第5話「容疑」

 第五話(容疑)


名古屋市中区伏見の幹線道路に面したオフィスビルに【株式会社FDC.COM】の本社がある。上層階の23階から25階までを占めている。

 最上階には「社長室」とその隣に「役員会議室」が設えられていて、一区画一畳はある分厚い硝子を額縁に見立て、四季折々の「名古屋城」の勇姿が愉しめた。

 

【FDC.COM】は東証「マザーズ」市場に上場してから9年が経過し、来年は”市場替”、つまりは「東証一部」への上場を画策するか、このまま「マザーズ」に残るかの”選択”を迫られる時期に来ていた。それは「マザーズ」の持つ特殊なの一つとして規定された事項なのだ。


ーーー明石、実際どうなんだ?一部に上場するメリットはあるのか?今のウチにとって。


 明石吾郎は、小野田が懐刀みぎうでとして絶大なる信頼を置いている男であった。まだ入社して五年にもならないが、小野田が外資系証券会社から直々にヘッドハンティングして来た男である。小野田と同じ京都大学の法学部卒でハーバードMBA卒でもある。今年から常務取締役として「経営戦略室室長」を任されていた。


ーーーご存知の通り、「マザース」と「東証一部」とでは当然市場規模も違いますし、それだけに資金調達の幅も広くなるのはもちろん、何と言っても「信用」が違います。銀行筋の評価もガラりと変わるはずです。


ーーーで、やれるのか?


ーーークリアすべき壁は高いですが、、、やれます。


 明石は古参の役員の好奇に満ちた視線を受け流し、声音静かに応えた。


ーーーウチもついに、企業か、、、


 小野田の左隣に座っているこの男ーーー柴田大輔は、ガタイは優に100キロを超えるているであろう、胸筋の厚さにワイシャツの釦が飛びそうな勢いである。国士舘大で、空手部の主将を務めていたらしい。小野田とは会社設立以来の”盟友”で専務取締役の地位を得ている。

 どこの新興企業にもにおいては、こういったは必要な人材であったのだろうが、切った張ったのない”平時”にその能力を発揮する場はない。


FDCには、この二人の他に「開発担当」の丹波 茂と、「情報分析マーケティング担当」の滝川一正の二人が古参役員として小野田を支えていた。


ーーーは大丈夫なのか?


 滝川が明石に問うた。身体検査ーーーつまりはのことである。


ーーーと、、、申しますと?


 細い金縁メガネの奥から鋭利な視線を滝川に向ける。


ーーー検察OBからの情報だが、、、「地検」が動き出してるらしい、、、


 たったのそれだが、の象徴としてそれは十分な迫力があった。役員室の空気が一瞬凍りついたのを小野田の後ろに控える矢神真咲は肌で感じた。真咲は、企業法務専門の「笹川法律事務所」から法律顧問としてやって来ている弁護士である。


ーーー、、、件でだっ? 

       柴田っ、はお前の役回りだぞ!


 柴田がその大きな身体を機敏に起こし応じる


ーーーそっちは、ぜってぇー火の粉を浴びねぇーようになってる、あり得ない、、、


ーーーいやっ、じゃなく、、、おそらく、、、


 滝川は苦り切った表情を小野田に向ける


ーーー株ネタかっ!


 小野田は、「地検」が「企業舎弟」などというでターゲットにするはずはないと思い直し、滝川が言わんとするのは、株ののことだと直ぐに本意したのだ。


ここ五年ほどの間に何度か仕掛けた”ディール”があり、いずれも政府与党「政友党」幹事長、袴田幸太郎が絡んでいたのである。


 、、、「検察」が涎を垂らして追いかけるのは至極当然のネタであった。


                      (第五話 了)

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