中田司少女の暇つぶし
かきくけこ
第一話 カステラ窃盗事件
1
八角高校は西棟と東棟、そしてそれらをつなぐ短い渡り廊下が北と南にあり、上から見ると半角カタカナのロのような形をしている。八角でもなんでもないことで有名だ。
西棟は三階建てで、東棟は二階建てとなっている。西棟は主に教室や職員室が並んでおり、東棟の一階は体育館や運動部部室が並んでいる。二階には文化部の部室があり、文芸部はいちばん奥の方にひっそりとたたずんでいた。
文芸部は女子五人男子ゼロ、その活動内容は文学を通して部員の感受性を高め、各々の持つ個性を伸ばしていくための部活――ということになっているが、実際のところ部室の本棚は小説と言うよりは漫画やファッション誌、なんとなく置いてたらかっこよさそうな宝石図鑑や絵画集なんかが並んでいて、部員の頭の悪さがはっきりとわかる。
文芸部部長の
しかし情報を収集し知識を深めることは昔からこのうえなく好きな彼女はいろいろな本を読み漁り、知らなくてもいいような知識を豊富に蓄えている。
ではなぜ授業で使うような知識は得なかったのかと聞かれれば、それは彼女が極度の天邪鬼で自己中心的な、とんでもない変わり者だからとしか答えようがない。
国語は苦手だけど、
英語は嫌いだけど、ロシア語フランス語スペイン語、果てにはアラブ語の習得には努力を惜しまなかった。
数学の公式はわからないくせに、コンピューターのプログラミングは大得意と言う謎っぷり。
そんなに才能があるなら高校なんかで燻ってないで、大学に飛び級したりだとか、もっと違う道に進めばいいのに、と、部員である
また、彼女が平凡極まりない八角高校に通い続けているのにはもう一つの理由がある。
同年代とのコミュニケーションを求めているのだ。つまり、十六歳にもなれば高校に通って高校生と会話をし、高校生と共に授業を受けるのがふつうであるという思考なので、意地を張って中卒ではなく高校へ進学したのだ。
しておいて全く高校の授業の勉強をしないというのはさっぱり理解できず、学校中の全員から変な人間として見られていた。
また、本人はこうも言うのであった。
「私はね、たぶんあれだな、一種の漫画キャラへのあこがれみたいなのがあるんだな。子供がよくやるでしょ、ごっこ遊び。もうすこし大人になったバージョンで言うと、中二病って言うのかな。まあそんな感じで、フィクションに出てくるような癖のある、妙なキャラ。あんな生き方にあこがれてるんだ」
2
類は友を呼ぶなんてことわざがある。気の合う者同士は、綿密な計画を練らずとも、自然と集まって仲良くなるという意味だ。
しかし最近では、変人は変人を呼ぶという意味合いで使われるケースが多い気がする。これから書くことは後者にあたるが。
文芸部部員は全部で5人で、部長は中田司。副部長に右山紫帆。残りのヒラ部員は
彼女らはそろいもそろって奇妙な特徴があり、一人ずつ紹介していこうと思う。
副部長の右山は文武両道のかっこいい女性にあこがれたが、作法や武道を学ぶ機会が無かったので、ググっててきとうに真似してたらかなりの知識と経験が身に着いたというなんともふざけた才能を持っている。
上坂は満月の夜限定で超能力が使える。テレパシー、透視、念力、主にこの三つはかなりの得意分野である。(テレポーテーションなんかは実践してみたが、服を置き去りにして肉体のみ移動してしまったのでもうやっていない)満月の出具合によって能力の精度も変化する。雲で満月が隠れれば能力は弱まるし、窓のない密室では効果が出ない。つまり上坂本人が月の存在を知覚した状態でなくては意味が無いのだ。
