちの意思と関係なく話を進めんなよ」
「いいじゃん。たまには」
「そうそう。集まって遊ぶにしろ、財布が薄くなる一方なんだ」
「それはもう、骨と皮しかない豚のような、そんな状態さ」
「知るかよ。つか、それが本音か」
「あんた達の散財具合もすごいわね」
「散財ではない。自分にとっての娯楽への投資である」
「そうだそうだ。他人がなんと言おうと僕たちには関係なく、それを成した事でどれだけ自分が楽しむ事が出来たかが重要。そして十分楽しんだ僕達は爆死なんてしていないし、散財なんてしていないのだ」
---[09]---
「そんな胸を張って言われてもな」
「散財の意味が変わって来てるわね」
「とまぁその話は一端横に置いておこう」
「日程とかは後でまとめて教えるね」
「横と言わずクズカゴにでも入れてくれ」
「まぁまぁ」
拒否権もなく進められる話にモヤモヤが積もる。
そしてそれを文音がなだめてくるが、そもそもきっかけを作ったのがお前なのだから、なお複雑だ。
---[10]---
「そんで、最初の話に戻そう」
「よいぞよいぞ」
「戻しても、もう俺には話す事がないんだが」
「1つ聞きたいんだけど、その夢、毎日見てるの」
「「・・・」」
「毎日というか…、見る夢は全部それだな」
「・・・。それって大丈夫なの?」
「今の所、夏吉に変わった様子はないがな」
「表に出るような変化はないね」
「問題ないと思うけど。こいつらもそう言ってるし、俺も変になった感じはしないな」
---[11]---
「頭が痛くなったりとかしない?」
「「・・・」」
「別に」
「そう。ならいいんだけど…」
「昔からの知り合いだから気になるのはわかるが」
「さすがにおとなっしーのは心配しすぎだね」
「問題ない。大丈夫だから」
「うん」
「それで、また脱線したが、夢の中でお前は何を目指してるんだ?」
「フェリス君は、延々とイクシアちゃんとラブラブ訓練を、毎日繰り広げてるって話だけど」
---[12]---
「ラブラブじゃねぇよ。アレがラブラブとか、どんだけ激しいんだ」
「何、夢の中ではそんなに手が早いの?」
「まぁおとなっしーが知らないのも無理はない」
「あまりおとなっしーのいる時にこの話題は出さないからね~」
「人聞きが悪い言い方をすんな」
「何それ~、私に気でも使ってんの~?」
「そうかもしれないな」
「夏吉も何だかんだ隅に置けない性格してんね~」
「なんでそういう話になるんだよ。もういい、はいはい、今日はこの話終了」
「え~、私にももっと夢の事聞かせてよ~」
---[13]---
「そうそう。夢の中の相手が恋敵になる訳じゃあるまいし、話したって損な無いだろ」
「女の子同士の愛ってのも捨てがたいし、ここは本当の女の子たるおとなっしーの意見を聞く良い機会だと思わないかい?」
「文音とお前らの目的が酷くかみ合っていない様に思えるんだが。とにかく、今日の話はこれで終了だ」
つか、文音に対してこの話をするのは、結構しんどいんだ、恥ずかし過ぎてな…。
「え~」
「「そりゃ~ないぜ~」」
「うっさい」
俺はバッグを肩に回して、テーブルに立てかけてある松葉杖を持って立ち上がる。
こいつらとの会話が嫌な訳じゃないが、今日の所はこれで終了だ。
---[14]---
話足りない…と言わんばかりに駄々をこねる声を聞きながら、俺は食堂を後にする。
慣れたように階段を降り、校舎を出ようとした頃、後ろから文音が追いかけて来た。
何か忘れ物でもしたか…と最初に考えたが、そもそもバッグから何も出していなかったからその線はない。
「たまには一緒に帰ろうと思って」
頭に疑問を浮かべていた所で文音の方から、それを払う発言を受ける。
「別に構わないけど、バイトはいいのか?」
「せっかく帰ろうって言ってるんだから、そういう事を聞くのは野暮だよ」
「そういうもんか?」
---[15]---
「そういうもんなの。せっかく夢の中で女になってるんだから、もう少し気を遣えてもいいと思うんだけどな」
「悪かったな。現実じゃ夢のようにいかないのは当然だろ?」
「それもそうだね」
そして、何も言わずに文音は俺の肩からバッグを優しく奪うと、それを自分の肩にかけて俺が何かを言う前に校舎を出ていく。
「お、おい!」
「さっ! 帰ろう!」
移動が必然的に遅くなる俺の気遣っての行動だろうが、にも関わらずさっさと歩いて行ってしまう。
---[16]---
それは俺から何を言われるかわかっているからこその行動か…、自分でできると言って助けを求めない姿勢を見せようとしたのに、文音の行動でそれができなくなった。
軽くため息が出たものの、自然と口元から笑いがこぼれる。
そして俺は、決して早くはない、むしろ遅いと言える程のスピードで自分の前を歩く文音を追いかけるのだった。
帰る…とは言ったが、その前にちょっとした寄り道だ。
いつもとは違う路線バスに乗り、向かう先は大通りから外れて車などの生活音が少なくなった場所にあるお寺。
