第160話 ゼロの巫女
――エルドラゴ伯爵邸
「ううぅ……」
ガガ島がテリアからの襲撃を受けている間、エレナ達は屋敷の一番奥にあるネロの自室に匿われていた。
この島に来た事によりマナの影響は無くなったものの、すでに体内に蓄積されていたマナによりメリルは少しずつ変化を続けていた。
「メ、メリルさん、さん頑張って。」
エレナが未だに苦しみ、うなされるメリルに対し回復魔法をかけ続ける。
「エレナさん!あなたも少し休んでください!」
「そうよ!貴方だってマナの影響受けてるんだから!万全じゃないのよ!」
島に戻ってからも魔法をかけ続けるエレナをメイドのマーレと目を覚ましたばかりのエーテルが心配して止めようとする。
エーテルが見る限りエレナ自身もバルオルグスのマナの影響で体内にマナが溜まっており、決して健康体とは言い難い。
その事もあってかエレナの顔は高潮し、時々ふらつきを見せるがエレナはメリルを治す事だけに必死になり休むことをやめない。
――他のみんなも頑張っているんだし、私も頑張らないと
身体に鞭を打って魔法をかけ続けるエレナ、するとメリルに少し変化が見られた。
「エ……レナ……」
「メリルさん!」
メリルが苦しみながらもゆっくり目を開けると、エレナが手を強く握る。
「ねえ……エレナ……して……」
「え?」
メリルが弱弱しい声でエレナに話しかける。
「私を……私を、殺して……」
――
「驚いた……まさか、こんなところに同胞がいたとはな」
自分の黒い炎と同じく黒い氷を手から纏うカトレアを見て、ヘルメスがカトレアに興味を示す。
「しかもその氷はれっきとした暗黒魔法……階級も中位から上位と言ったところか」
「……私は物心ついたときには奴隷として売られ、この屋敷でメイドをしています。なのでオーマなど階級などはわかりません。」
まるで品定めをするかの如くカトレアを観察するヘルメスにカトレアは強い敵意を向けて、凍りつく手を構える。
しかし、相手のヘルメスはカトレアに対し敵意を収める。
「まあ、そう構えるな、貴様が同胞なれば私は貴様と事を構えるつもりはない。」
ヘルメスは両手を後ろに隠し、敵意がない事を示すがカトレアは構えを解かずに警戒し続ける。
「カトレアと言ったな?私はオーマ族第三の階級をもつヘルメスだ。貴様、私と共に来い。」
「……なに?」
「私の元へ下れ、いや、仮に私に下らなくてもいい、貴様を我らが故郷であるオーマの里に帰してやる。私達オーマ族は強力なマナを持つ上位の種族、そんな同胞が下等生物である人間などに飼われているのなど見てられん。」
「ならあなたはどうなのです?あなたも人間の誰かに雇われて来たのではないのですか?」
カトレアが皮肉を込めて言い返す。
「ああ、今はな……だがこれも全てはオーマの未来のためだ。」
「オーマの未来?」
「そうだ、今我々オーマ族はあらゆる種族に
そう説明するとヘルメスはテリアの事を思い出しクククと小さく笑う。
「あの者はなかなか狂った男でなあ、世界中の人間を本気で滅ぼそうと考えているのだよ。そしてそれはもう最終段階であるバルオルグスの復活まで進んでいる、人間たちが全滅するのも時間の問題だろう。」
「しかしそれではオーマ族も滅ぶのでは?」
「それは大丈夫だ、私達にはゼロの巫女がいる、あの方が動けばバルオルグスなど葬ることも容易い。」
「ゼロの巫女?」
カトレアがヘルメスの言葉に初めて興味を抱き、一度手に纏った氷を解く。
「ああ、我らオーマ族は遥か昔から血筋によって階級が十から一まで分けられており、数字が低い程上位階級で使える魔法も強力になる。しかし、今から二十年前に生まれたオーマ族の娘は最上位である一階級を遥かに超えるマナを持って生まれてきた。我々はその人物をゼロの巫女と呼んでいる。その実力にアドラーの王が目を付けてスカイレスとやらを派遣させたと聞いたが、愚かな話だ、あの方の前では最強の剣士でも赤子同然よ。」
