第161話 懐かしき魔法

「……あれ?」


 苦しむメリルへの回復魔法を唱え続けていたエレナは、突如自身の体から発せられた眩しい光に視界が覆われたかと思うと、気付けばなぜか光とは無縁の真っ暗な空間の中にいた。

そこにはメリルやエーテルと言った先ほどまで自分の側にいた者は誰もいなく、何故か自分の体はぼんやりとした淡い光に包まれていた。


――ここはどこ、一体なにが起きたの?


ステータス


――え?


 頭の中で疑問を呟くと、突如そんな言葉が自分の脳裏を過った。

 訳が分からないままではあるものの、エレナは暗闇の中でとりあえずステータスを開いてみる。

 すると……


――え⁉これって……


 エレナは久々に見た自分のステータスに驚愕する。


 旅をしていたからある程度レベルが上がっていることに疑問は持たないが、それでもレベルの上がり方が異常であった、今のエレナは前回よりも百近く上がっていたのだ。


――どうしてこんなことが?


 そう疑問に思うと再び頭に言葉が浮かんでくる。


一時覚醒


――……一時覚醒?というよりさっきからこれはなんなの?


スキル


――スキル?


 何か疑問を持つと次々と言葉が浮かびエレナは言葉のままに自分のスキルを確認する。


……スキル アムタリアの記憶アカシックレコード


 自分が持つ疑問をアムタリアの持つ記憶から引き出し瞬時に答えを導き出すスキル。



――凄い、こんなスキルがあるなんて、でもどうしてこんなスキルを持ってるの?


一時覚醒


――あ、なるほど、一時的に覚醒して手に入れたって事か。でもどうして覚醒したの?


 バルオルグス出現によりあふれ出た濃度の濃いマナの影響


――あ、そうなんだ。ところで、この場所はどこなの?


 ここは自分の意識の奥深く、本体はネロ・ティングス・エルドラゴの部屋の中で意識を失った状態となっている。


――つまり、ここは夢の中みたいなものか、なら早く意識を戻さないと……


 そう考えると、エレナの視界が再び光に包まれる。


――


「……さん……レナさん」

「んん?」

「エレナ⁉」

「わ⁉」


 自分を呼ぶ声に引き戻されるようにエレナは目を覚ます。

 頭に流れた言葉の通り、エレナは意識を失っていたようで、周りには自分を心配して涙目のマーレとエーテルがいた。


「良かった、気がついたわね。」

「えーと……ここは?」

「何寝ぼけてるの?ネロの部屋に決まってるじゃない。」

「エレナさん、急に体が光出したと思ったらそのまま意識を失ったんですよ?」

「光?」


 その言葉にエレナは先ほどの出来事を徐々に思い出していく。


――そうだ、一時覚醒!まだ続いてるのかしら?


 覚醒終了時間までおよそ十分


 先程と同様、疑問に思うと頭に言葉が浮かんでくる。


――良かった。まだ続いてるのね。なら改めて教えて、メリルさんを助ける方法を。


 そう考えると頭に対処法が思い浮かんでくる。


――……え?そんな事でいいの?


 現在メリル・ゲルマを襲っているメドゥーサ化というのは、邪念や怨念といった類によるものではなく今まで浴び続けてきた血の匂いに釣られて現れた、人目では見ることのできない小さきモンスターが無数に集合し、人間に憑りつき成るもの。

 今回は濃度の濃いマナに当てられた強化されたそのモンスターたちにより、通常より少数ながら変化が起きた。なのでこの方法でモンスターたちの意識を無くし、メリル・ゲルマから一定数を切り離せば変化は止まる。


――つまり、これは怨念とかの類ではなく、モンスターの仕業なんだ。でもメリルの頭に流れているという使者の死ぬ間際の記憶というのは?


 モンスターが人間の意識を弱らせるために見せている幻覚魔法。


――つまり、今メリルを襲っている相手にメリルの被害者の怨霊とかはいないって事?


 通常人間は、死ぬとすぐに新しい魂へと転生するので亡霊や死者と言ったものは存在しない。


――そっか……


 その答えが頭に流れると、エレナは少し安心する。


――よし、じゃあさっさと始めよう。


 考えがまとまると、エレナは久しく唱えていなかった初級魔法を発動させる。


――ネロが大人しくなってからは使うことがなくなった魔法がまさかここで役に立つなんて


 少し懐かしく感じながらエレナは手を掲げてその魔法の名前大きく叫んだ。


「ピヨピヨハンマー!」


 名前と共に、エレナの手に巨大なおもちゃのハンマーが現れると、エレナはそのままメリルの変化しつつある頭に向かって叩き続ける。


「てえぇぇぇぇぇい!」


 ピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコ


 緊迫した状況下で何とも緊張のない音が部屋に木霊する。


 ピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコ

 ピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコ


「エレナさん?」

「え?ちょっとエレナ、どうしたの?」


 苦しむメリルの頭におもちゃのハンマーをひたすら叩き続けるエレナに、エーテルとマーレは困惑を見せるが、エレナは気にせずひたすら叩き続ける。


「う、うぅ……」

――お願い、メリルさん、戻って。


 ピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコ――


 そしてエレナは最後にハンマーを大きく振りあげる。


「戻れえぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 そして叫びながら勢いよく最後の一撃を振りおろした。


……ピコン


 最後の音が鳴り止むと、部屋一帯には、その場には静寂だけが残る


「ハァ……ハァ……ハァ……」


 エレナがメリルの姿を確認する。

 頭は未だに白く蛇の形の髪が残ったままではある。


 ……しかし、メリルの表情は先ほどの苦しんでいた様子からは一転し、気持ちよさそうにスヤスヤと眠っていた。


――これで、メリルは助かるの?


 メドゥーサ化の完全解除するには、メリル・ゲルマに憑りついた全てのモンスターの意識を無くさなくてはならないが、メドゥーサ化の進行ならばたった今止まった。


「良かった……」


 そう呟くと、エレナはそのままへたり込んだ。


「エレナ!」

「エレナさん!」


 一段落したのを見計らって改めて二人がエレナに声をかける。


「エレナさん、大丈夫ですか?」

「うん、ありがとう、大丈夫。」

「もう、びっくりしたじゃない!急に眠ったと思ったらすぐに起きていきなりピヨピヨハンマーなんて使い始めるから」

「ごめんね、時間制限があったから……」

「時間制限?」


 そう呟いたところで、エレナはそのことを思い出す。


――そうだ、どうせならまだこの能力を活用したいんだけどまだ覚醒が解けるまで時間はあるのかな?


 一時覚醒終了まであと三分。


「大変、もう時間がない!」

「え?」

「ねぇ、今って何か問題とか起きてるの?」

「え、ええ、詳しくはわからないけど、さっきからなんかだか外が騒がしかったわね。」

「外ね、わかったありがとう。」


 話を聞いたエレナは、すぐに様立ち上がり、駆け足で部屋を出て行った。

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