第33話「裏切」

第三十三話「裏切」


 駒井は「暴対法」の容疑で逮捕され、「名古屋地検」の取り調べで、それを自供した。地検検事は、「大川組」の地上げの実態とそれに絡んだ幹部の名前を自供すれば、情状酌量し起訴されても執行猶予は付くと迫り密室の中での「司法取引」をしたのだ。


 ただ、駒井はFDC本社の誰に支持されて実行したのか、という件については柴田専務と小野田社長だと、言い切った。そこに明石や木下の名前は出てこなかった。


 小野田は、「FDC開発」と「大川組」との関係が露見したところで、社会的制裁は免れぬと覚悟していたものの、そのことで自分が法的に裁かれるとは思っていなかった。一般に企業が「反社会勢力」と関わりを持ったとしても、その関係を今後は一切断ち切ると表明すれば、所謂「暴対法」で一般企業の役員を逮捕することまでしないと踏んでいた。


 しかし、その楽観に反して小野田以下、柴田、滝川、丹波、明石といった主要役員は、「名古屋地検」の取り調べを受けることになり、まず滝川、丹波、明石の三名が先に呼ばれた。取調べは、最初の拘留期限の10日を迎える前に、明石と丹波が帰され、滝川は拘留延長がなされ、さらに厳しい取り調べを受けることになった。


 小野田は、なぜ、「名古屋地検」の取り調べを受けるのかわからなかった。「暴対法」関連ならば、普通に名古屋地検の検事による取り調べが妥当であり、「特捜」が出てくるはずがないのである。


 しかし、小野田は取り調べ初日にその理由が分かった。「大川組」との関連はそこそこに、「鹿島急便」鹿島武との関連まで問われたのだ。

 そして、それから十日後には驚きのあまりに身体の震えが止まらなくなるような言葉が、名古屋地検特捜部の検事の口から出てきたのである。


ーーー『警察庁』のサーバーにサイバーテロ仕掛けただろ、明石が自供したぞ


ーーー(明石が!、なぜ!?)


 小野田は取り調べから十日が過ぎ普通の者なら精神的にもかなり追い詰められ以後の更なる取り調べには耐えられなくなってくる時期にも関わらず、絶対二十日の拘留期間切れまで耐えるんだと自分に言い聞かせ、頑張っていた。


 それが、思いもよらぬ方向から攻められた事と、明石が自供したと言う、例えフェイクだとしても、明石の名前が出て来たことが小野田の精神状態を錯乱し大きな動揺を呼び込んだ。


ーーー(サイバーテロの件を、なぜ?それも明石が......)


 小野田は、椅子からズリ落ちそうになるくらい、虚脱感と絶望に襲われた。


ーーーよって、滝川常務は、公安事案で起訴が決まったよ。


 担当検事は、余裕の笑みを浮かべさらい追い込んできた


ーーー金融庁、財務省、国交省......官僚への贈賄についても、明石は詳しく自供している。まっ、時間はたっぷりある、ゆっくり聞かせてもらおうか。


ーーー(なんで、、、だ? なんで、明石が!!)


 小野田は、頭の中で必死に言い聞かせた


ーーー(いや、これは検察の揺さぶりだ、フェイクに違いない......)


ーーーカマかけとでも思ってるのか? 明石は詳細の人物名と贈賄内容、日付、場所まで書き残した手帳を「提出」して来たよ......

 あんたの懐刀にしちゃ、あっけなく裏切られたもんだな。


 検事は憎たらしいほど勝ち誇った顔を小野田に寄せて迫った


ーーー(信じられない.......)

 


」とは、あっさり認められない小野田だった。


        ーーーーーーーーーーーーーー


 検察の取り調べから戻った明石は、朝倉と会っていた。


ーーーあとは、よろしくお願いします。


朝倉は、少し頬が痩けた明石の顔に視線を止めながら言った。


ーーー随分、思い切ったことをされましたね

ーーーこれも、株主のため、会社、社員のためです。

ーーーそれが、貴方の大義ですか? まっ、いいでしょう英断に敬意を表します


 朝倉は冷ややかな笑みを浮かべ早々に、明石の前から消えた。


明石は自分がした事が世間や社員がどう評価するか、そして目論見通りに事が運ぶのかと先行きを考えると、重い息を吐かざるを得なかった。


 街のあちらこちらでは気の早いイルミネーションが煌めき始めていた。

明石は店を出ると、コートの襟を立て足早にメトロの階段を目指して歩いた。


ーーー(拘置所はさぞ、寒さが堪えるだろう......)


 明石はかつてのの身を案じた。


                  (第三十三話ー了)

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