山の斜面に多くの墓が作られたお寺は、俺の今の足では少々大変な面はあるけど月に1~2回は来る場所だ。
---[17]---
目的は言わずもがな、今は亡き家族の墓参り。
夢の中で名前は違えど、そんな家族に瓜二つの人達に会う事はできるけど、あくまで夢だから…、現実ではない事をしっかりと認識、胸に刻むために来る事が多い。
来る回数に関しては…これでも減った方だ。
事故直後なんて週に何回も来ていたし、それこそ毎日来ていた週もあった気がする。
体の傷は、完治しないモノを除いて治っていても、心の傷はそう早く癒える事はない。
テレビとかで、事故とかそういう話を聞いても他人事、そんな事は無いと思っていたけど、自分にそれが降りかかってきて、初めてその辛さを実感していたし、現在進行形でそれは続いている。
そして、ある意味であの夢はこの辛さを緩和するモノであり、気持ちの整理をするための時間…猶予をくれるモノで、素直に助けられていると思う。
---[18]---
「いつも最後まで話に付き合ってる夏喜が、さっさと帰る理由はこれだったんだね」
俺が適当に墓の掃除をしていると、手桶に水を入れて来た文音が横に立つ。
「言ってくれれば、時間がある時とか、一緒に来るのに」
「文音がうちの両親と最後に会ったのはだいぶ昔だし、これは我が家の問題だから、連れてくる訳にはいかないだろう。手間をかける訳にはいかない」
「まぁ言いたい事はわかるんだけどさ。でも、寂しいよ。大きなお世話かもしれないけど、あのバカ2人も含めて私達は夏喜の事が心配。足の事もそうだし、何より1人で生活しているのとか…」
「・・・」
「夏喜は1人で生活できてるかもしれないし、本当に助けなんていらないかもしれないけど、理由が理由だし、その頑張る姿が逆に不安になる」
---[19]---
掃除の手を止めずに文音の言葉に耳を傾けていたけど、聞いてるこっちが申し訳なくなってくる。
今まで気にしてこなかった事を教えられている、そんな気分だ。
苦しいのは事故にあった人間だけじゃない。
周りの親しい人間も同じく、心に傷を負っているのだろう。
「悪かった。気が利かなくて」
「ううん。わかってくれればいいよ」
「じゃあ、そんなに心配してくれていた文音に、頼み事でもするかな」
「お? 何々? 私にできる事なら炊事洗濯から夜伽に至るまで何でもござれよ」
「・・・。やめるか」
---[20]---
「なんでよ!」
いつも静かに淡々と熟していた墓参りに、久しぶりに会話のある少し賑やかな時間が続いた。
「ここに来るのも懐かしいな~」
結局、墓参りを終えた後、些細な頼み事をして文音と一緒に帰路に着いた。
「でも、本当にそんな事でいいの?」
「何が?」
「だって、頼み事っていうから張り切ったのに、晩飯を作ってくれ~なんて、正直拍子抜け」
---[21]---
「別にいいだろ? 毎日自分で作った飯を食ってると、他人が作った物を食べたくなるんだよ」
「言いたい事は分かるよ、私も1人暮らしだし、でもそれなら外食でいいじゃん」
「それはまた違うんだよ。不特定多数のために作る料理と、誰かのために作る料理、同じ料理でもそれだけでだいぶ変わる、もはや別の料理てレベルでな」
「ふ~ん…。というか、夏喜って料理オタクかなんかな訳?」
「そんなつもりはないけど。この暮らしになって、食べ物に対しての意識が変わったからかな」
「自分で料理するようになって、その大変さを知ったからとか?」
「まぁそんな所」
---[22]---
「じゃあ、今日は私がご飯を作るとして、今度夏喜の作るご飯を食べさせてよ」
「・・・。家族以外の誰かに食わせるようなモノは作れん」
「誰だって最初はそんなモノよ。という事で決まりね。じゃあ寂しがり屋な夏喜のために、ちゃちゃっと料理しちゃうから、ソファーに座って、テレビでも見ながらゆっくりしてなさいな」
「あ? いや、俺も手伝…て、誰が寂しがり屋だ!?」
「他人の手料理が食べたいなんて言って、人の温もりを求めるような子を、寂しがり屋と言わずして何と言うって事。いいから待っててって」
「ちょっ、おいっ!?」
俺の足の状態を忘れでもしたのか、文音は楽しそうに笑いながら手を取って無理やりリビングの方へと連れていかれて、もはや倒れ込むに等しく、俺はソファーに転げ込んだ。
そんな俺の姿に、文音は満足そうな笑みを浮かべて、キッチンの方へと歩いて行く。
---[23]---
とりあえず、今の行動からあいつがやる気満々という事は、十分理解できた
そして、俺が姿勢を正してテレビをつける頃にはキッチンから懐かしく思える音が聞こえてくる。
トントントン…と包丁がまな板に当たる音。
自分が料理をしている時にも聞こえているはずなのに、聞く環境が違うだけで、その音の聞こえ方も大きく変わった。
ただただ懐かしい。