下谷は様々なけがを負っても、異常なほどに優れた自然治癒力によってあっという間に治癒することができる。また、脳内麻薬の分泌も自由自在に行えるのでオリンピッククラスのアスリートをも凌駕する無茶な動きをも可能にする。ただ決して不死身ではないし怪我をすればそれなりに痛い。骨折すれば当然動けない。
左川は視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚といった五感への刺激の情報すべてを記憶できる。ただ、それをアウトプットすることはできないが、一度記憶した情報を好きな時に引き出すことができる。
個性的すぎる五人の文芸部員たち。大したとりえのない平凡な部員はおらず、五人だけしかいないという都合のよさも漫画のようである。偶然にしてはできすぎだ。
そんな五人に、一つの事件が起こる。
文芸部は毎日、違うおやつを用意することになっているのだが、カレンダーにはその予定表が刻まれており、今日は全員が待ちに待った最高級カステラの日だった。
その全員が楽しみにしていたカステラが、テーブルの上に置いておいたカステラが、箱ごと誰かに盗まれていたのだ。
犯人は一体だれか――中田司が真実を暴きに、事件の捜査を開始する。
3 事情聴取
午後三時、全ての授業が終了し、放課後を迎える。
午後三時十分、真っ先に部室に着いた中田。やや遅れて上坂と左川の二人がやってくる。
午後三時十五分、ギプスを巻いた右足を引きずりつつ、下谷がようやく登場。その後右山が来るのを待つが、「生徒会の仕事の手伝いがあるのですこし遅れる」ということを左山が説明する。この時点ではまだ誰もカステラに手を付けてはいない。
午後三時二十分、上坂が友達からの連絡で東棟へ移動する。そのわずか一分後、左川が先生からの校内放送による呼び出しを受けて東棟へ。
午後三時二十五分、下谷がトイレへ行く、それを聞いた中田が携帯電話が無いことに気づき、下谷を追い越し教室にダッシュで取りに戻る。そう、誰もいなくなった部室にまだカステラはあった、犯行が行われたのは、この後。
午後三時三十分、上坂が部室に戻ると、そこにはすでにカステラは存在していなかった。
午後三時三十五分には全員が用事を済ませ、部室に戻っていた。一応順番を記載すると、上坂の次は右山、左川、下谷、中田である。
「まずは全員のアリバイでも聞こうかな」
中田は赤茶色の革表紙のしっかりとした手帳とボールペンを構えて部員四人からの情報を引き出そうとしていた。
「ちょいまち、おまえはアリバイあるのかい」左川がすかさずつっこむ。
「部室を出るときは下谷とほぼ同時でその時にカステラはまだ無事だったのは確かだよ、んでその五分の間、私は自分のスマホを教室で探したんだけど、なんであんなところに置いたのか全く覚えていないような場所に置いてあってさ。その五分間は一瞬たりとも教室の外に出てないよ。教室にいたクラスメイトが証言してくれる」
中田がそういうと、左川は「ぐぎぎ」と唸った。そういうのいいからと言わんばかりに、ボールペンのケツで左川を指したので、左川はさっさと五分の間に何をしていたのかを話すことにした。
「あたしだって完璧なアリバイあるよ、生徒指導の
「何を言われたん」
「そんなの事件と関係ないだろー」
「まあ一応話してよ」
そう言うと左川はバツが悪そうな顔をして。深刻ないたずらがばれた時の子供のような態度でぼそりと白状した。
「彼氏と夜遅くまで街を出歩いてたこと……」
「ああ、うちの学校そういう校則あったんだ」
「遅くって言っても、午後の七時だよ? それもラブホテルに入っていくとかそんなんじゃなくて、ただ単に外食して盛り上がってたらほんの少し時間が長引いただけなのに――」
