第6話 異端者の剣舞

 その効果は絶大で、次々と落ち着きを取り戻していった。

 結界の内側を満たす輝きが収束していき、二人の騎士の姿が見えるようになる。そして、全ての視線がアルバートの持つ剣に集まった。

 幅広の刃を持つ両手剣。黄金の獅子頭が装飾されており、刃は白銀に輝いている。

「この剣を見たまえ。真なる獅子の王が宿る聖なる剣だ」

 獅子王と呼ばれる所以の一つ。それを自慢するかのように掲げて立つ彼の前に、グランは膝を折って着地した態勢で構えなおしていた。

 まるで力の差を見せつけるような図だが、額面どおりに受け取るのは剣の道に通じない者だけだ。

「…大人気ないな。俺みたいなガキ相手に剣を抜くなんて」

 嫌味を言うような口調に、〈獅子真王〉を手にアルバートは襲い掛かった。

 刃が触れた瞬間、土くれのように崩れ落ちる残像。同時に背後に現れたグランは一閃。

 ギィンッ

 受け止められた。鍔迫り合いに持ち込まれ、じりじりと押されていく。

「ははは、ずいぶんとエゲツナイ手を使ってくるじゃないか!」

 呪力のぶつかり合いによって散る火花の向こうに、嬉々とした表情がある。

「やっぱりな…!」

 剣を召喚した騎士は、そこに宿る魂の恩恵を受けて身体能力が跳ね上がるのだ。さきほどのバックアタックをに対処できたのも、これによる切り返しを行ったからだ。

 力いっぱい踏ん張りをきかせたとしても、召喚の魔術で受けた衝撃で《鋼王の剣》と《伝令者の長靴》は消滅してしまっている。再び呪文の詠唱を行おうとしても、中断させられてしまうだろう。

 このままでは押し切られるのも時間の問題だ。

 すっ…、ザンッ

 ふと抵抗が消えて〈獅子真王〉のよる白銀の斬撃が走り、結界に一筋の傷をつけた。しかし、その線上にグランの姿は無い。

 隙をつくよう視界の端から無音で入ってくる人影。

「Ⅸ式・羅刹らせつ」

 剣を振り切ったアルバートに向かって、声と共に鋭い剣閃が走る。

 ギンッ、ギギッ

 三連続の刺突を〈獅子真王〉を盾にして防ぐ。そこへ剣を方に担いだグランが踏み込んでいった。

「Ⅳ式・崩牙ほうが」

 呟くような言葉と共に剣が振り下ろされ、アルバートはそれを受け止めた。そのまま力任せに押し返す。

「――汝は鋼、冷たく堅牢なる者。汝は剣、」

 後方へ押し飛ばされ、とんぼを切りながら呪文を詠唱する相手に追い討ちをかけようと踏み出した――が、

「…っ?」

 なぜか足が前に出なかった。足だけでなく、剣を振るう腕すらも金縛りにあったように動かない。

「すべてを切り裂く者なり!」

 動揺している間に詠唱が完成してしまう。グランの持つサーベルに再び白銀の輝きが宿った。

 見守っていた貴族たちが色めき立ち、騎士団は結界を維持しながらも目の前の光景に絶句させられる。

 通常、剣を抜いた騎士を相手に剣を抜いていない騎士が対抗できるはずがない。そんな常識を、刹那の間に少年は覆してしまったのだ。

「…さっきの剣技、独自のものかい?」

 自由を取り戻し、〈獅子真王〉を構えなおすアルバートの質問にグランは肩をすくめた。

「残念だけど、これは仕込まれたよ。もっとも、あの婆さんのことを師匠なんて呼ぶ気はないけどな」

 なんでもないような口調とは裏腹に、なぜか顔には苦味が浮かんでいる。

「なるほど、〈剣姫〉の技だったのか。……ますます面白い」

 一瞬にして間合いをつめられ、勢いを増した剣閃を真正面から受け止めて鍔迫り合いに持ち込んだ。次の瞬間、すっと力を抜いて剣が描く軌跡の外側へ逃れる。

「Ⅸ式・羅刹」

 高速三連撃の刺突を放つが、先ほどと同じように防がれてしまう。そのことに悔しがりもせずに後方へ跳ぶ。 それを追いかけるように速度を増し、着地したタイミングで獅子の爪が襲いかかった。