ヘルメスはまるで自分の事の様に誇らしげにゼロの巫女について語ると、カトレアは今の話を記憶の中で刻みにつける。
「なるほど、そんな人物がいたとは……」
「ククク、そう言うことだ。さあカトレアよ私と共に来るがいい。されば、そなたの守る奥の部屋の者達への手出しはしないと約束しよう。」
ヘリメスがもう一度カトレアを勧誘する、先程とは違い、カトレアも少し考える素振りを見せる。
「そうですか……しかし、お断りします、私はここのメイド長なのです、代わりの者もいないのに一人抜けるなどできません、後ろの方々はあなたを倒す事でお守りしてみせます。」
そして再び氷を手に纏わせる。
「…愚かな、自ら人間に飼われることを望むか、ならば力づくで貴様を連れ帰り、我が同胞を殺した報復として命令通り、後ろに控える者達を血祭にあげよう。」
ヘルメスも再び構えると、今度はその手に禍々しい炎の槍を作り手に持つ。
「インフェルノランス!」
ヘルメスがカトレアに向かって槍を投げ放つ、カトレアがそれをかわすと槍は床に刺さりそのまま辺りを黒い炎で包む。
「その炎は私の意志以外で消す事はできない地獄の炎、先程の炎とは違い迂闊に触れれば今度こそ灰になるぞ?」
「なるほど、恐ろしい技ですね、しかし同種なら私も使えそうな気がします。」
カトレアも真似をするように氷の槍を作り出し燃える床に投げつける。
「ふ、見くびるなよこれは第三階級の魔法だ、貴様の作り出した魔法で相殺など……」
できない、そう言いかけたヘルメスであったが次の瞬間カトレアの投げた氷の槍はヘルメスの放った炎事凍り付けた。
「バ、バカな、まさか、貴様も私と同じ第三階級だと言うのか⁉」
そう思ったがヘルメスはすぐにそれが間違いだと気づく。
「いや、違う私の炎を凍りつけたという事は私より上の魔法……まさか第二……いや、これは」
そして氷はそのままさらに突き進みヘルメスまでも凍り付ける。
――違ったこれは第……
「……オーマの階級などに興味はありません、私は、ただのメイドですから。」
もう誰も聞いていないところで、カトレアはポツリと呟くと、凍った槍を床から引っこ抜く。
すると、氷漬けになっていた床から氷が剥がれ、凍ったヘルメスを含めたすべての氷が砕け散ると何事もなかったように元の床へと戻る。
そして、カトレアも再び元々立っていた部屋の前に戻っていく。
――
「エレナ……私を殺して、」
「メリルさん……?」
意識を取り戻したメリルの言葉にエレナは酷く動揺を見せる。
「もう、ずっと頭の中に流れ込んでくるの……痛みが苦痛が、悲しみが……私が殺してきた女達の記憶が私の頭に流れ込んでくるの!」
そう語るメリルの眼には涙が零れる。
「私……最低だ、こんな酷いことさせていたなんて、私はもう汚れてしまっていた……もう綺麗になんてなれない……だから……私を殺して!」
苦しみに泣き叫びながら訴えるメリルの依頼に対しエレナはただ小さく首を横に振る。
「ダメ……ダメだよ……せっかく自分の過ちに気づけたのに……」
「お願いエレナ、私はもうこれ以上、汚れたくない……」
選択を迫られるエレナだったが、どうすればいいのかわからずただひたすら頭の中で考える。
――どうすればいいの?なにが最善?なにが最悪なの?
頭の中で思考が加速する。
――メリルさんは今も苦しんでいる、なら、願い通り殺した方が……
エレナは再び苦しみだすメリルの姿を見てそう考え始める、しかし涙を浮かべるメリルの眼を見ると、エレナは決断する。
「やっぱり駄目……そんなの、ダメぇぇぇ!」
そう叫んだ瞬間、エレナの体から一気にマナが解き放たれた。
「エレナさん⁉︎」
光に包まれるエレナを見て慌てるマーレを他所にエーテルは驚愕していた。
「これはもしかして……エレナの覚醒?」
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