「そういう言い訳みたいなのはいいから」
「ばれない自信もあったんだけど、誰かチクったのかなあ……」
左川は説教を受けたことの怒りがまだ収まりきっていないようで、勝手に興奮し始めた。アリバイは確かにあるのだし、それ以上聞きだしても大したものは得られないと踏んで中田は上坂の事情聴取を始めた。
「私は友達のカホちゃんに『今すぐ教室に来て』って言われて、教室に向かったよ」
「教室で何を?」
「私宛てのラブレターがあったから、それを見てた」
「誰からの?」さっきまでの怒りが嘘のように、けろっとした様子で左川が質問をする。
「送り主の名前は書いてなかったの、私への愛のメッセージなんかをつらつら書いた後、さて僕は誰でしょう? って感じで……送り主を考えてたら時間かかっちゃって、うん、十分ぐらいだね。最初の数分こそ盛り上がったけど、私こういうの興味ないからだんだん飽きてきててきとうに切り上げちゃった」
「ちなみに数分とか数日、数人といった
中田のくだらない豆知識をスルーして、下谷がアリバイを話す。
「あたしはトイレに行ってたよ、片足怪我してるから十分ぐらいかかっちゃったけど」
「いやでもトイレに行くふりして部室に戻って食べたという可能性も無きにしも非ずやで?」左川が突っ込む。
「無きにしも非ずやけど、西棟のトイレ使ったからそれなりの時間かかるよお」
「なんで東のトイレ使わないの?」
「こっちのトイレちょーボロくて汚いじゃん」
確かに東棟はもともと旧校舎的存在で、新しく設立された西に比べると、木造で絶え間なくシミが氾濫し、鼻を覆わずにはいられないほどの悪臭が漂っている。であれば多少の手間をかけてでも西棟のトイレを使いたがるのがこの世の摂理というものである。
「まあトイレに入ってた人ほかにいなかったからアリバイ証明難しいけど」
「まあ、その辺はいいよ。これだけじゃまだ犯人とは決めつけられないし」
中田はペンを走らせつつ、右山にもアリバイを尋ねる。
「私は左川に連絡した通り。生徒会の仕事の手伝いが入っててさ。単純な作業だけどずっと生徒会室にいたよ、二十五分前後かな」
「生徒会室……はいおっけ。とりあえずここまで、じゃあみんなは部室に戻ってて、私がアリバイのチェックしてくるから」
「すっかり探偵気分だな」右山が言った。
「だってこんな事件なんてめったにないことじゃない、たまにははりきらせてよ。あたしが真犯人を絶対に突き止めて見せるから」
4 情報収集
渡り廊下を使って西棟へ入ると、都合よく出口付近に三人の男子生徒らが立ち話をしてた。
「ちょっと聞きたいんだけど」
「あい、なんだ?」間抜けな返事をして坊主頭の男子が振り向く。
「いつからここにいるの?」
「授業終わってすぐあたり、まあ三時三分とか、そのへん?」
「どうしてここに?」
「友達が用事あったから待ってるように言われてたんだよ。で、まあなんとなくここで待ってたんだよ」
「そうなんだ、まあぶっちゃけその理由はどうでもいいんだけど」
「はあ」
「三時三分から今までの間に、ここを通った人覚えてる?」
「いやあそれはさすがになあ!」
男子ら三人はなぜか半笑いをしながら答える。
「おれら雑談しながらだからここ通る人のことなんていちいち気にしないしなあ」
「五人だけでいいの、わたしら文芸部がここ通ったの覚えてる?」
すると三人は「あー……」と言って少し考え込んだ後、
「お前と下谷、あと上坂が通ったのは覚えてるよ」
「おれは左川が通るのを覚えてた」
「右山はついさっきここ通ったよな」
男子三人がそれぞれ、五人がここを通過したことを覚えていた。
「正確な時間までは――」
「それはわかんないよ」