お腹がすき始める頃、弟達と一緒にテレビを見ている時に聞こえてくる料理をする音、それが今の状況と重なる
その音、その状況をどれだけ求めていたかを思い知らされる結果となった。
---[24]---
それからは何の問題もなく事が進む。
1人暮らしの先輩である文音の料理は、俺なんかよりもはるかに上を行っていて、文句の付け所も無い。
料理、食事、片付け、食後の団欒、ひとしきり楽しいと思える時間が進んでもなお、帰る気配を見せない文音の口から言葉が漏れた。
「今日は泊っていくね」
「ブッ…」
思わず飲んでいたコーヒーが口からこぼれる。
何を言っているんだと思わず口に出したしまったが、文音からしてみればわかりきっていた反応だったのだろう。
---[25]---
俺の言葉を、右から左へ耳を通過だけさせて、文音はどんどん準備をしていく。
まさにお構いなしと言いたげだ。
別にダメという訳じゃない。
部屋は当然余っている訳だし、寝具の準備は…現在進行形で文音がやっている。
問題はそこではない、ないんだけど、正直今のあいつを止める気になれなかった。
その猪突猛進ぷりは、今までの何かを払拭するかのように、思い立ったが吉日と言わんばかりの行動だ。
頼み事として料理を頼んだ時、あいつはとても嬉しそうで、その時の顔と言ったら親に褒められた子供のように無邪気なもんで、その表情にあるモノに嘘偽りはない。
文音自身にも思う所があるのかもしれないと、そう感じるのと同時に、なら気が済むまでやらせればいいかと結論付けて、俺は事の成り行きを見守るのだった。
---[26]---
そして、その夜。
だいぶ夜も更けてきていたが、なかなか眠れずにいる俺がいた。
存外に緊張しているらしい。
男と女の話をし始めたら長くなるが、それだけじゃなく、長くこの広い家に1人で生活をしていたせいで、誰かがいるという状態、たったそれだけの事に落ち着いていられないでいた。
中途半端な興奮状態に襲われて、夢の世界に行けずにいる。
そんな時、文字通り忍び込むように、部屋の扉が開く音が聞こえた。
ちょうどその方向へ背を向ける形で寝ていたから、どんな事が起きているのかは…確認できないが、断じて幽霊が…とか、そういう事ではない…断じて違う…と言っておこう。
---[27]---
この家にいるのは俺と文音の2人だけ。
案の定、部屋の入ってきたのは彼女で、申し訳なさそうにそっと俺のベッドに潜り込んでくる。
何度も寝がえりをうって眠りに着けないかと模索していた結果、ベッドの隅の方で横になっていたから、ある意味功を奏した。
・・・功を奏したってなんだ?
この歳で、あの状況で、望んだり、期待したりしなかった訳じゃないけど、俺自身の状況は完全に偶然な産物。
おかげで眠れそうにない状態から、さらに意識は覚醒して眠りとは程遠い状態になってしまった。
---[28]---
「夏喜…、ごめん、少しでいいから、ここにいさせて」
「・・・」
文音の言葉の意味する所は全く持ってわからない。
わからないが、そこに…今日の行動の意味があるような…そんな気がした。
「いつも調子の良い奴がやけに大人しいな」
嫌がられるかもしれない…そう思ったが、俺は寝返りをうって文音と向き合う形になる。
正直、大人しい印象を受ける彼女の雰囲気にこっちまで侵され、本当に調子が狂っていた。
「うるさい。いいから、あんたは黙って寝てて…」
---[29]---
落ち着いた状態とはいえ、1人の女性の匂いが鼻をくすぐる状況は、なかなかに男としての精神状態に悪影響だ。
だからと言って、今こいつを外に追い出せるような神経を持っていない。
文音も文音で、この状況の理由を自分から口に出す気はないように感じる。
「ありがとよ」
でも、いろいろな感情が頭をめぐって、最終的に1週回って寝る事に意識を向ければ、今はただただ丁度良い落ち着きだ。
だからとりあえず礼を言う。
文音は両手で顔を隠して丸くなるような姿勢を取って唸り始めた。
自分のやっている事に気付いたのか、それとも礼を言われて恥ずかしさ…羞恥心の限界を突破したのか、それでも出て行かない所を見ると、後悔はない、問題はないとみたいだな。
---[30]---
「いいから、寝て…」
「ここまで来て何も無し?」
「・・・、う、ううう、うっさい!」
もちろん冗談で言った。
それをどう受け取ったかは知らないけど、ベッドから出ないまでも文音は俺に背を向ける。
そんな行動を取る彼女に対して思わず笑いがこぼれ、俺はやさしくその頭を叩いた。
「じゃあ、お休み」
「・・・」
返事はないけど、それはいい。
理由はともかく、文音のこの行動のおかげで、いつも以上に良く眠れそうだ。
そう感じずにはいられなかった。
人の温もりを求めていた自分…、それを実感しながら、俺は眠りにつく。
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