Angel fragments

藍川コアラ

第1話





―――時々。俺は訳の分からない夢を見る。

人間。身に覚えの無い夢なんて見ないだろ。見るとすればソレは未来の物だ。だからソレは正夢とか、そういう風に呼ばれる。

だけど、俺が見るのは明らかに違う。だってそこに、俺がいないのだから、、、、、、、、、

「人間の生命とは何ぞや?」

「主の御威光より賜った奇跡の産物であります!」

「よろしい」

黒い服の牧師様が子供たちに教えを説く。そして子供たちも当然のように牧師の求める答えを吐く。うん、見慣れた光景だ。いい加減飽きるな。

「おや、ミカ君。お目覚めかな?」

「あぁ。くそつまんねー教説ご苦労さん」

つまらん。実につまらん。コイツ、毎日同じ教えを説いて飽きねえのかな?

「いけませんねぁ。実にいかん。そういう物言いは主への冒涜ですよ?

ミカ君も少しは笑いなさい。主を信じ、その運命を委ねるのです。あ、あとお願いね。僕はこれから用があるからね」

そう言い、隣に控えていた修道女に仕事を任す。

ふーん。運命ねぇ。だとしたら主様ってのも大変だろうな。何億人といる信徒一人一人の運命とその責任を背負うんだ。え?主様に責任なんて無い?ならお断りだ。なんて無責任なやつだ。運命ってのは色々解釈はあるが、ひとえに、俺たちの未来に変わりはない。俺たちの未来を勝手に背負うくせに、その後の事は知らないなんてとんだ道化だろう?

「お前の言うことは聞き飽きたよフォース。どうせ長くなるんだから続けるなら帰るぜ?」

俺を呼んだんだ。どうせ仕事だろ?めんどくせえ

「あぁっ!待ってごめん!ウソウソ!

―――全く。相変わらず君は長話が嫌いなんだね」

違う。めんどくさいだけだ。俺、寝起きはそんな頭回したくないのよ。

「何よりお前のご鞭撻なんざまっぴらごめん」

「あーそんなこと言う?ひっどいなぁ〜。これでも相棒じゃないか僕達」

そう。紛いなりにもコイツは俺の相棒。今は全く役に立たないが居ないよりはマシだ。あと2人ほど班員は居るが、コイツとの付き合いが1番長い。

「それで。何だよ今日は?何処ぞの誰のを祓い、、に行くんだ?毎度のことながら、コレってお前だけで充分じゃん。俺の居る意味がねえよ」

「ダメだよ。成熟、、したら僕が危ないだろ?君の役割はいつも通り。僕の護衛だ」

やっぱり。あー、やる気出ねえなぁ。

「あのさ。それって俺じゃないとダメ?ツバキかミーナ連れて行けよ。男の俺が行くより花があっていいだろ?」

無論。サボりたいがためであるが。

「ざんねーん。2人は今別の任務中で明日の昼まで帰ってきませーん。名実ともに、この仕事は君が引き受ける義務がある。それに忘れた?僕の召喚書グリモワールは兄貴に没収されてるんだぜ?丸腰の僕を守るのは君しか居ないんだ、お願いします!」

「・・・・・・」

そんなの聞いてねえよ・・・。あの2人、なんでいつの間に打ち解けてんだ?出会った頃はそりゃあもう酷かったじゃねえか。召喚書無しのコイツの戦闘能力はガキのそれと同レベルだ。仕方ねぇ・・・