「だよねー!」
お互いに指をさしてゲラゲラ笑ったあと、陽気なノリでその場を去った。高校生のノリはまったくもって意味不明である。
去る直前に――
「一応確認するけど、右山以外は、全員ここから入ってここから出たんだよね?」
「そうだよ」
「全員、間違いない?」
「間違いないよ、うん」
「何回通った?」
「みんな一回ずつだよ。何度も往復はしてない、こっちに来てしばらくしたらあっちに戻ってった」
「こっから向こうの渡り廊下を使ったかどうかは見えない?」
「見えないよ、見えるとしたら外に出た時だけど、俺ら結構内側にいたし」
「なるほどー、ありがとうね」
そして今度こそ本当に去っていった。
中田は一応、反対側の渡り廊下に向かうと、携帯電話に熱中している女子生徒を一人見つけた。
「ちょっといいかな」
「なんすか?」中田らの一学年下だが、言葉遣いはだらしない。
「いつごろからここにいるの?」
「ん……午後三時……二十分、ちょっと前か、それくらい」
「ありがとありがと」その時間なら右山を除いた全員が部室にいるからアリバイ確認には十分な時間だ。
「あたしら文芸部のこと知ってる?」
「そりゃもちろん。ゆーめーじんですもん」
「そのうちの誰かがこっち側の廊下使った?」
「や、誰も使ってないっすよー」
「間違いない? 携帯電話に熱中しているみたいだけど」
「間違いないっすよ、そもそも人通り少なかったし、一人だけ一年の子通りましたけど」
「そうかー、ちなみにその子の名前わかる? あと通った時間」
「わかんないけど、吹部の子っすよ。演奏してるとこ見たことある。時間は、二十七分とかそこらだった気が」
「じゃあ、その他に何か変わったこととかは?」
「あ~ありましたよ、なんか変な音が渡り廊下の屋根から聞こえてきました」
「変な音? いつ頃? どんな音?」
「なんて表現したらいいかな……なにか引きずるような、まるで上を何かが歩いてるような、静かで不気味な音がしたんすよ。吹部の子が渡って間もなく、聞こえたの二十八分ぐらいかな、たぶん、なんだろうと思ってちょっと外に出て確認したときにはもう何もなかったけど」
「おっけい、どうもありがとねー」
その場を去る直前に、他に変なことはなかったかと聞くと、何も見てないし聞こえないと言った。
いったん吹奏楽部への調査は後回しにして、放送で呼びかけた御田や生徒会、ラブレターの友達ら全員にアリバイの確認を取ったが、間違いはなかった。ただ、下谷の明確なアリバイを持っているものはいなかった。いくら目立つとはいえ怪我をしているのは日常茶飯事なので、同学年の生徒からは逆に見られにくかったりするのだ。
(となると現段階で一番怪しいのは、下谷と言うことになるけど……)
中田は今までのメモを今一度確認してから、吹奏楽部部室へ向かう。
吹奏楽部の部室は東棟の一階、一番端の方にあり、ちょうど文芸部の真下に位置している。中田はすばやくノックをした後、返事を待たずにドアを開けた。
「こんこんおじゃま~!」
変人の来訪に多少驚きつつも、吹奏楽部員らはまあまあ歓迎してくれた。
「顧問の先生は?」
「あっ、まだ来てないです」背の小さい、ちょっと自信なさげな女の子がそう答える。
「じゃあ面倒になる前にさくっと終わらせよう、二つ三つ質問に答えてくれるかな。えーとじゃあ、三時二十分、左川っていう人が放送で呼ばれたときここにいたーっていう人手ぇ挙げて」
大多数がもそもそと挙手しだす。
「じゃあそれ以外の子三人に聞こう、何分ごろここに来た?」
「あたしとみーちゃん――隣の女の子の愛称――は、そのすぐ後です、一分後ぐらい」
「どっちの渡り廊下使った?
