第127話 計画

 故郷ガガ島を出発して数日、ネロ達は再びアドラー帝国の帝都、ヘクタスの防壁の前まで来ていた。

 前回三ヶ月かけて歩いた道のりも、テレポで一瞬で到着すると、ネロ達はそのまま入場を止められた壁門へ進む。

 以前同様に一度は止められるものの、今度は身元の確認だけで終えると、何の問題もなく入る事が出来た。


「へえ、ここが帝都か……」


 ネロが門をくぐり映った景色を見るや、興味津々に周りを見回す。

 目の前に広がるのは賑わう街並み、ここだけ見れば良くある大きな街という印象だがネロの視線はその街並みより少し高いところにあった。

 遠く離れた場所に見える長い階段、その上には更に門があり、その先には煌びやかな建物や屋敷が見える。


「ヘクタスは、今いる中層に作られた街を平民地区、その上層に作られてある街を貴族地区、そして下の下層に作られた街を貧困地区と呼び、三つの地区に分けられています。ヘクタス宮殿にいくには貴族地区を通る必要があり、入るには許可が必要となります。貧困地区に関しては許可はありませんが無法地帯となっているため極力入らないことを推奨します。」

「……へぇ、なかなか面白そうだ。どうする?このまま上層に直行するか?それとも観光がてら、ここいらを見て回るか?」


 門兵からの説明を受けるとネロは隣にいる二人に・・・尋ねる。


「ネロニマカセル。」


 エレナから片言の返答が返ってくる。


「……ならエーテルはどうだ?お前、前回来た時見て回りたいって言ってただろ?」

「ワタシモ、ネロニマカセル」


――……


 エレナ同様、片言で返ってくる。

 そしてそんな二人に対しネロは大きなため息を吐いた。


――ガチガチじゃねぇか大丈夫か……この作戦……


今、二人がこうなっている状況、それは今回の作戦にあった。



――数日前


 ガガ島を出発し、ネロ達が最初に向かったのは、前回降りた港町テットとは異なる、イスンダル大陸の南西にある船着き場と灯台があるだけの小さな港だった。

 場所の位置で言えばテットと横並びになり、距離はそう離れてはいないが、間にある巨大な山脈に阻まれて二つの港を徒歩では行き来することはできない。

テットから北に進めばヘクタスがあるようにこの港は少し北へ進めば、ゲルマ公爵の本拠地であるダルタリアンがある。

ネロ達は港への到着するまでの間、今後の計画を話し合っていた。


「で、これからどうするんだ?」


 海が見渡せるようにと甲板に置かれたテーブルの席に四人が座ると、まずネロが話を切り出す。

そして、続いてピエトロが今回の計画について話し始める。


「そうだね、じゃあ、とりあえず現時点での僕たちの目的を整理して行こう、僕たちの目標は、ゲルマ公爵とブルーノ公爵家のアドラーの二大貴族の討伐。ただ、その前にその件についてアドラー皇帝であるベリアル皇帝に話をしておかなければならない。だからまずは一度ダルタリアン方面の港に入り、そこをエーテルが記憶したあと、エーテルのテレポを使いヘクタス向かう、そして話を通し次第再び港に戻りダルタリアンを目指す、ここまでが基本となるところかな?」


 ピエトロが一度話を区切ると三人に異論がないかを確認する、ネロ達もここまでの話に問題ないことを確認し無言で頷くと、ピエトロはさらに話を進めた。


「さて、そしてここからが本題となるんだけど、今回、二大貴族の討伐に当たって僕は二つの作戦を考えている。」

「二つ?」

「ああ、まず一つ目は僕たちでゲルマ、ブルーノの公爵家を一つずつ確実に倒していく事、ネロが襲撃し、敵を引き付けている間に僕達三人は他の協力者と連携しながら捕まった人達の救出する。人材を適材適所に使った作戦だね。」

「なるほど、まあ、普通に考えればそうなるな。」


――と言うより他に作戦が思いつかない。


「うん、……ただ、この作戦は少なからず問題点がある。まず一つ、時間がかかる事、いくらネロが強くても国一つのと対等に渡り合える軍隊を持つ二人を相手にするには骨がいるからね。」

「いや、普通、相手にできる時点でおかしいんだけど、ピエトロも最近感覚狂ってない?」


 エーテルが思わず半眼になってポツリと呟く。


「ハハ、まあとにかく、今回はミディールの王族であるローレス様の身の危険の事もあり一刻を争う事態だし時間はあまりかけてられない。そして次にこの作戦は帝国にとって都合がよすぎる。なにせ、領土拡大への邪魔者となっている二人が手を汚すことなく排除できるんだから。だから立てておいてなんだけど、はっきり言ってこの作戦はあまり好ましくない。」