「まぁいいよ。それで?相手どんなやつ?」

「さっきも言ったけど、ただの祓魔だから。とり憑いたヤツを追い払えばお仕事終わり。あ、ご自慢の“欠片”でやっつけちゃってもOKだよ」

「やだよめんどくさい。お前が祓えば終わりだろ?それまで昼寝でもしてるよ」

つーかさっきの睡眠の続きをさせてくれ。頼むから。こっちは一昨日の疲労がまだ取れてねえんだよ。

「じゃあ現地に向かうためにニイ兄のとこ行こうか」

「いい加減アイツの世話になるのやめねえ?」

「え?めんどくさがりの君のためを思って転移術式を使うんじゃないか。どうしたの?」

「いや。借りを作るのがもっと嫌いなだけ」



「兄さん入るよー」

はぁ。相変わらず、趣味の悪い部屋だ。

部屋一面を埋め尽くす本の山。乱雑に配置された石膏造形物。研究書と思われる書類の山々。それら全てが雑多に散らかされた床。うん。カオスだ。ここだけ全く別の異世界なのは明白。なにせ、部屋に魚が泳いでる、、、、、、、、、くらいにギャグな空間だ。コイツの親の顔が見てみたい。

「ええ?あぁフォースか。それと・・・」

やば、目が合った。俺こいつ苦手なんだよなぁ

「ミカじゃないか!!よく来たね!!!また研究に協力してくれる気になったのかい!?」

一つだけ簡単に説明すると、コイツは変態。

特に、研究や動物の解剖が大好き。嬉嬉として患者の身体にメスを入れるコイツは絶対にラリってる。

「なってねえ。大人しくサークル設置しろ。俺らこれから仕事だから」

「あぁ。兄さん、日本の京都まで頼むよ」

京都―――か。まぁ悪くねえな。風情があって実にいい。特に空気が美味いところが実にいい。

「はぁ―――、残念だなぁ。まぁ、任務なら仕方ないねー」

「そういうこった。んじゃ、よろしく頼むわ」

「はいはいー。それじゃあ準備するから1分ほど待ってね」

1分か。認めたくはないが、コイツはやはり天才なのだろう。


転移術式とは簡単な瞬間移動を可能とする。昔は魔術とかそういう風に呼ばれてた秘術の一つだ。

効果は正しく瞬間移動。魔方陣サークルを設置起動し、任意の場所へと瞬間的に移動させるのだが、内容こそシンプルではあるがその方法、理論は複雑難解のそれを極める。

任意の場所への空間転移と言う芸当は奇跡に近い。それを可能とするからこそ“悪魔の術”なのだ。

理論としては、物体を微粒子レベルまで分解。した後、任意の場所へ“存在”を誘導。ポイントへと誘導された対象の存在は、そのポイントでの粒子再構成により肉体の再構築。存在そのものの転移を成功させるという物だ。

“存在”と言う物の誘導についてだが。我々の存在は、ある一つのシステムにより“魂の鼓動”と言う物を隔てなく管理されている。

霊魂管理システムテトラグラマトンと呼ばれている。我らが大いなる父の御名を冠するこの巨大なシステムは、我々“ABEエイブ”の人間全ての魂と存在の証明を管理している。

つまり、このテトラグラマトンと同システム、それの子分機である管理システムにて、俺たちの存在をコチラからアチラへと再認識させるのだ。言わば、魂の存在証明。それの再認識により、我々の空間転移は可能となっている。

有り体に言うなら、「俺の存在は今、ここに居たけど。確かに一秒後にはあっちに居るんだから、ここに居たらダメだろ?あっちに俺の身体も無くちゃね」って話だ。わかる?