「あっちです」
「じゃあ残りの君は」
「ええと、二十七分です、入った時に時計見ましたので確かです、こっち側通りました」
先ほどの女子生徒の証言通り、この子であろう。
「じゃあ、そこで全員が集まったんだね、途中で音楽室から出た人は?」
「一人もいないです、最初からずっといたので間違いないです」大きな眼鏡と、二重顎が印象的な女子生徒がそう言ったので、素早くメモを取る。
「じゃあ、そうだなあ……最後の質問、ってほどでもないけど、何か不審な人物とか、変わったことはなかった?」
「変わったこと、ありました」
一番最後に来た二十七分の子が発言した。
「わたしがここに入る直前ぐらい、すごい音がしたんです。どーーんっていうすごい音」
「どーーん? それはどんなの? 爆発音?」
「いえ、地響き……じゃないですね、でも何かがぶつかったか落ちたかのような感じの、打撃音みたいな……」
「どこから聞こえたの?」
「明確な位置はわかりませんけど、たぶん上の階でだと思います」
「上の階。ちなみに部室内のみんなも聞こえたのかな?」
そう尋ねると、全員くびを縦に振ったので、中田はゴミ箱の中を確認した後、一言礼を述べてから退室した。
5 推理開始
犯人はおそらく文芸部の中の誰かである。
その理由として、東棟の他の部室のゴミ箱や部室にはカステラを食べた痕跡、つまり、空箱が存在しなかったからだ。
犯人は箱ごと持って行ったのだから、当然それはゴミとして処分せねばならない、まさか箱を食べたわけはあるまい。
でもって、それぞれ明確なアリバイがあったし、そもそもカステラなんかとるまでもなくお菓子を食べている部員らが大勢いたので捜査の対象から外れた。
つまりこれは、やはり文芸部の中に犯人がいるということだ。
と思わせて? なんてことはない、この作品の都合上犯人は中田を除く文芸部部員の四人であるので安心してほしい。
犯人はなんらかの手口を使って、東棟から西棟へ移動した後、全員がいなくなったのを見計らって、もう一度東棟に戻り、部室にあったカステラを箱ごと回収。その後東棟に残るのはまずいので、西棟へ再び移動。カステラを食べた後、空き箱を西棟の適当なところに捨てて、何食わぬ顔で部室に戻る……
その捨てた場所を探してもいいのだが、捨てた場所に素直に犯人の痕跡が残ってるとも限らない――たとえばA組で食べたのにB組に捨てるといった工作――。そして何より面倒なのでそこは省略した。
しかし、南側の渡り廊下を見張ってた生徒の証言では、部員は一度しか往復しなかったため、複数回の移動が必要なこの計画には矛盾が生じる。
反対側の渡り廊下の使用の是非まではわからなかったので、反対側にも聞いたところ、一人も使っていないが不審な音を聞いたという。
その音から推察するに、何者かが渡り廊下の屋根を歩いて西棟へ戻ってきたと推理できるが。そもそもいったいどうやって東から西に渡ったのか。
部員全員が東から西へ移動したのを男子らが確認済み。そのあと、女子が東から西へやってくる音を聞いたというのはどう考えてもおかしい。
音と言えば、吹奏楽部の子らが聞いたという大きな音はなんだったのだろうか。もしや、なにかトリックと関係があるのか。
時間を整理すると、吹奏楽部の最後の女子が二十七分に部室に入る直前、どーーんという大きな音が二階から聞こえた。――ちなみにその音について隣の部室の生徒から話を聞いたが、聞こえたけど確認はしなかった生徒、確認したけど何もなかった生徒がいて、まともな証言は得られなかった――そして二十八分に渡り廊下の上から聞こえる奇妙な音。
ここで一つ仮説を立てると、巨大な音がヒントの謎の瞬間移動で犯人は部室に到着。その後渡り廊下の屋根を使って誰にも見られないように慎重に移動。とすると、犯人は二階の窓から西棟に戻ったということになる。二階にいる生徒に聞いてみようかと思ったが、あいにく廊下の突き当りである北側は用具室や準備室ばかりでとても人がいっぱいなエリアではない。
まあそれはいいとして、では誰にこの犯行が可能だったか考えてみよう。
