第24話「足音」

 第二十四話ー「足音」


 羽田は、やはり橙子のことが気になっていた。捜査が佳境に入り立場上身動きできなくなる前に、一度会っておきたいと思った。


 先日送ったメールの返信も来てはなかったが、携帯電話のアドレス帳から橙子の番号を引っ張り出し、クリックした。あれから五年、この番号が生きてるのかどうかもわからない。

 しかし、あっけなく橙子に繋がった。


 ーーーお久しぶり、羽田です。


 羽田は自分の名を先に名乗らなきゃならない関係になってしまったことを今更ながらに気づいた。


 ーーー久しぶり、(ケン)、、、羽田さん。お元気そうね、、、


 橙子は昔、羽田をケンと呼んでいた。ベッドで抱かれている時に漏れ出る声もケン、だった。


 ーーーこの前は、、、、意外なとこであったよね?

 ーーーあぁ、、、


 橙子はその先の言葉が出て来なかった。


 ーーーも、小野田を?


 一瞬、捜査秘密、というかナワバリ意識が出たが、どうでもよくなって


 ーーーウン、追ってる。「」としてね

 ーーーそっか、、、どっかで、またバッティングしそうだな。

 ーーー 。。。。。。

 ーーーこっちは、いよいよ、本格的に小野田に手を入れる。それを先に言っておきたくてね。


 橙子は早く電話を切りたかったが、「小野田に手を入れる」と聞いて携帯電話を握り直した。


 ーーーFDCに入れるの?


 一瞬、間が空いたが、羽田ははっきりと答えて寄越した。


 ーーーまだ、確証は掴んでないけど、近いと思うよ。そっちに人をシフトすることに決まったしな


 ーーーそっか、、、

 ーーーあ、コレ、オフレコな? ああぁ、、、特捜検事失格だな、、、オレ


 羽田も自らの立場とナワバリ意識に気づき、しまった、と思った。


 ーーーうん、わかってる。こっちは「事案」でしか動けないし、、、


 ーーーなぁ、橙子、、、今週会えないか?


  数秒の沈黙のは橙子には重すぎて、堪らず口を開いた。


 ーーーごめん、やっぱり、、、アナタには普通に会えないよ、、、


 電話の向こうで、羽田の吐く息の音が伝わってくる。

 結局、そこで会話は繋がらなくなり、羽田は橙子に捜査進展のエールを送って電話を切った。


 橙子の中で、小野田に忍び寄る「巨大権力組織」の足音が、戦時中の陸軍の行進のように、規則正しくはっきりと聞こえていた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーー


 深夜1時過ぎにようやく橙子はベッドに入ったが、眠れずにいた。

 朝からの出来事を思い起こし、考えることを止められずにいたのだ。


 意識がほんの少し消えかけたその時だった、の携帯電話が鳴った。


 柿山からの緊急の用件だろうかと、ディスプレイに視線を落とすと柿山からではないと分かる11桁の番号が並んでいた。


 ーーー(間違いか、、、)

 

 と思ったが、に誘われるように、通話ボタンを押していた。


 ーーー小野田だけど、、、


 橙子の心臓は、急発進した車のタイヤのように偏平しキュキューンと哭いた。



             (二十四話ー了)

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