とある小説家の結末
愛知川香良洲/えちから
第1話「雑誌のインタビュー」
「よい作品を書き続けていくのに、何かコツなどありますか?」
「そうですね、コツというより、作品の中に入り込んでいくのが私のスタイルですか」
「作品の中に入り込んでいく、と」
とある雑誌で近年ヒット作を飛ばし続けている小説家の特集が組まれることになり、女性記者はその小説家のインタビューを行っていた。
「それは、その、登場人物が勝手に動いていくということですか。例えば『図書館戦争』シリーズの有川 浩さんが言っているような感じで」
同じようにヒット作を飛ばし、似ていることをインタビュー記事で話している作家の名前を上げることで、よりその話題を掘り下げる意図が女性記者にはあった。
「それよりも、もっと深いですね」
「深い?」
「私自身が、溶け込んでいくのです」
溶け込む、と女性記者はメモする。ICレコーダは録音状態で机の上に置いてあり、後で文字には書き起こされるが、キーワードとなるものは別にメモしていくのが基本。あらかじめ記事の方向性を把握しておくためだ。
「有川さんの場合は、キャラクター達をある程度は誘導しつつも自由に動かしていく、と言ってましたよね。つまり傍観者です。私の場合は、自分がキャラクターの一人になるんです」
「つまり、作品の中に×××××さんが登場してくると」
「主人公のキャラクターに、乗り移っているとでもいうのでしょうか」
主人公に乗り移りながら執筆するという作家は別に珍しくはない。しかし、奇妙な雰囲気を、記者は感じた。
「書く時に限らず、作品に触れる時も同じなんですよ」
「同じ、と」
「他の人の作品でも、私は溶け込んで物語を楽しみます。太宰 治とか、結構簡単に溶け込んでいけますね。あとは先ほど言われた有川さんの作品も溶け込みやすいです」
「ドラマもですか?」
「狭い意味のドラマ、実写ドラマだとしたら、残念ながら難しいです。そこには、俳優さん達の魂が詰まってますから。俳優さんの体と魂の間にほとんど隙間はありませんよ。だって、自分達の体ですからね。演じているキャラクターがあるとはいえ」
「例えば『リニア新幹線の憂鬱』はドラマ化していますが」
東京・名古屋間、時間にして一時間の間の人々の感情が絡み合って一つの大きな結末に繋がっていく、この小説家の代表作ともいえる作品。まだ建設が始まったばかりの中央リニア新幹線をリアルに描写したことも書評家からの好評価を得た理由である。ドラマ化に当たっては人気俳優が多数起用され、リニア建設主体のJR東海全面協力のもと、実際の営業運転に向け走行試験が行われている車両をロケハンに使うなど、完成度の高い作品へと仕上がった。
「最低限のチェックだけはしましたが、あとは編集さんに任せています」
ここは調整の関係でカットするかもしれないと思ったが、話題を引き出す材料にするため、記者は続ける。
「となると本編自体は見ていないと?」
「目は通しましたが、どうこう言える立場ではありませんね。私の受け方がちょっと、おかしいので」
関係各所との調整の関係でここは使えないと、女性記者は思った。特集ではドラマのことについても触れる契約になっており、販促のための宣伝費ももらうことになっている。マイナス方向に傾くような表現はあまり使えない。
「それでは、アニメの場合は?」
不自然にならないよう方向性はそのままに、話題を少しだけずらす。
「声優さんの魂がしっかり結びついているので、そちらも難しいですね。もちろん実写ドラマと比べたら映像と声の結びつきですからね、割り込みやすいといえばそうですが」
「話を戻しますと、主人公に乗り移った後、どう執筆は進んでいくのですか」
「気が付いたら出来てますね。いや、本当に。誰かに見てもらうとか、録画してもらうとかやって欲しいぐらいですが、そうすると書けないんですよね。独りじゃないと主人公に入れないし、物語に自分が結びついていかない。──いや、実はゴーストライターがいるとかじゃないですよ? プロットだけ渡して他の人に本文を任せるとか、そんなことはしていません。当たり前ですけどね」
そういえば前、とある作曲家が実際の作曲を別の人物に任せていた事案はあったな。女性記者は思い出す。状況を色々変えると、ミステリーにもありがちな設定だ。
「作品と作家が密接に結びついた過程を経なければいい作品は書けない。私はかなり極端な例だと自覚していますが、それでもそんな要素は誰にでもあるんじゃないかと、それは思っています」
「えーでは、個々の作品について聞いてもよろしいですか」
「執筆スタイルがアレだもんで答えられない部分もあるかもですが」
「最初に代表作『リニア新幹線の憂鬱』について、発想はどこから?」
「昔ね、深夜に地元の放送局のドラマを見たんですよ。もちろん私はそういうのを楽しめないクチですが、確か最終電車についてのドラマだったかな、発想が面白いなと。もちろん最終電車となれば深夜なので撮影の手配がしやすいとか、そういう事情はあるんでしょうけど、──」
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