(右山はずっと生徒会室で仕事を手伝っていたし、仕事をしていた証拠もある。おまけに生徒会室から文芸部の様子は確認できないから誰もいない時間を見計らうのは無理だ。左川も職員室で説教をされていたからシロ、教師がグルになるとは考えにくい)
(問題なのが上坂と下谷の二人だ。まともなアリバイが無いのは下谷の方だけど、右足を負傷している。部室から人が離れ、上坂が戻る五分の間になにかトリックが行えるとも思えない)
(そう考えると、上坂も怪しくなってくる。第一発見者であるうえ、ラブレターなんて自作自演か友達に頼んでアリバイ作りしたのかもしれない)
しかしどちらも平等に怪しく、明確にシロクロはっきりさせるだけの判断素材が無い。
うろうろしていても解決しないので、文芸部の部室に戻ることにした中田は、部室前でぴたりと立ち止まり、窓の前に立って渡り廊下の屋根を見下ろす。屋根に降りるのは造作もない高さで、向こうまでの距離は二メートルよりも長く三メートルよりは短いといった具合だ。
(なるほど、ここから渡って向こうまで行くのは誰にでもできそうだぞ)
だがそれをやったのが上坂か下谷か、決定打が無かった。
中田は渡り廊下の向こうの視線から、上に視線を上げていくと、三階の一つだけ窓が開きっぱなしになっていることが分かった。あれだけ大きな窓が開いていたら風が入り込んで寒いだろうにと中田は思った。
なぜ窓が開いているのか。まさか、渡り廊下の屋根を渡って、二階にではなく三階へよじ登ったとは言うまい。
それよりも、窓の奥、窓の向こうの教室の扉が開きっぱなしであることに目が言行った。
「そうか――そういうことか」
このトリックなら、そして、犯人があいつで、嘘をついているとしたら。
「一人しかいない!」
全てを理解した中田は勢いよく文芸部の部室へ入り、完成した推理を披露するのであった。
6
このまま解決編へと進んでもよかったのだが、せっかくなので挑戦を挟んでみたいと思います。
この段階で全ての情報は出そろいました。あとは読者様の力で推理することが可能です。
問 一 カステラ窃盗事件の犯人は誰なのか当ててください。
問 二 犯人の使ったトリックは何なのか当ててください。
また、読者への挑戦をするうえで、以下のことを約束いたします。
■地の分に虚偽の供述は無く、地の分で書いてあることは全て本当です。
■容疑者四人のうち、犯人だけが嘘の証言をしています。他の者は意図的な嘘をついてはいません。
■この犯行において共犯者はおらず、単独犯による犯行です。
それでは7章から解決編に入ります。推理せずにオチを見てもいいし、じっくり考えてから読んでも構いません。バカミスのつもりで書いたので、飛ばして読んじゃうことをお勧めします。
7 事件解決
「謎は全て解けた!」
部員全員が静まり返る。
「それって――金田一?」左川が言う。
「そういうのはいいんだよ、『本当!?』みたいなリアクションをしておくれよ」
「本当!? はい言ったよ、早く教えてよ」手相を見ながらどうでもよさげに返した。左川はもはや待ちくたびれて事件のことはどうでもいいと思っているのだ。
「じゃあ、まず私が調べた結果をみんなに教えるね」
中田はメモをびりびりとやぶって、まとめた内容を机の上にばらまいた。
それを見て、部員全員が中田の得た情報すべてを共有した。
「つまり、この五分の間に東棟から西棟に移動し、なんらかのトリックで誰にも気づかれないように西棟から東棟へ戻ってカステラを奪取。渡り廊下の屋根を使って西棟に戻り、カステラを完食後何食わぬ顔で南側の渡り廊下を使って東棟へ戻ったということだね」右山が真剣な顔で事件の概要をまとめた。
「まとめご苦労、で、その瞬間移動トリックが可能だったのは一体だれかと言うことなんだけど……」
「瞬間移動と言えば、上坂は?」左川が言った。
「私は満月の夜にしか使えないんだってば、何をいまさらそんな的外れなこと言うの。まだ日が昇ってる時間だよ?」
「だよねー、行きは瞬間移動で帰りは屋根って変だし」