「おいセカンド、早くしてくれよ。俺この部屋嫌いなんだ。一刻も早く転移をだな・・・」

「オッケー、準備完了だ。君たち日本語は話せる?僕もついて行こうか??なんて言ってみたりして―――」

「うん。ミカは危ないかもだけど、僕が居るしいいよ」

「そっかー。残念・・・」

おいちょっと待て。だいたい俺が危ないわけないだろう。ガキの頃は師匠と共に日本に居たんだ。日本語なんざペラペラだよ。

「それじゃ転移開始だ。お土産よろしくねー」

『―――同調、開始。霊魂管理システムテトラグラマトン起動。

対象の存在を把握。存在の証明を確認。

空間の転移。存在の転移を容認。

転移術式ビーイングスポーン、開始』


瞬間。光が身体を包む。いや、多分、俺が光になるんだ。

資格情報は完全にシャットアウト。

思考はほとんど停止。

何が起きているのかすら、今の俺には判断つかない。

話によると、この転移に要する時間は凡そ2秒と弱。魂の存在転移はメールの送受信のような物で、1秒と満たずに完了してしまう。肉体、粒子の再構築、これも1秒と少し。

・・・時間の密度が、通常のそれより濃いのだ―――。



「お疲れ様です。無事、転移は完了しました。ようこそ日本へ、welcome to Japan.」

転移が成功したようだ。

やれやれ、ガキの頃は割とワクワクしてたもんだが、今となっては慣れきったせいか何も感じねぇ。

「あ、日本語で結構ですよ。僕達翻訳もいらないんで」

「おぉ、そうでしたか。流石、本部に次ぐロンドン支部の方々だ」

サークル内のコフィンから降りる。

思いっ切り欠伸をする。

よし、日本か。懐かしい。

「早速なんだけど、今回の内容は?」

「はい。事前にお伝えしていた通り、未成熟憑依体の祓魔。成熟にはあと2ヶ月ほど時間を要するかと思いますので、任務の内容自体はそう難しくは無いかと・・・」

おいちょっと待て。2ヶ月って、俺が護衛に来る意味無くねえか?

「祓魔に際して、護衛の騎士が必須と記入されていたのだが、それは何故だい?」

「あぁ・・・、それは―――」

白衣の神父共が黙り込む。何故か、おどおどと何かを隠すかのように。そして、その内の1人が答えた。

「それは、鬼の仕業です」

「鬼?」

へぇ、―――鬼か。

鬼、とは。日本の伝承伝記などで、度々名が綴られる存在の事だ。曰く、悪霊や妖な存在が形を得た物。悪鬼。これは、俺達の文化圏で言う、“成熟体”や“有形体”の事を言う。


成熟体―――。人間が蔓延り存在する物質界において、形を持って直接干渉出来ぬ存在が、人間やあらゆる物質という殻を得て間接的干渉を行う。これが、“憑依”。俺達祓魔師が対峙する“悪魔”の世間一般的な在り方だ。

物質に憑依した状態の物を“憑依体”と呼び、人間の身体を異常なまでに変貌させていく。時が満ちれば、人間は精神を喰われ、自我を保てなくなり、その肉体は異形へと化す。未だ自我を持ち、人として在る憑依体を“未成熟体”。自我を無くし、異形と化した憑依体を“成熟体”と呼ぶ。

「いいぜ。俺がソイツの相手だろ?」

「話が早くて助かります。ですがお気をつけを。此度の鬼は尋常ではありません。これまでに訪れた祓魔師、並びに騎士を8名殺害しております。かなりの高位存在かと思われます・・・」

「8人も!?」

その数を聞き驚愕するメガネ。―――たく、驚く数じゃ無いだろう。アスタロトの成熟体をやった時だって、騎士団の騎士は百人近く殺されたんだ。まぁ、極東の島国で栄えた文化圏の悪鬼が、エイブの祓魔騎士を8人も殺したんだ。驚きもわからないことはないが、俺が居るんだ、心配ないだろうに全く。

「まぁ、任せときな。大船に乗ったつもりで待ってろよ」

「―――は、はぁ」

「よし、善は急げだ。行くぞフォースクソメガネ。さっさと終わらせて観光だ」

フォースの肩を掴んで強引に急がせる。

当然だ。久しぶりに暴れられるのだから、早く標的を狩りたくて仕方がないよコッチは。

「わわ、ちょっと待ってよミカ!そんな急がなくても・・・!あ、すみません。ありがとうございました!その鬼も未成熟体も僕達が祓いますから!安心してくださいねーーー!!」