 今度こそ刃は体に吸い込まれるように突き刺さり、結界の端まで吹き飛ばされた。

「……呆気なかったね。期待はずれだったよ」

 衝撃で起こった土煙の中で倒れているはずのグランに向けて呟き、興味を失くしたように剣を下ろした。

 騎士団団長の勝利に、民衆たちの歓声が聞こえてくる。裏の顔を知らない彼らにとって、国の守護者たちを統率するアルバートは絶対の信頼を寄せ、それに挑戦する者は悪なのだ。

「やはり、年季の差が出ましたな!」

「まったくだ。…かの〈剣姫〉も弟子のこととなると目が曇るようだ」

「辺境で隠居していた間に勘が鈍ったのでしょう」

「さすがは、わが国の守護者。無敵の〈獅子王〉殿ですな!」

 貴族たちは人耳も憚ることなく、グランに期待していた者までルディアの陰口を叩きだす始末。

 彼らが座る段の付近でボロ衣のようなローブを被り、唇を噛み締める人間がいた。

 ―………守護者。されど、……―

「ん?」

 聞こえてきた声を耳ざとく拾い上げ、アルバートは目を細めて〈獅子真王〉を構え直す。

 ―汝は……力。ゆえに、あらゆる障碍を打ち砕く―

 今度こそ、はっきり呪文の詠唱が聞こえた。それも、ただの魔術の詠唱ではない。

 ―汝に宿りしは…炎。ゆえに、…すらも焼き尽くす―

 ―汝が背負うは永久の…。ゆえに、何者をも恐れることはない―

 ところどころ隠すような詠唱が気になるが、聞く者が聞けば一瞬で理解できてしまう。

「剣を抜くつもりか…」

 砦の上に立ったままだったルディアの言葉を裏付けるように、土煙を払うように白銀の光が溢れ出す。

 やがて光は一本の太い柱へ変化し、騎士団が維持していた〈聖輝の加護〉を貫いて天を衝いた。上空にあった雲が掻き消されてしまう。

 ―来たれ、討滅英霊ウルス―

 輝きの中から現れたグランは、その手に金色の刀身をもつ長剣を握っていた。見た目こそ派手だが、その形状は無骨な鉄の塊そのものである。

 閉じていた瞼を開いて独特な構えを取って相対する彼に、アルバートは再び口端を吊り上げて自身の〈獅子真王〉を構えなおした。

 渦巻くようだった民衆の声も消え、二人の間で再び緊張が高まっていく。睨み合ったまま動かなくなり、彼らがうっすらと纏う呪力輝きを増していった。

 互いが自身の剣を抜いたため、刹那の油断さえも許されなくなったのだ。

 一方は吐く息が研ぎ澄ますように細く鋭くなっていき、自身も一本の剣と化す。もう一方は自分の中に隠している獰猛さを露にし、一匹の猛獣へと変じる。

「さあ、ここからが本当の決闘だ!」

 静寂を破ったのは猛獣の方だった。剣を下段に構え、獲物に向かって小細工なしの突進を行う。それに対し、剣と化したグランは僅かに構えを変えて踏み出した。

 キィンッ

 アルバートの一撃を受け止め、それを逸らしながら軽く弾く。

 紙一重で横を通り過ぎる刃を涼しげな顔でやり過ごし、一呼吸の間に〈討滅英霊〉を一閃。駆け抜けるように腰を薙いだ。

 ギンッ

 振り向いて無言で構えなおすと、そこには薙がれた腰を手で押さえるアルバートの姿があった。まるで何が起こったのか理解できないという顔をしている。

「今、何をしたのか教えてもらえるかい?」

「説明してもいいけど、今は決闘に集中しようぜ?」

 質問してくる相手に対し、挑発するような口調で返す。

 先ほどの一撃は、呪力に阻まれてしまったため有効にはならない。つまり、まだ決闘は続いているのだ。

「その通りだ。…なら、これで確かめさせてもらおう」

 ファーストアタックを奪われたためか、アルバートの口調から軽薄さが消えた。まるで、これまで遊んでいたかのように全身から放たれる呪力が荒ぶる。

 ダッ

 地を蹴り、喰らいつくような勢いで襲いかかった。これまでにない鋭く速い剣閃を物怖じすることも無く受けようとするグラン。

「吼えろ、〈獅子真王〉!」

 呪文ですらないただの言葉に呼応し、刃が触れ合う寸前だった〈獅子真王〉から呪力が迸った。白銀の輝きが獅子の幻影となり、牙をむいて襲いかかる。

「なっ…」

 これには、さすがに驚いて動きを止めた。獅子の牙を剣で受け止め、そこへ刃による一撃が重なる。

「ちっ…、厄介な…!」

 二つの衝撃が体に走り、次の行動が一瞬遅れる。その一瞬に、獅子が爪を突き立てようと前肢を振り上げた。

 避けることも防ぐこともできず、呪文の詠唱は絶対に間に合わない。

(…敵を討て、〈討滅英霊〉!)

