神社のエルフ

宮里智

第1話 神社へ

 ゲームのスロー効果を思い出すくらいに、体の動きが鈍くなった。ゆっくりとした動きになって、攻撃があたりやすくなる、あのスロー効果だ。鈍くなるということだけで、そのような発想に至るのは、ゲームのやりすぎだからか。

 実際は、なんてことはない。普段暖かな部屋で何の苦労もせず暮らしている体が、外の世界を拒否しているだけである。冬の凍てつく寒さは、厚着をすり抜け僕の体に鞭を打った。

 二枚重ねの長袖シャツ、その上に裏起毛のパーカー、そのまた上に綿の詰まったジャンパー。その上、手袋と耳当ても身につけているが、寒さには勝てないようだった。

 典型的な冬の曇り空。せめて日が差してくれれば。

 肺が縮まり息を漏らしながら、歩く。道路の両脇に並ぶ家々の門には、所々門松が見えた。まだ大掃除をしている家庭はいないのだろか、静まりかえっている。

 目的地へとたどり着く。家を出る前に暖めた手が冷え切らないくらいには近い、ささやかな外出。大きな鳥居。塗装はもとからあったのか、なかったのか。灰色である。

 鳥居に一礼して、境内に入る。年老いた男性が、杖をつきながら僕とすれ違うようにして神社を後にした。誰かしら人はいるものだ。

 手水を済ませ、階段を上る。「三列に並んでご参拝下さい」と書かれた看板を尻目に、参拝をする。

 二礼、二拍手、少し祈ってから、一礼。

 祈ると言っていいのか、わからない。これは僕のプライドと、気まぐれのために参拝したのであって、何も神様にお願いすることなどないのだ。ただ、初詣を最初で最後の参拝にしたくなかった。

「明後日初詣します。よろしくお願いします」

 そう、脳内で呟いただけだった。

 一礼した後に顔を上げると。

 エルフがいた。

 ああ、ゲームのやり過ぎの後遺症がまた。

 木で作られた立派な賽銭箱を挟み、彼女は立っていた。金色で長い髪から覗く、とがった耳。透き通る青い目は細められ、薄い唇には笑みがたたえられている。その服装はいかにもといった感じで、くるぶしまである薄緑色の布が風にゆらゆら揺れる。レースなどの装飾はないが、細い体の線が浮かぶ美しいドレスだ。

「表情も変えないなんてなんか拍子抜け。もう少し驚いてほしいわ」

 春風のように優しく暖かな声がして、視線を服から顔に戻す。彼女はつまらなさそうに口をすぼめていた。

 僕はそのまま無視して踵を返し、階段を降りる。後ろから布のすれる音と、

「待って待って」

 と呼び止めようとする彼女の声。しかし僕は立ち止まらず、手水所を過ぎ、鳥居を過ぎる。

 途端に音はやんだ。彼女の声だけが聞こえる。

「お願い、話を聞くだけでいいの。ね、お願いだから」

 鳥居の前でやきもきする彼女の姿を想像し、少し良心が痛んだ。出来るだけ表情を変えないようにして振り返ると、想像の通り彼女は鳥居の前にいた。

ゲームの禁断症状だろうか、そうであるならいよいよ僕は病院行きだ。

 病院に行く前に、少し楽しむのも手であろう。

「なんで僕?」

 短い問いに彼女は目を大きく開き喜んだ。

「そりゃ、若い子が少ないからでしょう。これからここは忙しくなるわ。てんやわんやの大騒ぎ。だから神様は今眠っているの。それで私が代わりに願いをなんとなく聞いておけって言われたけど暇すぎてやばいの」

「意味わからん」

 堰を切って話し出す彼女を制止したが、初対面に対して乱暴な言葉遣いだったと思い、

「庶民にもわかりやすく説明してほしいです」

 丁寧な言葉で言い直す。

「もう、なんと説明したらいいのかしら。ずっと暇なのよ。いやね、たまに人は来るのだけれど、私、別にお願い叶えられないからさ、一応愛想良く立っているだけで。とにかく暇。で、そういえば私人間と話せるんだったって思い出したの」

「暇、か。あなたはアルバイトの人ですかね。交通量調査ならぬ参拝量調査?」

「ああ、そういうこと。いつか来た彼が言っていたのは、今私がやっているような仕事に就きたいってことだったのね。また一つ賢くなったわ」

 彼女は腕を組み、ふんふんと頷いた。何のことが理解しきれないものの、僕も併せてふんふん頷く。

「単なる暇つぶしと言ってはなんだけど」

 彼女は無邪気な笑みを浮かべて、立てた人差し指を揺らす。

「語らいましょう、私と。丁度若い子と話したかったのよ」

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