去り際に、祓魔師の叫びが響く。

その悲痛な叫びと、自身たちへの言葉を聞きながら、神父たちは複雑な気分に駆られていた。

「―――ほんとに大丈夫なのでしょうか・・・。あんな子供たちを寄越して。―――全く、本部は一体何を考えているのだ・・・」

ざわざわと、彼らが去ったのを確認しては、各々の想いを語る神父たち。しかし、それも当然といえる。事実。これまでに祓魔に狩り出た者達は神父たちの知る中でも選りすぐりの精鋭たちだったのだ。もはや今回の対象は、彼らの常識を凌駕してしまっている高位の存在だ。

だが、彼らの知る常識など、狭い世界でしか無い。一世代前の日本であれば、化け物じみた騎士達の集り場となっていた故もあり、より上位たる存在の実力も理解していた。しかし、この場においてそれを知る人間は居ない。そして、彼ら2人の実力を理解できる人間も、無論いる訳が無い。だが、

「いや、―――あのメガネの少年・・・“フォース”と呼ばれていた・・・」

「なっ―――、!まさか、では彼が・・・!?」

「確証は無いが・・・“十二司徒”の1人、聖地レコンキスタの守護者殿の弟君かも知れん・・・」



「―――ここか」

訪れたのは古い旅館。いや、古くはあるが整備や手入れはしっかりとされている。些か活気が足りぬが、見栄えだけなら周辺の宿所のどこよりも上等だ。

「ようこそおいで下さいました。私、当旅館の女将を務めさせて頂いております。清水京子と申します」

和服が似合う30代やそこらの女。そして隣には厳つい顔をしたガタイのいい男が1人。

「コチラ、当旅館の主人、私の夫である清水灯吾です。本日は、遠くよりお越しいただき、誠にありがとうございます」

地面に額をつけ深々と挨拶をする2人。フォースは慌ててそれを止めようとする。

「うわぁ・・・!いやいや、そういう堅苦しいのいいですって!大丈夫ですよ!ですからどうか顔を上げてください!」

そう。コイツはこういう類の対応が大の苦手だ。幼い頃からの扱いが影響か、自身が特別な存在である事への不満か、とにかく、畏まった態度が嫌いらしい。

「それで、憑依された人間と言うのはどこに?」

今回の任務において肝心なのは祓魔。俺はオプション。そこはちゃんと弁えてる。

「はい、私共の息子でございます・・・」

「ご子息はどこに?」

「最奥の客間でございます・・・。どうぞ、コチラに」

言われるがままに付いて行く。長い廊下を、ひたり、ひたりと歩く。その際、すれ違う仲居の女達がチラチラとこちらを見ては、何やら嫌らしく話し合っているのがわかる。

「すみません・・・この旅館は今や、流れる噂や風評で、営業も満足に出来ない状態でして・・・。彼女達の言い分も尤もでございまして・・・」

ま、そりゃそうだろうな。

「大丈夫です!僕達が来たからには大船に乗ったつもりでいて下さい!!」

「ありがとうございます。着きました、―――ここが、息子の眠っている客間でございます・・・」

その部屋は最奥にして最も広い部屋。悪魔を閉じ込め、悪魔の存在を隠蔽するための城。

この先に、未成熟体の悪魔が眠っているのだ。

「それでは、失礼します―――」

横開きの襖を開き、中へと入る。


「―――いらっしゃい」

「・・・・・・。」

「―――あれ?なんで黙り込むの?」

中に居たのは人間。

ひょっこりとし、如何にも元気な少年が1人。

憑依体の人間は、だんだんと精神を喰い潰され、いずれ自我が消える。

精神を喰われるとは、精神力、気力を失うと同意である。精神を喰われゆく人間は、体力が著しく落ち、様々な病に陥る。

なのに、何故かこの少年はその傾向が見られない。

「え、っと、うん。少し驚いたけど、僕達が祓魔に来たエイブの祓魔騎士だ。よろしくね」

「うん。よろしくね」

記録によれば、この少年が憑依されたのは4ヶ月ほど前。そして、それだけ時間が経過しておれば、とっくに寝たきり状態や、様々な病が重なり体力など皆無な状態になっている筈だ。