「だったらどうするんだ?」

「そこでもう一つの作戦さ、片方を帝国に相手をして貰えばいいんだよ。」


その言葉に三人が顔を顰める。


「えー、帝国に?」

「そもそも帝国がこっちに協力してくれんのかよ?」

「協力する必要なんかはない、ただ帝国がゲルマ達を攻撃する様に仕向けるのさ。」

「そんなことできるの?」

「できるよ、君がいればね」


 そう言うと、ピエトロが正面に向かって指を指す。

 その刺された指の方向にはエレナがキョトンとした表情で座っていた。


「……え、私?」

「そう、エレナを使い帝国を戦いに巻き込む。それがもう一つの作戦さ。」

「どういうことだ?」


 未だに理解が追い付いてない他の3人に対し、ピエトロはもう一つの作戦の詳細を一通り説明する。

 そしてその作戦に対し真っ先に声をあげたのはネロだった。


「駄目だ、危険すぎる。」

「そうよ、エレナには危険だわ。」

「それは分かっている。でも、この作戦が成功すればゲルマとブルーノを一気に叩くことができるだけでなく、帝国の力も削ることができる。事態が一刻を争う中、この作戦が最適だと思うよ。」


 ピエトロの言葉にネロがどうにか反論しようと言葉を探す、だがそれより先にエレナが答えた。


「私……やる!」

「エレナ⁉」


 そう言うとエレナは勢いのまま立ち上がる。


「私だって、いつも守られているだけじゃ嫌だもん。」

「でもいいの?この作戦はそばにネロがいないから、失敗すれば死ぬかもしれないのよ?」


 エーテルにそう告げられると、エレナは少し怯みをみせる。

しかし、エレナは一度大きく首を振り、迷いを振り払うと、大きく頷いた。


「うん、だってそれはみんな同じはずだし、私だけずっと安全なところにいるなんておかしいもん。それなら家で待ってた方が足でまといにならないだけいいし、何よりたくさんの人がが苦しめられているのを黙って見てられない!」


エレナの決意を聞くと、ピエトロはフッと笑みをこぼしてネロを見る。

ネロもエレナの決意に大きくため息をつく。


「わかった、じゃあその作戦で行こうか。ネロもいいね?」

「……こいつの正義感と頑固さは健在だったと改めて思い知らされた。ちなみにこの作戦、成功確率はどのくらいだ?」

「想定外が無ければ八割はってことかな。」


 作戦成功率としては全く問題のない確率だ。だが、それでも失敗の可能性が少しでもある、ネロには納得できる数値じゃなかった。

 ネロは少し不満を残しながらもエレナの意思を尊重し渋々頷いた。


――


 ……そしてその後、その作戦のため、ピエトロとは港で別れると、ネロ達は三人で帝都に戻っていた。


――仕方ない、時間はあまりないが緊張がほぐれるまで辺りをうろつくか


 そう考えるとネロは一度平民地区を見て回ることにした。


――


 ヘクタスの入り口からまっすぐ進むとすぐに露店で賑わう通りに出る。

 エレナ達も緊張をほぐそうとしているのか、普段は興味なさそうな店にも積極的に見て回る。

 ネロは後ろからそんな二人を見守りつつ街の様子を伺っていた。


――商人に民に冒険者……


 街にいる人々の表情を見て行くが、皆がそれぞれ楽しそうに笑っているのが見える。


「兵士もしっかり配置されてるし、冒険者同士のいざこざもない、帝国も自国の民にとってはいい国なのかもな……。」


その国の政治力を測るにはその国の人々表情を見るのが手っ取り早い、そう考えるとこの街はしっかり政治が機能しているということだろう。

しかし……


「そう見えるかい?だったら皇帝の思惑通りさっ。」

「うわっ⁉」


 ネロの不意にこぼした呟きに突如返してきた声にネロは思わず声をあげる

その声の主はいつの間にかネロの隣にいる金色の鎧を身に纏った金髪の男だった。


「な、なんだてめえ?っていうかそれより今のはどういうことだ?」

「簡単な話さっ、街全体が賑わっているように見えるのは、笑える者達しかここにはいないからさっ、笑えない奴らはみんなあそこさっ。」


 言葉が終わるたびに髪をなびかせる男はそう言って指で下を指す。


「……なるほど、その為の下層地区ってことか。」

「ああ。下層地区は様々な理由でこの国で税金が払えなかった者達が住んでいるところさっ。

王の政治は一切手が届いておらず、殺されようが身ぐるみはがされようが、誰も助けてはくれない。実力のない者達は一切施しを受けれないのさっ。まあ、おかげで犯罪者達もそこを根倉にして上には上がってこないけどね。」

「へぇ……」

 

 そのシステムを聞くとネロは、帝国に少し関心をみせる。

 その考えはかつてネロが考えた下貴族の制度と似ているからだ。


「この街は完全な実力主義さっ、有能な者には安心と安全を、無能な者はいない者として扱われる、だから皆、笑ってはいるが内心ビクビクしてるのさっ、いつ自分が下に行くことになるかわからないからね。ま、そんな生活を幸せと呼ぶのかは人それぞれさっ、君も気をつけるといい!このルールを利用して旅行客を騙して下層地区に連れて行く輩もいるからさっ。」


 それだけ言うと男は颯爽とその場から立ち去って行った。


「なんだったんだ、あいつ?それより……」


 ネロが再び辺りを見回す。


「完全実力主義ねえ、悪くはない考えだが……」


 ネロが探索を終えてこちらに戻ってくるエレナを見つめる。先ほどまで硬かった表情は気が付けばいつもの笑顔に戻っていた。


――こいつには理解できない考えだろうな。


 心の中でそう呟くとネロは、小さく笑った。

 そして、帰ってきた二人が緊張がほぐれているのを確認すると三人は城へと続く上層へと向かった。

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