第12話 姿を消す言葉

 大黒の光輝への態度が変わったことを、クラスの生徒たちはすぐに感じ取った。グループ分けをする時は誰かが大黒を誘い、大黒もそれに応じた。光輝にチャンスを奪われてきた女子は、休み時間の度に大黒の周りに集まった。

 元に戻っただけだ。

 光輝はそう思おうとしたが、大黒と行動を共にする前、どんな風に学校生活を送っていたか忘れてしまっていた。

 また今日も、話せなかったな。

 金の腕時計を見て、心の中で呟く。だが勇希を見つけてくれてから、頭の中の声は消えたままだった。


 大黒との諍いから暫く経って、修理に出していた自転車が戻ってきた。返しに行くタイミングを失ったまま家に置いていたのだが、何度か倒れたためか、フレームに傷が付いていた。チェーンが外れたというのは方便だったが、ブランド物の自転車には細かな傷さえも申し訳なく思えて、光輝は修理に出したのだった。

 大黒に電話すると、留守電の応答メッセージが流れた。自転車を返しに行きたいので連絡が欲しいと、メッセージを残す。そして、いつ掛かってきても直ぐに出られるように家で待機した。だが夜になっても、電話は何の音も発しなかった。翌日は日曜日で、いつもなら昼近くまで寝ているのだが、光輝は夜明けとともに目を覚ました。それでも一日中、電話は鳴らなかった。

 唯一の糸が、プツンと切れた気がした。

 「お前のせいだ」

 蔵に現れた少年を思い浮かべ、声に出して責める。

 「何とか言ってみろよ。急に黙りこくりやがって。お前まで無視かよ。やりたい放題いたずらしといて。答えろ。答えてみろよ」

 それでも、時計は何も反応しない。

 「分かった。そっちがその気なら、もういいよ」

 光輝は蔵へと走り出すと、重たい扉を開け、腕時計を力いっぱい床に投げつけた。

 その瞬間、光の帯が時計から溢れ出したかと思うと、眼前に少年が現れた。

 硬い床で跳ね返った時計はバックルが外れ、文字盤のガラスが割れた。少年は、止まってしまった秒針を、虚ろに見ていた。

 光輝は漸く現れた少年に憤懣をぶつけた。 

 「お前のせいだ。お前が余計なこと教えるからだ。知らなければ、今まで通り付き合っていけたんだ」

 「あの男に入らぬ忠告をしたのはお前だ。あの子を探しに山に入ると決めたのもお前だろう」

 理不尽に八つ当たりしていることは分かっている。だけど何かに怒りをぶつけることでしか、大切なものを失ってしまいそうな不安に耐える術が見つからなかった。

 「うるさい!」

 「私は約束を果たした。今度はお前の番だ」

 「お前が勝手に連れてったんだろう。俺の体に取り憑いて、乗れもしない自転車を漕がせて。勝手すぎるんだよ‥‥。だいたい、人の家の子のことは分かっても、兄さんのことは何も分からなかったんだろう。家守みたいに、ウチのことは全然守ってもくれない。大事な時は何も役に立たないじゃないか!」

 光輝の声がわんわんと蔵の中で共鳴する。その後の静寂が訪れるのを待って、少年は寂しげに言った。

 「お前は‥‥もう、忘れたのか。この蔵の中に一人でいた時、私はいつも傍にいた。いつも遊び相手になっていた。お前はもう、私のことを‥‥」

 「いつの話だよ。お前が好き勝手に遊んでるだけだろ」

 「子供の頃のこと、本当に覚えてないのか」

 「知らないよ、そんなこと。もう、俺の前に現れるな。お前なんか‥‥」

 勢いづいて溢れ出す光輝の言葉に、少年は手を伸ばした。

 「待て! その先は言うな! 頼むから、嘘でもいいから、私を必要だと言え!」

 切迫した声だった。だが、高ぶったままの光輝の感情を抑えることはできなかった。

 「お前なんていらない! いなくなってしまえ!」

 光輝が怒鳴ると、少年の姿は時間が経った泡のようにシュワシュワとなくなっていった。

 そうだ。この蔵には良い思い出なんて一つもなかったんだ。友達と遊ぶことも許されず、蔵の中に一人で閉じ込められた。ここに来なければ、アイツにも振り回されることはなかったんだ。

 重い扉を閉めると、光輝はしっかりと南京錠をかけた。

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