「お前。ほんとに憑依されてるのか?」

「―――うん。僕はそう思えないけど、皆がそう言うんだ・・・。僕の周りにいると、危ない目に遭うんだって・・・」

事実。部屋の外に居る実の母親ですら、ぶるぶると身を震わせ怯えている始末だ。これは、相当な物だろう。

なるほど。そういうケースか、

「フォース、行ってくる」

「待ってよ、1匹じゃなかったらどうするのさ」

「コイツを預ける」

ぶっきらぼうに指輪をフォースに投げるニア。その指輪は、普段から身につけている指輪と同一の物だ。

「いざとなったらソイツが守る。呪縛が消えたら、後は終わりだ。お前はそこのガキと自分の心配をしてろ」

「何処に居るかは見当ついてるの?」

「その為のお前でもある。さっさと教えろ」

はいはいと笑いながら、指で床に陣を紡ぐ。

サークル設置までの時間は凡そ4秒。半径15センチ程の魔方陣の完成。そこの中心に、サークルを紡いだフォースが人差し指を指す。

「“悪しきを囲い、善しを囲う。

愛すは善、憎むは悪。我が世界はお前を『拒絶』する”」

瞬間、旅館は一つの結界として生まれ変わる。この旅館に足を踏み入れる際、フォースが布石として仕掛けた結界の印。

そして、入口から最奥のこの部屋。この部屋と、入口とで起点を結び、この旅館という一つの世界における、連鎖的な境界の連結。旅館と言う世界を、一つの結界へと変貌させた。

「見つけた。ちょうどこの真上最上階、の屋根裏かな?」

「ち、曖昧な野郎だな」

女将の立ち尽くす襖から部屋の外に飛び出す。

走る。走る。こんな気持ち悪ぃ鬼は一刻も早く殺さないと。

階段を駆け上がる際に生まれた熱か、魂の叫ぶ炎か。はたまた、俺の中の欠片、、が、熱く燃える。



3階のその部屋の襖を蹴り破る。中には子供が一人。いや?人間の子供ではない。

天井を見ると穴が空いている。なるほど。さっきの拒絶で少々暴れたな?

「グ、グァ・・・ァァア・・・ッ!」

「よぉ鬼子」

鬼だ。コイツか、祓魔騎士を8人も殺ったのは。

見れば成熟体。―――いや、コイツは初めから形を持って生まれた有形体だな。精霊やら悪霊やらの成熟体同士で混ざって生まれた正しく“鬼の子”だ。

なら殺さなくっちゃな。ガキだろうと容赦はしねぇ。

「おま・・・エ・・・、エクソ、しすト・・・かァ・・・、?」

「あぁそうだ。だけど正確には違った役職でな。祓魔騎士なんて名前だが、俺らの役割は祓う事が専門じゃねぇ。祓魔騎士ってのは、エイブがわかりやすく祓魔師と俺達を纏めた呼び方を作り上げた際に出来た名前だ」

淡々と語り、鬼に躊躇いなく歩み寄る騎士。その表情に迷いはなく、恐れなども以ての外。ただ、現実として、そこに敵が居るから。ただそれだけの理由が、現在の彼の行動原理。


彼の行為は祓魔にあらず。

彼の所業は祓うに能わず。

彼の行いは主の威光と同意である。

それが彼、“欠片”の在り方。

眼前の悪を、完全に討ち滅ぼすが彼の存在意義。

「俺達の役職は滅魔騎士。悪魔を完全に葬り去るのが使命だ」

彼の行為のそれは、滅魔。

魔を嫌い、魔を咎め、魔を滅する。この所業は人の手にあらず、神の聖罰であるが故に、彼は彼なのだ。

「―――だから、その。ここで殺してやるから、安心しな」

手ぶらの騎士を前に、鬼は内心笑っていた。

当然だ。人1人が、この鬼と呼ばれる怪物相手に何が出来ようか。祓魔騎士と言えど、人間である事に変わりはない。殺されれば死ぬ。ならば、殺せばいいだけの事。

そう考え、鬼は壁に飛びつく。否、飛びつくといよりは、壁を飛ぶ。四方八方を縦横無尽。鬼の子は、その身軽さで部屋の中を駆け回る。祓魔騎士を中心に、彼は高速で周囲を駆け巡る。そして、彼の速度が加速し、空気が風を研ぐ程度にまで上がった時、鬼子は騎士に飛びかかった。

