T1206K

愛知川香良洲/えちから

第1話

 地下鉄上前津駅。老若男女全てを対象とした店が集まるカオスな街・大須の最寄り駅の一つであると共に、市営地下鉄名城線と鶴舞線が交差する乗換駅の役割を担っている。しかしこの駅にはもう一つの役割が存在する。一般にはあまり知られておらず、しかし地下鉄にとっては最重要とも言われる施設。上前津運転指令室である。

 桜通線の運用を担当するセクションに突然、アラーム音が鳴り響く。

「状況報告!」

 桜通線統括指令が真っ先に声を上げる。信号通信担当の指令員の一人がそれに応えた。

「えー、一部列車でATOが停止した模様。確認進めます」

 その指令員の前に置かれたディスプレイでは、「警告・ATO停止」の文字が点滅している。

「速やかに確認せよ」

「了解」

 続いて運用担当の指令員が報告する。運用担当は、各列車とのやり取りを中心に行うポジション。

「全列車にATO装置の動作確認を指示。現時点で異常の報告はありません」

 ここで、旅客担当の指令員が割り込む。

「旅客指令より運用指令へ。車道駅より、中村区役所行きのドアが開かなかったとの報告あり」

 旅客担当は各駅からの情報を取りまとめ、指示を出す役割。忘れ物の捜索指示や遅延証明の発行指示なども取り扱う。

「運用指令了解。当該列車は?」

「おそらくT1206Kかと。今池駅を十二時半に出発した列車です」

 さらに輸送担当の指令員が会話に割り込んだ。前面に設けられた電光式の表示板、注目が車道・高岳間を走る点に集まる。

「当該列車について状況報告!」

 統括指令は声を荒らげる。

「ATO停止はこの列車の模様。現在ATCによる手動運転に切り替わっているとの表示」

「連絡は?」

「ありません」

「なら連絡しろ」

 そこに、ドアが開け放たれる音がする。

「愛知県警刑事部捜査第一課特殊犯捜査係です。桜通線列車で鉄道ジャックが発生した可能性があるとの警察官による情報があり、出動しました」

 捜査第一課特殊犯捜査係。頭文字を取ってSITとも呼ばれる、誘拐や立てこもりなどの事件の対応に当たる部署である。

「鉄道ジャック、だと……?」

「はい。現在異常を示している列車は?」

「T1206Kですが。現在高岳駅に停車……いや、通過、しました」

 桜通線統括指令はようやく状況を把握した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る