第7話「京都」
第七話「京都」
京都市左京区吉田、そこに狐立丘の「吉田山」がある。別称「神楽岡」。
小野田は、ここに来ると自分に戻れる気がするのだ。月に一度は必ず来る。名古屋からは「近鉄特急」でゆっくり時間をかけてやって来る。
吉田山の麓野一帯に「京大吉田キャンパス」があって、構内を散策してから「今出川通り」沿いにある京大の学生には馴染みの珈琲店で一休みしてから、タクシーで祇園の母親の営む仕出し屋を訪ねるのがいつものコースであった。
ーーーちょっと痩せたんと違う?
母親の希和子は、歳は六十五になっているが、やはり若い頃祇園の
ーーーそうか? 腹減ったなぁ、アレ頼んでよ、おかーはん
近所の料理割烹に作らせる「けいらんうどん」を食べて帰るのがいつもの楽しみだった。おろしたての生姜をよく溶かし、汁まで全部飲み干すと実家に戻って来たこととあいまって、体の奥から温もりが湧いて来るのだった。
ーーー健ちゃん、、、「嵯峨野」に行ったってくれんかいなぁー
「嵯峨野」ーーーそれは、あの男が隠棲する処。
小野田は自分の実の父親が誰なのかを知らされたのは、小野田が二十歳の春だった。
ずっとその時まで、父親は小さい頃に事故で亡くなったと言い聞かされて来たのだが、京都の古い町家にしては仏壇も置かず写真の一枚も残っていないかったことに、この利口な男が気づかないはずがなかった。
ただ、真実を知ってからも一度も父親の顔を見に訪ねたことも無かったし、認めてもいなかったのだ。
それは、自らの会社が軌道に乗り大きくなるに連れ完全に疎遠になっていった。
ーーーまた、今度にするわ
ーーーもう、長くはないのよ、、、胃癌なの、、、
希和子は急須の茶を湯呑みに煎れながら息子に父親の病状を告げた。
健斗は、波立つ心を鎮めるように、祇園から「京阪四条」まで歩いて、「四条大橋」の脇から鴨川の遊歩道に降りた。
すっかり陽が暮れて、鴨川の川面にも夜の
その背中を追うように女が一人、男女のカップル達の横をゆっくり歩いていく。ティファニーブルーの薄手のトレンチコートを羽織り、肩から一眼レフのカメラを提げている。
時折、川面から吹き上げて来る秋の夜風が女の長い髪をハラハラと揺らしていた。
橙子、いや、、、斎藤亜希だった。
(第七話 了)
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