「つまりこのトリックは四人のうちだれにでもできる物理トリックなんだけど、犯人にしかできないトリックなんだ」
「それはなんなのさ」
「とりあえず詳しく説明するからついてきてよ」
中田はそう言って部室から出て、部員たちを西棟へ誘導し始める。
階段をのぼりながら、話を始めた。
「まず犯人ではない人物は、右山と左川の二人」
「なんで?」左川本人が疑問を口にする。
「二人には絶対的なアリバイがある、第一発見者の上坂がくるまで時間いっぱい西棟にいたから犯行は不可能だ」
「共犯者の可能性は?」
「ない。生徒会室と職員室と言う閉鎖的な空間で、部員全員が離れたタイミングを見計らって盗ませるなんてことはできないし、おそらく犯人の代わりにあのトリックを実践したがる人なんていないだろうからね」
「そんなにやばいトリックなのか」右山が引き気味に言った。
「超やばいよ、ほら三階に着いた。そこの突き当りまで行くよ」
長い廊下を進んで、一番奥の空き教室に着いた。
「ここ、廊下側の窓と空き教室の扉空いてるだろ?」
「うん、それが事件とどう関係が?」
「犯人はこれで東棟へ渡ったのさ」
「……どうやって?」
「渡り廊下の上を渡ったんでしょ? あ、でも音を聞いたのは一度だけなんだよね」
「そ。その渡る音を聞く前に、吹奏楽部の子らがどーーんという音を聞いたんだ」
「吹奏楽部……文芸部の真下にある部室だね。その音の正体は?」
「まあ見てな、まず空き教室に入って、できる限り奥の方まで進む」
奥に着くと、中田はクラウチングスタートの姿勢をとった。
「犯人はこんな感じで十分な助走をつけて猛ダッシュ! 加速がついたあたりで空いた窓から――」
だだだっと走った後、窓枠に足を掛けて急停止し、言葉をつなげた。
「バッと向こうの窓、つまり文芸部部室の前まで飛び越えていったんだ」
「……え、何そのトリック」
「間違ってないはずだよ。やろうと思えば、向こうまで二メートルそこらだから、本気で飛べば向こうまで届く、無事かどうかは保証できないよ。その証拠にものすごい音がしたから大けがは不可避だろうけど」
「そうか……吹奏楽部の子らが聞いたどーーんという音は、着地音だったのだな!」
「そう。ちなみに大ジャンプして飛び越える必要があったのは、屋根を歩く音を誰にも気づかれないようにしたかったから。気づかれたとしても、一度だけなら怪しまれない」
「いやいや、大ジャンプの着地音で気づかれるでしょ」
「ところが、北側の渡り廊下にいた女子は屋根の音以外には何も気づかなかったと言っているし、南側からは飛んでいる様子は目視できない位置にいた。まあかなりギャンブルの強いトリックだけど、うまくいってしまったのがミステリー小説のいいところと言うか」
「この作品メタ発現有りなの」
「まあまあ、その話はいったん置いておいて」
ごほっ、とわざとらしい咳ばらいをぶちかました後中田が、
「こんなトリック、共犯者に頼めないでしょ?つまりアリバイの弱い上坂か下谷にしかできないんだ」と言った。
「じゃあそのどっちが犯人なの?」
「怪我をしている下谷には不可能なんじゃないか?」
「でも、アドレナリン全開にすれば二、三メートルくらい余裕で飛び越せそうだけど」
「いや、さすがに折れた足では不可能だろう」
右山と左川が議論を始めたので、へたくそな指ぱっちんでその場を鎮める中田。
「我々は、重大な勘違いをしていた」
「重大な――」
「勘違い?」
左川の言葉を右山が繋げる形となった。
「上坂と下谷はどちらもアリバイが弱い、下谷は目撃証言が少ないし、上坂は目撃されてはいるが自作自演の可能性もあるし、ずっと一緒にいたと口車を合わせるぐらいの共犯なら可能だ。それに第一発見者でありどちらも疑わしい」
「それじゃあ――」
「でも、犯人はわかっている、もう一つのトリックがあったんだ」
「もう一つ?」
「アリバイトリックではなく、なんというか、まあ、偽装工作?」
「くどいな、誰なのさ犯人」
「下谷だよ」
「下谷が?」
三人は一斉に下谷の方を向いた。
「だが、下谷は右足を骨折しているんだぞ」
