第3話

「護衛艦『ちょうこう』より緊急連絡がありました。対馬海峡西海峡に複数の飛翔体を確認した模様です。おそらくは、韓国を襲ったものかと」

 総理官邸地下の危機管理センターに設けられた、大規模未確認飛翔体群対策本部。自衛隊幹部が浜岡総理大臣に耳打ちをした。

「ついに来たか」

 既にアメリカやヨーロッパの各地の都市は飛翔体の攻撃で壊滅状態に陥っている。ロンドンにも攻撃の目は向けられ、初期の攻撃目標の傾向から安全と思い込んでいたロンドン市民は大パニックになり、その混乱による圧死者も少なくないとされた。中国は未だに正式発表がないが、日本各地の放射線観測ポストの測定値が急激に上昇していること、長野県松代町にある気象庁精密地震観測室の波形データなどから、自国の国土内で飛翔体に対して核攻撃を行ったことが推測されていた。ただその後の現地外交官からの情報を総合するに、大きな成果は上げられていないという。大国の中で日本だけが、これまで無傷で生き残っていた。しかしこれから、その襲来を受けることになる。

「内閣総理大臣、浜岡武郎より全自衛隊へ。只今をもって、防衛出動を命じる」

「防衛大臣・安藤昭光、九州周辺の部隊に出動を許可します」

 航空自衛隊築城基地。九州北部における、北と西に対する航空防衛の要となる飛行場である。防衛大臣の命令を受け、F-15J戦闘機やF-2戦闘機などが編制を組み、続々と離陸していく。

 飛翔体の姿を視認するのに、そう時間はかからなかった。飛翔体は、正八面体状をした黒色物体。現在人類が持つテクロノジーでは当然、これをコントロールするのは困難である。

『これは、どう手をつけましょうね』

 パイロットの一人が呟く。その数、二十はあった。

『うちのセオリー通り、まずは警告だな。そうだな、俺が行く』

 F-2側のキャプテン機パイロット。

『しかし、元々は「支援戦闘機」の我々よりイーグルに任せた方が……』

『確かに西側最強だが、型が違うとはいえ他国でも使用されてるだろ? 嫌な予感がする』

『韓国でも使用されていますしね。機種で判断されたら攻撃される可能性も』

 F-15シリーズの一つ、F-15EをベースにしたF-15Kは韓国空軍で採用されている。当然ながら今回の事態にも出撃しているはずなので、攻撃対象と判断される可能性は高い。一方F-2戦闘機はベースこそF-16C戦闘機に準じているが、ほとんどの部分で再設計が加わっており、日本独自の戦闘機ということも出来る。

『それならそれでこちらが攻撃出来ることにもなるが、犠牲者は少ない方がいい』

『そうですけど』

『浅間! 万が一の際は指揮を任せる』

『了解、長坂キャプテン。御武運を』

『築城タワーとイーグル隊の渡辺キャプテン! これより飛翔体に接触する。許可を』

『築城基地、了解』

『渡辺了解』

 F-2戦闘機のうちの一機が飛翔体に近付き、考えられる帯域で無線を飛ばす。

『警告、対馬海峡の国籍不明機に告ぐ。こちらは日本国航空自衛隊である。あなた方は日本国の領空を侵犯している。直ちに退去願いたい』

 英語、日本語、韓国朝鮮語、中国語、ロシア語で呼び掛けるが反応はなく、そのまま直進していく。それに並走しながら、データを収集。

『飛翔体からの反応なし。参考情報、現在北緯三四度二九、東経一二九度三一付近を南南東に向かって飛行中』

 その方向の先には対馬、そして福岡がある。だが自衛隊はその性格上、先制攻撃が出来ない。

『間もなく対馬北部を通過』

 飛翔体による地上攻撃があるのではないか。この空域を飛んでいる全ての自衛隊員が極度の緊張を持って状況を観察する。しかし何事もなく、飛翔体群は対馬上空を通過していく。

 その頃とある防衛省幹部が、アメリカ合衆国から送られてきた最新の交戦データを見て、気付く。

「これ、もしかしたら、攻撃しなければ攻撃されないんじゃないですかねぇ?」

 それを対策本部の場で発言したので、本部長代理に任じられていた官房長官を驚かせる。

「どういうことだ?」

「アメリカ空軍の交戦データによると、飛翔体の出現時刻と出撃時刻の間には十分ほどの開きがあります。しかしこの間、ニューヨークでの破壊活動は確認されていません。あくまでこれまでの情報、でですが」

 現地日本総領事館と、内閣情報調査室経由の商社情報による報告が根拠となっている。

「とにかく、国民保護法の規定に基づき、福岡県内に避難区域を設定することが第一です」

「うむ、内閣総理大臣として了承する。福岡市を始めとする関係自治体に連絡、調整を進めろ。飛翔体に対しての先制攻撃禁止も、理由を合わせて関係部隊に通達。徹底させるように」

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