無論高速。無論回避不可。付近からの高速な不意打ち。その体感はマッハにも近しい速度となる。故に、通常なら、、、、そこには肉海ミンチが広がっているだろう。

「――ナ、」

騎士の姿はそこには無い。

何処だ。周囲を見渡した。何処にも居ない。

「上だよ」

「が―――」

気づいた時には騎士が自身の身体を押さえ込んでいたのだ。

天井。鬼が開けた穴を掴みとして、即座に頭上へと避難。襲いかかるタイミングでのそれと、隙を伺っての反撃。鬼は即座にその行程と相手の実力を理解した。

コイツ、―――今までの騎士たちより強い。

鬼の考えは妥当と言える。実戦戦闘において、ミカの右に出る騎士はロンドン支部に1人も居ない。いや、だが彼でも苦戦し、幾度も互角の戦いを繰り広げた好敵手なら存在する。その話は、また後日。

「おっと、暴れるなよ鬼?お前には聞かなきゃいけない事もあるからな」

「な、ニ?」

そう。ミカには一つ、疑問が残っていた。

「何故あのガキを憑依体のように、、、、、、、偽装した。何がしたかったんだお前?」

今回の対象。清水亮太は、憑依体などでは無い。熟成期間の長さ、それを真面目に考えるとあまりにも非現実的だ。神父共が言っていた、2ヶ月ってのも成熟までの目処がつかない、、、、、、、からだろう。

ただ、周囲でそれらしい、、、、、現象が連発して起きているから、憑依体として認識されてしまったのだろう。

それもこれも、この鬼が起こしてた現象だったのだ。

「答えろよ化け物。人間を玩具にして弄んで楽しかったか?それとも、ガキが1人になったらお友達にでもなってくれると思ったのか?」

「―――た、」

「あ?」

鬼は、唇を震わせながら答える。

「思った」

「―――は?」

予想外の返答にミカは戸惑う。

鬼は続ける。瞳に涙を滲ませ、怒号混じりに声を上げる。

「――わかるか。お前ニわかるか!?オレには家族が居なイ!オレには仲間ガ居ない!オレは孤独!オレの周りにはナニもナい!!オレは独りだ!ナニも無くナニも知らなイ!!!そんなオレの事に喋りかけて来た人間がイタんだ!!!オレはソイツと仲間になりたかった!オレはアイツともっと喋りたかッた!!オレはアイツが欲しかっタ!!!だからやった!だから困らせた!!アイツが一人にナッたら!アイツもオレと一緒!!!オレと仲間になる!!!オマエにはわからない!!!仲間が居るお前ニは!!!!!」

