第44話「凱旋」

 第四十四話ー「凱旋」


 松平は「警察庁」長官の岸辺を訪ねて行った。数日前に、「長官官房総括審議官」時代のコネからアポイントを入れておいたが、岸辺はその理由について心当たりがなく、当初は邪険にしたらしいが、「警察庁」に関わる「機密」について話したいらしいと言うと即座に、会おう——、と応えたらしい。


 ——いやー、久しぶりだね、松平君。


 岸辺の両隣には、副長官の安藤と、長官官房長の飯田も松平と対峙していた。


 ——長官、その節は何かとご迷惑をお掛けしましが、何とか青森で


 岸辺は一瞬、苦い表情をしたが、すぐに面相を崩して


 ——で、今日は何の話なんだ?わざわざ青森から出て来て、ただの表敬だけでもないだろ?


 白々しい男だ——、松平は熱くなる自分を抑えるように、ゆっくりと鞄の中から書類の束を出し三人の前に置いた。


 ——此処に、「警察庁」のキャリア組の署名を集めて参りました。135名分、集まってます。


 ——ほぉー、何の「」かね?


 長官官房長の飯田が、岸辺を制するように、先陣を切って松平と対峙した。


 ——に、お辞め頂きたい、というキャリア組の「総意」です。


 松平の声音が静かである分、三人の「警察庁」トップには打撃を与えたらしく飯田は気色ばんで声を荒げた。


 ——失敬だね、君は! 五年前とまったく変わっとらんようだな、少しは青森の田舎で反省しておったかと思えば、何なんだ!、これは!


 ——ですから、お辞め頂きたい、と。


 松平は、三名が署名捺印した、「」の流用明細とも言える書類のコピーを机に並べて、今度は威嚇の目で、怒り狂った「正義」の刃を振り下ろした。


 ——何なんだ!これは!、らそれでもこの国の治安と安全を守る「警察組織」のトップか!!


 机を叩き、口角泡を飛ばして、詰め寄った。


 ——出処も分からんような、こんなもん、いくらでも偽造できる。こんなもんで我々を威そうとは、言語道断だっ!


 今度は、副長官の安藤が頭の線が切れるのではないかと言う勢いで声を荒げた。

 ——左様ですか。分かりました。言っておきますが、この庁舎に居る135名のキャリアが、今日、この時間から貴方達を糾弾する為に動きますよ?彼らは私と志を同じくするものたちです。それを、敵に回してまで、を切るおつもりならどうぞ。


 松平は、一世一代の「大勝負」の啖呵をきった。


 目の前の三人の男は、面相を苦くして押し黙った。


 —— 一週間の猶予を差し上げましょう。黙って「辞表」をお出しになるならこの件は今後一切、表に出ないよう私が処理をします。せめて……、せめて晩節を汚すことのないよう、私からのお願いであります。


 ————————


 松平が「長官室」を出ると、数十人近くの「キャリア組」がそこに居並び、松平を待ち構えていた。


 その様子をドア越しに見ていた三人の男は、もはや抵抗の余地は無いと観念したのだろう。

 翌日、岸辺は体調不良を理由に「辞意」を「国家公安委員会」宛に申し出た。

他の二名も、「辞表」を出し、「警察庁」庁舎を出て行った。


 松平は、大学時代の同期である、柏井と連絡を取っていた。柏井は現内閣総理大臣の「補佐官」を務めていて、首相の信頼も厚い男だった。


——あとは、俺に任せてくれ。トップ3の人事は早急に総理と内閣で調整をつけるから。


——わかった。よろしく頼むよ。俺はどうなってもいい、若い有望なキャリアを登用してやってくれ。


——何を言う、まだ掃除は終わってないぞ。ここまで派手にやったんだ、ちゃんと責任は取ってもらうからな。


 数日の後、松平は「警察庁」副長官の肩書きで「霞ヶ関」に呼び戻される内示を受けた。

 「警察庁」長官の椅子には「警視総監」の秋葉一茂が横滑りで就いた。


 これらの人事は、官報には載ったが、一般のメディアが大きく取り上げることはなく、「何もなかった」かのごとく時は過ぎた。



               第四十四話「凱旋」ー了

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