第7話 師匠ができました

先輩を兄貴と言った男子生徒は僕たちに気づいたようでじろじろと値踏みをするように見られた。

「ん?なんだこいつは。……まさかこいつと戦っていたんじゃないだろうな兄貴! 」

 なぜそんな発想になるのかさっぱりわからないよ!

 いったいどんな事情で僕と先輩が戦う展開になるというのだろうか。

 「どう見てもお前と同じタイプじゃないだろ。むしろ逆のタイプだろ」

 先輩があきれたようにつっこみを入れる。

 そうか、彼は戦いたがる性格なんだ。

 もしかして、この人が先輩にしょっちゅう戦いを挑んでいるのだろうか。だとしたら確かに面倒だ。

「ああ、そうそう。これが強くなりたいらしいよ」

 先輩にこれ呼ばわりされた事に少しだけ落ち込む。

「何!?兄貴の時間を取らせるわけにはいかないからな。俺の弟子にしてやる。うむ、いい考えだ」

 彼の中でどんな話しの展開がされたのだろうか。話しが飛躍しすぎている。

 思考回路がショートしているんじゃないかと心配になる。

 彼のドヤ顔を見るにどうやら僕に決定権はないらしい。彼の弟子になる事はもう決まっているようだ。

 そうか、これが先輩の言っていた押し付けるの意味か。先輩はもういなくなっている。

 師匠となるらしい人に先輩がいなくなった事を悟らせないように気をつけよう。

「俺の名はイグナーツ・オット」

 イグナーツ君は突然口笛を吹くとオリーブ色のサーベルタイガーがどこからか飛んできた。

「そしてこいつはヴァルディだ。よろしくな」

 僕も自己紹介をする。

 まだ、召喚獣の名前は決まっていない。

 だけど思いついた。

「エンゲ。小さな勇敢な天使……じゃあダメかな」

 僕は召喚獣を見る。召喚獣はゆっくり確かにうなずいた。

 こうして召喚獣の名前が決まり、僕に師匠ができたのであった。

「さて、シュテルヒェはなぜ強くなりたいんだ?」

 最初は言葉にするのに戸惑ったけどなんとかあの男子生徒から自分の召喚獣を守れるようになりたい事と理由を伝えた。

「うむ、それはつらかったな。……ちょうどよくそいつを見返すのにいい舞台がある」

 僕の話しを少しもからかう事なく真剣に聞いてくれた。それが僕には新鮮だったし嬉しかった。

 師匠の話しでは、約二週間後にクラス内で模擬戦をやるらしい。

 そこで男子生徒に当たり勝つ事ができればもうやつは馬鹿にできないとの事だった。

 勝つ事が前提のそれに不安を覚える。勝てる自信が全くない。

 もしキセキがおきて勝つことができたら本当にそれで終わるのだろうか。エスカレートしてしまうのではないかと心配になった。

 そんな僕の心情がわかったのか師匠は俺に任せておけと言ったのを信じていいのかわからないけど、やれる事はやりたい。

「まずは今日から時間があったら筋トレと素振り、そして毎日十キロランニングだ! 」

 幻聴だと思いたかったけど目の前にいる男の目が熱く燃えているのを見て本当にやらなければならないのだと悟ってしまった。

 やれる事はやらなくちゃいけない。

 でも日常生活で行う労働しかやった事がない僕にはとても高いハードルに思えた。

「返事は!」

「はい」

「もっと大きな声で!」

「はい!」

 どうやら熱血師匠らしい。ついていけるだろうか。

 腹から精一杯声を出してようやく合格点が出たようだ。満足そうにうなずいている。

 大きな声を出すだけで軽い息切れをおこすなんて思わなかった。僕ってこんなに貧弱だったのか。

 軽く自分にショックを受けているとイグナーツ君は周りを見渡していた。

「んん?兄貴はどこに行った!兄貴ー!」

 僕も今気づいたという風に辺りを見渡すふりをしておいた。

 そのあと自由時間終了の鐘の音が聞こえるまでイグナーツ君は先輩を探していた。

 この人が師匠で大丈夫なんだろうか。そう思ったけどイグナーツ君は良い人だと思う。

 出会って少ししかたっていないけど僕をちゃんと見てくれた人だから信じてみたい。

 教室へ向かうイグナーツ君の背中を追いかける。


 僕はいつか彼の隣に立てる日は来るだろうか。


 あの日想像した師弟ではなく対等の関係――。友達に。









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