「あぁ、わからない。わかりたくもない。孤独?そんなもんは捨てた」


ミカは、鬼のありったけの心の叫びを払い捨てた。

「だから俺の中には孤独なんてもんは存在しねえ。仲間?アイツは俺の手下だよ。実際、今は俺が居ねえと何も出来ねえし。

だいたい、お前の言ってることは支離滅裂なんだよ。確かに類は友を呼ぶが、あのガキが孤独になったとして、お前と仲間にはならねえよ。

お前は鬼、あいつは人間。根本が違うんだ。違う存在間において、仲間と言う概念は成立しない。上位存在と下位存在による意識の相違。それに伴う主従関係または同盟だ。

犬と人間が同じだと思うか?思想が、考えが、理想が。違うだろ?仲間ってのは考えを共にした思想、理想、崇拝する対象を同じくする者達だ。

仮に、別生物同士でそれが成立していたとしても、結果として互いの考えはわからないんだ。そこに、仲間意識は湧かないだろ?」

鬼の感情が昂る。その内心は怒りに満ちている。自身の想い、理想、叫びを否定され、それを阻止されているのだ。当然だろう。

「つまるところ。お前の努力は全て無駄だったんだよ。お疲れさん、」

「この・・・ヒトデナシガァァァァア!!!!!」

鬼が押さえつけられていた腕を振り払う。火事場の馬鹿力、または蓄えた力の解放。どちらでもいい、とにかく鬼は騎士の手から開放された。そして、迷うことなく騎士の首を獲りにかかる。

伸びいる腕は刃物。鋭い爪が空気で研がれ、触れた物は隔てなく切り裂かれるであろう鋭利さ。それが、騎士の喉元目掛けて繰り出される。だが―――

「お前さ、そもそも人じゃないじゃん」

騎士はあくまで冷静。彼は冷酷さと冷静さだけが取得なのだ。

伸びる腕を横に避ける。ついでに、、、、その際、腕は切り落としたようだ。

「な―――、」

あまりに自然な作業。あまりに迅速な切断。切られた本人。鬼子ですら、その事実を数秒経てようやく理解した。

「なんだ、トロイな化け物」

横に躱した勢いを利用。腕を無くし通り過ぎていく鬼に遠心力を最大限に乗せた回し蹴りを決める。

「グァっ・・・!!」

壁に強打。壁に寄りかかった鬼に歩み寄る。

「グぅ・・・なんなんダよオマぇ・・・!!なんで邪魔バッかりするンだヨォ!なんなんだよぉ!!!!」

寄りかかったまま、咆哮の如き声を上げる。

「何って、お前を殺す人間だよ」

当然のように、当然のことを口にする。

「なんでオレの邪魔するンだヨォ!」

鬼は訴える。涙を流しながら。

「そりゃお前が邪魔だからだ」

騎士の辛辣な言葉に、鬼の鼓動は反応した。この存在は許すな、我が存在を否定する者を許すな。

肥大した憎悪は肉に、増大した孤独は力に。鬼子は、成体となってしまった。

「―――ち、やはりガキの成長速度は早ぇな」

鬼、悪魔等の概念生物にも“成長”と言う物は存在する。その源は己から生じる憎しみ。他を憎む悪意その物が、成長の糧となる。

そしてその過程を段階分割するとこうだ。

一段階目、生まれたばかりの成熟体や有形体を“幼魔”。

二段階目、それなりに時間が経過し、時間だけでの成長が無くなる物を“童魔”。

三段階目、憎しみや恨みを糧に成長、または異形変化する物を“大魔”。そしてこれは、成体とも呼ばれる。

「オマエハコロス!!コロシテヤル!!ニクヲサキ!チヲススリ!キサマノソンザイスベテヲオカシテヤル!!!!」

全長は凡そ2メートル。部屋の天井目一杯の大きさだ。狭い所での戦闘は不利か。だってなにふり構わず部屋とか壊すだろ?コイツ。

そう判断し、天井の穴から屋根裏へ。そこから、外への穴を更に開けた。つまり、屋根の上へと移動した。

「ニガスカァァァァア!!!!」

成体はソレを逃がすまいと跳躍する。天井が崩れ、旅館が揺れる。

空いた穴はとんでもないデカさ。うーん。上に逃げるのはまずかったか?

