183話 ネロVSライガー

 ライガーはふと昔の事を思い出していた、それは今よりも何年も前、王国が滅ぶよりも昔で自分がガゼル獣侍軍に入る前の事だ。


 かつてのライガーは全てにおいて自分が一番だと疑わなかった、獣人族の中でも高い戦闘力ステータスを持つ虎族に生まれ、その同族の中でもライガーは体格も戦闘力も一際高かった。

 自分こそが最強、その考えに一切の疑いを見せず、ライガーは国に従うという事を拒むように王国でごろつきを率いて悪事を働いていた。


 そんな自分に絶対的自信を持つライガーの出鼻をへし折ったのは、王国が誇る精鋭部隊ガゼル獣侍軍に属する猫種の獣人族、ヘルン・ミーアだった。


 種族としては似ているが、ライガーよりも一回り以上体格の小さいミーアをライガーは最初は見下し戦っていた。

 だが、力でねじ伏せようとするライガーに対し、ミーアはその小柄な体格を生かした戦い方で翻弄し、知恵と技術でジワジワと追い詰めていった。


 激しい攻防が長きに渡って続き、集中力の差で敗れたライガーは、潔く負けを認め捕縛されると、そんなライガーをミーアは獣侍軍へと誘った。

 戦ったことでライガーの実力を認めたと言うこともあったが、それ以上にミーアはライガーの部下を思いやる心を評価していた。

 荒くれな態度が目立つライガーだったが、部下からの信頼は厚く、捕縛された際には部下と互いが互いを庇いあって喧嘩するほどで、それを見ていたミーアは思わず笑ってしまい当時の獣侍軍の一番隊長かつ、ガゼル王国王子であったバオスに進言をした。


 初めは拒んでいたライガーであったが、自分を破ったミーアからの説得と、その後顔合わせをしたバオスの思想に惹かれ、獣侍軍入りを決意すると、ライガーは部下と共に新たに作られた五番隊の隊長として王国が滅ぶまで戦い続けた。


――


 ……だが今、自分の周りにはかつて率いていた部下も、自分を軍に誘ってくれた戦友ミーアも、もういない。


 皆戦いの中で死んでいった。

 それは軍に入った頃から覚悟していたことのはずだったが、ライガーはこの現実をいまだに受け入れられずにいた。

 その理由はミーアを討った相手にあった。

 

 話を聞けばミーアを倒したのは人間の子供という話だ。

 自分を負かした初めての相手であり、かけがえのない戦友の一人となったミーアが何の特徴も持たない種族である人間の子供に負けるなどありえない、きっと何か卑怯な手を使われたに違いない。

 そう考えたライガーの憎悪はミーアを殺した人間の子供に注がれていた。


 ずっとその相手への復讐の機会を伺い続け、そして今、その機会が訪れたライガーだったが、既にその思いは残っていなかった。


「……アジンノ……がキ……ミーアの……カタキぃ!」


 何度もその言葉を口にしているが、何のことか本人もわからないでいた。

 仲間の一人であるギンベルグが呼び出した魔物との契約により、とてつもない力を手に入れることができた。だが、ライガーはそれと同時に思考の仕方を忘れてしまっていた。


 何も考えられない、何をしているのかもわからない。朦朧とした意識の中で身体が勝手に動いている感覚だった。

だがそんな時、相手の口から出た名前に動かしてた体がピタリと止まる。


「……ダセえなぁ、お前、そして弱い。『ヘルン・ミーア』はもっと強かったぞ。」


――何故貴様がその名を知っている?まさか、ミーアが自ら名乗ったと言うのか?


 ミーアが敵に名を名乗る時は相手を強者と認めた時のみ、卑怯な方法でミーアを殺した子供に名を名乗るはずがない、しかし何かを考えようとすると、頭の中に黒い靄のようなものが入ってきて意識が遠のいていく。


「……ウグググガガガガガ!」


 その黒い何かにライガーは必死で抵抗する、すると更に外側からも強い衝撃が走る。

 アンデットとなり、痛みも自我も無くなりつつあったライガーだが、拳と共に送られた言葉に酷く心を抉られた気がした。


「そんなに俺が憎いならなあ!自分の意思で俺を殺してみせろぉ!」


――オレノ……イシ?


 その言葉に強く反応すると、ライガーの意識が少しずつ戻ってくる。


――ソウだ……俺は……


 しかし頭の中で再び靄がかかり意識が飛びそうになる、しかし――


「ウガァァァァァァ!」


 それを振り払うように吠えると、ライガーはそのまま目の前に立つミーアを倒した仇の敵を見下ろした。

 先程までは朦朧としていてわからなかったが、今ははっきりと見える。


 ――こいつがミーアを殺したガキ……


 相手は話に聞いていた通り、自分の背丈の半程度しかない銀色の髪をした褐色肌の人間の子供だ。

 だが、その雰囲気や佇まい、そして今受けた一撃からこの子供の計り知れない強さ感じ取った。


「ハァ、ハァ、待たせたなあ、小僧。」


 意識はっきりすると同時に痛みを感じ始めたライガーが息を切らしながら言う。


「あんた、名は?」

「ガゼル獣侍軍、五番隊隊長ライガー、ハグだ。お前だな、ミーアを殺した奴は。」

「ああ、俺が殺した。」


 ハッキリと告げた子供に対しライガーは、怒りを見せるのではなく笑ってみせた。


「そうか、ならば俺が仇を討たねえとな」


 もうすでにライガーの中からは相手に対する憎悪はなくなっていた。

 それどころか、この子供の強さに興味を示していた。


「貴様の名前は?」

「ミディール王国将軍、ネロ・ティングス・エルドラゴ。」

「なるほど、大国の将軍か、なら相手にとって不足はなしだな。」


 肩書にも満足してライガーはニヤリと笑ってみせると、大きく息を吸い込み、気を練り始める。

 体全体を気で包みこむと、ライガーは筋肉を肥大化させ、骨の見えていた部分を埋めると、更に体を大きくする。

 

「獣拳、虎族奥義『金剛進化』行くぞぉ、小僧ぉ!」


 ライガーが、ネロに向かって再び斧を振り下ろす。

 魔物から手に入れた力をそのままに更に自分の意思で振り下ろした斧は、自分でも驚く程の速度でネロを襲った。だが、ネロは簡単に避けてしまう。


「うらぁ、舐めんじゃねえぞぉぉぉ!」


 ライガーは当たるまでと言わんばかりにひたすらネロに対して斧を振り下ろす。

 ……しかし、勢いよく斧を振るたびに、肉体が朽ちはじめ地面へと零れ落ちていく。

 ライガーは意識を取りもどしたことで手にした魔物の力が拒絶反応を起こしているのだと感じ取る。

 そして、ライガーは自分の命の限界を悟った。


「……なあ、ミーアの奴は強かったんだな?」


 ライガーは改めて聞き返す。


「ああ、強かった。」

「そうか……」


 激しい戦闘の合間に小声で静かに交わされた短い会話、強者であるネロにミーアの実力を認められたことでライガーの顔には自然と笑みが零れる。

 もう思い残すことはない。

 

 そしてとうとう片方の腕も地面にポトリと落ちるが、ライガーは構わず最後の力を振り絞って片手で斧を振り下ろす。


「死ねぇ!」


 その隙だらけの動きにネロは避けることをやめ斧を受け止めると、今度はライガーの胸目掛けて懇親の一撃を入れる。

 身体のあらゆる部分が剥がれ落ち、ネロの最後に一撃で胴体に穴が開くとライガーの身体はほぼ上半身がなくなった状態で足元から崩れ落ちていった。



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