 ある覚悟を決め、グランは〈討滅英霊〉を握る手に力をこめた。黄金の刀身に文字が浮かび上がる。

 白銀の獅子が消滅し、刃はアルバートを巻き込んで弾き飛ばされた。

 騎士団長の座につく実力の持つだけあって、〈獅子真王〉を地面に突き立てて態勢を立て直した。そして、地面を刃で削りながら再び突進する。

「真なる獅子の王よ。その誇りを我に授けたまえ!」

 体から迸る呪力が獅子を象り、それを纏ったまま突撃。同時に襲い来る牙と刃。

 グランは地面を蹴って横へ逃れる。それを獲物を狙った獣のように追いかけた。

 追いすがってくるアルバートに対し、青年騎士は横あるいは後へ避け続ける。時折、前方に踏み出して反撃のように激しい剣閃を浴びせた。

「はぁ…、はぁ…。やっぱり底が知れないな」

 演舞のような動きに翻弄され、息が上がり始めたアルバートの動きが止まった。そんな彼に対して容赦なく一閃を浴びせる。

 しかし、濃密な呪力に覆われているので刃が彼の身に到達することはない。阻まれ、まるで鉄を素手で殴ったような衝撃に襲われる。

 何度も体験した感覚に、グランは顔をしかめながら距離を取った。

「…ずいぶん、硬いな」

「ははは、それはそうだろう。この剣に宿る獅子は鋼のごとき皮膚を持つという言い伝えがある。つまり、難攻不落というわけだ」

「本当に厄介だな…」

 ただでさえ獅子の牙や爪で苦戦させられているというのに、こちらの攻撃が通らないときた。これで不満を言わずにいれるだろうか、と言いたげに深くため息をつくグラン。

 そんな彼の前で、アルバートは再び獰猛さを纏った。

「なかなか楽しめたよ。そろそろ、この座興を仕舞いにしよう」

 ―ああ、誇り高き守護者。神が遣わせし聖獣よ―

 ―汝の雄たけびを響かせ、邪悪なるものを払いたまえ―

(…この詠唱。…まさか!?)

 太古の言葉で詠唱される呪文の意味に気がつき、目を見開くグラン。

 ―鋭き爪牙にて、我らの敵を引き裂きたまえ―

 獅子の形状が解けて白銀の渦となるのを見て、驚愕が焦燥へ取って変わる。

(こんな人が大勢いる場所で、それを使わせるわけにはいかない!)

 焦る内心とは逆に、剣を構える動きは落ち着いていた。体が僅かに沈み、その目は詠唱を行っているアルバートをまっすぐ見据える。

 ―今こそ、汝の神威を誇示せよ―

「…Ⅵ式・疾風しっぷう!」

 呟きと共に駆け出したグランの姿が霞み、掻き消えて金色の線が代わりに走る。

 ザンッ

 鋭い音と共に風が吹き抜け、アルバートは力無く受け身も取らずに地面へと崩れ落ちた。そこから少し離れた場所に、剣を振り切った姿勢で立つグランの姿がある。

 詠唱が完成により、何かを象ろうとしていた呪力が拡散して消滅。

 誰も何が起こったのか誰も理解できない。ただ金色の線が走り、それがアルバートを貫いたようにしか見えなかったのだ。

 騎士団の面々は呆然と立ち尽くす。彼らの視線が集まる先で、〈獅子真王〉が白銀の瞬きとなって消滅した。

「……獅子王と名高い騎士が敗れるとは、…あの若き騎士の実力は確かなようです……」

 相談役の言葉に王は深く頷くと立ち上がり、厳かに声を響かせる。

「この決闘、グラン・スワードの勝利とする。皆、勝者を祝福せよ!」

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