「コロスコロスコロス!!!コロシテヤルァァァァァアア!!!!!」

「はは、まるで憎しみの塊だ。醜いなぁ、化け物」

「ソウダ!!!キサマラハソウシテ、ワレワレヲハクガイシテキタ!!!ニンゲンコロス!!!!テキ!!ミンナミンナコロス!!!!!」

「おいおい本末転倒だろ。仲間が欲しいんだろ?殺していいのかよ」

騎士の言葉は最早耳に入らず。その魂は憎しみの奴隷。全てに復讐するまで、壊す事しか出来ない人形。

「仕方ねえ。そろそろ本気で殺すからな」

騎士は身構える。ミカ、彼はやはり非武装。

武器は持たず、素手で鬼と対峙している。それは自殺行為と言えよう、魔を具現した存在に人1人の力で何が出来ようか。故に彼らは神の武装を用いる。浄化の兵器を用いて、彼らを討ち滅ぼすのだ。

だが、ミカは何も持たぬ。彼そのものが武装たる故に。


「So peaceful Angel fragments.」


ミカは自身の存在を詠む。自身の、“欠片”としての在り方を。


“嘗て、それは存在した。いや、今も尚存在し続ける。それは、2つの魂となり、世界に分かたれ存在しうる。それは、我らが希望。平和を説く最優の御使。名を■■■■。今やその存在たるや、―――Angel fragments.”


「遊びは終わり。お前、殺すからな」

「ホザケェェエエエ!!!」

怪物から放たれるは焔。それは口より吐き出されし厄災の炎。負の力のみで生成された負の焔。ならば、彼に消せぬ火ではない。

「ナ、ニ・・・?」

消した。消された。負の焔は跡形もなく消し飛んだ。滅魔騎士が振るう、一振りの剣にて。

いや、はたしてアレを剣と呼べるのか。

その形は歪。剣の形状をしているだけで、常にその存在は曖昧。揺れたり震えたり、まるで光だ。いや、―――アレは正しく光だ。光の剣。そうとしか思えないほど輝き、我々の目を疑わせる。

「ナゼキエタナゼキエタ?ワガフクシュウノホムラヨ、ナゼキエタノダ?」

「いや。簡単な話、あの炎は魔より生まれし物だから」

エイブにおける最重要用語にして重要人物。その存在は“悪を嫌う者”、“神に似たる者”。悪を否定し善のみを知る天使。そして、その欠片。その欠片を持って生まれた少年。その存在は人であり天使。天使であり人間。故に、人々は彼をこう呼ぶ。“天使の欠片”。“平和を願う者Angel fragments”と―――。

「天の使いは善しか知らない。その存在その物が、悪を否定する。故に、俺の剣に、―――斬れぬ悪意は無い」

彼の剣、“欠片”が生み出す欠片の本体の力。それがこの剣。悪を斬り裂く、善性の結晶。切られた腕が治らないのはそういう事。切断面から先は、悪の存在が許されない。悪を構築出来ない部位に、鬼の形を具現するのは不可能。

「それじゃあなデカブツ。ま、大人しく成仏しろや」

光の剣を薙ぎ払う。瞬間、天がそこに舞降る。この現象は当然。薙ぎ払われた空間は引き裂かれ、別の次元、、、、が顔を見せる。

曰く。我々の世界とは、本来ある三つの分かたれた内一つに過ぎぬという。

一つ、我々の住む物質界“主界メインサイド

二つ、悪魔が形を成し統治する“他界アザーサイド”。

三つ、不可侵にして絶対領域。神々の足元、天使と呼ばれる存在が統治する“聖界ヘヴンズサイド”。


今正に、開かれし扉は聖界の一端。

光の加護に満ちた善性概念世界。

この世界は、悪を拒絶する。

この世界で、悪は隔てなく弱体化する。

この世界は、悪を憎むのだから。


開かれし断片から解き放たれるは光の侵略。眼前の悪を許すなと、意志を持った光の侵食。飲み込まれた悪は、隔てなく消失する。悪は悪として悪しく存在する。

この理は絶対だ。

なぜなら、悪を覆うもまた悪。

善に守られる事は、決して無いのだから。

「ーーーーーーッーーーーッ!!!ッ!」

言葉にならぬ苦痛。

存在そのものを、概念的、物理的に否定される痛み。最早、痛みなどでは片付けられまい。

形を失い。魂を失い。存在を失う。


滅魔、完了―――。



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