「そう、大けがをしたうえであんなジャンプは無理だし、着地時に怪我もするだろうからなおさら無理だろうね」
「じゃあなんで」
「そもそも、そこが偽装工作なんだ。下谷は右足にギプスを巻いていたから、右足が折れているものとばかり思っていたけど、それは今回の事件を行うためのフェイクだったのさ!」
「じゃあこの足は無傷だったのか!」
「文芸部のおやつ予定表はカレンダーに刻まれている。前々からこの計画を練って、あらかじめ無傷の右足にギプスをつけたんだろう。それに普段からボロボロの下谷は着地時に負傷しても、大した変化はない。上坂には、目立ったけがはなかったから、容疑から外れる」
「はは~なるほど、確かに地の分では下谷は骨折しているなんてどこにも書いてないもんね」
「そんなわけで、ぴんぴんしている下谷が走り幅跳びで――能力の力も借りたのかもしれない――あらかじめ開けておいた文芸部前の窓まで飛び込んできて、すばやくカステラを奪取。窓から出て渡り廊下の屋根へ、引きずる音と歩くような音が聞こえたのはすり足で歩いたか、あるいは――」
「あるいは?」上坂が聞いた。
「本当に足を折ったか」
「えっ」
「どっちにせよ、飛び込んできた三階に戻るにはよじ登っていけばよかったんだけど、足を負傷したかそれとも時間のなかった下谷はやむを得ず、屋根を伝って二階の窓から戻ったんだ。たぶん目撃されたかもしれないけど、変人のやることなんてたいてい無視されがちだからそんな証言は引き出せなかった。
ともかく、二十八分ごろには西棟に戻ったのだから、そこから三十五分までの間にカステラを食べて部室に戻ったんだ。巻きで完食する必要はあっただろうけど、不可能ではない」
それまでうつむいていた下谷は観念したように、ゆっくりと顔を上げ「その通りだよ。あたしがやったんだ」容疑を認めた。
これにて事件解決である。
8 後日談
その後の取り調べで、下谷は全員が都合よく部室から離れるようにいろいろな細工をしていたことがわかった。
右山が定期的に生徒会の仕事を頼まれるのはいいとして、他の三人を追い出すため、上坂宛に偽装のラブレターを隠して置いたり、左川のことをチクったり、中田の携帯を隠したりといろいろやった。
とくに中田の携帯はわかりにくいところに隠したのはいいが、中田自身が無くしたことになかなか気づかなかったため、内心焦っていたらしい。――結果的に五分で犯行を行うことになってしまいかなりギリギリだったが――
左川から羽交い絞めにされ、苦しんでいる下谷はさらに言葉を続けた。
「でも実は、カステラ食べきれなくって、まだ手付けてないんだ。二階の女子トイレに隠してあるよ」
その証言を頼りに、全員でトイレへ向かうと、確かに未開封の高級カステラがそこにはあった。
「まあ、なにはともあれ無事解決してよかったね、さ、カステラ食べよう」
上坂が開封すると、カステラは六切れあった。
「これはつまり……」
「一個余ったな」
沈黙。少しして、下田が口を開く。
「ここはやはり事件を解決した私が――」
「いやいや、おもしろい事件を編み出した私に努力賞を与えてよ」と下谷。
「何言ってんの、あたし先生に呼び出し食らったんだよ!? かわいそうなあたしにくれるのが普通でしょ!」と左川。
「結果オーライとはいえ、容疑者に入れられたうえに偽装ラブレターをもらった私の気持ちも考えてよ」くすくすと笑いながら、流れに乗って上坂が言った。
「じゃあ、わたしも」特に便乗する理由はなかったが右山も乗ってきた。
「よし、こうなったら誰がカステラを多く食べれるか勝負だ!」
そして五人はあらゆる勝負で、時間をかけて勝者を決めようとした。
戦いのさなかにカステラをつまんでいるうちに、いつの間にかすべてなくなってしまっていたが、そんなことはもうどうでもよくなるくらい笑ったし、めいっぱい楽しんだ。
高校生の日常なんて、こんなもんである。
終わり
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